09 抱くものと背負うもの
週明け。
ショックを引きずったまま、私はなんとか登校した。
ロニーには、「少し距離を置こう」と伝えた。もちろん、アイザックを含めて。
アイザックも理解はしてくれているようで、今朝は目を合わせる程度の挨拶を交わして終わった。
私がふたりと距離を置くようになると、
こうなると、私がいたせいでふたりがクラスに打ち解けられなかったのではないかとさえ、思えてしまう。
(ふたりがいないと、私の学校生活はこんなに静かなのね)
週の3分の1を占める実践魔導術の授業には出られず。
嫌がらせをやりすごしながら、1日を過ごし。
危害が及ばないよう、せっかくできた友人さえも遠ざけて。
(あぁ、違う。静かじゃなく、孤独なんだ)
慣れるしかない。自分で選んだ道だ。
卒業して、正魔導術師になると決めたんだから。
なんのために、だれのためになんて、考えない。
これしかないと思って、立ち続けるしかない。
「今日もヨキオット人と一緒じゃないのか」
放課後は、ひと気のない書架室で過ごす。
声をかけてきたのは、
「……そんな言い方、辞めてください」
私がひとりで過ごすようになると、また以前のように絡んでくるようになった。
そのせいで私は女子からの反感を買っているけれど、もうどうでもよかった。
「
「それはそれは、余計なことをしてくださったんですねぇ」
アイザックたちを私から遠ざけ、再びこうして絡んでくるだなんて。
彼らには敵わないと、みずから認めているようなものだと、気付かないんだろうか。
「お前、転生してよかったな。前世より美人になったし、スタイルも良くなったし」
「それ、セクハラですよ」
「あと少しでSランクだろ。次のランク判定では上がるだろうな」
「そうなの? 自分じゃわからないわ」
「オレは魔導力感知が得意なんだ」
アイザックとの魔導術訓練の成果かな、と思いながらも、今はそれもどうでもよかった。
なんだかこころがからっぽで、勉強にも訓練にも身が入らずにいた。
そんな私の想いとは関係なく、
「Sランクになったらもう一回、婚約者候補に加えてやろうか?」
「なっ……!!」
ツッコミどころが多すぎて、言葉を失った。
「そんなの、受け入れるわけないでしょ……!!」
「はははっ!! オレが言えば拒否できる立場じゃねぇだろ」
「あなたには
「だから、あくまであいつは候補だって言ってるだろ」
どうやら
フンと鼻を鳴らし、続ける。
「
「それはそうかもしれないけど……」
「なりゆきでお前とは婚約破棄ってことになったけど、俺は優秀な女を傍に置きたいんだ。
Sランクになったら、また婚約者候補に置いてやる」
「だから、お断りしますって!」
「そこまで拒否られたら、余計に手に入れたくなるってわかんねぇのか?」
「きゃっ」
書架室の窓際で、
見た目が金髪碧眼のイケメンになったからといって、中身はモトオ。そう思うだけで、鳥肌がたつ。
「あなた、なんでもかんでも手に入ると勘違いしてない!?」
「勘違いはしてない。俺はなんだって手に入れられる。王子だからな」
「信じらんない……!! ていうかあなた、前世で私に何をしたか忘れたの?!」
「過去は過去、今は今だ。まあ、元の世界になんか戻りたくねえけどな」
抱き寄せられる身体を必死に引き離しながら、私は心の底からの軽蔑の目を向けた。
「前世じゃ苦労して媚びへつらってようやくのし上がったっつーのに、ここじゃ生まれたときから王様ルートだ。
持てるもんは全部持つに決まってんだろ」
モトオは私との結婚を、出世の道具と言い放った。だから浮気くらい許せ、と。
この世界に来てから、私は何度もその言葉を、噛み締めた。
モトオにとっては、上に昇りつめること、出世して稼ぐことこそがすべてだったのだと―――今となってはそれだけは、理解することができる。
「……そんなに出世が大事なら、どうして
「言っただろ、真音那は自分を藍梨だと言ったんだ。
あんなの、美人局みたいなもんだろ。俺のほうこそ、被害者だぜ?」
「ふつう、騙されないわよ!」
「双子だなんて知らなかったのに、どうやって気付きゃいいんだよ」
「そう言いながら何度も楽しんでたんでしょ!!」
「あいつが抱いてくれって言うからしかたなく……」
モトオはしまった、という顔をしたが、もう遅かった。
「……ほら。やっぱりあれが初めてじゃなかったのね」
「あぁ、まあ、何回か……」
真音那とモトオの不倫は、結婚式のあの時が初めてだったとは思えなかった
式の前から―――私の妹だとわかったあともおそらく、何度も関係を持っていたのだ。
「今更どうでも良くね?」
モトオはようやく、私の身体に回した手を緩めた。
そして心底冷めきった目を、私に向ける。
「王太子妃になれるっつーのに蹴るなんてお前、バカなのか?」
「あなたは、何もわかってない。大事なものなんて、みんなそれぞれ違うの」
「そーゆーとこがバカだっつってんだよ。お前こそ何もわかってねえよ」
モトオは前世で、苦労人だった。
ご両親を早くに亡くして祖父母に育てられ、働きながら学校に通い、私の父の会社に就職した。
その苦労を知っているからこそ、父はモトオを私に紹介したのだ。
それがこの世界では、いとも簡単に今の地位を手に入れてしまった。
やろうと思えばなんでもできてしまうのだ。
(モトオにはきっと、荷が重い)
自分本位にのし上がろうという想い。
その背中にのしかかる、責任。
今の
重い気持ちで寮の部屋に戻ると、淡青色の鳥のおもちゃが、窓から飛び込んできた。
バタバタと飛び回り、私の鞄につけた止まり木のキーホルダーを見つけると、ほっとした様子で羽を休めていた。
鳥の脚にくくられた手紙を開く。
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アイリス、つらくはないか。
話し相手になら、いつでもなれる。
おれのことも、頼ってくれ。
アイザック
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バランスのくずれたダヴフリン文字にすら、温かさを感じる。
アイザックらしい、やさしさに溢れた言葉がうれしかった。
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大丈夫。その気持ちが、嬉しいです。
どこかで時間をつくって、ゆっくり話したい。
いつも、ありがとう。
アイリス
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短い言葉に想いを込めて、淡青色の鳥の脚に手紙をくくりつけた。
窓から飛び立つ鳥。その向こうの深藍色の夜空には、白々とした幾千の星の川がきらめいていた。
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