11 デート、の意味
「ア……アイザックは、よく……デートとかするの?」
動揺して、わけのわからない質問をしてしまう。案の定アイザックは、目を真ん丸にして驚いている。
「おれ、そんなに遊んでソウに見える?」
「や、あの、そうは、見えないんだけど」
「デートに誘ったのはアイリスが初めてだよ」
「そ…………ソウデスカ…………」
聞いておきながらろくな返しをしない私に、アイザックはくすくすと笑っている。
「おれ、ちゃんと学校に通ったことがないんだ。
戦時中はイナカに疎開してたし、戦争が終わってからも……魔導術の訓練は個別に受けたしね」
「そ……そっか。そう、だよね」
「だから同世代と一緒に過ごすのは、イマが初めてみたいなもん」
長く他国との国交がなかったヨキオット帝国。
開国後は、貴重な天然資源が豊富にとれる鉱山があるとわかり、その取引が火種となり戦争が頻発した。
ダヴフリン王国をはじめとする友好国からの支援もあり、数年前ようやく終戦を迎えたのだ。
「ヨキオットは、まだ教育制度も十分に整ってなくて……魔導術に関しては、とくに。
だからおれはいつか、ヨキオットに魔導術学校をつくりたいんだ」
「すごい、素敵な夢!」
「アイリスはソウ言ってくれると、思った」
屋上の柵に寄りかかり、アイザックはふわりと笑った。
「アイリスは、夢はある?」
「うーん……漠然とだけど。
簡単に扱える魔導術符をたくさん構築して、みんなが平等に魔導術を扱えるように……なるといいなって思う」
「平等に?」
「そう。たとえば学校に行けないような環境にあったとしても、術符の使い方さえ学べば、美味しい水が飲める。雨風をしのぐことができる。灯を点すことができる。
……そういう世界になったらいいなって。夢っていうか、夢物語だね」
戦争による貧困、身分による差別・区別。
もといた日本に比べると、この国には、苦しみながら生きているひとが多い。
そういう人の生活を底上げできたらと、漠然と考えていた。
「いや。すごい……夢だ。アイリスならキット、叶えられるよ」
「えへへ。だからやっぱり、頑張って卒業だけはしないとね」
私が言うと、アイザックは照れたように鼻をかいた。
「実は最近、クラスの女子から……アイリスのヒドイ噂ばかり聞かされてたんだ」
「えぇ!? ……ってまぁ、想定の範囲内だったわ」
「ナニが本当なんだろうってずっと思って聞いてたけど……
きっとイマおれが見てるアイリスが、ほんとのアイリスだ」
アイザックの言葉がむず痒くて、私は思わず目をそらした。
冷たい空気にあてられ、すこし身震いする。
「寒くなってきた?」
「え? あ……うん、大丈夫」
「……チョットだけ」
「っ!!」
そう言ってアイザックは私の肩に手を回し、そのまま腕に力をこめて肩を抱いた。
私は完全に、硬直する。
(こ、これはあくまで寒さ対策であって、アイザックのこの行動に深い意味などなく……)
完全に混乱している私を置きざりにしたまま、密着した肩からはアイザックの肌の感触と体温がこれでもかと伝わってくる。
アイザックは控えめに、囁くように言う。
「……アイリス。
男が、休暇中にふたりで出かけようって誘ってきたら―――下心が一切ナイってことは、まず、ナイ」
「っ……!!!」
それは、つまり、アイザックにも下心がある、ということであって。
「だから、ホカの誰かに誘われても……ホイホイついていっちゃ、ダメだからね?」
「わ…………わかり、ました」
「よし」
私の返答を確認すると、アイザックはひとつうなずき、私の頭を撫でた。
「中、入ろう」
そしていつもの笑顔に戻り、私の手を引いて屋上をあとにした。
室内に入ると、アイザックが魔導術で暖炉に火をくべた。
冷えた身体を温めながら、とりとめもないおしゃべりを楽しんだ。
「ホリデーは地元に帰るのかと思った」
「遠いもの。いずれ父や兄が王都へ来ることはあるだろうから、顔は見られるしね」
「夏季休暇は?」
「3ヶ月あるし、さすがに帰るかなー」
日が沈み、寮の門限が近付く。
アイザックは、寮の正門まで送り届けてくれた。
(ふしぎ。今日一日いっしょにいたのに、まだ、ふたりでいたいって、思っちゃう)
お礼を言いながら、アイアン製の門扉を閉めた。
名残惜しい気持ちにふたをして、寮に向かおうとすると。
「アイリス!」
門扉の向こうから、アイザックが私の名を呼ぶ。
『また、デート、誘っていい?』
声を張り上げ、浮き踊るようなヨキオット語が、ひびく。
その言葉の意味を反芻し、はずかしくなりながらも、私は手で小さく丸をつくった。
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