01 追放をまぬがれても





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「あの方、アイリス様でなくって?

 先日モトーリオ王子殿下に婚約破棄を言い渡された……」

「しっ! 人が変わったかのように大人しくなったと噂よ……」

「よく学院に戻ってこられたわね……」


 うわさ話に聞き耳を立てながら、私は【王立魔導学院】高等部への進学手続きを進めた。





 王都にある、ダヴフリン王国随一の魔導学院。

 現王妃の管理のもと、国中の優秀な魔導術師候補生が集まる学院だ。


 先日の断罪イベントは、その中等部の修業式後のパーティー会場で行われた。

 お開きとなる頃に、王子からでっちあげの罪を着せられ、婚約破棄を言い渡されたのだ。


(追放をまぬがれて、本当に良かった……私を信じて猛抗議してくれた両親に、感謝しなくちゃ)


 王子の言葉の多くは、証拠も根拠もない虚言だった。

 婚約破棄は承諾したものの、進学まで阻止されたらたまったもんじゃない。


(お父様とお母様は悲しんでいたけど、私はせいせいした。

 式当日に妻の妹と不倫するような男との結婚なんて、転生して王子になったとしても絶対に絶対に嫌だもの!!)


 前世に対する悲しみや未練はすぐに消え、あとに残ったのは一緒に転生した者たちへの苛立ち。


 その苛立ちも数日たつとどうでも良くなり、今はとにかく平穏に暮らしたいという想いしかなかった。





 大講堂でのオリエンテーションに参加するため、庭園の通路を移動する。


藍梨あいり


 すると背後から、前世での私の名を呼ぶ声がした。

 心臓が、ざわりとうごめく。


「あなたよく学校来られるわね」


 その声に振り返ることすら、はばかられる。

 前世でも今世でも、憎悪の感情しか浮かばない、相手。


「……出たわね、真音那まおな

「妖怪みたいに言わないでよ」

「あなたに会うくらいなら、妖怪のほうがまだましよ」

「あら。に対して、冷たくない?」


 蜂蜜色の髪の、うつくしい女生徒。

 子爵令嬢であり、去年学院に途中転入してきたマオーナ・ドロヴォーネフ。


 こっちの世界では血の繋がりはないが、前世では、私の双子の妹・真音那まおなだった。

 前世で私のすべてを奪いながら生きてきた、その、張本人だ。


「姉の夫を寝取っておきながら、どの口が言うの? はやく私の前から消えて……」

「マオーナ様? どうなさいましたの?」


 女生徒の声が、私の言葉を遮る。

 真音那マオーナの新たな取り巻きらしき、女生徒だ。何事かと慌てた様子で、こちらに駆けてくる。


「アイリス様、マオーナ様になにか御用ですか?」

「ア、アイリス様。あの、マオーナ様にはあまり近付かれないようにと、王子殿下が仰っていて……」


 数名の女生徒が、私から守るかのように真音那マオーナを取り囲んだ。

 真音那マオーナは目をうるうるさせて、女生徒の後ろに隠れる。


「アイリス様に突然怒鳴られて……怖かったの。ありがとう、みなさま」

「まぁ、本当ですの?!」

「いくらウィンラット侯爵家のご令嬢とはいえ、マオーナ様が王子殿下の婚約者候補となった以上は、お立場をわきまえられたらいかがです?!」


 女生徒の金切り声が、しずかな庭園に響く。


 このあきれた状況をどう切り抜けようかと考えることすらわずらわしくて、私が思考を手離していると。


「どけ」


 背後の頭上から、低い声が聞こえた。

 振り返ると、異国人らしき長身の男子生徒が私達を見下ろしている。

 私はハッと、我に返った。


(いけない……冷静に、ならなきゃ)


 女生徒らに「失礼いたします」と軽くお辞儀をして、私は彼女らから離れ歩き去った。






 女生徒らから十分に距離をとると、庭園の木にもたれかかり、座り込む。


(この世界でも私は、真音那まおなに人生をめちゃくちゃにされるのかな)


 今はまだ、私は侯爵令嬢で、真音那マオーナは子爵令嬢という身分の差がある。

 それでも、真音那マオーナが王太子妃となれば、話は変わってくる。


(とにかく、3年。この3年さえ耐えれば、正魔導術師の資格が得られる……

 それまで、我慢。我慢よ、藍梨)


 ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、頭を抱えていると。


「ダイジョブか」

「えっ」


 声の主は、さっき「どけ」と言った男子生徒だった。


 褐色の肌にダークブラウンの髪、青い瞳。あまりこの辺りでは見かけない見た目。

 しゃがみこむ私の目の前に、彼も座った。


「女、コワイ、あー……

「……?」

「とりかもら……とりかこまら……」

「……『とりかこまれてた』?」

「そう、それ」


 片言の、ことば。それでも、私を心配してくれていることは伝わった。


「は、はい! 大丈夫です、ありがとうございます」


 私が答えると、彼は嬉しそうに笑った。


「ヨカタ。立つ?」

「あ……はい」


 彼はさっと立ち上がると、私に手を差し出した。その手をとって、私も立ち上がる。


「おれ、ヨキオット帝国から、来た。名前、アイザック」

「あ……私は、アイリス・ウィンラットです」

「名前、似てル」

「ふふ、たしかに」


 ヨキオット帝国は、ダヴフリン王国の隣の大きな島国。

 ダヴフリン語は勉強中らしく、先ほど「どけ」と言ったのも、ふさわしい言葉が出てこなかったかららしい。


(外部生、だよね。留学生だなんて、珍しい)


 高等部は、ほとんどの生徒が中等部からの持ち上がり。

 そういう意味では、ひさびさに私のことを知らない人と話ができて、ほっとする。


「アイザック、ひとりで行くなよ!」

「おう」


 それからアイザックは、追ってきたヨキオット人らしき男子生徒と一緒に行ってしまった。





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