15 悪役令嬢?
この話の流れで、なぜ魔導術訓練を再開する話になるのか。
「理由は、2つ。
アイリスが虐げられる要因を、取り除きたい。
もうひとつは、モトーリオひとりがデカい顔するのが、気に入らない」
「そ、それがどうして魔導術訓練に……?」
話の展開についていけず困惑していると、今度はロニーが口を開いた。
「ヨキオット帝国において、魔導術は新しい文化です。しかしヨキオットは、弱小国というわけではない。
そのぶん、科学技術を生かした産業や文化が発展しているからです」
ロニーが言うとおり、ヨキオット帝国は弱小国というわけではなかった。
(たしかに、港に入ってくる船や品物を見る限り……我が国よりも、科学技術が進んでいるとは感じていた)
この世界は、魔導術と科学が同時進行で発展している。
魔導術に頼っているダヴフリン王国と、科学技術が進んでいるヨキオット帝国。
単純にこの2国の発展度合いを比較するのは難しいのだ。
「我々は、感覚的な要素の多い魔導術にも、科学的知見を取り入れています。
魔導術の導入に遅れをとったぶん、効率的に魔導力を上げる方法については、とくに重点的に研究が進められてきました」
たしかに、アイザックたちと魔導術訓練をするようになって、急激に魔導力が上昇したような気がしていた。先日
「アイザックも私も、魔導術を学び始めてまだ3年ほどしかたっていないんですよ」
「「3年!?」」
私と
ダヴフリン王国では、3歳頃から魔導術の訓練を始めている。元々の素質もあるとは思うが、それでも単純に4倍以上の速さでふたりの魔導力が上昇していることになる。
「つまり、アイリス、サレオット。ふたりを強くしてやるって、そういうことだ!」
アイザックはそう言って、どんっと自身の胸を叩いた。
· · • • • ✤ • • • · ·
それからというもの、昼休み、放課後、休日の多くの時間を、魔導術訓練に費やした。
ふたりの指導では、訓練の前に必ず《魔導力を身体の周囲に溜めおく》という基礎訓練を行った。
「効率よく魔導力を上げるなら、放出系より具現化系。
ようは魔導力を手元や身に纏っておく時間が長ければ長いほど、効率的に魔導力が上昇するんだ」
「アイザックは、寝てるときも魔導力を纏っていますよ」
ダヴフリン王国では、魔導力強化には《強力な魔導術をひたすら使う》ことが推奨されていた。
そういう意味ではアイザックとロニーの訓練は、たしかに画期的だった。
さらに効果的だったのは、魔導力を纏いながらの武闘訓練だった。
「《心・魔・身》という考えです。
私も
「ヨキオット流の訓練は、疲れるだろ」
「うん。でも、すごく力がついた気がする」
休憩がてら、アイザックと外の空気を吸いに屋内訓練場を出た。
ふたりとも、本当に熱心に訓練にあたってくれている。
「悪役令嬢に、ここまでしてくれるなんて……」
「なんだその、悪役令嬢って」
「えーと……主人公の令嬢を陥れるけど、結局破滅するライバルの令嬢……?」
アイザックに聞かれ、悪役令嬢がなんたるかを説明すると。
「よくわかんないけど、どっちが悪役かっていったら、マオーナのほうじゃないの?」
そう言われて初めて、いつの間にか立場が逆転しつつあることに気が付いた。
「た、たしかに……でもそうじゃなくても、ここまでしてくれるとは思わなかったよ」
「なんで?」
「正直……引かれると思ったから。本当はアイザックより年上だし、離婚歴も……あるし」
「驚きはしたけど、別に。おれの兄も、年上のお嫁さんをもらったし」
アイザックは特段、気にするようすもなくさらりと答える。
「アイリスがいた元の世界のことは良くわからないけど、せっかく新しい世界に来たんだ。
つらい思いをしてきたぶん、こっちで幸せに……なってほしいって、素直に思うよ」
そのやさしさに、胸が痛んだ。
麗央やモトオに出会う前に、アイザックと出会えていたら。
そんなありもしないことを、つい考えてしまう。
「次の休暇も、寮で過ごすの?」
「うん、そのつもり。1ヶ月しかないしね」
「休暇中、会いに行ってもいい?」
「ええ、もちろん!」
「アイリス、わかってる? デートに誘ってるんだからね?」
「っっ!!!」
私の反応を見て、アイザックは腹を抱えて笑う。
「あははっ、アイリスはほんと、可愛いな」
「か、からかわないでよ……!!」
「恋愛スキルなんか、おれ以下じゃん! 全然年上だなんて、思えないよ」
「それはほんとに否定できない……」
アイザックの言うとおり、年上だなんだと考えるだけ、無意味なのかもしれない。
いま私は、前世で育った藍梨ではない。
この新しい世界に生まれた、アイリス・ウィンラットなのだから。
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