14 誠実な者





「アイリス様ったら、モトーリオ殿下から婚約破棄されたと思ったら……次はサレオット王子殿下ですって」

「次から次へと……王族キラーにでもなるおつもりかしら?」

「でもまぁ、サレオット殿下ならお似合いじゃなくって? ……クスクス」


 放課後、第二王子 麗央 がⅠクラスの教室にやってきた。

 案の定、クラスのご令嬢たちは好き勝手にうわさ話を始めた。


「あんな言われ方して、藍梨あいり……大丈夫なのか?」

「もともと嫌われてるんだから、気にしてない」


 そう。

 2ヶ月後に迫った第一王子 モトオ の誕生日パーティーのエスコートを、第二王子 麗央 に頼んだのだ。

 ダンスの練習のため、ふたりで空き教室へと向かう。


 可哀想だけど、第二王子 麗央 は不人気だった。

 特定の婚約者候補もまだいないし、エスコート役として狙っている女生徒も少ない。


 第二王子 麗央 にエスコートしてもらうことで、私への反感はあるだろう。しかしもとより嫌われた身なので、これ以上反感を買おうが何をされようが、気にしない。


 そして、その攻撃が第二王子 麗央 に向くことはさすがにないはず。なんせ相手は、王族なのだから。


「このひと、なに?」


 意外にも、いちばんの軽蔑の目を向けてきたのは、アイザックだった。


「知ってるでしょ。サレオット第二王子」

「知ってるよ。でも、なに?!」


 アイザックは、空き教室までついてきた。ロニーもついでのように、ついてくる。


 私は改めて、パーティーのエスコートを第二王子 麗央 に頼んだこと、そのためのダンスの練習をしていることを、アイザックに説明した。


「だからって、こんなにイチャイチャする必要あるか?!」

「イ、イチャイチャって……ダンスの練習をしてるだけよ」

「パーティーは、おれを誘ってくれると思ってたのに……!!」


 そう言われて、ハッとした。

 たしかにアイザックからすれば、いちばん仲が良い自分が誘われるものだと思っていただろう。


 そもそも、デートまでした相手を差し置いて……と思われてしまっても仕方ない。


「ち、違うの! アイザックを誘って、アイザックがまた狙われたり、傷つくようなことになったら嫌だから……」

「俺は傷ついてもいいってか?」

「そういうわけじゃないけど、麗央レオは前世で私に借りがあるでしょ!」


 第二王子 麗央 が口を挟んだので、私は思わず素で返してしまう。

 するとアイザックが、眉をひそめた。


「前世?」


 しまった、と口をつぐんだが、もう遅かった。





 アイザックは、「すべて白状するまで帰しません」といった様子で、私たちの過去について追及してきた。


 私は、異世界から転生したことや、マオーナ《 真音那 》・第一王子 モトオ 第二王子 麗央 との関係について、洗いざらい吐くしかなかった。


「ようやくつながった。理解できたよ」


 アイザックは腕を組み、ふんと息を吐いた。


 そして、第二王子 麗央 に「廊下に立ってなさい」と言い、ロニーとともに廊下に追いやってしまった。


「し……信じるの? こんな話……」

「信じるよ。むかつくけど、信じる」


 アイザックは、怒っている様子だった。


「マオーナやモトーリオの行動も、アイリスがただ我慢してるのも、ずっと不思議だったけど……今の話を聞いて、理解した」

「……そっか」


 理解してもらえたのは良かったけれど、不安なのはこの先だった。


 アイザックはこの話を聞いて、どう思っただろう。

 私を軽蔑するのではないか、もう一緒に居たくないと思うのではないか。


「念のために聞くけど、モトーリオやサレオットに未練があったりする? まだ好きだったりとか」

「……それは、ない。私はもう、恋愛はしないって決めてるの」


 改めて麗央と話して、嫌でも気付かされてしまった。

 真音那のこととは関係なく、結局のところ、私は人に選ばれる人間ではないのだ。恋愛に不向きな人間なのだ、と。


「……いつも、捨てられてきた。手離されてきた。こんな想いはもう、したくないの」


 傷付きたくない。今の私の想いは、それだけだった。


 アイザックは少し間をおき、深く呼吸をする。


「アイリス。気持ちはわかるけど……忘れちゃいけないことがある」


 言葉を探しながら、アイザックはやさしく語る。


「君が……ひどい方法で別れを告げられてきたのは、君のせいじゃない。

 彼らが、簡単に人を捨ててしまえる男だっただけのことだ」


 私は、眉根を寄せ、くちびるを噛んだ。

 そうしないと、涙が零れてしまいそうだった。


「どんな事情があったにしても、彼らは君に対して誠実じゃなかった。

 誠実でない者に、価値を決めさせてはいけない。君の価値は、誠実な者に決めさせるべきだ」


 やさしく語り、アイザックはにっと口角を上げる。


「たとえば、おれみたいな」


 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。まばたきの瞬間、涙がぽろっとこぼれた。

 アイザックは指でそっと、私の目元をぬぐう。


「……アイザックは本当に、やさしいのね」

「誰にでもやさしいわけじゃない。おれは、アイリスに対して誠実でいたいだけだよ」


 やさしく、強く、まっすぐで。

 その言葉通り、誠実な瞳が私をとらえる。


「おれのように、君を誠実に想う者もいる。そういう者の言葉を、信じてほしい」


 どうしてこんなに、思いやってくれるんだろう。私はアイザックに、何も返せないのに。

 単なるなぐさめだとしても、嬉しかった。


「アイザック、そろそろ入るぞ」

「あぁ」


 廊下にいたロニーが、教室の扉を叩いた。

 アイザックの返事で、ふたりが教室に入ってくる。


「サレオット、いっこだけ聞く」


 アイザックは先程までとは違い、ピリリとした冷ややかな口調で言った。


「お前、アイリスにやったこと、心底反省してるか?」


 相手が第一王子 モトオ であれば、その言葉遣いを咎めただろうが、第二王子 麗央 はしずかに、深く頭を下げた。


「……心の底から、反省している。本当に、藍梨には……申し訳ないことをした」

「……わかった」


 アイザックが、私を見遣った。許すわけではないけれど、謝罪を受け入れるという意味で、私は頷いた。

 アイザックは再び口調を切り替え、言う。


「アイリス。放課後の魔導術訓練を、再開しよう」


 話の展開についていけず、私はぽかんと口を開けた。




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