13 空虚感





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 転生し、高等部に入学してから半年近く避けてきたのに、とうとう出くわしてしまった。


 そもそも、私は麗央レオと話すことなどないのだ。むしろ、関わりたくない。顔も見たくない。

 立ち去ろうとしたが、「待って」と腕を掴まれた。


「ずっと……藍梨あいりと話がしたかったんだ」

「それはどうも。私はあなたと話したくないんですけど」


 私は、嫌悪感を隠さず見せつける。

 モトオ第一王子と同じ顔をした麗央第二王子は、眉をたれて項垂れた。


「わかってる。

 本当にあの時は……君に申し訳ないことをした。謝っても許されるとは、思っていないけれど」

「もう終わったことなので、どうでもいいです。

 掘り返して、なんの意味があるんですか? 私にメリット、ありますか?」


 麗央に対してはある意味、モトオ以上に嫌悪感を抱いていた。

 彼氏という以前に、研究室の先輩として信頼していたのだ。


 遺伝子工学は新しい分野だが、お互いに大切にしていた研究だった。

 いつか人の役に立つと信じて、この分野を一歩でも前に進めようと心に決めて。


 どれだけ、傷ついたか。

 どれだけ、こころをえぐられたか。


「……本当に、ごめん。頼むから、話を聞いてほしい」

「…………」


 私は眉間に皺を寄せたまま、ふん、と息を吐いた。





「……俺も、最初は真音那まおなに騙されてたんだ。

 真音那は、藍梨あいりのふりをして俺に近付いてきたんだよ」


 しずかな空き教室に、第二王子 麗央 の声がひびく。


 またその言い訳か、と思いながらも別段、驚きもしなかった。

 真音那ならやりかねない。そもそも、前科がある。

 中学3年のときに、真音那は私の振りをして万引きをして、その罪を私に押し付けたのだ。


「研究に役立ててほしいって、データを渡されて……断ったけど、自分の気持ちだからって」


 いくら双子だと知らなかったとはいえ、気付かないなんてことがあるんだろうか。真音那と私は、それほど似ていたのだろうか。


(それに、役立ててほしいって言われたからって、内容をそのまま流用するのもありえない)


 麗央の弁解を聞きつつも、私はやっぱり麗央の行動を理解することはできなかった。


「発表の直後に、実は双子の妹だって……聞かされた。驚いたけど、もう、後に引けなかった。それで……」

「発表はそのまま、私から逃げて、真音那と結婚したってことね」

「……そういうことだ。本当に、すまなかった」


 言いたいこと、ツッコミたいことは山ほどある。

 山ほどあるけど、言う気にはなれなかった。今となっては何を言っても、もう意味などないのだ。別の世界に、居るのだから。


「……もう、どうでもいいことよ。終わったことだわ」

「俺も、結局……サレ夫になったしな。真音那とは、こっちに来てからほとんど話せてないし」

「同情はしないわ」


 第二王子 麗央 は、どこか寂し気にうつむいた。


(ふたりに子どもは居なかったみたいだけど……5年以上は夫婦として、一緒に暮らしてたのよね)


 騙されて出会ったにもかかわらず、結局麗央は真音那を選んだのだ。

 私ではなく、真音那を選ぶ理由があったということだ。


(私って結局、誰にとってもそんなものなんだろうな)


 思えば、生まれた時からそうだ。

 大事にされるのは、真音那。

 信じてもらえるのも、守ってもらえるのも、選ばれるのも、真音那。


 私が大切にしている相手も、居場所も。

 真音那が少し割り込んだだけで、亀裂が入る。相手から、手離される。

 それほど、ということだろう。


(なにもかも奪われてきたと思ってたけど……

 簡単に奪えるような状況をつくっていたのは、私なのかもしれない)


 そう思うと、気持ちが沈んだ。

 できることなら、向き合いたくなかった。知らないまま、真音那を恨んだまま、居たかった。


「大丈夫か? 顔色が悪い」

「……ええ。あなたこそ、大丈夫なの? あんなふうに噂をされて。

 しかも、自分の奥さん  真音那  を寝取ったモトオ実の兄第一王子になって……そのふたりが夫婦になるかもしれないなんて」


 考えたくなくて、話題をすりかえた。

 私とのことを除けば、麗央も現在なかなか不憫な状況にあることは、たしかだ。


「前世でのツケが回ってきたと、思ってるよ。

 どうせ俺に王位継承権が回ってくることはないし……魔導力が上がらないことには、役立たずの王子さ」


 サレオット第二王子    麗央    は、魔導力Cランクで、クラス。

 陰で、と揶揄されている。


 本来なら王位継承権のある王子がこんな呼ばれ方をするなんて、魔導力至上主義にもほどがある。


「悪いな、王族としてもう少し権威があれば……藍梨のことも何かしら、助けてやれたかもしれないのに」

「もう、いいってば」

「でも……」


 麗央も私の状況をなんとなく知ってはいるようだ。

 そこで私は、名案を思いつく。


「……そう思ってるなら、ちょっと頼まれてくれない?」


 麗央にしか頼めないことが、ひとつだけあった。





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