05 真音那の本性





 高等部入学から、1か月。

 アイザックとロニーという友人ができたおかげで、私は学生生活を続けられている。


 今日の最後の授業を終えると、アイザックが心配した様子で声をかけてきた。


「アイリス。さっき授業、遅刻。なぜ?」

「教室が変わったっていう、嘘の情報を教えられたの」


 その女生徒は真音那マオーナの取り巻きではなかったので、素直に信じてしまった。


 今となっては、嫌がらせはクラス全体に規模が広がっていた。もはや『いじめ』と言った方が言葉としては正しいだろう。


「アイリス、悪いこと、ないのに」

「ありがとう。アイザックは、やさしいね」


 私が言うとアイザックは、口をとがらせた。


 王子モトオがちょっかいを出してくるのは変わらないけど、寄ってくる頻度は減った。

 言葉の通じないアイザックらと関わるのを、避けているようだ。


(本当に、ふたりのおかげで心折れずにいられるのかも)


 アイザックもロニーも、詳細な身分や家族のことは生徒たちに明かしていない。

 そもそも、ヨキオット帝国は帝制こそあるものの、貴族制というものがない。


(この学院に入れる時点で、富裕層には違いないだろうけど……

 大きな商家の後継ぎとか、政治家の息子とか?)


 長く戦争下にあったヨキオット帝国。

 海を挟んだ隣国にも関わらず、ダヴフリン王国との国交は、ほとんどなかった。


 しかし数年前、ダヴフリン現王の妹が、ヨキオット皇帝の次男のもとに嫁いだ。ヨキオットへの戦争支援等も重なり、二国は友好国同士となったのだ。





 放課後、ため息をつきながら教職員室を出た。

 授業の遅刻に関して、先生から事情を聞かれたのだ。


 軽微な嫌がらせに対して、学院側はいちいち動かない。

 いじめられる方が悪いので自分で解決するように、というスタンスなのだ。


 そもそも学院は、魔導力至上主義なところがある。

 成績だけでⅠクラスに滑り込んだ私のような生徒───しかも王子から婚約破棄された生徒のことなど、きっと眼中にない。


(学院がいまの王妃の管理下に置かれてからは、特に如実だって聞いたし……)


 王国としては、とにかく魔導力の高い人材を育てたいのだろう。





 教室に戻ろうと廊下を進むと、真音那マオーナにばったり出くわした。

 無視して通り過ぎようとすると、腕を掴まれる。


「ねぇあなた、まだこの学院に居座るつもり?」


 何を言っているんだと、私は目を細めた。


「当たり前でしょ。、学院を卒業しないと生きていけないもの」

「たしかに。婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢なんて、だれも嫁に迎えたくはないでしょうね」

「それで結構。私は結婚なんかせずに、ひとりで生きていきますので」


 腕を振りほどいて去ろうとすると、真音那マオーナは私の制服の胸元をつかみ、私の身体を壁に押し当てた。

 身長の高い真音那マオーナが、私を見下ろす。


「目障りだから、学校辞めろって言ってんの。わかんない?」

「……こっちでは本性見せるのね。前世にいた頃は、私にすら猫かぶってたくせに」

「面倒ごとを避けてただけよ」

「あぁそう。目障りなのはお互い様だけど、そんなに嫌なら目隠しでもしておけば?」


 真音那マオーナは苛立ったようすで、胸ぐらを掴む手に力をこめた。


(本性を出してきたのは、余裕がない証拠かな……私にこだわる理由は、いまだにわからないけど)


 いずれにしても、関わるべきではない。私は腕に力をこめ、真音那を押し返した。


「あなたは王子殿下 モトオ と幸せになるんでしょう。もう、私に構わないでよ」


 言い返しても、キリがない。

 苛立つ気持ちを抑え、私は真音那に背を向けた。


 きっと何千年、何万年と話をしたところで、私と真音那の考えが通じ合うことなどないのだ。


「───あんたさえいなければ、私は幸せになれるのに……!」


 私の背中に投げ捨てられた真音那の言葉だけが、広い廊下に冷たく響いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る