06 放課後の魔導術訓練





 沈んだ気持ちを切り替え、私は屋内訓練場へと向かった。

 最近は、放課後はアイザックとロニーと魔導術訓練をして過ごしているのだ。


「アイリス、待ってタ」

「ごめんね。ちょっとゴタついて。今日は何する?」

「今日はあの、じゅちゅ……あー、じゅち、ふ」

術符じゅつふのこと?」

「そう、それ。教えテ、ほしい」


 教科書を広げ、ヨキオット語に訳しながら基礎から確認を行う。


『複雑な魔導術を発動しようとすると、どんな手練れの魔導術師でも時間がかかっちゃうの。

 だからあらかじめ、魔導術符ソーサリー・コードを作っておく』


 【魔導術符ソーサリー・コード】。

 いわゆる《魔法陣》が描かれた紙のようなものを指す。

 《符号コード》を一定の法則に従って記述することで、魔導術を発動することができる。


魔導術符ソーサリー・コードさえあれば、瞬時に術を発動できるってことか』

『そういうこと』

『ヨキオットでは術符を見ること、なかったんだ』

『使えると便利なのにね』

『魔導術自体、ヨキオットではまだ新しい文化だから』


 私は、自分用にまとめた魔導術符ソーサリー・コードに関するノートを開いた。


『基本構成はわかるよね。発動要件とか、目的符号とか』

『構成は……なんとなく。

 この、符号コードを覚えるのが、大変なんだ。並べ方の条件とか、法則も』

『写したり調べたりして符号構築コーディングするうちに、よく出てくる符号や法則は自然と頭に入ると思うよ』


 ノートを見ながら説明すると、ロニーも興味深げにノートを覗き込み、言う。


『……すごく勉強されていますね』

『こういう記号の羅列、好きなの。法則を見つけたり、構成を考えたりするのも』

『ノートを拝見しても?』

『もちろん』


 ロニーが興味を持ってくれたことが嬉しくて、私は快く承諾した。


 前世で私は遺伝子工学を研究し、大学卒業後はシステムエンジニアとして働いていた。

 どちらも、ある意味では文字の羅列。


 だからこそこの世界で、魔導術符ソーサリー・コードのおもしろさにハマったのだ。


『これは、なんですか?』


 ロニーが開いたページに、細かく書き込まれた魔導術符ソーサリー・コードが挟まっていた。


(いけない、挟んだままにしていたのを忘れてた)


 あまり対外的に話すべきことではないけれど、まぁこのふたりならいっかと開き直る。


『私が書いたの。……〖飛翔フライ〗の魔導術符ソーサリー・コードよ』

『〖飛翔フライ〗って……、ですか?』

『そう。オリジナルの魔導術符ソーサリー・コード


 ロニーは目を丸くした。

 軽い物体を浮遊させる魔導術はあるが、人間を浮遊させることはできないとされてきたからだ。


『人間の浮遊は、容量内に符号がおさまらないと聞きましたが……』

『お、ロニーは詳しいんだね。

 そう、〖浮遊フロート〗から応用させようとすると符号が容量をこえちゃうの』


 記述できる符号には、限度がある。

 〖浮遊フロート〗は、《物を浮かせる》術。

 【重魔導術】 ヘビー・ソーサリー にあたるので、それを人間の浮遊に応用しようとすると、符号が容量をこえるのだ。


『それなら、どうやって……』

『方法は色々あるだろうけど、私の場合は大気属性と無属性の【軽魔導術】 ライト・ソーサリー を組み合わせて構築してる。だから、扱いは【軽魔導術】 ライト・ソーサリー になるの』


 ロニーはふむふむと頷いているが、アイザックは理解するのをあきらめた様子だった。


術符構築コーディングは発想と構成力とは聞いていましたが、まさか学生のうちにそんな真似ができるとは……』

『仮だけど、魔導協会で特許申請もしてるの。

 ほんとは、正魔導術師になるまでは口外禁止って言われてるから……ふたりも内緒にしてね』


 私は肩をすくめ、笑ってごまかした。ふたりは頷き、理解してくれたようだ。


(前世の知識と経験があってこそできたことだし、なんだかズルのような気もしなくもないけど……)


 それを素直に話すわけにもいかないので、申し訳ないと思いつつも言葉を飲み込んだ。


『術符があるってことは、おれでも飛べるってこと?』

『うん!』


 改めてアイザックに、術符の構成を説明した。構成を理解しないと、制御ができなくなるからだ。

 アイザックはさっそく、〖飛翔フライ〗の術符を発動した。


『お、お、浮いた!』

『仰向けにならないように、体を前傾させて』

『いや、これ、バランスとるの難しい……!!』


 どうしても重心は後方に傾きやすくなるので、アイザックは宙に浮かんだまま仰向けになりかけている。

 私も同時に〖飛翔フライ〗を発動して浮かぶと、アイザックの手をとった。


『慣れないと安定しないよね。手、支えててあげる』

『あ、う、うん』


 私が両手を支えると、アイザックは体を回転させ、安定した前傾の姿勢をとることができた。


『うまいね。このまま移動してみよう』


 私が手を引くと、アイザックもバランスを取りながら飛翔する。

 徐々に慣れてきたようで、手を離してもすいすいと宙を飛ぶことができるようになった。


『すごい! 気持ちいいな、これ!!』

『でしょ? これを世に送り出すために、私はなにがなんでも学院を卒業したいの!』

『その夢、絶対叶えるべきだ!!』


 アイザックが私の望みを《夢》と言ってくれたことが、嬉しかった。

 絶望が重なるばかりの学生生活も、ふたりがいれば明るく、軽くなる。そんな気さえするから、不思議なものだ。

 



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