20 カオス・パーティー






 学院は、春休みに突入した。


 私はそのまま、大使館の宿泊施設でお世話になることになった。

 あの部屋を使っていいと言われたけれど、さすがにそれは断った。


 その間に、捜査局からの聴取を受けた。

 目撃者もなく、状況証拠のみで明確な証拠はなかった。あの部屋は閉じられてしまったのか、すでに入れなくなっているらしい。


 私が飲まされた薬は、違法取引されている禁止薬物のようなものではないか、ということだった。


(結構、ほんとに、ヤバイ状況だったのね……)


 アイザックが気付いていなければ。鳥の魔導術符を使わなかったら。考えるだけで、ぞっとする。








 それから、1週間がたち。

 予定通り、モトーリオ第一王子の誕生日パーティーは開催された。


「アイリス。できるだけおれのそばを離れるなよ」

「う、うん」


 Ⅰ・Ⅱクラスの生徒は一旦集められ、受付に荷物を預ける。


 ロニーは一斉取り締まりと話していたけど、具体的になにが起こるのかはわからない。

 最大限の防御魔導術を発動し、パーティーに臨む。


 さすがに第二皇子 麗央 からエスコート役を変えるわけにはいかず、アイザックは、できる限りそばについていてくれることになった。


「アイリス・ウィンラット様。ウェルカムドリンクでございます」

「ありがとうございます。……すごい、グラスに名前が入ってるんですね」

「飲み終わりましたらグラスをお預かりして包装し、お帰りの際にお渡しいたします」


 開会前、会場の外の庭で、ウェルカムドリンクが配られる。

 名前入りのシャンパングラスとは粋だなと思いつつも、先週の失敗があるので、口に付けた振りをしてやり過ごす。


「アイリス!」

「お父さま! お兄さまも!!」

「やあ、久しぶり。元気にしてたかい?」


 第一王子の誕生日パーティーとあって、侯爵以上の爵位家からの列席者も多い。

 ウィンラット家からは、父と長兄が招かれていた。

 兄はひそひそと、私に耳打ちする。


「……なぁ、サレオット王子殿下がお前をエスコートするっていうのは、本当か? それにあのヨキオットの学生とは、どういう関係なんだ……?」

「いろいろ……事情がありまして。深い意味はないので、安心してください」

「お前のことは信じているが、あまり父上に心配をかけるなよ。なにか困っているなら、俺に相談しろ」

「えぇ。ありがとう、お兄さま」


 私が言うと、兄は私の頭をぽんぽんと撫でた。アイザックは父に挨拶をしている。


(たしかに、私の家族から見たら、カオスよね……

 第一王子に婚約破棄され、第二王子にエスコートされ、ヨキオット人の男子生徒が傍につきっきりで……)


 全部片付いたら、家族には話せることは話さなければ。






 第二王子 麗央 にエスコートされて、会場の入口から入場する。


 主賓の第一王子 モトオ は、真音那マオーナとともに会場内で招待客に挨拶をしている。

 私たちも形式的に第一王子 モトオ の前に赴き、挨拶をした。


「よぉ」

「……先日は、どうも」

「あれから見かけなかったが、身体は大丈夫だったか?」


 言葉とは裏腹の、ニヤついた顔。

 飛び蹴りを食らわせてやりたいけれど、我慢する。


 広い会場内には、多くの人が集まっていた。

 国王は所用により遅れての参加とのことで、代わりに王妃が挨拶をした。

 続いて第一王子 モトオ が挨拶をすると、思いきや。


「いくぞ、藍梨」

「はっ?!」


 突如、私の手をとる、第一王子 モトオ 

 第二王子 麗央 の隣に立っていた私は、二、三歩前に出される。


「私の誕生日祝いに集まってくれたこと、心から感謝する。

 この度、正式な婚約者を決定したので、ここに発表する───アイリス・ウィンラット」


 だれもがぽっかりと口を開け、驚きの表情でこちらを見ている。


「この者を、私の婚約者とすることにした」


 あぁ、なるほどね。

 そういう強行手段をとるわけだ。


 呆れと苛立ちで、めまいがした。

 こいつは本当に、だった。


「し、しかし殿下、わが娘との婚約は一度破棄され……」

「あぁ、そうだったな。だから、


 オロオロしながら言う私の父に、第一王子 クズ はしれっと答えた。

 その後ろでは、真音那マオーナがわなわなと震えている。


「お、王子殿下……!!

 これは、ど、どういう……わた、わたくしは、どうなるのですか……!!!」

「どうもこうもない。マオーナより、アイリスを気に入っただけのことだ」

「そん……な……!!!」


 さすがにこれは、真音那マオーナがかわいそうだった。一同が、同情の目を真音那マオーナに向ける。


(なんたるカオス……というかこれ、私、積んだ……?)


 くらくらと、めまいがする。

 考えを放棄したくて、いますぐこの場から逃げ出したくて、目を細めた。


 真音那マオーナは俯き、肩を震わせている。


「……んで……いつも……んたさえ……」


 そして、ぽつりぽつりと、掠れた声をあげる。

 会場がますます静まり返った、その次の瞬間。


 真音那マオーナはテーブルにあったグラスを掴んだ。

 そして、第一王子 モトオ の隣に立つ私に、グラスの中身をぶちまけた。


 一瞬のことに、私は1ミリも動けなかった。


「あんたさえいなければ私は幸せになれたのに!!!」


 真音那マオーナはそのまま私に体当たりし、バランスを崩した私の身体に馬乗りになった。


「あんたはいつも目障りなとこにいる、あんたがいつも奪う!!

 あんたがいるせいで私は幸せになれない、私は、私は……!!!!!」


 周囲の男性たちが、私から真音那マオーナを引き剥がした。

 アイザックが私に駆け寄り、守るようにしながら私を引き起こす。


「あんたさえいなきゃ!! あんたさえいなきゃよかったのに!!!」


 すると、なおも暴れる真音那マオーナに、ひとりの男性が近付く。

 銀糸が織り込まれた金青色のローブを羽織った男性は、真音那マオーナに向け手をかざし。


「〖SS級:拿捕・制圧キャプチャー/アプリヘンド〗」


 一瞬のうちに、魔導術を発動した。


(え……SSクラス……!!)


 SSクラス。

 10万人に1人といわれる、Sクラスよりも上位の魔導術師。


 マオーナはいとも簡単に捕縛され、同じローブを羽織った別の者たちの手に渡る。


「なによこれ!! 離して、離してよ!!!」

「魔導捜査局の治安維持部隊だ。

 マオーナ・ドロヴォーネフ。公共秩序維持の観点から、お前を連行する」

「なっ……!!」


 真音那マオーナだけでなく、この場にいるほとんどの者が状況を飲み込めていなかった。


「待ってください!」


 声をあげたのは、第二王子 麗央 


「マ……マオーナは傷ついていました。それはあまりにも、彼女が可哀想では……」

「この者には、もかかっておりますので。いずれにしても連行します」

「いやぁああ、なんで、助けて……!!!」


 第二王子 麗央 に対し最低限の礼節を払いながら、ローブの男は真音那マオーナを連れていった。


 ほかの嫌疑とは? 魔導捜査局が動くほどのことって一体。

 ぼう然とする私に、アイザックが隣でそっと囁く。


「アイリス。君はとりあえず、着替えたほうがいい」

「え、ええ、そうね」


 アイザックに付き添われ、私は控室へと向かった。






「アイリス、大丈夫か」


 替えのドレスに着替え終えると、アイザックが廊下で待っていた。


「ええ……真音那マオーナは、どうなるの? 捜査局が出てくるなんて、一体なにをしたの?」

「……それは、あとで必ず説明する。おれもまだすべてを聞いたわけじゃないから」


 思考が完全に、迷子になっていた。

 真音那マオーナのこともだけど、自分のことも。


 本当にこの望まない結婚を、受け入れなければならないのだろうか。

 なぜ私の人生は、こうも人に振り回されるんだろうか。


 もう、考えることに、疲れてしまった。

 それでも思考を手離してしまったら、きっと、地獄に引きずり込まれてしまう。 


「アイリス。

 ……どんな手を使ってもいいなら、モトーリオとの婚約を解消できる」

「え……!?」


 アイザックの言葉に、私ははっと顔をあげた。


「ただし……をとることになる。

 おれを、信じてくれるか」


 いつになく真剣なアイザックの表情。

 その青い瞳に、揺らぎはない。


「……信じる。アイザックのことを、信じるわ」


 私が答えると、アイザックはふっと笑った。

 そして、について、耳打ちをしてくれた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る