21 横暴な手段






 会場に戻ると、パーティーが再開されていた。

 あの一時の混乱が、嘘のようだった。


 私が会場に戻ったのと同じころ、国王陛下も会場に来られていた。なにやら真剣な表情で、従者と会話をしている。


 会場に戻った私を見つけ、第一王子 モトオ が下品なニヤけ顔を見せた。


「よォ、婚約者! そっちのドレスもいいじゃねえか」


 第一王子 モトオ に腰を抱かれそうになり、ぐっと身を硬くする。

 すると、アイザックがあいだに入り、第一王子 モトオ からの接触を阻んだ。


「あぁ!? なんだ、ヨキオット人が……」

「モトーリオ王子殿下。

 残念だが、この結婚は認められない」


 アイザックのよく通る声は、賑やかな会場の空気を変えた。

 なにごとかと、招待客がざわつく。


「な……お前はいったい、何を言って……」

「アイリス・ウィンラットに対しては、からだ。

 まだ返事はもらっていないがな」


 そう。

 アイザックの言った、横暴な手段―――


 第一王子 モトオ よりも、、と。そういう話をでっちあげることだった。


「……は、ははははっ!!

 何を言い出すかと思ったら、はァア!? お前一体、何様だ?

 ダヴフリン王国の王子から婚約者を奪おうなど、聞いたことがない!!」


 第一王子 モトオ の反応は、アイザックの想定通りだった。

 するとアイザックの背後からロニーが顔を出し、一歩前へ出る。


「お言葉を慎み下さい、モトーリオ王子殿下」


 ロニーが鋭い口調で言うと、会場は完全に静まりかえった。

 そして―――


「この方は、、アイザック殿下であらせられます」

「なっ……!!」


 ヨキオット帝国、第三皇子。

 アイザックは、現皇帝の三男にあたる。


 ―――薄々、感じてはいた。

 先ほどのアイザックからの耳打ちで、ようやくそれを明かされたのだ。


 ヨキオット現皇帝の実子ではあるが、出生時に帝国が戦争下にあったため、世間には三男の存在は公表されていなかった。

 だから学院のだれしもが、などとは考えもしなかったのだ。


 それは、第一王子 モトオ も同様だったようで。


「だ……第三、皇子だと……?」

「貴国も合意している国家間和平協定の第4条・第3項に、王室・皇室間における婚約者の扱いは、と明文されております」

「そ、そんな、バカな……!!」

「アイリス嬢からはまだお返事を頂けていないとはいえ、プロポーズはアイザック皇子殿下が早うございました。したがって今は、アイザック殿下のプロポーズが優先となります」


 理路整然と語るロニーに、第一王子 モトオ はぱくぱくと口を動かすのみだった。


 アイザックがまた一歩、前へ出る。

 姿勢よく、凛とした表情で第一王子 モトオ に向き合う。


「つまり、アイリスが私からのプロポーズを断った場合にのみ、殿下に権利が回ってくるということだ。

 ただし……あなたは幾度となく、彼女を裏切り、傷付けた。そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう。

 今一度、己のこころと向き合うべきだと、私は思う」


 前世でも今世でも、傷付けられ、踏みにじられてきた記憶がよみがえる。

 それでも立っていられたのは、アイザックやロニーが傍にいてくれたからだ。


「アイリスは、身に降りかかる不幸を背負いながらも立ち続けた。国のため、世界のため、弱き者のために成長し、自身の持てる力を発揮しようと奮闘していた。

 これほど聡明で、慈恵のこころに満ちた女性を傷つけることは―――たとえ一国の王子殿下であっても、許されるべきではない」


 アイザックの言葉に、胸が痛んだ。

 ずっとアイザックは、見ていてくれたんだ。

 前世では、モトオも、麗央も、真音那も、両親さえも……だれも見向きもしなかった私の内面を、見てくれていた。


 第一王子 モトオ は、顔を真っ赤にして震えていた。


「ど、どいつもこいつも、コケッ……コケに、しやがって……!!」


 そして踵を返し、会場から立ち去ろうとする。


「待て」


 第一王子 モトオ の足を止めたのは、国王陛下の声だった。 


「……その前にお前には、学院における振る舞いについて追及すべきことがある。その他の嫌疑についてもな」

「国王陛下……!!」


 第一王子 モトオ の顔が、一瞬にして青ざめた。

 国王陛下の横にいる王妃が、慌てたようすで口を挟む。


「陛下!? それはこの場では……」

「王妃。そなたにも言うべきことがあるが、まずはこの愚息についてだ」


 国王陛下の言葉に、王妃も青ざめた。


 第一王子 モトオ は後がないと察したのか、国王陛下に食い下がる。


「国王陛下!

 わたくしを、唯一の跡を継ぐ者として……かけがえのない息子だと、仰っておられたではないですか……!!」

「なにか勘違いしているようだが……不道徳な行いを赦すという意味ではない。

 それにサレオットがAランクとなった今、重視されるのは国王としての資質。いま一度それを、見極める必要があるようだ」


 国王陛下は淡々と、冷ややかに言い放った。

 第二王子 麗央 の魔導力ランクが上がったことで、第二王子 麗央 も王位継承権を得たようだ。


(まさか、ここまで想定して、第二王子 麗央 にも魔導術訓練をしたのかしら……? アイザックもロニーも、底知れない……)


 すると、国王陛下のもとへ従者らしき者が赴き、耳打ちをする。

 国王陛下は立ち上がり、会場で唖然とする招待客らに視線を向けた。


「さて。

 準備が整ったようなので、一旦閉会とさせて頂く。学院の生徒は、生徒用の控室へ。

 それ以外の賓客は、別会場にて改めてもてなしをさせて頂こう」


 その言葉を合図に、始まったのは―――学院の生徒に対する、魔導捜査局の一斉取り締まりだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る