18 知らない天井





 目が覚めると、知らない天井が見えた。

 やわらかなベッドに、身体が完全に沈んでいる。


(ふかふかで、気持ちいい……寮、じゃない……ここは……)


 頭痛でめまいがしそうだったけど、重い瞼をあけ、頭をもたげた。


「気が付きましたか」


 声の主は、ロニー。ベッドの横の椅子に、座っている。

 そして、ベッドサイドの床に座り込み、アイザックが眠っている。


「体調はいかがですか? 痛いところは?」

「だ……、大丈夫」

「恐怖感や、過度なストレスを感じることは?」


 そう言われてようやく、思い出す。

 部屋に捕われていたこと。もうだめだと思った時に、アイザックの声が聞こえたことを。


「……ふたりが、助けてくれたの?」

「アイザックが、会場にあなたが居ないと気付き、。あの鳥が居なければきっと、あなたを見つけられなかったでしょう」


 ロニーは、テーブルの上に置かれた私の鞄に目をやった。

 鞄のキーホルダーとなっている《止まり木》で、淡青色と薄紅色の鳥のおもちゃがすやすやと眠っている。


「駆けつけたときには、朦朧としているあなたがひとり、縛られていた。

 なんらかの薬を飲まされていたようなので、すぐに医術師に診てもらい―――薬の影響は軽減されていると思いますが、大丈夫ですか?」

「う、うん。大丈夫だと……思います」

「それなら、よかった」


 ロニーはほっとした様子で、ようやく笑顔を見せた。

 まるで公爵家の館のような広い部屋。窓の外は、白みかけている。


「ここは……?」

「一昨年できたばかりの、ヨキオット大使館の公邸です」

「た、大使館……!?」

「ここなら、なにかあればすぐに医術師を呼べますので」


 なぜ大使館に、と尋ねたかったが、その前にロニーが言葉を続けた。


「今回の事件、このままいけば王妃と学院長により揉み消されるでしょう。

 勝手ながらその前に、然るべきところに報告だけ挙げさせて頂きました」

「し、然るべきというと……」

、ということです」


 学院の総責任者は、学院長、それに王妃。その王妃の上となると、国王陛下しかいない。

 状況はまったく掴めていないが、ロニーは口を挟まれたくはない様子だった。


「本当にごく簡単に、話せることだけを話します。

 我々はとある方からの依頼により、学生生活の傍ら、学院の内部調査と第一王子の素行調査を行っていました」

「内部調査!?」


 いわゆる、スパイのようなものだろうか。ますます、ふたりの存在が謎に包まれてゆく。


「あなたもご存知のとおり、学院内には様々ないじめや犯罪が横行していた。

 現在は、魔導捜査局をはじめとする様々な機関が極秘捜査にあたっており―――来週のパーティーで、一斉取り締まりが行われる予定です」

「一斉取り締まりって……!」

「学院内に横行するさまざまな犯罪に関して、です。

 あなたが望めば今回の事件も、監禁・暴行事件として追及できます。望まれるなら、捜査局の聴取の段取りを手配いたします」


 私はごくりと唾をのんだ。

 そうすべきなのかどうかもわからないし、あまりにも事態が複雑すぎて、うまく説明をする自信もなかった。


「頭が混乱してて、その……」

「わかっています、急ぐことはありません。

 来週のパーティーまでは、ここで寝泊まりができるよう手配しています。この先のことについても、ゆっくり話し合いましょう」


 ロニーはまるで、私の返答を予想していたかのように、あっさりと答えた。


 私が意識を失っているあいだに、なにがあったのか。

 そもそも今まで、なにがあったのか。ロニーやアイザックは何者なのか。

 わからないことばかりだったけれど、ロニーはこれ以上説明を続ける気はないようで。


「最低限の説明はいたしましたので、とりあえず、アイザックを起こします」


 そう言ってロニーは、ベッドに頭を預けて寝ているアイザックを、ぺちんとひっぱたいた。

 『いてぇッ!!』と声をあげ、アイザックが目を覚ます。


「アイリスに話せる範囲で説明しました。

 あなたも言いたいことがあるかと思いますので、起こして差し上げました。私はあなた方の朝食を用意してきます」


 つらつらと言葉を並べると、ロニーは部屋を出ていった。





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