エピローグ






 ◇◇◇


 春休みの最終日。


 マオーナが魔導捜査局から釈放されると聞き、アイザックはロニーとともに面会に来ていた。

 結果として―――格子こうしごしに話しかけるものの、マオーナは無表情のまま、何も語らなかった。


殿

「……よう、サレオット」


 捜査局を出たところで、サレオットとすれ違う。


かしこまるのはやめようぜ。今んとこあなたは同級生で……だ」

「……前世の、だけどね」

「あと、魔導術の教え子でもあるな!」

「優秀な師匠のおかげで、ずいぶん成長できたよ」

「だろー? 授業料請求するかな」


 アイザックはふざけて見せたが、サレオットの表情は冴えなかった。


の様子を見に来たのか?」

「……だよ。一応、心配だから」


 こちらの世界に来てから、サレオットはマオーナとほとんど会話をすることはなかったと、聞いている。

 不倫までされたというのに、この献身っぷり。

 頭が下がるというか、酔狂というか。


「マオーナがなぜあそこまで、アイリスを執拗に追い詰めたのか……

 サレオットは、知ってるのか?」


 マオーナと話せたら、聞きたかったこと。

 アイリスの今後の安全のためにも、アイリスをあれほどまで恨む理由を、確かめておきたかったのだ。


「アイリスには絶対、言うなよ」

「あぁ」


 サレオットは言葉を選びながら、しずかに語り始めた。


藍梨アイリスを恨む、直接の原因が何かは知らない。俺には、藍梨アイリスに対する恨みごとを話すこともなかったし。

 でも……『双子なのに藍梨アイリスはなんでも持ってる』っていうのは、よく言ってた」


 その言葉の真意がわからず、アイザックは眉をひそめた。


「ふたりはほんと、真逆なんだよ。

 藍梨アイリスは、マイペースで要領がいい。器用なうえに理解力も高いから、好きなことをしながら、勉強も部活もそれなりにこなせる。

 真音那マオーナはどっちかというと、努力タイプ。病気で運動は制限されてたから、必死に勉強して成績あげて。対人関係もすごく気を遣ってた。

 ……真音那マオーナ藍梨アイリスの邪魔をすることでしか、藍梨アイリスに対抗できる術がなかったんだと思う」


 聞くかぎり、アイリスはだれかを傷つける目的などなく、ただ自分らしく生きてきただけだ。

 ただ、その姿を間近で見ていたマオーナは、同じ双子でこうも違うのかと、悲観的になってしまったようだ。


「すまん、藍梨アイリスを下げるつもりで言ってるんじゃない。

 だからって真音那マオーナがやってきたことが許されるわけでもないからな」

「……まぁ、少なくとも……アイリスに聞かせたい話ではないな」

「だろ? 藍梨アイリスはなにひとつ、悪くないんだから」


 アイリスは、悪くない。

 それでも、知らずのうちにマオーナの劣等感を煽ることになってしまった。

 そういう意味では、ふたりは運命のいたずらに翻弄された被害者とも、いえるのかもしれない。


「それに…… 

 前世の真音那マオーナは、先天性の病気でだったんだよ」

「妊娠できないってことか?」

「そう。

 だからそういう……無力感みたいなものを、真音那マオーナはずっと抱えてたと思う」


 サレオットはしずかに、重々しく続けた。


「こうやって、藍梨アイリス真音那マオーナが強制的に引き離されたのは……結果としてはよかったんだよ。

 2人は、離れて人生を歩んだほうがいいんだ」


 マオーナの罪は傷害未遂とされ、アイザック側も不問としたため起訴はされなかった。

 しかし、これまでのいじめの内容を重くとらえ、学院は退学処分となることが決定している。


「モトーリオは? いま、どんな状況だ」

「更生の意味も込めて軍の訓練学校に入ることが決まった。それまでは帝王学や倫理学をいちから学ばせると言っていたよ」

「そんなもんであいつの性根が叩き直せんのかね」

「どうだろうな」


 その後の捜査で、第一王子モトーリオの禁止薬物の所持・使用が明らかとなった。

 アイリスの監禁の疑いについても国王陛下は把握しているので、それを加味しての今回の処罰なのだろう。


 サレオットに別れを告げ、ふたりはそのまま街へ向かい、アイリスとの待ち合わせ場所に向かった。


「アイザック!」


 さきに待っていたアイリスが、こちらに笑顔を向けた。


「ごめん、待たせた?」

「ううん、いま来たところよ。用事は終わったの?」

「あぁ、一応ね」


 前世のころから深い闇に捕らわれ、心を閉ざしながらも、真っ直ぐと立ち続けるアイリス。

 アイリスと自身を比較し、アイリスからすべてを奪ってまでも幸せを掴もうとしたマオーナ。


 つまりは、陰と陽なのだ。


 アイリスは、『いつもマオーナが選ばれ、自分は捨てられる』と話していた。きっと、アイリスからみればマオーナが《陽》だった。

 しかしマオーナからみれば、アイリスが《陽》だったのだ。


(マオーナのことは理解できないけど、同情はする)


 様々な要因が重なり、少なくともマオーナは、追いつめられていた。その後の行動は、決して許されるものではないが。


 アイリスを守るためにも、この先のマオーナの動向についても注意深く見守る必要がある。

 もう二度と、アイリスが他者に傷付けられるような状況は作りたくない。


「どうしたの? こわいカオして」

「ううん、なんでもないよ。ロニー、また夕方迎えに来てくれ」

「承知いたしました」


 ロニーに言うと、アイザックはアイリスの手をとり、歩き出した。


 春の訪れをつげる暖かい風が、街のなかを吹き抜ける。

 この穏やかな日々を、守る。

 そう誓いをこめて、アイリスの手を強く握り直した。





 fin.






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【完結】W不倫されて皆まとめて転生したのに、私が悪役令嬢ってどういうこと?! pico @kajupico

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