第20話 解放
エスカトーレ・マグィナツは幼少の頃から少し変わっていた。
上流階級の『マグィナツ家』の嫡男として産まれた彼は武芸の才に恵まれなかった。
理由は彼に与えられた『
分かりやすく言うと『錬金術』にも似た彼の能力は無から有を創り出す事は出来ない。
それでも、
彼は『マグィナツ家』として、『王国騎士団』へ入団する事は決まっていた。
いや、決められていたのだ。
上流貴族は代々王国に仕える為に存在している。
彼もまた、自分の『恩恵』を極め王国の為に力を尽くそうと努力した。
しかし、彼の〝錬成〟は武器や道具、傷薬などを創る能力である為にあまり目立つ事は無かった。
王都に出れば『鍛冶屋』があり、『薬屋』もある。
王都を出ても領土内の町や村にはそれぞれの特産品や、そこでしか手に入らない鉱石などもある。
つまり彼は『ディアケテル王国』の騎士団の中では無能扱いだった。
研究を重ねたが思っていた以上の成果は出ず、途方に暮れていた時にある転機が訪れる。
『英雄召喚の儀』に敵国の『マルクトゥス帝国』が成功した。
そんな一報が届けられた。
この『グランセフィーロ』では時折、異世界から『迷い人』がやって来るという御伽噺は度々聞いた事はあった。
しかし、それをこちらから強制的に召喚するという発想は今まで誰も無かった。
それを知ったエスカトーレの行動は早かった。
まず敵国である『マルクトゥス帝国』へ密偵を放ち情報を持ち帰らせる。
そしてその情報を基にこちらでも『召喚用魔法陣』を作成する。
これはエスカトーレの〝錬成〟の能力と知識が役に立ったので一気に昇進する事が出来た。
本来、
この『ディアケテル王国』もそのレイラインの上にあるので魔力が枯渇する事は無いのだが、大量に魔力を消費してしまう為に何度も使える代物ではなかった。
つまり、異世界へ召喚するのは容易だが誰が来るかは分からない。
戦力として役に立てばそれでいいのだが、中には子供が召喚される事も多かった。
結果として王国内の魔力は消費され、戦闘経験も無く、人を殺める事に抵抗のある異世界人が多く召喚される事になったのだ。
エスカトーレは悩んだ。
どうすれば王国の戦力が増えるのか?
どうすれば異世界人を有効活用する事が出来るのかを?
そんな時、彼は異世界人の技術を色々と聞く事にした。
話は単純で、こんな物がある、あんな事が出来る、など役立ちそうな物から役に立たない事まで色々聞いた。
『
元々領地の『ウルビナース村』の花には色々と効能があったのは知っていたので、それを改良し作ることが出来た。
ただ高価な物という事と、貴族間で取引されている花だったので入手が困難だった。
それを解析し、自分なりの解釈で単純に戦力を大幅に上昇させる事が出来た。
後は、
彼らが召喚された際に
結果、人として道を踏み外す行為に手を染める事になった。
人体実験を繰り返し、異世界人が授かった『恩恵』を抽出する事に成功。
それを自分の『錬成』で
そうして彼の歪んだ功績は認められ第四師団まで上り詰める事が出来た。
このまま戦力を上げ、功績を上げれば―――――、
自分を卑下してきた連中を逆に見下す事が出来る。
そう思い、今日までエスカトーレは生きてきた。
彼は自分が正しいと思っていた。
王国の為に、と非人道的な実験を繰り返してきた。
そして、素材が無くなったのでどうしたものかと城の中を歩いていた時、門の前が騒がしいのが見えた。
ほんの気まぐれ。
そんな気持ちで双眼鏡を覗き込み、
今自分が欲しいモノが目の前にあった。
一つは『ウルビナースの花』を持った子供。
もう一つは、明らかにこの世界の服装をしていない男女だった。
素体が手に入る。
『魔薬』を生成する為の花も手に入る。
そう思った時、エスカトーレの口元がニヤけていた。
やはり神は自分に微笑んでいるのだと。
そんな神に感謝をしつつ色々と考えを巡らせ、行動に移す為にデュナミスを呼ぶ事にした。
彼はまだ知らない。
その思い付きの行動が、
全て悪手だったと後悔する瞬間が訪れる事を。
異世界人を見下していたが、そんな彼らが規格外の
ヘカトンケイルはその巨腕を大きく振り上げ、全てを薙ぎ払った。
「チッ!!」
十夜と万里の二人はその
「ま、待て!! エスカトーレ団長! 私だ! わたしをわすぼぷぎゅっ!?」
国王はヘカントンケイルに握りつぶされそのまま絶命する。
他の兵士達も逃げ遅れてしまったのか、気が付けば全滅していた。
「見境ありませんね―――――」
「鳴上ッ、他のみんなは!?」
「皆さん全員避難してもらっています。ただこれだけ派手に暴れるといずれは他の騎士団にバレて来ますでしょうし、流石に分が悪いですよ」
蓮花の言いたい事は分かっている。
分かっているのだが、それでもこのヘカントンケイルを放置する事は出来ない。
そんな彼が何を言いたいのか分かった蓮花はこの世界に来て何度目かのため息をつく。
「まぁそんな事だろうと思いました。―――――脱出方法はこちらで何とか出来ます。後は何も考えずにあの巨人を斃す事だけを考えましょう」
蓮花の言葉に、
「マジで?」
と素で返してしまった。
「マジです。ですが流石にあんなのに邪魔をされると失敗する可能性がありますが…………」
それを聞いていた万里が拳を構えながら叫ぶ。
「拙僧も尽力しますが、如何せん腕が多すぎますぞ!! あの腕もどうにかせんといけませんな!!」
どうすればこの状況を乗り切れるかを十夜は考えていた。
それに、
オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォオォォォォッッッ!!
大量の怨嗟の声が空洞内を響かせる。
あのヘカントンケイルを構築しているのはエスカトーレが今まで殺めてきた、もしくはあの研究室に付着していた大量の血を見るに人体実験で命を落とした者達の集合体のようなものだろうと考えた。
ならば、
「鳴上、万里―――――俺を信じれるか?」
十夜が呟く。
その言葉に二人は耳を傾ける。
「俺に考えがある。上手くいけばあのデカブツを何とか出来るし、みんなで脱出する事が出来るで一石二鳥なんだけど?」
十夜の額には汗が浮かんでいる。
失敗すればここで全滅する、との事なのだろう。
だが、
「選択肢なんてありませんよ」
「ふむ、ここで何もせんよりマシですな」
二人が即答した。
それを聞いて十夜は驚いたが、不敵に笑みを浮かべる。
「ホントお前らはイカれてるよ―――――いいか?」
十夜が考え付いた作戦を伝える。
上手くいくかは分からない。
だが、
今はそれ以上の選択肢がなかった。
十夜の作戦を聞き万里がいつものように笑う。
「カカッ! やってみて損は無いでしょう! 蓮花殿も良いかな?」
「拒否権はないですよね? なら私も気合いを入れるまでですよ」
三人が三人ともするべき事をする為に一度散り散りになる。
十夜はその場から動かず、意識を集中させる。
「いいか! アンタらはそっから〝絶対に〟動くなよ!! あのバケモンは俺らが何とかしてやる!!」
後ろにいた〝元〟罪人達に叫ぶともう一度、目の前に
「なんか分かるよ―――――お前らもこんな姿にされるためにこの世界に来たんじゃないって、でもな」
十夜は一度拳を解き、大きく深呼吸をしながら意識を集中させる。
自分の心の内側から湧き上がる感情を制御した。
「だからって今を生きる―――――関係のない人達を巻き込むのは駄目だ。だから俺は今からお前らを痛い目に遭わせる。怨んでくれてもいい。すぐに解放してやるからちょっとだけ我慢してくれよな」
右腕を弓の様に引き絞り拳を力強く握り絞める。
「始まったかの―――――さて」
十夜の様子を見ながら万里はヘカトンケイルの正面に立っていた。
手には兵士から先ほど頂戴した〝土属性〟の『
そして万里は意識を集中させる。
万里が『気功』を扱うように槍全体に流れる〝何か〟を感じ取る。
が、それよりも早くヘカトンケイルの攻撃が万里に向かってくる。
その巨腕は全てを粉砕する勢いで迫ってきており、一撃でも食らえば幾ら万里の身体が強靭だと言ってもただでは済まない。
「――――――――――こんなものでいいですかな」
そう呟くと万里は槍を地面に突き刺し槍に嵌め込められた『付加術式』を発動させる。
地面から岩石の棘が無数に飛び出し範囲は万里を中心に数メートルほど広がった。
「おぉ、やってみるものですな―――――うむ、どうせならこの技を『
万里が満足そうに呟くとヘカトンケイルの拳を岩石の棘が貫いていく。
思わぬ抵抗に咆哮を上げるが、それと同時に〝土属性〟の『付加術式』を持つ槍が砕けた。
「ぬおッ!? 壊れてしまいましたな」
だが、それでも問題は無い。
万里は拳を握りしめ大きく振りかぶる。
そこには繊細な技術も複雑な思考もいらない。
「ふんッッッ!!」
その気合いと共に拳を振り抜く。
ヘカトンケイルの巨腕と衝突し、万里の拳がヘカトンケイルの腕を粉砕した。
「ふむ、勝ちましたぞ!!」
万里の拳は『気功』により強化されている。
今ならどんな敵が向かってきても負ける気がしない。
とはいえ、さすがに十本の腕全てを相手にするとなると少し疲れてしまう。
なので万里はほどほどに力を温存しながらヘカトンケイルの隙を窺う。
「(あとは頼みましたぞ、蓮花殿)」
万里は上空で待機している蓮花に後を託した。
「全く、相変わらず無茶な人です」
蓮花は上空から万里の戦いを見下ろしていた。
上空―――――それはそのままの意味で蓮花は足場すら無い空中に浮いていた。
「では、私も―――――」
蓮花が呟く。
同時にヘカトンケイルが蓮花に気付き敵を粉砕しようと拳を振り上げる。
万里とは違い、華奢な身体つきをしている蓮花がその一撃を食らってしまっては一溜まりもない。
蓮花は指先を様々な形―――〝印〟を結び対抗しようとするが、
ズドォォォンッッッ!! と凄まじい衝撃が彼女を襲った。
はずだった。
しかし、ヘカトンケイルの拳は蓮花に当たる寸前で止まっており、そのまま彼女に触れる事すら出来なかったのだ。
「せっかちな人? ですね。ちゃんと見せてあげますよ―――――忍びの
蓮花はそう言うと文字通り空を歩いていた。
大空洞内は今でも地響きが起きており、いつ崩れるか分からない。
だが、そんな中あの巨体を持つヘカトンケイルを見下している。
咆哮を上げ残った拳を蓮花へと連撃する。
一撃一撃が的確に蓮花の命を奪おうと襲い掛かる―――――が、
「無駄ですよ」
ガガガガガガッッッッッ!! と何かにぶつかるようにまるで何か壁のようなモノに阻まれて彼女に触れられない感覚に襲われている。
まるで硬い壁が彼女の周りを囲っている。
そんな風に思えるのだ。
「もう、終わりですか?」
蓮花の冷たい視線はヘカトンケイルを射抜く。
しかし巨人も負けていられなかった。
拳に力を溜め、腕の一本が膨張していく。
一気に力を発散させようと拳を握り締め、蓮花を粉砕する為に重い一撃を繰り出す。
しかし、その一撃は蓮花には届かない。
「この世界に来て―――――」
蓮花はポツリと語り始めた。
「この世界に来て一番苦労したのは、空間、座標を把握するのに苦労した事でしょうか?」
蓮花の語りを邪魔するかのようにヘカトンケイルの巨腕が二本、三本、四本と襲い掛かる。
その様子を冷静に俯瞰しながら蓮花は人差し指と中指を立て横に空を切る。
その初動一つでヘカトンケイルの巨腕に複数の穴が開き動きを止める。
何が起きたか理解が追い付いていない。
巨人の腕はまるで
「『
蓮花が呟く。
土煙が舞う空洞の中、蓮花の足元が煙によって彼女が立っている場所が浮かび上がっている。
それは中身の無い空っぽの箱だった。
よく見ると、そこには無数の形の〝匣〟があり正方形や長方形の形などが多数設置されている。
「この『空匣』は座標を特定して空間固定させる私の秘術にして最強の〝矛盾〟」
ヘカトンケイルは残った腕と磔にされていた腕を引き千切り潰れた拳を振り上げ、血を撒き散らしながら振るう。
「つまりそれは〝盾〟になり―――」
拳は蓮花の目の前に造られた『空匣』に阻まれ、
「〝矛〟にもなる」
蓮花の指先が何度も空を切る度にヘカトンケイルの腕や身体が串刺しになっていく。
血飛沫が飛び散り『空匣』の姿が鮮明に写される。
「さて―――――後は頼みましたよ」
蓮花が呟く。
彼女の声が聞こえたかは分からないが、〝何か〟を終えた少年はピタリとその動きを止める。
「あぁ―――――後は任せな」
力を籠める。
右腕に意識を集中させ、内側から爆発的な力が噴き出す。
「お、あ、――――――――――――ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
バギィンッッッ!!
何かが割れるような、突き破るような音が響く。
ここに来て十夜は幾度となく攻撃を受けていた。
その度に自分の〝墓場〟に取り込んだスライムがダメージを受けることになっていたのだが、それでも吸収仕切れない攻撃もあった。
それでも十夜はまだ生きている。
それは何故か?
「さぁ――――こっからが本番だ」
十夜の右腕が禍々しい〝何か〟に変わっていた。
黒炎が纏わりついていた右腕がその姿を顕す。
それは今まで使用していた『鬼火』を纏っていただけとは同じようで違う。
『鬼火』は霧散し、ゆらゆらと陽炎のように揺らめく姿は初め幻覚かと思ったがどうやら違ったようだ。
十夜の右腕は黒く変色し青白い線が幾つも這っている。
何かを突き破ったような音は十夜の肘の皮膚を突き破り乳白色の鋭い〝角〟が出現している。
十夜の右腕だけ見ればその見た目は、まさしく〝悪鬼〟そのものだった。
「〝
それは十夜に『滅鬼怒の戒』と呼ばれる戦闘方法を教えた
それは絶対に引く事が無いという決意、同時に死んでも引かないという意思表示。
そして、自分の内側に眠る〝悪鬼〟を使役する唯一の方法。
「さぁ―――――――――――始めようぜ、デカブツ」
十夜は凶悪な笑みを浮かべ、尖った犬歯を剥き出しにする。
「これで、
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