第3話 『メムの森』捜索開始

 『メムの森』に改めて入った十夜と蓮花の二人は周囲を警戒しながら暗い道を進んでいく。

 初めて来た時とは違い、今度は二人とも慎重に進んでいた。


 「魔物ってのはRPGに出てくるモンスターみたいなもんかなって俺は思ってる」


 それは蓮花の質問から始まった事だった。

 魔物、そう言われてもピンと来ていなかったので説明を受けている最中だったのだ。


 「なるほど、つまりはゲームの世界みたいな感じなんですね」


 単純に言えばそうなのだろう。

 しかし、どう見てもこれは現実だ。

 ゲームのようにセーブやロードは無く、恐らく怪我をすれば痛いだろうし死んでしまえばそれまでなのだ。

 知らなかったとは言えよく今の今まで無事だったものだと内心ホッとしていた。


 「ゲームじゃ武器とか防具なんて装備品が落ちてたりするんだろうけど、どうやらそれも期待薄だな」


 落ちているのは木の枝や上から落ちて潰れた木の実、そしてたまに見かける白い物体は何かの骨なのだろう。

 何の骨かは深く考えたくはないのだが。

 しばらく森を進むと蓮花が立ち止まる。


 「どうした?」

 「静かに―――――――――――分かりませんか?」


 その言葉に十夜は集中する。

 数メートル先、そこで何かが動く気配を感じ取った。


 「何かいるな」

 「やはり分かるんですね?」


 ニヤッと笑った蓮花を見てその言葉に何を考えていたのか分かった十夜はため息を吐いた。


 「あのな、人を試すような真似はやめろよ」

 「あら、同じ事をしたのはそちらが先のような気がしますけど?」


 どうやら最初の出会いの事をまだ根に持っていたようだった。

 鳴上蓮花という少女はと神無月十夜は理解していた。

 華麗に鮮やかに盗賊を撃退したあの腕はかなりの熟練者ベテランと見ている。


 「まぁ寸前まで気配を感じさせなかった神無月くんも凄いと思いますよ」

 「―――――お褒めに預かり大変光栄でございますよ」


 軽口を叩きながらも二人はそっと気配のする方へと足を運ぶ。

 近付くにつれてどんどんと気配は濃くなっていく。

 鼻に付く獣臭が漂い始めた頃、その正体が判明した。

 二人がそっと木の影から様子を窺う。

 最初の印象は黒だった。

 黒い毛並みは黒鉄を彷彿とさせ、その鋭く裂けた口からはダラダラと涎を垂らしていた。

 うっすらと黒い毛並みから覗かせる爪牙は乳白色に染まっており引き裂かれれば一瞬であの世へ旅立ってしまうな、と十夜はそんな事を思っていた。


 「犬―――――いえ、狼、ですかね?」

 「多分、な」


 蓮花の予想は当たっており、自分たちが知る犬にしてはかなり大きく〝狼〟という表現が正しいのだった。

 異世界に来たばかりの二人は知らないが、その魔物―――――名称を『ブラックハウンド』と言う。

 このブラックハウンドはこの世界では危険な魔物でありその俊敏性から気が付けば身体を食い千切られていた、と負傷する者が続出している。

 一番最初に冒険者が出会うとされている魔物だった。

 しかし、二人はそんな事を知る由もなく目の先にいる一匹のブラックハウンドに釘付けだった。


 「こちらに気付いていませんね…………今ならやれますよ?」

 「真剣な声で物騒な事を言わないの。―――――でもこんなところに一匹って変だな」


 十夜が呟いた。

 それを聞き逃す蓮花ではなく、どういうことなのかを問いただす。


 「いやな、さっき俺らが感じた気配って?」


 十夜の察した通り、このブラックハウンドは本来は〝個〟ではなく〝群〟で行動する。

 一匹は囮として獲物の前に姿を現し、

 そして残りは――――――――――――――――。


 「グルルルルルルォォォォッッッ!!」


 鋭い牙を剝き出しに二人の背後から別の『ブラックハウンド』が群れを成して襲い掛かる。

 ガギィィィィィィンッッッ!!

 その牙は肉を引き裂くことは無く宙を虚しく鳴らすだけに終わった。


 「おっと」

 「危ない危ない」


 二人はそのブラックハウンドの攻撃を難なく躱す事が出来た。

 しかし結果として二人は見晴らしの悪い場所に誘導される事となった。

 岩肌が露出し足場が悪い。


 「まんまとやられましたね―――――犬なら可愛かったんですが」

 「さっきからちょいちょい気になったんだけどその感性ってどうなの? ってか飼うつもりだったとか止めてね!!」


 ブラックハウンドの数は十五。

 本来ならばこの数を前に冒険者や騎士団といった腕に自信のある者達ですら警戒を怠らない。

 しかし二人はどういったわけか警戒するどころか余裕を見せていた。

 しかも、


 「じゃ、俺は見学しとくから鳴上、頑張ってくれ」


 とそのまま去ろうとしていた。

 しかしそんな十夜の頬を掠めるように〝何か〟が飛んできた。

 それは木の幹に突き刺さり、十夜の頬にはつぅと血が一筋流れてきたのだ。


 「神無月くーん。いい加減にしないと怒りますよ♪」


 ブラックハウンドの圧よりも鳴上蓮花が放つ殺気の方が数十倍怖かった。

 十夜は蓮花の投げたモノを引き抜くとトテトテと近付き頭を下げた。


 「すんませんッッッッッした!!」


 全力で土下座をした。

 さすがに調子に乗り過ぎたようだった。


 「分かればいいんです。全くもう、少しは役に立つところを見せてくださ―――」


 今度は四匹のブラックハウンドが四方から蓮花へと飛び掛かった。

 死角から飛び掛かる魔物に見向きもせずに蓮花はその場を一歩も動かない。

 『ブラックハウンド』の爪牙が彼女を噛み殺そうと襲い掛かろうとした時―――。


 「遅いですよ」


 そう呟くと同時にブラックハウンドの爪牙は蓮花の華奢な身体に食い込んでいく。

 血肉が飛び出し蓮花の命の灯火は消えていく―――――

 しかしブラックハウンドがその歯牙を食い込ませたのはその辺に置いてあった『丸太』だったのだ。


 「!?」


 ブラックハウンドは驚愕する。

 無理もない。

 獣達は確かに少女の華奢な身体に自分達の牙を突き立てたはずだった。

 肉を、骨を、その全てを蹂躙するはずだったのだがその少女の姿はどこにも無かった。


 「言ったでしょう? 遅いって」


 蓮花の声はブラックハウンドの頭上から聞こえてきた。

 高く飛び上がった蓮花は手にしていた白銀に光る刃を『ブラックハウンド』の脳天目掛けて振り下ろす。


 「ギャインッッ!!」


 首と胴体が別々になったブラックハウンドは短い悲鳴を上げ絶命した。

 残ったブラックハウンド達は何が起きたか理解が追い付いていなかったが、本能的に〝この人間は危険だ〟と感じたのか連携して襲い掛かる。

 しかし、


 「ワンちゃんを手にかけるのは非常に心苦しいのですが―――――」


 蓮花の手にはいつの間にやら握られていた小さな黒い刃―――――先ほど十夜へと投擲した武器が握られていた。

 それを投げ放ち的確に目や口の中、眉間へと吸い込まれるようにその刃が深く突き刺さっていく。

 瞬殺。

 あまりの手際の良さに十夜は手を叩く。


 「おぉ、お見事」


 油断していた十夜の背後から囮の役割だったブラックハウンドがその牙を剥き出しにし十夜の首筋に突き立てようと襲い掛かる。

 しかし、それに気付いていた十夜は振り向くことなく、先ほど蓮花に投げつけられた手の平ほどの大きさの黒い刃をブラックハウンドへと突き立てる。

 周囲へと気を配るが、これ以上の魔物の気配を感じなかったので二人は臨戦態勢を解く。


 「おいおい、一匹取り残しいたぞ?」

 「何を言ってるんですか? 仕事を分け与えただけですよ。ここにきてから私ばかりに戦闘させるのはどうかと思いますが」


 そう言って蓮花はブラックハウンドの死体から投擲した武器を引き抜く。

 それに倣って十夜も回収しようと自分が使った武器を引き抜いた時に、改めてその武器を見た。

 黒く光るその小さな武器は刃物、というよりも投擲に特化した小さ短剣のような形をしていた。

 柄の部分には白い帯のようなものが巻かれておりその先は丸いドーナツのような輪っかが取り付けられている。

 歴史や観光地にお土産物などキーホルダーなどでよく見るそれは『苦無くない』と呼ばれる武器だった。


 「忍者?」

 「せめてくノ一と呼んでください。一応これでも女性ですよ?」


 その言葉に自分が忍びの者―――――いわゆる『忍者』であると肯定しているようなものだった。

 なるほど、とさっきの魔物に襲われた時に「身代わりの術みたいだなぁ」と思っていたものは本当に『身代わりの術』だったようだ。

 そして、

 初めて彼女の出会った時に〝只者ではない〟と感じた自分の勘は正しかったようだ。


 「なんか憤りを感じます」


 忍具を懐に仕舞うとジト目で睨んできた。


 「なんで!?」

 「私ばかり手の内を晒すのはフェアじゃないです。貴方も何か教えてください」


 なんと横暴な、とも思ったのだがその様子が年相応の女子学生のようで何故か青春を感じてしまった。

 神無月十夜という男は今まで暗い灰色の青春しか送って来なかったので新鮮な感じがしたのだ。


 「しかし教えろっつてもなぁ、俺個人が出来るのは喧嘩しかしてこなかったし」


 嘘ではない。

 彼が通っていた学校はお世辞にもいい学校とは無縁の場所だった。

 色々と事情があったのだが、自分の通う学校は有名な不良が集まる学校で、そこでは毎日が喧嘩三昧だったのだ。

 それを説明すると、


 「はぁ、まぁいいです。一応それを信じておきましょう」


 と言われた。

 どうやら十夜と同じく蓮花もそこまで心を開いている感じではなかった。

 微妙な空気の中、最初に異変があったのは『ブラックハウンド』の死体だった。

 腐敗する間もなく十五体いたブラックハウンドの内、三体ほどが霧散し白い小さな物体へと変わっていく。


 「何だこりゃ?」


 十夜が拾い上げると乳白色のそれは牙なのか爪なのか分からないがそんな形をしていたのだ。

 特に気にしなかったが、十夜はそれを拾い上げ袋へと収めていく。


 「何なんですか?」

 「分かんね。でも何となく拾っといた方がいいかなぁって」


 意味があるのかは分からないが、持っておくに越したことはないと思いながら二人は先へと歩みを進める事にした。





 とにかく『メムの森』は広かった。

 舗装されたような道は出てくるも気軽にキャンプとはならなかった。

 ブラックハウンドの群れもそうなのだが、翼を広げると成人男性ほどの体長のあった大型の鳥や大きな猪のような魔物ならいざ知れず、さすがに二メートルを超える百足が出て来た時には肝を冷やしたのを覚えている。

 だが、それでもこの『メムの森』に入ったという大柄な人物と言うのは発見する事が出来なかった。


 「それにしても暑いですね」

 「あぁ、それに喉が渇いた」


 森に入って一時間ほど経過しただろうか。

 目的地ではなく、人の捜索のせいなのかさ迷い続けたまま歩いているので一向にゴールが見えていなかった。


 「それにしても、神無月くんは本当に喧嘩しか出来ないんですね」


 今日一日で何度目かの駄目出しを蓮花から食らった十夜。

 それについて何も言えないので「す、すまん」と言葉を濁すだけだった。

 大きい鳥型の魔物が襲来した時や猪の魔物が襲い掛かって来た時は何とか撃退できたのだが、大百足の魔物の時は酷かったのだ。

 まず戦闘には参加せず遠目から応援するだけ。

 そして何とか撃退した時は横から何かのアイテムを落とした時だけは近寄ってくるなど、まぁ言うなれば他人任せが多かったのだ。


 「(喧嘩だけが取り柄だと言ってましたけど、本当にそうなんでしょうか?)」


 蓮花が訝しげに頭を捻った。

 と言うのも、先ほどのブラックハウンド戦や鳥や猪の魔物と戦闘する際は特に目立った動きをする訳ではなかった。

 自分が渡したクナイや小太刀を器用に使いながら徒手空拳でトドメを刺すぐらいだったのだ。

 しかし、大百足の時は違う。

 確かに「気持ち悪い! 無理無理!!」と叫びながら逃げてはいたのだが、蓮花の邪魔にならない様に立ち振る舞っていた。

 しかもああ言った百足の胴体は硬く刃が通りにくいのにも関わらず一撃だけ背後から殴りつけたのだが、

 何の変哲もない一撃が、だ。

 一般人なら腰が引けるのも分かる。

 しかしこういった戦闘に対して物怖じしないどころか、蓮花の邪魔にならない様に立ち振る舞ったりなど、一般人とはかけ離れた動きを見せるものだから蓮花にとって油断ならない相手でもあったのだ。


 「(何度か隙を見せたりもしましたけど何の動きも見せないところを見るとこちらに敵意は無い、と言ったところでしょうか? ですがまだ完全に信用できませんね)」


 同じ境遇に陥ったから仲間意識が芽生える―――――そんな話は聞いた事はあっても実際にそうだとは断言は出来ないものだ。

 裏切る時は裏切る。

 特に今は異世界なんて場所に来ているのだ。

 人の心などすぐに変わってしまう。

 そんな事を思っていると、


 「なぁ鳴上」


 不意に十夜が声を掛けてきた。

 少し驚きつつも何かあったのか、と尋ねてみると。


 「川…………なのかな? 水の流れる音が聞こえねぇか?」


 耳を澄ますと確かに川のせせらぎが耳に届いてくる。

 思わず早足になる二人が目にしたのは澄んだ透明の綺麗な川だった。

 とにかく水が確保できたのは二人としてもありがたい事。


 「――――――――――ふぅ、水分を取れたのは僥倖でしたね」

 「だな。さすがに飲まず食わずは厳しかった」


 飲める事を確認し、一息をついていた二人は状況を確認した。


 「まずこんな森に入ったところで本当に人なんているのかね?」

 「そうですね―――――魔物がここまで多いとなるとその人も無事かどうかも怪しいものです」


 そんな会話をしている時だった。

 ふと妙な〝気配〟を感じ取った。

 獣のような野性味は無く、それでいて昆虫のような背筋が凍るような気配でもない。

 ただ漠然とした気配。

 こちらに敵意を示すような感じでもなく、ただ見られているだけの感覚。


 「なぁ」


 十夜が声を掛ける。

 何を意味するのか理解した蓮花は無言で頷く。


 「何か―――――いますね」


 〝それ〟が何なのかは分からない。

 しかし、確実に〝何か〟がいる。

 そんな事を思っていると、


 「神無月くん――――――――――あれ」


 蓮花が指を刺した方に、得体の知れない何かがいた。

 形状はどう言えばいいのか分からないが、とにかく液体なのか固体なのか不明な生物。

 こういった異世界ではメジャーな魔物の代表格と言えば―――――。


 「『スライム』…………か?」


 ぷよんぷよんと骨格の無い身体を揺らしながらゆっくりと近付いてくる。

 RPGの世界では一番最初に出てくるモンスターで現代の世界ではマスコットキャラクターにもなっている。

 しかし、

 

 それが分かったのは飛んできた一匹のスライムが十夜の顔に張り付いてきた時だ。


 「むぐっ―――――――――――!!?」

 「神無月くんッッッ!?」


 クナイを取り出し投げ放とうとしたのだが、位置が悪かった。

 十夜の顔面に張り付いたスライムに攻撃を仕掛けようにも下手をすれば十夜の眉間に風穴が開き兼ねない。

 そう考えている間にスライムは十夜を川の中に引きずり込んだ。

 助けに行かなければ、そう思った蓮花だったが思わぬ邪魔が入ったのだ。

 彼女の周りをブラックハウンドをはじめ、鳥や猪の魔物が周囲を取り囲んでいたのだ。


 「こんな時にッッッ!?」


 蓮花はクナイと小太刀を構える。

 この世界に来て、共に行動をして初めて分断されてしまったのだった。

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