第4話 神無月十夜の力 虚無僧の転移者


 「(クソがッッッ!? 息が出来ねぇ!?)」


 川に引き摺り込まれた十夜は必死にもがくが身体が軟体状のスライムが掴めないせいで息がまともに出来なかった。

 それだけではない。

 水の中で分かり難いが、スライムは一匹だけではなかった。

 数匹、数十匹のスライムが顔だけでなく手や、足や、身体に纏わりついてくるのだ。

 スライム特有の粘膜が手で押し返そうにも剥がれない。

 何かの小説で読んだのだが、スライムは実は強いというのを聞いた事があったのだがそれは本当なのだろう。


 「(だからっていきなり序盤で大量のスライムってナシだろ!!)」


 息が続かない。

 酸素が脳に届かなくなってきた。


 「(く、―――――そ、が)」


 正直このまま何も分からないまま死んでしまうのは十夜にとっても不本意だった。

 元の世界に戻る。

 それが今彼を突き動かす原動力なのだ。

 ならば、

 今、彼がすべき事は――――――――――。


 「(仕方ねぇ!!)」


 意識を保ち、力を振り絞る。

 上手く動かない身体に鞭を打つかのように右の拳に力を入れる。

 すると不思議な事が十夜の身体に起きた。

 ゆらり、と陽炎が揺らめき周囲の温度が高くなっていく。

 水温は徐々に上がっていき―――――肺に残った僅かな空気を吐き出すかのように十夜が咆える。

 そして、

 その十夜の右腕から


 「(さぁ―――――――――――――――――燃やし尽くしてやるッッッ)」


 普段は起きないほどの強い〝破壊衝動〟が津波のように押し寄せる。

 ゴゥッッッ! と十夜の右腕から出て来たその黒い炎はスライムに張り付くと、ぶちぶちと音を立て燃えていく。

 痛覚があるのかないのか分からないが、それでも数十匹のスライムがなす術もなく黒い炎に取り込まれ塵と化していく。

 十夜の息が限界を迎えるのか。

 それともスライムが黒い炎によって塵になっていくのが先か。

 その結果は火を見るよりも明らかだった。

 十夜に絡んでいたスライムは十秒もせずに次々と炎に飲み込まれ―――――。


 「―――――ぶふぉっ!! はぁはぁはぁっ」


 スライムは全て十夜が出した黒い炎によって全部が燃え尽くされていった。

 酸素を送り込むのに必死で周りを見ていなかったが、血の匂いが辺りに充満していた。

 ぼやける視界を必死に凝らすと周囲には大量の魔物の死体が積まれていたのだ。


 「無事だったようですね――――――お互いに」


 頭上から声がしたので見上げてみると木の上で血塗れになった蓮花が少し疲れたように肩で息をしていた。


 「お、おい、大丈夫―――――なのか?」

 「それを貴方が言いますか? 私より貴方の方が酷い顔をしてますよ?」


 さすがに疲れていたのか、蓮花の言葉には先ほどまでの棘の様なものは感じなかった。

 どうやらお互い大変な目に合っていたようだ。


 「あぁ、―――――俺、しばらく水はいいや」

 「そうですか、私は今すぐにでも水を浴びたいです」


 そんな軽口を叩きながらも二人はその日、初めて笑った。

 色々と後処理の為、十夜は水から上がり服を乾かすためにその辺に服を掛け、少し離れた場所で蓮花が制服を脱いで水浴びをしていた時だった。


 「えっ、じゃあ俺がスライムを相手にしてた時そんなに魔物が来てたのか?」


 事後報告ではあったが情報共有の為にお互いに何があったのかを報告し合っていた。

 十夜はがスライムと格闘中に今まで出会った魔物の大群と交戦をしていたようだった。


 「まぁそうですね。さすがにあの量は骨が折れましたが、先ほど退治した大百足の毒を採取していたのがよかったのかもしれなかったです」


 自分のクナイを見つめながらそう言った。

 蓮花が言うには、大百足の唾液には神経毒があったようなのでそれをクナイや小太刀に塗っていたとの事だ。

 確かに思い返してみれば何か百足の近くでごそごそとやってたなぁと思い出しつつもあの百足の大きさに背筋を凍らせている。

 そんな彼女の豪胆さに感動すら覚えつつ、十夜が必死になっていた時に霧散した魔物から色々とアイテムを採取していたらしい。

 その間も十夜はそわそわと何か落ち着かなかった。

 この岩の向こう側では年頃の女の子が一糸纏わぬ姿で水浴びをしているのだ。

 健全な男子ならば落ち着けるわけがない! ないのだ!!

 そんな思春期真っ只中な十夜しょうねんの健全な思考の最中、


 「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 と珍しく歯切れの悪い様子の蓮花が声を掛けてきた。


 「うぇっ、な、なんだ?」


 邪まな考えがバレたのか、と冷や汗を掻いているとどうやらそうではなかったようだった。


 「―――――?」

 「何だ、見えてたのか?」


 いずれはバレると思っていたので大したリアクションをしなかったが、さすがくノ一にんじゃだ。

 激しい戦闘中でも周囲の異変には敏感なのだろう。


 「何って言われたら説明し辛いんだが……………まぁ鳴上の素性を知って俺のは秘密って訳じゃねーけどさ、この炎はちょっと〝特殊〟なんだよ」


 空を見上げながら十夜はぽつりと語りだした。


 「まぁ、簡単に言えばこれは俺が背負った〝呪いの一種〟なんだと思う」

 「呪い、ですか?」


 蓮花は聞き返した。

 これはまた物騒な単語が出て来たものだ。

 そう思っていると、十夜は何でもない様に語りだす。


 「まぁよくあるつまんねー話、どっかの馬鹿が向こう見ずで突っ走った結果がこんなモンを背負ったってわけ。俺の〝炎〟の色、見えたろ?」

 「えぇ、初めは気のせいだと思ったんですけど―――――やはり見間違いでは無かったんですか?」


 蓮花はハッキリとは見えなかったので追及はしなかったが確かに水の中でも決して消える事のない黒い炎。


 「この黒炎は全てを燃やしその〝魂〟までもを喰い尽くし燃やしてしまう――――まぁロクでもない炎って事だ」


 どこか他人事のように話す十夜の態度に違和感を覚えるが、不可思議な力だというのは間違いはないだろう。

 水の中での出来事だったのでハッキリとは見えなかったが、嫌な気配を感じたのは事実だった。

 それが彼の言う〝呪い〟だとすれば嫌な気配の説明がつく。


 「まぁこの炎の威力は大したモンだとは思うけど、あんま使いたくない、かな? 使う時にとんでもなく強い〝破壊衝動〟が襲ってくる――――気を付けてねぇと鳴上の事を襲っちまうかもよ」


 おどけながらも岩の向こうにいる蓮花に明るく言った。

 そんな十夜の声に「最低ですね」と短く答えるだけだった。

 おどけて言っているのが分かったが、蓮花はそれで全てを納得したわけではない。

 本当にそれだけならば、あれほどの場慣れした動きは素人では説明がつかない。

 しかし、今は少しでも知れただけでも良しとしようと蓮花は思った。


 服も乾き、そろそろ出発をしようとした矢先だった。

 ふと気になる事があったので十夜は感じた事を聞いてみた。


 「少し思ったんだけどよ、何か異常じゃねーか?」


 異常なのはここに来てから今までの全てが異常なのだが、そうではないのかと聞いてみた。

 しかし十夜が感じた疑問はそこではない。


 「いや、魔物ってこんなに出てくるもんなのかね? って思ったんだよ」

 「私には一般的な魔物の概念は分かりませんが、そんなものなのでは?」


 それを言っちゃ終わりなのだが、気になったのはそこではなかった。


 「んー、何つーか―――――

 「―――――あ」


 確かに妙だった。

 ここが地球、延いては日本ではなく〝異世界〟という事だったので大して気にしていなかったのだが、おかしい事は多々あった。

 まずはこの森に入って感じた違和感は魔物に統一性が無い事だ。

 どんな生物にも習性と言うものがある。

 しかしこの森の魔物はどう言ったわけか狼に猪に鳥が一斉に襲ってくる上に昆虫タイプまでもが二人に襲い掛かって来たのだ。

 魔物は人間に害を成す、と言われてしまえばそれまでなのだが、それでも変なものは変だった。


 「例えばですが、、かもしれないと?」

 「まぁ例えば、だけどな」


 その時だった。


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!」


 大気を震わすほどの咆哮が轟く。

 今まで聞いた事のない咆哮に二人は立ち上がった。


 「近いな」


 十夜が呟いた。

 どうやらその『元凶』が近くにいるようだった。

 十夜と蓮花は顔を合わせ頷くと雄叫びが聞こえた場所へと足を運ぶ。

 そこに〝何か〟がいるという予感があった。





 休憩していた場所から少し離れた場所に十夜と蓮花が身を潜め、そっと木の陰から様子を窺っていた。

 目の先は『メムの森』に入って初めての広い場所だった。

 木々は生えておらず、少し切り崩されていた岩肌が目立つ平原になっており、そこでは〝何か〟が〝何か〟を食べていた。

 最初見た時は大柄な人影だったので自分達が探していた人物かな? と思った二人だったが、その顔を見てすぐに違うという事に気付いた。

 その人影はまず人ではなく

 顔は鬼の様な厳つい顔に鋭い牙。

 体格は自分達の二倍から三倍ほどの大きさを持ち、その個体の腰蓑にはベルトのように自分が今までに狩ったであろう獲物の頭蓋骨が巻かれていた。

 この魔物も異世界なんて場所ではメジャーな生物で十夜には心当たりがあった。


 「確か、『オーガ』って言うんだっけか? 鬼みたいな魔物だったと思うんだけど―――――何か想像よりおっかねぇ」


 十夜が言った通り、オーガは鋭い眼光を撒き散らせ周囲にいるであろう他の魔物を威嚇していた。

 オーガが威嚇する度に森全体が震えるようだった。


 「あれが『元凶』ですか―――――今食べているのは先ほどの黒い狼ですかね?」


 十夜には見えなかったが、忍者である蓮花の視力は常人よりも優れている為よく見えているのだろう。

 その通りであり、オーガは現在食事中のようだ。

 しかもブラックハウンドだけでなく、この森で遭遇した猪や鳥の魔物に大百足やスライムなんかもいた。


 「うへぇ、雑食だなぁ。…………ってかスライムって美味いのか?」

 「さぁ? 私はところてんみたいで嫌ですけど」


 どうやら蓮花はところてんが苦手なようだった。

 今度向こうに戻ったら絶対に食わせてやろうと心に誓うと、オーガに動きがあった。

 満腹になったのか自分の腹を軽く叩きながらもその表情は少し眠そうだった。


 「あんなバケモンと無理に戦う必要はねぇだろう。眠ったんなら眠ったでこっちは無傷であの横を通れんだからよ」


 十夜の言う通り、ここで危険リスクを冒してまで魔物と戦う必要はない。

 そもそも彼らの目的はここに入ったという二人と同じかもしれない『異世界転移者』とフェリスの持っていた『通行証』だけなのだ。

 無駄な事はしないに限る――――――――――そう、思っていた。



 「ふむ、そこのデカい方。ちぃっとばかし道を訊ねたいのだが?」



 十夜でも、蓮花でもない。

 突然、

 これは二人ともすぐに分かった。

 こちらの人々なら魔物に近付く酔狂な者はいないだろう。

 ならば、

 状況をよく理解していない一般人、即ち自分達と同じく『異世界からの転移者』ぐらいだ。

 そんなイカれた行動を起こしたのもだが、何よりもその声を掛けた人物の特徴が、寺の住職が羽織るような黒い袈裟に天蓋という編み笠の被り物、そして手には細長い棒の先端にいくつもの輪っかが取り付けられている錫杖を持っていた。

 俗に言う虚無僧のような姿をしているのだ。

 これで現地人だとしたら笑うしかない。

 案の定、眠りの邪魔をされて怒り心頭なオーガは雄叫びを上げる。

 少し離れた位置にいた二人ですら怯むほどなのに対して近距離でいた虚無僧は気にも留めずに話しかけていた。


 「おやおや、デカい方と言ったのは謝罪しよう。なに拙僧も体格は大きい方だと自負はしておったのだが、上には上がおるものだと少々驚いてしまってな。いやスマンスマン」


 火に油。

 人の言葉が分かるような相手ではないだろうが、それでも現状ものすごくピンチだという事はすぐに分かった。

 オーガは手にしていた自分の腕の太さほどある木の棒――――棍棒を手にし大きく振りかぶった。


 「やべぇっ! 鳴上!!」

 「ええッ!!」


 それだけで自分達が何をすべきかを理解した。

 まず遠距離として蓮花が百足の毒付き苦無を十本ほど投げつける。

 死角からの投擲に不意を突いたのだが、


 「グルゥゥゥオオオオッッッ!!」


 


 「!!?」


 野生の勘と言うべきか、距離があったとはいえ危険を察知したオーガは目の前にいた虚無僧よりも蓮花の投げたクナイが危ないと咄嗟に判断したようだった。


 「図体デケェクセにお早いこったで!!」


 十夜が皮肉を言ったと同時に再びオーガの咆哮が辺りに響き渡る。

 離れていたはずの二人に凄まじい重圧プレッシャーが乗し掛かる。


 「ま、また―――――ッ」

 「うるせぇッッッ!?」


 オーガの雄叫びが二人の動きを止める。

 位置は先ほどの攻撃で割り出されているので二人の居場所はもう知られている。

 不味い、そう思った時だった。


 「おおっ、突然大きな声を上げてどうなされた?」


 と虚無僧の男が平然とオーガの隣に立っていた。

 手にしていた錫杖がシャンシャンと鳴っている。

 オーガの額に青い筋が浮かび上がる。

 しかし空気が読めていないのか男はまだ喋っていた。


 「そこまで怒り心頭だったとは―――――いやはや申し訳ない。しかし突然大声を上げずとも良いのではないかな? 拙僧の鼓膜が破れそうですぞ?」


 カカッと笑っている様子は近所で立ち話をしていると錯覚してしまうほど自然だが、事情を知る二人からすればそれはあまりにも不自然で自殺願望でもあるのかと思うほどだった。


 「アイツはッッッ!?」

 「神無月くんはあの人を!! 私があの魔物を引き付けます!!」


 二人の内まともに戦えるのは自分だけだと判断した蓮花は小太刀を片手に飛び出す。

 悔しいがその判断は間違っておらず、このままでは十夜が足手まといなのは目に見えていた。

 互いが自分の出来る事をするべく同時に動いた。

 しかし、

 それでもオーガが動き出すのが早かった。


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」


 雄叫びと共に片手に持っていた棍棒を振り上げ一閃する。

 その棍棒きょうきが暴風のように巻き起こる風と共に、

 グシャァァァッッッ!! と虚無僧の顔面に直撃した。

 天蓋は吹き飛び同じように虚無僧の男も一緒に森の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 駄目だ。

 今の一撃は絶対に助からない。

 ノーガードでトラックに撥ねられたようなモノだ。

 それぐらいの衝撃だった。


 「―――――ッ! 鳴上!! 作戦変更! 俺があのバケモンを引き付ける!! だからお前はあの坊さんを!!」


 蓮花は何も言わず猛スピードでオーガの横を駆け抜け虚無僧の元へ走る。

 そのスピードについていけず少し遅れて自身が虚無僧をそして横を駆け抜けて行った人間の方へと視線を向ける。


 「テメェの相手は――――――――――――」


 死角になった方向、背後から声が聞こえた。

 一瞬、その声に反応が遅れてしまい、


 「俺だよッッッッッ!!」


 十夜が先ほどオーガが叩き落としたクナイを拾い上げるとその一本を振り上げ、オーガの目に突き刺した。

 悶絶するオーガを横目に蓮花が虚無僧の元へと駆け寄るのを見届け、

 クナイを逆手に構え魔物オーガの前に立った。


 「悪いな、お前の相手はあっちじゃねぇよ―――――俺だ」


 手足が震える。

 神無月十夜は人間相手の喧嘩なら一対一に持ち込めればある程度は勝てる。

 しかし、

 今、自分の目の前にいるのは人間ではなく魔物モンスターと呼ばれる人外の化け物。

 震えるのは自然の摂理だ。

 だが、ここまでくればもう逃げられない。

 目の前にいるオーガも自分を敵と認識し先ほどとは比べ物にならないほどの咆哮を上げる。

 覚悟を決め、十夜は全神経を集中させる。


 「来いよバケモン。ここからは―――――俺が相手してやる」


 ここに来て初めて感じる死の恐怖に、

 額に浮かぶ汗を拭う事なく十夜は立ち塞がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る