第5話 VSオーガ
神無月十夜の戦闘スタイルは基本は素手で相手をぶん殴ると言ったもので、喧嘩などは一対一ならば勝てる。
それが二対一になると辛勝で多対一にもなると考えるまでもなく逃走するのが彼だった。
そんな喧嘩殺法を基本とした十夜が使い慣れない武器を、しかも一際小さいクナイを片手に握りまともに使えるのかと少し考えていた。
「(それでも――――――――――)」
それでもやらなければ、恐らく数秒先にはあの魔物の持つ凶器で十夜は一瞬でミンチに変えられてしまう。
「(落ち着け―――――落ち着けば何とか)」
なる。そう思った時にはオーガが振るう棍棒が目前に迫っていた。
「っづ、お、ッッッ!!?」
間一髪に避けた十夜だったが、それでもその猛攻は止まる気配がない。
一瞬でも気を抜けば肉体と魂が乖離するという危機感が十夜の背筋をなぞるように奔る。
「(クソが!! 図体はあるクセに無駄に動きが早い!!)」
オーガの動きはかなり素早く、先ほど戦ったブラックハウンド以上に俊敏だった。
そして力も凶器を振り回す際の技術もこの森で戦った猪や鳥などの魔物よりも段違いだった。
「(ま、さか―――――)」
危険を察知し十夜は一度距離を取る。
そして刃こぼれしたクナイを構えながら肩で息をする。
「コイツ―――――魔物を食ってレベルを上げてるのか?」
よくあるゲームや小説でも主人公やパーティーメンバーがモンスターを倒し、レベルが上がっていく話はよくあるが、進行形で魔物のレベルが上がっていくのは少々反則ではないのだろうか、と苦無を持つ手に力が入る。
ざっと確認するだけで十や二十以上の魔物を食べているのが見える。
この異世界でのレベルの上がり方は不明だが、恐らくこの森の中ではこのオーガは最強に近いのだろう。
そんな十夜の不安を読み取ったのかオーガはニマニマと嗤っている。
「こ、のっ―――――」
頭に血が上った。
目の前が真っ赤になっていく。
自然と身体が冷え切り頭が急速に冷却される。
しかし心は熱くこの目の前の敵をどう処分しようかを自然と考えてしまう。
「(って何考えてんだよ)」
自分の考えを頭を振って否定した。
どうも殺気が渦巻くこの世界に来てからというものの物騒な考えが頭から離れなかった。
「ったく、本当にめんどくさいな、
内側から侵蝕してくる『
それは彼の身体に刻まれた刺青のように広がる『痣』が物語っていた。
しかしそれでも十夜は止まる事は無かった。
絶対に元の世界へ戻るという信念を胸に力を籠める。
相手は筋骨隆々の物の怪の類―――――十夜は一度、頭を冷やし冷静になる。
どうすればこの魔物を斃せるのかをもう一度改めて考えてみる。
まずは自分の手元には一本のクナイが握られているだけ。
あとは自分の徒手空拳しかないのだが、その案は瞬時に却下する。
あの鋼のような肉体を前にまともに殴るのはこちらの拳が駄目になってしまうからだ。
ならば、と十夜は意識を集中させる。
自信の命を燃やすイメージを拳に集める。
ごぅ! と黒炎が吹き出す。
同時に、十夜の理性を蝕む『破壊衝動』が徐々に浸透してくる。
正直、余計なリスクは避けたかった。
「仕方がない、か」
十夜は腰を捻り黒炎に包まれた拳を構え、そして大地を蹴り一気にオーガへと近付く。
「グォッ!?」
ジェット機の噴出が如くの勢いで黒炎を纏った拳をオーガの身体へと叩き込んだ。
そして、
十夜は手にしていたクナイを不意討ちの一撃で筋肉が弛緩したオーガの身体へと突き立てる。
ズブリ、と鋼の肉体を誇っていたオーガの身体にクナイが沈んでいく。
「!?」
咄嗟の判断だったのだろう。
これ以上は不味いと。
まるで虫を追い払うかのように軽い気持ちでその丸太のような腕を振り上げる。
その瞬間、十夜はもう一本隠し持っていたクナイをまるで友人に渡すぐらいの感じに放り投げた。
オーガは目の前に飛び出したクナイに意識を向ける。
投げ渡す様に放物線を描いて飛んできたクナイを振り払っただけの動作の中に、死角は多数存在する。
ただでさえオーガの腹部にはクナイが、そして〝それ〟には大百足の神経毒が塗り込まれていたのだ。
反応は十分に遅くなっている。
十夜はもう一本のクナイをオーガの正中線、鳩尾辺りに突き立てる。
もちろんそれだけではオーガに傷一つ付ける事は出来ない。
だから、十夜は拳に纏っていた黒炎をクナイに上乗せする事にした。
右手に握られたクナイを捻じりながら掌底を繰り出し黒炎に包まれたクナイの柄を拳で叩きつける。
力を一点に集中させ捻じれた切っ先はオーガの肉体へ食い込んでいく。
不意に訪れる強烈な痛覚にオーガは声にならない悲鳴を上げる。
燃え続けるクナイを身体の中に捻じ込まれたオーガは苦し紛れに棍棒を振り回す。
「ッッッ!!?」
咄嗟にガードをするが至近距離で防御をした十夜の身体は簡単に吹き飛んでいく。
「が、ハッ―――――――――――――」
目の前がチカチカと点滅し視界がぼやける。
どうやら今の攻撃が随分とお気に召したようだった。
不敵に笑いながら十夜は中指を立て「ざまぁみろ」と呟いた。
激情したオーガは体内を巡る神経毒に侵されながらもその巨体を十夜へと突進してゆく。
やれる事はやった。
あとはどうするべきか、と呆ける頭を覚醒させながら身体を起き上がらせる。
ズンンンンッッッ!!
激しい衝突音が響く。
あの巨体に突進力が加わればトラックに撥ねられるほどの衝撃が襲う―――――そう思っていた。
しかし、いつまでのその衝撃は襲ってこない。
「な、んだ?」
土煙が舞う中、十夜は目を凝らす。
「カカッ、何とまぁ奇怪な
土煙が風によって流される。
十夜の目の前にはオーガと、そして大きな背中が壁になるように立ち塞がりオーガの突進を己が肉体一つで止めていた。
「少し驚いたが、このデカブツの相手は拙僧がしよう」
虚無僧姿の男が十夜を守るようにそこに立っていた。
十夜がオーガに立ち向かっている時、蓮花は少し離れた場所まで吹き飛ばされた虚無僧の男の元へと駆け寄っていた。
「生きていればいいんですが」
あの巨体から繰り出される攻撃は人を簡単に挽肉に出来るほどの威力があるのはすぐに分かった。
正直このまま十夜一人に任せるのは気が引けるのだが、やはりこちらも心配だったので蓮花はあの一瞬で十夜の指示に従った。
「あの魔物に勝てる算段が全く見えませんね…………神無月くんは大丈夫でしょうか?」
鳴上蓮花は忍びの家系に生まれ忍術は全て習得していた。
この現代に『忍者』は複数おり、鳴上家は昔から裏の世界で暗躍している。
こちらの世界に来てしまった時はかなり焦ったが、それでも一人ではないのは心強かったのだが、それでも不安は残っていた。
忍びは決して他人に心を許してはならない。
幼少期の頃からそのように教えられた蓮花にとって同じ世界からやって来たという理由だけでは心を開く事は出来なかった。
実際、初めて彼と出会った時は信用が出来なかったのだ。
自分を試すような事をしたり、魔物が出てきた時は自分がメインで動いてもいた。
素人ながら立ち回りは玄人のそれだったが、それでも彼を信用していいのかは微妙な所だった。
しかし、
ブラックハウンドや他の魔物よりも遥かに強いであろうオーガ相手に逃げるどころか他人を優先した事は意外と言えば意外だった。
恐らくだが、〝アレ〟が本来の神無月十夜なのだろう。
こちらと同様、向こうも蓮花を信じきっていないのだ。
「(皮肉ですね)」
自然と嘲笑う自分に喝を入れ、吹き飛ばされた虚無僧の男の元へ辿り着く。
森の木々をへし折り数十メートルほど吹き飛ばされた男の肉体は所々埃まみれだったが五体満足でそこにいた。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄り顔を覗き込もうとすると、その男はがばっと上半身を起き上がらせた。
危うく頭と頭がぶつかりそうになったが、寸でのところで回避が出来た。
「いやはや、何とも物騒な御仁だな―――――久しぶりに意識が一瞬飛んでしまったわ!!」
豪快に笑う男は一言で言うなら「大きかった」。
体格もだが、存在感が大きいのだ。
二メートルほどの巨体でそこまで筋肉質なのかと問われればそうではない。
しかし細身の身体の割には筋肉量が異常なのだろう。
さっぱりと刈り上げた髪には似合わずその顔には無数の傷が刻まれていた。
恐らく『ロードランナー』の業者の男が言っていたのは彼の事だというのはすぐに分かった。
そして、
彼の着ている服装、黒い袈裟に破れて壊れてしまっているが、天蓋という編み笠の被り物を見るに二人と同じ世界から来た住職というのがすぐに分かった。
「あの、大丈夫なんですか? かなり吹き飛ばされていましたが?」
そんな蓮花の質問に今気付いたと言わんばかりに男は驚いた。
「おや! お嬢さんはどなたかな!? 心配は無用だがこんな森の中にそんな恰好では色々と不便なのでは!?」
頭でも打ったのかもしれないと心配したのだが、必要が無い事はすぐに分かった。
頭を打ってなくともこういう性格なのだろう。
「お気遣いありがとうございます。とにかくここを離れて下さい―――――今は彼を助けなければ」
あれからどれほどの時間が過ぎたのか。
知り合って数時間ほどしか経っていないが、それでもここに来て初めての知人が挽肉になっている姿を見るのは少々堪えそうだ。
「ほう、お嬢さんだけでなくまだ人はおったのですな! で? そのお人は?」
虚無僧の男はとにかく声が大きいのでかなり目立つ。
おかげで余計なモノまで呼び寄せてしまったようだった。
「グルルルルルルッ」
ブラックハウンドの群れが二人を取り囲んでいる。
最初に見た群れより瘦せ細っている所を見るとどうやら腹を空かせているようだった。
涎を垂らしながらその牙を剥き二人に飛び掛かる。
そんなブラックハウンドの行動に、蓮花は手持ちのクナイを振り向く事無く正確に飛び掛かり空中移動の出来ないそこを狙って眉間を打ち抜いていく。
「申し訳ありませんが今は邪魔です」
恐らくあのオーガがいる事によって生態系が乱れたのだろう。
住処を失い、食料を失い、残された道は完全な弱肉強食。
それでも、蓮花も十夜と同じく元の世界に戻るという目的がある。
こんな所では死ぬわけにはいかないのだ。
「飛びクナイとはこれまた珍しい物をお使いなさる。お嬢さんは何処かの忍びの出なのですかな?」
男の言葉を軽く濁すと蓮花は立ち上がり異様な気配が濃い場所を睨みつける。
激しい咆哮や爆音が轟いているという事はまだ十夜は生きている。
手持ちのクナイの数を確認し、残された装備を確認する。
「(心許ないですが、それでもやるしかありませんね)」
いざとなればその辺に落ちている木の枝や葉っぱでも武器に出来る。
そう思っていると、
「少し待ってくれませんかな?」
と虚無僧の男が呼び止める。
「―――――何ですか?」
すぐにでも戻りたかったが、こんな場所で邪険にするのも忍びない。
この男も同じよう気付けばこの世界に連れて来られたかもしれないのだ。
よく見れば一番日本人に近い、そんな顔付をしていた。
「事情は分かりませんが、お嬢さんは急いで先ほどの大男の元へ行こうとしていませんかな?」
大男、というのは恐らくあの
「当たらずとも遠からず、ですかね」
そんな彼女の言葉に、先ほどまでのおちゃらけた表情をしていた男は真剣な顔つきになった。
「やめておいた方がいい。〝アレ〟は生半可な物では斃せぬよ」
不真面目な態度から一変。
真剣な表情をした男はゆっくりと立ち上がった。
「さすがに拙僧も驚きはしましたが、あのような物の怪は見た事はありませんぞ。なにやら〝鬼〟に近しいものを感じましたが全く別物。拙僧としては撤退を進めますな」
そう言い虚無僧の男は自分の袈裟に付いていた汚れを手で振り払い壊れた天蓋を改めて被り直した。
「厄災には近寄らぬ事が一番。アレはそういった類のものでしょうな」
虚無僧はそのままオーガとは反対方向へ歩き出す。
確かにそうかもしれない。
そうかもしれないが―――――――――――。
「それでも」
蓮花が口を開く。
俯き唇を噛み締める彼女の拳は震えている。
それはオーガへの『恐怖』ではなく自分が何も出来ないかもしれないと一瞬でも諦めてしまった事に対しての『憤り』への震えだった。
「それでも、私がここで諦めてしまったらこの先には進めません。私は―――――私も彼も元の世界へ戻ると決めたんです。その為に戦わなければならないのなら戦いますよ。ここで諦めたら元の世界へ戻る事すら出来ませんから」
弱々しい笑みを浮かべ蓮花は言った。
逃げるのが正しい事なのかは分からない。
しかし、
十夜はまだ戦っている。
それを見捨てて逃げるなんて事は出来そうになかった。
「森を抜けるのならばこのまま真っ直ぐ東へ行けば出口ですよ。道中お気をつけて」
それだけ言うと蓮花は十夜もの元へ向かおうとした。
「待ちなさい」
蓮花を呼び止めたのは虚無僧の男だった。
しかし彼の目は先ほどとは違い鋭いモノに変わっていた。
「今し方聞き捨てならない事を言っておりましたな? 元の世界へ帰ると。それはどういうことですかな?」
蓮花はすぐにでも戻らなければならないので戻りながらでもいいのであれば、という事でこれまでの経緯を話していた。
異世界に召喚された事、二人が出会った経緯、二人とも元の世界に帰りたい為に情報を探していた事、その為に『ディアケテル王国』へ入りたいが通行証が無いと入る事が出来ないと知りその時にフェリスやリューシカと出会った事、『メムの森』に自分達と同じ世界から来たかもしれない男が入って行った事や魔物の事から今までの出来事などを説明した。
異世界について半分以上は十夜から聞いた事をそのまま伝えただけなのだが。
そこまで聞くと男は「なるほど」と呟く。
「合点がいった。道行く方々が拙僧を見て訝しげな目を向けていたのはそう言った理由であったか」
真剣に考える虚無僧は口癖なのか「カカッ」と笑った。
だが蓮花にとって驚いたのはそこではなかった。
喋りながら、しかも
普通ではあり得ない。
「貴方は、一体―――――」
何者なのか?
蓮花が目線で訊ねる。
そんな彼女の言いたい事が理解が出来たのか虚無僧はニッと笑う。
その時、
凄まじい咆哮が轟き響く。
二人が目にしたのは十夜が黒炎に包まれたクナイをオーガの肉体に捩じ込んでいるところだった。
それを見て蓮花は驚くばかりだった。
何せ戦闘に関しては全く役に立たないと言っていた少年が魔物相手にクナイ一本立ち向かい、あまつさえ傷を付けていたのだ。
「神無月くん!?」
「お嬢さん」
駆け寄ろうとした蓮花を制し、虚無僧は自分が身に付けていた天蓋を蓮花に渡すとクラウチングスタートの要領で地面に手を着け腰を低く落とす。
「ちっとばかし拙僧も助太刀いたそう」
足に力を籠める。
ビキビキッと血管が浮き出るほど力を溜めるともう一度蓮花の方に振り向いた。
「拙僧は
そう告げると虚無僧―――――永城万里は自身の膂力を解き放つ。
瞬間、
荒れ狂う暴風が如く土煙を巻き上げ、今まさにオーガの凶器が振り下ろされる寸前で万里は間に割って入る。
「カカッ、何とまぁ奇怪な業だ―――――スマンな少年」
土煙が風によって流される。
万里は少年を守るように立ち塞がる。
「少し驚いたが、このデカブツの相手は拙僧がしよう」
永城万里がそう告げると不敵に微笑んだ。
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