第6話 決着

 突然、目の前に現れた大男の登場に十夜が呆気に取られていると蓮花が傍へとやって来た。


 「神無月くん! 大丈夫ですか!?」

 「あ、ああ―――――鳴上、あいつは一体?」


 訳が分からないまま困惑する十夜に大男、永城万里はカカッと笑う。


 「なぁに、先ほどは少々面白い〝モノ〟を見せてもらったんでなッ! 助太刀をと思い参じたまでよ!!」


 額に汗を浮かばせながら万里はオーガと力比べをしている。

 膠着状態が続く中、先に動きを見せたのはオーガだった。

 オーガが自身の最大の膂力を活用し万里を持ち上げた。

 


 「ぬぉっ!?」


 恐らくオーガにとってこの程度の事容易いのだろう。

 勝ち誇ったかのようにニタニタと嗤っている。


 「カカッ! 相撲でも取ろうというか!! ならばッッッ!!」


 そこだけ重力の概念が覆されているのか、今度は万里の身体が深く沈んでいく。

 両者は一歩も譲らない。


 「す、凄い」


 思わず蓮花が呟く。

 確かに凄いがこのままでは埒が明かない。

 いつまでも力比べをしている場合ではないのだ。


 「おいアンタ!! 大丈夫なのかよ!?」


 十夜が声を掛けるがあまり余裕がないのか万里は少し振り向き「大丈夫ですぞ」と言っていた。


 「何とかあのデカブツをやるには―――――そうだ! 鳴上!!」

 「ひゃいっ!」


 突然呼ばれた蓮花が間の抜けた声を上げる。

 何か考えがあるのか十夜が耳打ちをする。


 「――――――――――どうだ?」

 「確かにあるにはありますが…………ですが神無月くん怪我がッ」


 蓮花の心配を余所に十夜はゆっくりと立ち上がった。

 方向性が決まったところで十夜は拳を握りしめる。


 「なぁに、怪我なんぞ大した事ねぇよ。それより


 そう言って万里とオーガの横を駆け抜ける。

 勝手な事を言って勝手に走り出す十夜に文句の一つも言ってやりたいが今は現状を打破する必要があった。


 「(本当に大丈夫なんですか?)」


 蓮花の見立てではあれだけの攻撃を受け骨が数本折れていてもおかしくはない。

 だが、十夜はそんな事はお構いなしだった。

 ならば――――――――――。


 「これは、〝貸し〟ですよッ!」


 手元に残しておいたありったけのクナイを取り出し構えた。


 「鳴上蓮花―――――参りますッッッ!!」


 腕を振りかぶり力を籠める。

 極限にまで集中力を高め、相手オーガへと視線を向けた。

 恐らくだが蓮花の投げつけるクナイだけではオーガの鋼のような肉体には傷一つ付ける事が出来ないだろう。

 しかし、


 「()」


 残ったクナイ、その数二十数本全てをオーガへ狙いを定めた。


 「永城さん!! 引いてください!!」


 その蓮花の言葉に万里は力を抜き横へ避ける。

 それを見定めた蓮花はクナイを一斉に投げ放つ。

 不意を突かれたオーガは崩れた体制を立て直す事が出来ず全ての苦無をその身に受ける事になった。

 しかし、


 「グルルルルルルォォォォッッッ!!」


 蓮花の予想は悪い方へと当たった。

 クナイが身体に突き刺さるもその切っ先が僅かに刺さっただけだった。

 些細なダメージに勝ち誇ったように嗤うオーガは口の端を釣り上げた。


 「ほうッ! 何とも奇怪な身体よ!!」


 万里が何故か楽しそうに呟いた。

 彼は二人の会話を聞いていない。

 聞く暇がなかった。

 だから今から何が起きるのかは知らないのだ。

 万里と蓮花は視線だけを上へと向ける。

 そこには大きな鳥が上空を飛び影が出来ていた。

 鳥形の魔物だろうか?

 二人に釣られてオーガも上へと視線を向ける。

 空に浮かぶ太陽をバックに小さな影は徐々に大きさを増していく。

 そして、

 


 「お、あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!」


 オーガにも負けないほどの雄叫びを上げながら落下してきたのは十夜だった。

 その手にはいつの間にか握られている万里の錫杖。

 シャン、と音を鳴らしながらオーガの脳天を目掛けて錫杖の石突を槍のように構える。

 重力に従い落下すると同時にオーガも手にしていた棍棒を振りかざす。

 恐らく打ち落とすのだろう。

 オーガがそのまま腕に力を籠め、


 「させんよ」

 「させません」


 万里はオーガの持っていた凶器をその拳で粉々に砕き、蓮花はその辺りに生えていた蔦を器用にオーガの丸太の様な腕を縛り上げる。

 二人のサポートに感謝しつつ十夜は錫杖を構え、オーガの脳天に突き刺す。

 要領は先ほどと一緒で、衝突インパクトの瞬間に捻り捩り込む。

 ズブリと嫌な感触が掌に残ったがそれでも十夜は手を離さない。

 しばらく奇声を上げながらオーガはのたうち回り痙攣し、やがてその巨体を震わせながら地面へと沈んだ。

 三人はしばらく様子を見る。

 しかしオーガが再び動く気配はなく、その肉体が他の魔物同様塵となって霧散していく。

 そこで、初めて勝利を確信した三人は拳を合わせる事になった。





 霧散したオーガが残したのはブラックハウンドや他の魔物が残した物と少し違い、深い緑色の結晶だった。

 それを拾い上げ太陽に透かしてみる。

 キラキラと光る様は宝石の輝きと同等だった。


 「綺麗ですね」


 思わず蓮花が呟く。

 そんなところはやはり女の子なのだなぁと思いつつ虚無僧の男、永城万里と向き合い軽く自己紹介を済ませていた。


 「で? 永城――――さんでいいのか? はやっぱ気付いたらこの森にいたのか?」

 「カカッ、万里で良いぞ十夜殿。まぁその通りでな、気が付けば森に居ったんだが道に迷ってな…………


 本人の話を要約すると、森の外へ出て例の『ロードランナー』の荷車に乗せてもらったのは良いのだがこの『メムの森』に再び入り込み道に迷ったらしい。

 後の顛末は十夜達が知っての通りだった。


 「ってかあの竜車? のおっちゃんに言われなかったか? こっちは危ないって…………」


 十夜の指摘に万里はカカッと笑うだけだった。

 どうやら本人は極度の方向音痴なのだろう。

 今の会話で何となく理解が出来た。


 「まぁ御二方に出会えて良かったぞ。如何せんここは聞けば〝異世界〟という右も左も前も後ろも分からぬ摩訶不思議な世界―――――拙僧も元の世界に戻りたいと思っておってな。共に行かせて貰えれば此方こちらとしても助かるのだが」


 その提案に十夜と蓮花の二人は目を合わせた。

 別に異論はなかった。

 この『異世界ぶっそうなせかい』で万里のような者は今のところ助かる。

 助かるのだが、二人が思っている事は

 元の世界でも虚無僧はいるにはいるが、ここまで胡散臭い坊主はいない。

 そんな事を思っていると、深緑の宝石を懐にちゃっかりと入れていた蓮花がハッキリと言った。


 「正直に言いますと神無月くんも私も先ほど出会ったばかりでお互いそこまで信用はしていません。そして、?」


 かなりキツイ言い方だったが、それは本人も理解していたらしく「カカッ!」と笑う。


 「よいよい。出会ったばかりで互いが互いに背中を完全に任せることが出来ん。だが、


 万里は立ち上がり森の木々の隙間から射し込む光に手を当てる。

 万里の表情は何を思っているのかその傷だらけの顔に浮かぶ表情が読めなかった。


 「互いを信用すれば連携も可能なのだろう。しかし、拙僧らは


 破戒僧、と自身で言っていたが人に説法を説くのはやはり坊主の所以なのだろう。

 とにかくこの永城万里という男も只者ではないと言う事は分かった。


 「ま、俺はそれでもいいや―――――それより、本当に通行証の事は知らねぇのか?」

 「ふむ、如何せん海外の方に話し掛けられるのは恥ずかしながら慣れておらんでな…………拙僧もあまり話を聞かずここまで来たのよ」


 困った事になった。

 これでは王国どころかフェリスやリューシカとの約束も守れなくなってくる。

 そう思っていた時、


 「もしかしたらおじ様が荷車の中に落ちている事に気付いていないだけかもしれません―――――もう一度森の外に出ませんか?」


 蓮花の提案に十夜と万里の二人は頷いた。

 少し休憩が出来た事もあり体力が回復した三人は元の道を戻る事にした。

 蓮花が先頭を歩き、続いて万里が続く。

 最後に十夜が立ち上がると彼の横をぶよぶよと蠢く姿を捉える。


 「―――――こいつは」


 そこにいたのはまさかRPGの序盤に出てくる魔物の一匹、スライムだった。


 「うへぇ、こいつキライだ」


 数十分前にはまさかの死にかける事になるとは夢にも思わなかった十夜だったのだが、しばらくその軟体の魔物の姿を見ていると〝ある事〟を思いついた。


 「―――――ちょっと利用させてもらうぞ」


 十夜のその笑みは表情の無いはずのスライムが震え上がるほどの凶悪さを秘めていた。

 十夜が拳を握り、そこから黒い炎が燃え盛る。

 凶悪さを秘めた炎はゆらゆらと蠢き十夜の心情を顕すかのように燃え滾っていた。





 「何をしていたんですか?」


 蓮花が遅れて来た十夜に不満を漏らした。


 「悪い悪い。ちょっとな」


 何故か理由を説明しない十夜はニコニコして正直不気味だった。

 しかし、何をしていたのかを言わないという事は何かあったのか、それとも報告するほどの事でもなかったのだろうと蓮花は特に気にする事はなかった。


 ただ一人、永城万里だけが少し不思議な表情をして十夜を見つめていた。


 「あんだよ?」

 「いや何」


 言っていいものかどうかを悩んでいたのだが、どうしても気になった万里は口を開く。


 「殿


 それは神無月十夜が自らの過ちで背負った『呪い』の事を指していると理解する。


 「そっか、アンタは坊さんだっけ? やっぱ?」


 特に驚く事はなく十夜が淡々と言った。

 その返しに万里は意外といった表情をした。


 「まぁ、見えるというよりも〝感じる〟といった方が正しいのかもしれませんな。拙僧は一応坊主として修業はしておったが法力の方はからっきし駄目だったんでな」


 カカッ、と笑う万里はそのまま気にせず先を歩く。

 そんな彼の様子を少し疑いつつも十夜もそれに続く。

 体感で十五分ほど歩いた後、三人の視線の先には光が差し込んでいた。


 「見えました。出口ですよ」


 先頭を歩いていた蓮花が指した方向には見慣れた平原が広がっている。

 どうやら最初に森へと入った場所とはズレているが、それでも王国の城壁が聳え立っているのを見るにそこまで離れていない事が分かった。


 「もう森はいいや」

 「カカッ、同感ですぞ」


 そんな会話もさることながら、二人の表情はげっそりとしており顔には死相が浮かんでいた。


 「なるほど、アレが魔物もんすたーというヤツですな――――確かにしぶとい存在でしたな」


 万里が呟く。

 彼の話によると初めて遭遇した魔物はオーガだったらしく、ブラックハウンドや鳥や猪百足の魔物もいたのは想定外だったらしい。

 何となくその気持ちも分からなくはないなぁと思いつつ十夜は草原に寝転がりたい欲望を抑えつつも辺りを見回した。

 目的はあの竜車の男で顛末を伝えたかったのだがその場には居なかった。


 「おかしいですね? この辺りだったと思うんですが」


 蓮花も辺りを見回すが見知った顔はない。

 流石におかしいと思ったが、やはり自分達を棄てて何処かへ行ってしまったという線も捨てきれないでいた。


 「(邪推し過ぎ、ですかね?)」


 ここに来てのでやはりそんなものかと思っていた矢先だった。


 「おーい! 兄ちゃん達ーッッッ!!」


 遠くの方から自分達を呼ぶ声がした。

 目を凝らすが十夜と万里には見えなかった。


 「あ、おじ様ですね」


 あっけらかんと言う蓮花は手を望遠鏡のように丸めて見ていた。

 やはり忍者となると視力も規格外なのだろうと思っていると、やはり蓮花の言う通り近付いてきて分かった事なのだが竜車で近付いてくるのはあの男だった。


 「おぉっ! やっと出てきたんかね!? 無事お連れの方にも会えて良かった良かった!」


 男は笑顔で言った。

 蓮花が頭を下げ、


 「心配お掛けしました。―――――そう言えばあの二人は?」


 蓮花は見回すが二人の姿が見えなかった。

 その言葉にハッとした男は慌て始める。


 「そうだ! アンタ達が『メムの森』に入ってすぐに王国の兵士が来てあの二人を連れてったんだよ! 何でもお茶を欲しがる貴族が多いから今回は特別だって。あの子達も最後まで兄ちゃん達を待ってたんだが半ば強制的だったもんで…………すまねぇ」


 男が頭を下げる。

 蓮花が手を降り「大丈夫です」と言っていたが、十夜は少し肩透かしを食らった。

 これで王国に入る手懸かりがなくなったと思っていると、


 「あ、そう言えばこれアンタらに渡しておくよ。あの後もしかしてと思って探してたら荷物の中に紛れ込んでたんだ」


 竜車の男が手渡してきたのは現代風に言うと葉書ほどの大きさの物で丁寧な額に作りこまれたそれは手形のようにも見えた。


 「これが通行証だ。これで『ディアケテル王国』へ入れるよ」


 うん、

 まぁこれもRPGならではのあるあるだなとそんな事を思っていた。

 もちろんこれが分かるのは十夜だけで、蓮花と万里の二人は疲れた表情をしていた。

 その気持ちは分かるぞ、と十夜も内心は賛同していた。

 だが、これで三人の次なる目的地でもある『ディアケテル王国』へと入る事が出来るようになった。


 ここまで来るのにもう何日もかかったという感覚だったが、まだこれは始まったばかりだった。

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