第18話 四章 『大空洞の戦い ~無法者達と愚者とその使い~』




 十夜は素早くエスカトーレの懐に入ろうと大地を蹴りあげる。

 まだ油断している今だからこそ先手をかけようと判断し、その『鬼火』を纏った4拳を振り上げた。


 しかしその刹那、頭上から何か岩のようなモノが二つ降ってきたのだ。


 「ッッッ!?」


 

 ただ偶然にもエスカトーレの視線が一瞬だけ上を向いていたから避ける事が出来たのだ。


 「ほう、今のをよく躱したな?」


 卑しい笑みを浮かべたエスカトーレから十夜は再び距離を取り今しがた空から落ちてきたモノを見る。

 巨大な岩の塊はパキパキと音を立て蠢いている。

 それはつい先ほど対峙した魔物で―――――。


 「ゴーレムッ!?」

 「ほう、よく知っていますね―――――ですが、迷宮で遭遇したモノと一緒にしない方がいいですよ」


 一方は先ほどのゴーレムのように黄土色ではなく、銀色に近い―――――どちらかと言えば鋼鐵こうてつのようなゴーレムが。


 そして、もう一方は一言で表すのならば〝漆黒〟だった。

 うねうねと蠢くその漆黒のゴーレムは今までのどの魔物よりも生物に近い魔物だった。


 「これこそ私の最高傑作―――――『鋼鐵巨兵ギガントマキア』! 『磁鉄巨兵マグネシア』!!」


 二体のゴーレムの変異種が雄叫びを上げる。


 物言わぬ巨兵だったはずの魔物は確かな意思を持ち、明確な殺意を以て十夜達に襲い掛かる。


 「いかん!! 皆はあちらへ!! ここは拙僧らが食い止める!!」


 万里は『鋼鐵巨兵』の進撃を止めるために立ち憚るが、まずスピードが魔物のゴーレムと全然違った。

 鋼で覆われたその拳を振り上げ万里を殴りつける。


 「ぐ、おっ―――――――」


 中身が無いと思わせるようなスピードに加えてその鉄拳は

 気功を練り続けている万里の身体の芯に響いてくる。


 「くっ、森で出会ったあのオーガよりも強いですな! これは骨が折れそうですぞ」


 万里は錫杖を構え、『鋼鐵巨兵』に向き合う。

 余裕を持った笑みは硬いものに変わっている。


 少し、真剣にならなければならない―――――万里は内心そう思っていた。










 万里が『鋼鐵巨兵』と対峙している時、蓮花は『磁鉄巨兵』と対峙していた。

 『磁鉄巨兵』は全身が砂鉄で纏っており蓮花にとって


 「(最悪ですねッ)」


 苦無や小太刀は鉄製だ。

 そして相手は砂鉄を纏っている。

 ここは異世界なのでもしかしたら『魔法』で砂鉄を操っている可能性があったのだが、蓮花の持つ武器が不可思議な動き方をしている。

 


 「(恐らくあの『磁鉄巨兵』という魔物―――――)」


 つまりこの時点で蓮花には『磁鉄巨兵』を倒す術は無いのだ。

 武器くないを投擲したとて磁力によりあの巨体に引き寄せられるだけ。

 小太刀の攻撃も砂鉄に覆われた身体では効果は薄く、刀身に砂鉄が付けば斬擊ではなく打撃になってしまう。


 「八方塞がり―――――ですか」


 さてどうしたものか?

 蓮花が考える間もなく『磁鉄巨兵』の猛攻は続く。

 ふと、視界の端には青銅の鞭を振るうエスカトーレに勇敢なのか蛮勇なのか、愚直に進む十夜の姿が入った。


 「(やっぱりあの人も苦戦していますね………………まぁ現代で〝鞭〟なんてモノ使う人なんていませんしね)」


 だが、十夜の目は決して諦めていない。

 そんな彼を見ていると、一瞬でも諦めかけた自分が嫌になる。


 「―――――――――――――――――――――ふぅ」


 蓮花は一度『磁鉄巨兵』と距離を取る。

 大きく深呼吸をし相手を見据える。


 「(駄目ですね。何か自分が不利になると逃げる癖を何とかしなければならないとあれほど兄さんに言われていたのに)」


 蓮花は手にしていたクナイを放り投げる。

 無造作にバラ撒かれたクナイは無造作に地面へと


 クナイは切っ先を下に向けたまま宙に浮きそのまま浮遊している。

 そして蓮花は腰を低く落とし、小太刀を地面へとつける。

 その姿は獲物を狙い定めた肉食獣のように、

 鋭い目付きへと変わる。


 「さて、では始めますか」


 蓮花が呟き、そして――――――――――――。



 姿



 ―――――!?


 『磁鉄巨兵』の反応が遅れる。

 本来ならばそこまで重要性はないのだが、


 ガリガリガリィィィッッッ!!

 地面に円を描くように『磁鉄巨兵』の周りを何周も何周もグルグルグルと駆け抜ける。

 元々作業中だった事もあり、この大空洞の地面は荒れていたのだが蓮花の小太刀や駆け抜ける踏み込みなどでまるで田んぼのように耕され始める。


 我慢の限界が来始めたのか『磁鉄巨兵』は腕を大きく振り上げ自身が纏っていた砂鉄を全て使い蓮花を捉えようと生き物のように動き始める。


 もちろん、かなりのスピードで動いている蓮花を捕らえる事が出来ない。

 出来ないが、


 『


 ぐしゃり、と〝何か〟を潰した感覚を『磁鉄巨兵』は感じる。

 簡単だった。

 見えないほどの速度で動いているなら、周りを全て攻撃すればいい。

 それならば見えていても見えなくても攻撃は当たる、そう思った行動だった。


 実際、『磁鉄巨兵』は砂鉄に質量を加え周囲を圧し潰した。

 自身が纏う〝磁力〟を自分が纏った砂鉄と、地面に含まれている微量の鉄分を磁石のように引き合わせたように。


 簡易のプレス機となった『磁鉄巨兵』は勝利を確信した。

 意思の無い魔物を改良された存在のこのゴーレムの亜種は主であるエスカトーレの『命令コマンド』しか聞かない。


 改造されたこの虚しい巨兵には自我が無いのだ。


 だから、


 だから実際にこの巨兵が潰したものが


 ならば蓮花は何処にいるのか?


 『磁鉄巨兵』は一人を始末したものと思っている。

 そんな魔物の上空には、


 


 場所としては空中に設置されているクナイの更に上空。

 まるでそこに床があるかのように平然と、だ。


 「さて、ですか」


 空中に設置されたクナイが震える。

 『磁鉄巨兵』は自分のした事に気付いていない。

 このゴーレムは身体の中心部分―――――『磁力』の付加術式が刻まれた〝コア〟が存在している。

 この『磁鉄巨兵』の本体を形成しているのはほとんどが砂鉄だ。

 元々長剣や槍などの武器を無力化させる役割があるこのゴーレムは周囲の磁場を狂わせる能力を持っていた。


 それに気付いた蓮花は、同時に脚力と小太刀で地面を耕し鉄分を含む岩石を剥き出しにさせた。

 それによりクナイと同じように周囲の岩石もカタカタと震えている。


 「さぁ――――――――――潰れなさいな」


 蓮花が手を合わせる。

 『磁鉄巨兵』の身体を形成しようと核に砂鉄と、


 


 コアに集められた全ての武器は威力を、勢いを込めて貫いていく。

 再生が間に合わず、『磁鉄巨兵』が霧散していく。


 砂鉄が黒い塵となって消えていく。


 蓮花はそれを確認すると地面に降り立った。

 かなり際どい戦いだったが、何とか勝利する事が出来た。


 「さて」


 残った二人の様子と、もし苦戦しているようだったら少し手伝おうとため息をついた。

 その時には、

 使と思いながらその場を去った。










 万里は一つの戦いが終わる様子をチラリと横目で見ていた。


 「向こうは終わったようですな―――――しかし最近の忍者くのいちは凄いですな。空中に浮く術を持っているとは」


 『鋼鐵巨兵ギガントマキア』の猛攻は続いているにも関わらず万里の余裕は崩れない。

 寧ろ、


 「遅いっ」


 『鋼鐵巨兵』の攻撃を躱すまでに至っている。

 ギリギリを躱し、がら空きの身体に万里の拳がめり込む。


 もちろん、この物言わぬ魔物に〝痛覚〟などはない。

 だから万里の拳を受けていて尚、勇猛果敢に突撃してくるのだ。


 「惜しいですな」


 万里は構えること無くその場に立っている。

 その表情はあまり明るくはなかった。


 「拙僧も喧嘩師として色んな方と拳を交えて参りましたが、これほど虚しい喧嘩は今までありませんでしたぞ」


 『鋼鐵巨兵』は自分が憐れんだ目を向けられている事に気付いていない。

 だが、


 ――――――――――ッッッ!!


 意図を汲み取ったのか『鋼鐵巨兵』は雄叫びを上げた


 万里も同じく上半身だけ袈裟をはだけさせ、自分の身体を露にする。

 そして、


 「永城万里―――――参るッッッ!!」


 万里の拳と『鋼鐵巨兵』の拳が交わる。

 爆音にも似た衝撃が辺りを支配する。


 「ぬぅッ」


 弾かれたのは万里の拳。

 追撃が速かったのは『鋼鐵巨兵』の拳。

 その凶器が万里の顔にめり込む。

 ぐしゃり、と何かが潰れる音が空洞に響く。


 だが、


 何が起きたか理解が出来ない。

 だが、万里の反撃は止まらなかった。


 「ふんッッッ!!」


 ただの無動作での蹴りが『鋼鐵巨兵』の胴体を浮かせるほどに強力で鋼の身体がひしゃげるほどだった。


 永城万里という男は『気功』を無意識に使っている。

 それは鍛練というものをした事がなく、俗に言う彼は〝天才〟だった。


 『気功』を練り上げる時間からそれを全身に回し攻撃に転じるまでの時間は凡そ、力を発揮する事が出来る。


 少し前に、自分の戦闘スタイルを見た十夜が、


 「アンタの戦い方―――――ってか気の使い方って、アクセルひと踏み一秒未満でゼロから五百キロまで一瞬で加速するバケモンマシーンみたいだよな」


 と言っていたのを思い出した。

 それ故のこの脚力と膂力なのだろう。

 もちろん身体の造りもあるのだろうが、今のメンバー内では攻撃力の一点のみで言えば万里の右に出る者はいないだろう。


 『鋼鐵巨兵』の巨体がサッカーボールのように跳ねて転がり続ける。

 だが、

 それだけではこの『鋼鐵巨兵』は終わらない。

 体勢を整えたこの魔物は身体からパキパキッゴキゴキィィッッ! と音が鳴るとそのまま鋼の身体が元に戻っていく。


 その様子を少し離れていたところで見ていた蓮花が驚いていた。


 「ここ、異世界ですよね?」


 蓮花が呟くのも無理は無かった。

 今の現象は元の世界で見た事があった。


 形状記憶合金。


 どんなに破損し、形が崩れても元の状態に戻せる金属の名称。

 もちろんこの異世界にもそう言った技術はあるのかもしれないが、それにしてはあの特殊な注射器といい、この形状記憶合金といい、こちら側の物がこの異世界には多いような気がしてならなかった。


 そんな事を知ってか知らずか、万里は感心をしていた。


 「ほう、やはり先ほどと同じくあの妙な石板を破壊しなければなりませんかな?」


 間違ってはいない。

 いないのだろうが、そもそもあの『鋼鐵巨兵』も万里との相性は良くないのかもしれない。

 喧嘩殺法というべきか、喧嘩スタイルの万里と、〝核〟どころかあの無限に修復される装甲を持つ巨体の魔物―――――恐らく難しい戦いになるだろうと蓮花は睨んでいた。


 もちろん、万里がそんな細かい事を知る由もなく、


 「さぁ、喧嘩の続きですぞ」


 と拳を合わせもう一度『鋼鐵巨兵』の正面へと向かい合う。

 どうやら、とことん徹底した接近戦がご希望のようだ。

 それは万里だけでなく、同じように両手をだらりとぶら下げ『鋼鐵巨兵』を見据える。


 万里と『鋼鐵巨兵』の距離、凡そ十メートル。

 その距離を―――――、


 「ふっ!」



 



 初めて『メムの森』でオーガに見せた突進力。

 それを再び見せたのだ。


 そのままのスピードで繰り出した万里の蹴りは『鋼鐵巨兵』の身体をめり込ませ、同じように吹き飛ばす。

 しかし、いくらダメージを負わせても身体が修復されてしまう。

 そこで万里が考えたのは、


 


 だった。

 もちろん有言実行できるほど『鋼鐵巨兵』は弱くは無い。

 この場にいる者には普通に敵わないのだが、万里にとって


 『鋼鐵巨兵』の身体は修復を急ごうとバギバギゴギガガギアイギアイアギイィィッ!! と複雑な音を立て修復を急ぐが追い付いていない。


 万里の表情はいつもと違い無表情だ。

 悦楽も歓喜も憤怒も哀愁も喜怒哀楽全ての感情が無かった。

 ただ目の前にいる〝敵〟を殲滅する為に拳を、蹴りを繰り出している。


 そして、


 時間にしてみれば約三分ほどしか時間は経っていないのだが、気が付けば万里の足元には『鋼鐵巨兵』残骸モノが散らばっていた。


 「永城さん」

 「ん? おお、蓮花殿―――――いやお恥ずかしいモノを見せてしまいましたな」


 拳には血が滲んでいた。

 それは攻撃を受けた傷ではなく、殆どが『鋼鐵巨兵』を殴り過ぎてその破片で切った傷だったりした。


 「カカッ、少しやり過ぎてしまいましたな」


 今の万里の表情は、後悔をしているのかあまりいい表情はしていない。


 「昔のクセですな…………もちろん悪い意味でのですが」


 万里は拳を握る。

 少し痛みはあるのだが、そこまで酷くはない。

 代わりに別の所に痛みがあるように思うが、蓮花はそれ以上何も言えなかった。


 「少しでも自分より強者と出会うと、頭が熱くなり今のようになってしまう。全く、何のために出家したのやら分かりませんな」


 そんな彼の独り言を聞いていた蓮花は、ふと何かに気付き万里の肩を叩く。


 「まぁ見る人が見れば少し引いてしまうかもしれませんね。ですが、


 万里が驚いた顔で蓮花を見る。

 彼女の視線は違う方を向いていたのでその先を追うと、捕まっていた人達が歓喜の声を上げていた。

 中には泣いている『鍛冶屋』の姿もあった。


 「前の貴方がどう言った人かは知りません。ですが―――今は助かる人もいる。そうでしょう?」


 蓮花の言葉に、


 「そう、ですなぁ」


 万里は短く答える。

 そして、どこか吹っ切れたように錫杖を拾い上げ最後の敵であろう男を見据える。


 「では、もう一仕事参りますかな」

 「ええ」


 この戦いを終わらせるため、

 十夜と青銅の騎士の戦いに目を向けた。










 エスカトーレはしなる青銅の鞭を縦横無尽に振るっていた。

 本来、鞭と言うのは扱いが難しく映画や漫画などのように自在に操れるモノではなかった。

 しかしエスカトーレの青銅の鞭ネフシュタンは特別製で彼の意思を汲み取り動くモノだった。

 第四師団団長の称号は伊達ではない。


 


 「(おのれッッッ!? 何故躱す事が出来る!?)」


 自身の技量と狙った獲物を蛇のように追いかける自動追尾の『付加術式エンチャントコード』を取り付けているのだ。

 まず初見では躱す事は出来ない。

 それは他の団長達も同じだった。


 なのにも関わらず、対峙している少年は


 「お、のれぇぇぇェェェェェッッッ!?」


 エスカトーレの咆哮が大空洞に響く。


 「(野郎、相当焦ってやがる)」


 同時に、十夜もかなり際どい戦いを強いられていた。

 何度もうねるように動く鞭に冷や汗を掻きながら十夜はエスカトーレの操る鞭を捌いていた。


 途中で不規則な動きをする鞭には何度か当たってしまっていたが、そこは身代わりのスライムがダメージを肩代わりしているので問題は無いのだが、それでも限度がある。


 「(今はまだ油断してる―――――でもいつかはバレるだろうな。スライムにも限界があるし何とかこのまま)」


 十夜の祈りが通じたのか攻撃に一瞬の隙が出来ている事に気付いた。

 そこを見逃す手はないと感じた十夜は一気にエスカトーレの懐へと飛び込む。


 拳に力を込め腕を引き絞り腰を極限まで捻る。

 このままエスカトーレの顔面に一撃を与えれば、

 とそこまでは良かった。


 しかし、


 


 「ッッッ!?」


 慌てて引き下がる十夜だったが、

 エスカトーレは手を翳し指同士の摩擦で雷撃を放った。


 一直線に走る雷撃は十夜を直撃する。


 「が、っ―――――つぅッッッ」


 身体が痺れ上手く動く事が出来ない十夜に追撃を仕掛けるエスカトーレは次に手の平を地面へと付ける。

 そこから無数の石爪せきそうが十夜を貫く。


 「こ、の―――――舐めんなァッ!」


 後ろに転がるように回避し再び距離を空ける。

 不様に転がる十夜をエスカトーレは嘲笑う。


 「油断しましたねぇぇぇッ。今のは最高でしたよ」

 「そうかい。俺は面白くなかったよ」


 チッ、と舌打ちをしてもう一度構え直す。

 腐っていても第四師団団長という肩書きは伊達ではない。


 頭に血が上るのを抑え、一度冷静になる。

 そして今起きた事を考える。


 「(コイツの『恩恵』なのか? あの雷撃も厄介だが地面から生えた石の爪みたいなのも…………統一性が無い。ってか昔見た漫画みたいな事してきやがって)」


 友人に読ませてもらった漫画を思い出す。

 そして、


 「―――――なぁ、もしかしてアンタ…………?」


 この世界には無い技術。

 注射器という概念があるかは知らないが、十夜はある仮説を立てた。


 「はて? 何の事でしょうかァ?」


 エスカトーレは答えない。

 裏を返せば、


 


 「なるほどな―――――お前の『恩恵』って?」


 無表情になるエスカトーレを見て確信した。

 どうやら十夜の予想はある程度当たっていたようだ。



 十夜の予想通り、エスカトーレ・マグィナツの『恩恵ギフト』は〝錬成〟。

 本来は武具や日用品などを作り上げる事の出来るモノで、あの『鍛冶屋』の男の授かった〝武具生成〟の上位互換の『恩恵』だ。



 ただそれだけでなく、ある程度の条件―――――指同士を擦り合わせれば静電気を何十倍にもして雷撃を、土煙を凝縮させ石の爪に変換する事も出来るというわけだ。


 問題は、


 そこは恐らく、


 「異世界から来た人間からヒントでも貰った、ってところか。あの注射器の形もゲームの知識がありゃ簡単に造る事が出来るだろ。あの雷撃の仕掛けとか石の爪も漫画からヒントがあれば想像つくだろうしな」


 実際、十夜はその手の漫画を読んだ事があったから閃いただけで、もしかしたら『恩恵』で得た物かもしれない。

 だが、

 と考えた。


 「ふ、ざっ――――――けるなァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 予想は大方当たっていたようで激昂したエスカトーレは指を擦り雷撃を放ち、同時に足の爪先で地面を蹴り上げ石爪を造り上げ十夜を襲う。

 それを十夜は器用に躱していく。


 「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」


 激情に身を任せたエスカトーレの攻撃は読みやすく、同時に飛んでくる鞭も先の攻撃の邪魔をして軌道が分かりやすかった。


 「わ、私の『恩恵れんせい』はそんな簡単な物じゃないッッッ!! 何も知らない『異世界人』が、神に呼ばれなかった『迷い人』風情が私を見下すなッ!!」


 エスカトーレの猛攻を少しづつ、確実に躱していく。

 今度こそ、懐まで入り込んだ十夜はもう一度『鬼火』を纏わせた拳を食らわせる為に右腕を大きく捻り捩じった。

 しかし、激昂したエスカトーレだったが、何をしてくるかが


 「(馬鹿め!! 何度も何度も懐に入られれば狙いは分かる!!)」


 青銅の鎧に触れ、錬成陣が展開される。

 途端に青銅の鎧の全身に鋭利な棘のような鋭い針が生える。

 そんな鎧に攻撃すればただでは済まない。 


 だが、十夜はお構いなしに躊躇い無く一歩を踏み出す。


 「な、―――――――――――」


 エスカトーレの声が漏れる。

 黒炎が噴き荒れ『鬼火』が激しく燃え盛る。

 爆発的な威力を誇る拳が容赦なくエスカトーレの顔面に突き刺さった。

 

 「ぷ、ぎょぼえろヴぉあおああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!?」


 鼻が折れ地を噴き出しながら、痛みに耐えかねたのか胃の中の物を全て吐き出し数秒痙攣したあと、

 びしゃっ、とエスカトーレは自身の血と吐瀉物が混じった中に沈む。


 「―――――――――――――――――――――――――――――――」


 何とか勝てた。

 最後に鎧から棘が出て来た時は冷や汗モノだったが、それも身代わりスライムのおかげで無傷で済んだ。


 いや、


 正直これ以上はスライム頼りになるのも如何なものか、と十夜は考える。

 今は大人しいスライムもこれ以上生命の危機に瀕すると


 だが今は、


 「神無月くん!」

 「十夜殿! 何とか勝てましたな!!」


 遠くで戦闘をしていた二人が十夜の元へと駆け寄る。

 視線を向けると、二人の後ろでは激しい戦闘の跡が残っている。


 「よー、お前らも勝ったのか?」


 気を抜き二人に近付く十夜。

 その後ろでは、


 「ひゅーっひゅーっひゅーっひゅーっ」


 顔面に火傷を負い、瀕死の重傷を負っているエスカトーレの手には

 それは鏡のようにも見えたのだが、自身を写すための物ではなく、表面を十夜の方へと向ける。


 気を抜いた三人に気付かれないよう、エスカトーレの口の端は吊り上がり醜く歪む。


 この道具はエスカトーレが〝錬成〟で造り上げた物の一つ。

 『真名操葬ネームドマリオネット』―――――相手の真名を裏面に書き、対象を表面に移す事で相手を自在に操る事が出来る凶悪な道具だ。


 「(これで貴様らは殺し合えばいい―――――私を馬鹿にした貴様らを、絶対に許さんッッッ!!)」


 エスカトーレは裏に名前を、あの『迷い人』の中で唯一判明している名前である〝神無月十夜〟と書き、表面を十夜へと向ける。


 これだけで『真名操葬』の儀式は完成する。

 このまま自分を馬鹿にした神無月十夜あのガキを操り残った『迷い人』を殺す。

 謀反を起こした罪人も極刑だ。

 そう思い、これから起こるであろう悲劇に嗤いが止まらない。


 勝負ありチェックメイト―――――。


 そう思った時、手にした『真名操葬』がバギンッ、と音を立てひび割れた。


 「―――――――――――――えっ?」


 間抜けな声が出たと自分で思った。

 そして、

 『真名操葬』が破壊されたと同時に十夜の拳がエスカトーレの顔面に突き刺さる。


 「ッッッッッ!?」


 そのまま勢いに任せてエスカトーレは転がっていき、完全に気を失った。


 「ふぅ、油断も隙もねー奴だな」


 十夜は粉々になった『真名操葬』の破片を手に取り、指で弾き投げ捨てた。


 「よく気付きましたね。あの手鏡で何かしてくるって」

 「んー、まぁな」


 十夜がチラリと気絶したエスカトーレの後ろを見ていた。

 そこには

 その事に何となく万里は気付いており、霊感などない蓮花は頭にはてなを浮かべていた。


 「ま、いつでもどこでも誰かに見られてるってこった。悪い事は出来ないねぇ、


 十夜は吐き捨てるように呟いた。

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