第17話 くノ一の少女の覚悟、元凶顕現


 鳴上蓮花なるかみれんかと言う少女は忍びの家系に産まれた。

 現代社会で秘密裏に動く政府公認の〝影の集団〟である一族の娘。

 毎日気の遠くなるような修行に加え、兄弟や他の一族の後継者達などから先を越される日々に焦りを感じていた。

 代々、蓮花達のような忍びの一族は『夜刀やと』と呼ばれ、歴史の裏では政府の命を受け陰ながら日本を救ってきた。

 その力は身体能力はもちろんの事、それぞれの家には『秘術』が受け継がれており、森羅万象悉くを操る力が備わっているとまで言われていた。


 『鳴上家』もその一つであり、実際に蓮花も実戦経験を現場で積まされるなどして日々精進していた。


 しかし本来、心優しい彼女は人を殺めるといった行動が取れなく『夜刀の一族』でも出来損ないという評価が常に付きまとっている。


 ―――――レンは〝出来損ない〟でも〝落ちこぼれ〟でもないよ。キミは優しいなぁ。


 そんな彼女を口癖のようにいつも慰めてくれていたのは兄だった。

 同じ兄妹とは思えないほど天才と評された兄は、いずれは『夜刀の一族』の当主になる事を約束されるほどに完璧だったのだ。


 蓮花はそんな兄を尊敬しているし、敬愛もしている。

 だが、

 それでも彼女は思うのだ。


 本当に、それだけでいいのか? と。


 自問自答し、それでも納得しきれなかった彼女は自分を追い詰め過酷な修行を耐えて来た。

 いつか兄の隣に立って共に生きていっても恥ずかしくないようになりたいと。


 だが、

 現実は残酷で無慈悲だ。

 

 今でも覚えているのは自分は地面に倒れ雨に濡れている。

 『夜刀の里』は壊滅し、散々自分を馬鹿にしてきた一族は全員息を引き取っていた。


 思い出せるのは、

 夜だというのに妙に生温い雨風に晒されながら、

 声高らかに嗤う悪鬼羅刹がそこにいた―――――――――――――。





 「ふっ!!」


 蓮花のクナイは正確に兵士達の身に纏っている鎧の隙間、つまり可動部分に突き刺さる。

 緻密なコントロールが無ければ出来ない芸当に十夜は驚きを隠せない。


 「すげぇ」

 「十夜殿、大丈夫でしたかな?」


 突然背後から万里が話しかけて来た。


 「―――――今、本気で心臓が止まるかと思ったぞ。ってかどうやって背後取ったんだよ?」

 「カカッ! それは失礼した。いや何、先ほど上にいた兵士から奪っ――――借りた武器の一つに『えんちゃんとなんちゃら』とかいうモノが付いておりましてな。その槍を少しお借りしてこの通り逃げ道を作っておいたのですぞ」


 そう言った万里の後ろには大きな穴が掘られていた。

 結構な深さで掘られた穴は槍一本で掘れるような穴ではないし、柔な地盤でも無かったはずだった。

 思っている以上に『付加術式エンチャントコード』というのは結構便利なのかもしれないと十夜は思った。


 「それにしても」


 万里は蓮花の戦闘をまじまじと見ている。

 蓮花は相変わらず速度スピード重視の攻撃をしており、一撃一撃は重くない代わりに相手が一撃を繰り出す間に十や二十ほどの攻撃を仕掛けている。


 「蓮花殿は手数勝負ですな。拙僧とは真逆と言ったところでしょうか」

 「あぁ、確かにアンタは手数より圧倒的な一撃パワータイプだもんな」


 ふと考える事がある。

 先ほどから見ていたが、スタミナに関してだけ言えば蓮花が圧倒的に無尽蔵なのではないか? と。

 実際、彼女は動き回って相手を翻弄する戦闘スタイルだ。

 ずっとそれを続けているにも関わらず、


 「ふむ、やはり忍者の一族なだけはありますなぁ。動きが洗礼されておりますぞ」


 万里の言う通り、蓮花のスピードに追い付けていない兵士達は右往左往している。

 しかも苦無を正確に鎧の隙間に突き刺しながら、だ。

 気が付けば兵士も残りは一人になっている。


 「こ、の、化け物がァァァァァァァァァァッッッ!!」


 ヤケクソ気味に長剣を振り回す様は先ほどの十夜を嘲笑っていた人物と同じようには見えなかった。

 ただただ振り回すだけの兵士の体力はすぐに限界を迎え、


 「終わりだな」

 「ふむ」


 二人が呟いたあと、閃光が走る。


 「あへぇ?」


 視界がズレる。

 パチン、と小太刀を鞘に納めた蓮花はスタスタとその場を立ち去ろうとしていた。


 「ま、まひゅぇ」

 「もう動かない方がいいですよ? 


 一歩動く度に兵士の身体がズレていく。

 バラバラと細かく刻まれた兵士はそのまま物言わぬ肉塊へと変貌した。


 「…………ふぅ」


 蓮花は一息つき空洞の天井を見上げる。

 黄土色の壁はどこまでも無機質で、蓮花の気分を落ち着けるには少し物足りなかったがそれでも先ほどまでの鬱屈とした気分は少し晴れていた。


 「(兄さんに近付けたとはまだ思えない。ですが)」


 蓮花は振り向き二人が待つ場所へと戻る事にした。

 これからもまだ問題は山積みだ。

 どうやって元の世界に戻るか?

 もしまだ戻れないのならこの異世界グランセフィーロで己の力を磨き続け、一族の仇を取る為に戦って経験を積んでいくのか?

 答えはまだ出ない。

 しかし、


 蓮花が顔を上げる。

 そこには同じ境遇の、しかもの姿が目に入る。

 もしかしたら、と蓮花は思った。

 同じ境遇だからこそ、利害関係が一致しているからこそ何とかなるかもしれない、と。

 全ての戦闘が終了し、大空洞の中央では囚われていた〝罪人〟達と、十夜達が集まっていた。


 「本当に助けてくれて何とお礼を言えばいいか」


 代表して言ってくれたのはこの地下迷宮で一番長く労働させられていた老人だった。

 どうやらこの場所に連れて来られた理由は、第四師団の連中に楯突いたから、と言った理由だそうだ。

 他にも、莫大な納料を支払えなかった人や王都で喧嘩をしていたからという理由で捕まっていた人もいるそうで何かと理由を付けてこの場所で労働させられていたという人がほとんどだった。

 もちろん普通に犯罪を犯した本当の意味での〝罪人〟もいるようでその者達は隅の方で静かにしていた。


 「で、やっぱりフェリスとリューシカは門での出来事が原因っと」


 十夜の予想は悪い意味で当たっていた。

 話によると十夜と蓮花が『メムの森』に入ってしばらくしてから、あのエスカトーレという男がやって来て二人を連行したようだった。

 目当てはもちろん〝例の花〟だ。


 「なぁ、アンタらはみんな『ウルビナースの花』って知ってる?」


 十夜の質問にほとんどの人が知っているようで、用途は幼い兄妹が言っていたように貴族や王族の間で取引されている高級な茶葉のようだった。


 「なるほど。ではこれが『魔薬ベルセルク』を生成するための材料というのは本当に偶然発見され知られたモノだったんですね」


 蓮花が話をまとめ上げる。

 三人は少し休憩出来たおかげで頭の回転も速くなっていた。

 ここの人達を利用し、この『愚者の迷宮』で採掘できる鉱石を使って人を廃人にさせる『魔薬』を造っているのはあのエスカトーレという男で間違いは無かった。


 「しかし解せませんな。何故その『王国騎士団』でも? 正直に言えば今は一団体のみしか来ておらぬから何とかなっているものの―――――全軍団でこちらに攻め入られては一溜まりもありはしませんぞ」


 万里の言う通りだ。

 全戦力を以てすれば十夜達に勝ち目はない。

 もちろん全力で抗うし、ただ負けるだけではない。

 その気概を見せるのは十夜だけでなく、蓮花や万里もなのだろう。


 しかし、騎士団と戦うには情報が少なすぎるのだ。


 相手がどんな『恩恵』を授かったのか?

 それはどういう能力ちからなのか?

 それらが全く分からなければ対処のしようも無い。


 そんな事を悩んでいると、


 「アンタら、あのエスカトーレのヤツとやりあうのか?」


 不意に、先ほどまで話の輪に入ってこなかった罪人達が話題に乗ってきた。

 今話しているのは万里とさほど変わらない体型をした男だった。


 「………………何でだ?」


 言葉の真意を探る。

 急に入って来たからには何か疑いを持っていた。

 だが、


 「頼む!! あの男を―――――」


 大柄な男は突然頭を地面に擦り付けるように土下座をした。


 「あの男を、殺してくれッッッ!!」


 いきなりの申し出だった。

 何が何だか訳が分からなかった。

 しかし男は頭を上げない。


 「ふむ、突然何を言い出すかと思えば―――――何故その男を殺せと? 拙僧らが殺し屋にでも見えますかな?」


 万里の言い分は尤もだ。

 だが先ほどの―――――特に蓮花の戦いを見ていれば完全に否定は出来ない。

 そう思いつつ話の続きを促す。


 「俺は―――――俺は王都でも有名な『鍛冶屋』をやってたんだ。この街にやってくる観光客や冒険者達に武器や防具、それに装飾品なんかも作ってた。でもある日突然あのエスカトーレってヤツが王の勅命だって言って俺の工房を奪いやがった!!」


 それは何の前触れも無く突然の出来事だったらしい。

 ある日突然に理不尽に居場所を奪われるというのは辛い。

 それは、何となく気持ちが分かると十夜は思った。


 彼もまた、理不尽に居場所ゆうじんを奪われたのだから。

 そして、男の独白は続く。


 「もちろん納得がいかねぇ俺は国王に直訴した。なら今度は反逆罪って事で捕まってこのザマよ」


 どうやら男の周りにいる人達はその工房の従業員らしい。

 中には痛々しく包帯を巻いており血を滲ませている者もいた。


 「俺は捕まって『鍛冶屋』は閉めるしかなくなっちまって、人質になった妻と子供は行方知れず…………風の噂じゃ王都から追い出されたかもって話だが」


 何となく話が見えてきた。

 だがまだ分からない事がある。


 「どうして突然そんな事を? 貴方の話が本当なら『ディアケテル王国』の騎士団の武器なんかも取り扱っているのですよね?」

 「あぁ、でも本当に理由は分からないんだ。ある日急に言われたもんだから何が何だか」


 しばらく十夜は男を、いや話を聞き終えると、


 「?」


 とただ呟いた。

 蓮花はその様子を見て頭に疑問符を浮かべていたが敢えてスルーした。

 そんなやり取りを見て十夜の行動を理解した万里はカカッといつものように笑うだけだった。


 そこからしばらくして、十夜達は本来の目的を罪人達に聞く事にした。


 「なぁ、この場所に妙なモンって知らないか? 例えば――――――


 するとその話題に触れたのは老人だった。


 「恐らくですが、この先―――――エスカトーレが向かった先にそんな部屋があると聞きましたぞ? そう言えば


 その話を聞き、十夜達はハッとする。


 「なぁ、もしかして」

 「ええ、あのデュナミスって人が言っていた『正式な手順』を踏んで召喚された人の事ですよね?」


 デュナミス―――――彼が言っていた事を思い出す。

 正式な手順を踏んで召喚された者を〝召喚者〟。

 十夜達のように突然この世界に飛ばされた者の事を〝迷い人〟と言っていた。


 「あの奥に―――――さて、鬼が出るか蛇が出るかと言ったところですかな」


 万里が奥の部屋を見据える。

 正直に言うとすぐにでも向かいたいが、フェリスとリューシカが気になる。

 このままこの人達を放置して先へと進むのは気が散ってしまい今後に差し支えるかもしれない。


 「あの…………いいか?」


 〝元〟鍛冶屋である男が手を挙げる。

 先ほどまでの威勢は無く、ただ落ち着きを取り戻したのか冷静になっていた。


 「アンタら、もしかして武器も持たずここまで来てるのか? 王国兵達と戦っている時もそうだったが、途中に魔物とかもいただろう?」

 「カカッ! そんなものは拙僧らには必要ない――――――と言いたいところだが、流石に拙僧や十夜殿はともかく、蓮花殿の武器がのォ」


 確かに、先ほどの戦闘で蓮花のクナイはほぼ紛失し小太刀は刃こぼれが目立っていた。

 連戦に次ぐ連戦。

 元々徒手空拳の十夜や万里はともかく、忍者の道具を持っていた蓮花が心許ないかもしれない、そう思っていた。

 しかし、蓮花の反応は二人の予想を裏切った。


 「いえ、私はそこまで困りませんよ…………まだ使っていない『忍術』もありますし、道具不足で任務失敗は笑えませんからね」


 とあっけらかんとしていた。

 しかし、そこで食い下がったのは『鍛冶屋』の男だった。


 「少し時間をくれたらアンタらの武器を調整出来るぞ! こう見えて俺の『恩恵』は〝武具生成〟なんだ。材料と元になる武器があれば大した設備がなくてもすぐに直せる」


 と自分の胸を叩く。

 余程自分の腕に自信があるのか、男は真っ直ぐな目で三人を見ている。

 すると蓮花は少しため息をつくと、


 「分かりました。そこまで言うならクナイと小太刀のメンテナンスをお願いしますか――――――武器があっても困りませんし」


 蓮花がそう言うと、久しぶりに『鍛冶屋』としての血が騒いだのか男達は歓喜に溢れて叫んでいた。


 「やかましい!! 敵地のど真ん中だぞ!!」


 と十夜が注意するが、彼らの表情を見ているとこれ以上は何も言えなくなった。

 そして、


 「(言ってやるべき、なのかな)」


 十夜は違う事で悩んでいた。

 まだはっきりと分からない。

 もしかしたら違うかもしれない。

 だが、

 どうしても十夜は『










 しばらく時間が経ち、蓮花のクナイと小太刀は元の輝きを取り戻していた。


 「すごいですね、切れ味も元に戻ってる」

 「あぁ、本当はちゃんとした工房なら『付加術式エンチャントコード』も取り付ける事が出来たんだが、何せこんな場所だからな…………勘弁してくれ」


 『鍛冶屋』の男が頭を下げる。

 大した工房も無くてここまで出来るのは素直に凄い事だと蓮花はフォローしていた。


 「いや、大した腕前ですな。拙僧の錫杖も直していただき感謝しておりますぞ」


 ついで、と言っては何だが万里の折れた錫杖も修復してもらったようで気分は良くなっている。

 ここまで色々とあったが、そろそろ本題に戻ろうという事でもう一度作戦会議が行われた。


 「じゃあもう一回確認するぞ。まず俺と鳴上、それに万里の三人はこの先の部屋へ向かう。多分邪魔が入るのは確実だからそうなれば戦闘開始って感じだな」

 「ええ。あとはここで働かされていた人達ですが―――――先ほど永城さんが使っていた〝土属性〟の『付加術式』で上まで脱走してもらう、ですね」

 「そしてあわよくばこの『であけてる王国』から逃げる、と。問題は外では拙僧らが助けに行けん事ですな」


 そう。

 話し合った結果、とにかく捕まっていた人達が逃げれるようにしなければならない。

 ただ『王国騎士団』の動きが読めない以上、その判断が正しいのか分からない。

 そう思っていると、


 「大丈夫だ! 外に出れれば俺達の潰された工房がある。最悪そこでアンタ達を待つさ」


 『鍛冶屋』の男はニカッと笑った。

 要するに「何としてでも生き残って俺達を助けてくれ」と言っているようなものだった。

 しかしそれも仕方がないのかもしれない。

 今まで奴隷のように働かされ絶望に打ちひしがれていた挙句、突如として現れ自分達を助けてくれた〝救世主〟が目の前に現れたのだ。

 そう思えば彼らの反応は当然なのだろう。


 「まぁそこまで期待されちゃ仕方がねーか。んじゃさっさと行動に―――――」





 「おや、そんな心配は無用ですよ―――――何せアナタ達はここで死ぬのですからね」





 声がした。

 しまったと思い十夜、蓮花、万里の三人は声の方へと振り返り構える。

 通路の奥、そこから嫌な気配がした。

 殺気、嫉妬、羨望、怨恨、そんな様々な感情が入り乱れた〝負〟の感情が向こうからやって来る。


 「驚きましたねぇ。まさか私がいない間に我が第四師団わたしのてごまが全滅とは―――――流石は異世界からの『迷い人』。想定外ですよ」


 がしゃがしゃと金属が擦れる音が近付く。

 その足音はゆっくりとこちらへ近付き、闇の中からその姿を現した。


 長髪の髪はぼさぼさで顔色は蒼白。

 痩せ細ったその身体には雰囲気には似つかわしくない青銅の鎧が纏われていた。


 後ろでは捕まっていた人々がガタガタと震えている。

 老人も、元『鍛冶屋』の男も、フェリスもリューシカも、みんな震えていた。


 顔が見えた。

 ねっとりとした陰気な表情は見ている者を不安にさせる効果があった。

 たった一人、たった一人しかいないのに三人は下手に動けない。


 「さて、何やら愉快な話が聞こえましたが―――――私も混ぜてもらえますか?」



 『王国騎士団』第四師団団長、エスカトーレ・マグィナツ。



 元凶ともいえる男がニヤァと口を両端まで裂けた笑みを浮かべ立っていた。


 「アンタがエスカトーレって奴か? 随分と愉快な事してるみたいだな」


 先に口を開いたのは十夜だった。

 構えは崩さず、視線も決して離さないようにしていた。

 痩せ細ったその身体は脅威ではないのかもしれないが、油断は禁物だった。


 「ほう、私の事を知っているのですかな? それは大変光栄ですねぇ」


 ねっとりとした口調は人を苛立たせる効果でもあるのか、いつも冷静な蓮花も珍しく嫌悪感を隠さずに冷たく言い放った。


 「別に光栄に思わなくてもいいですよ。私は初対面ですが貴方の事、すぐに嫌いになりましたから」

 「いやはや、手厳しいですねぇ。どうですか? 今なら我が『王国騎士団』はアナタ達を歓迎します。使


 その言葉に反応したのは万里だった。

 万里もいつものような豪快さは見えず、ただ静かに言った。


 「雑兵とは手厳しいですな。貴殿の部下なのでは?」


 万里はエスカトーレが言った〝雑兵〟という言葉に反応した。

 決して褒められたような兵士達ではなかったが、それでも最後まで懸命に自分達と戦って命を落としているのだ。

 労いの言葉も何もないのが気に入らないようだった。


 「部下? 何か勘違いをしているようで―――――。私の出世の為の踏み台と言えばいいでしょうか?」


 エスカトーレは両手を広げ演説を始める。


 「そもそも、私の力と権力で今まで甘い汁を吸っていたのにも関わらず大した仕事もしていない。しかも、副団長という立場をやったにも関わらず成果を上げないあのゴミデュナミスも同じですよ」


 思いがけない人物の名前が出て十夜は顔をしかめる。

 一生を掛けて罪悪感を背負いながら生かせた男の名が何故、目の前にいる男の口から出たのだろうか?


 「お前―――――まさか」


 エスカトーレは十夜の表情を見て更に陰険に嗤う。


 「ええ、?」


 そう言ってエスカトーレは腰の辺りに手を伸ばし、〝何か〟を十夜達の足元へと放り投げた。

 サッカーボールぐらいの大きさの〝それ〟はゴロゴロと転がりやがて止まる。


 「――――――――――――――――――――」


 後ろでは何人かが悲鳴を上げ、老人がフェリスとリューシカに見せまいと目を隠した。

 虚ろな目を見開き、口からは乾き始めた血がこびり付いている。

 整った顔立ちをしていた元の姿からは想像が出来ないほどに変わり果てた〝それ〟は


 「見つけるのに苦労しましたよ。敗走だけならまだしも、アナタ達に恐れ逃げたのですよ? そんな事、我が第四師団には相応しくありませんからねぇ」


 負けた者には〝死〟を。

 どうやら思っていた以上にこの異世界グランセフィーロは殺伐としているようだった。

 エスカトーレは悪びれも無くニタニタとしている。

 他の人はどうかは知らないが、この男だけは正真正銘、人の命を何とも思っていないようだ。


 「よぉ、もう一ついいか?」


 十夜が口を開く。

 この先はあまり言いたくなかった。

 だが、

 どうしても


 「お前、――――――――――そこにいる『鍛冶屋』のおっちゃんの事は知ってるよな?」


 十夜の言葉にエスカトーレは視線を動かし、後ろで青ざめた顔をした男を見た。


 「あぁ、憶えてますよ。生意気にも私の、いや王の勅命に反発した愚か者ですよねぇ?」


 その言葉に『鍛冶屋』は、


 「そうだ! お前ッ、お前のせいで―――――!?」


 男が憤る。

 無理もない。

 突然職を失い、家族とも離れ離れになったのだ。

 怒り狂うのも無理はない。

 しかし、エスカトーレはそんな男には興味があまり無かったのか、ただつまらなさそうに肩を竦める。


 「何ですかァ? とでも言いたいのですかぁ? それは違いますよ、アナタの力不足が原因だと思うんですがねぇ」


 あえて挑発しているように見えるのは、それがワザとではなく天然でやっているのだろう。

 だが、

 



 「?」



 万里は黙っている。

 蓮花は何を言っているのか分からなかったが、その十夜の質問に既視感を覚えた。

 万里は住職だ。

 もしかしたら〝そう言ったモノ〟が視えているのかもしれない。

 そして十夜も今は〝呪い〟にかかっている。

 という事は十夜もかもしれない。


 思い返せば不思議な事があった。

 『鍛冶屋』の男が喋っている時、十夜の視線はどこを向いていたのか?

 


 「な、―――――どういう事、だ?」


 男が絶句している。

 意味を考えたくは無かった。

 そう言えば、


 『


 しかし、いやでも想像してしまう。

 それもな想像を、だ。


 エスカトーレは「くっくく」と笑いをかみ殺している。

 どうやらその想像は、


 「いい声で叫んでいましたよ? 助けて父さんっ、助けてあなたっ、ってねぇ」


 『鍛冶屋』は膝をついた。

 最愛の家族は、もういない。

 今までの全てを否定されたように男の目から涙が零れる。


 「悪い、アンタには言えなかった―――――後ろでずっと、アンタを心配したような表情をしてたから」


 十夜は正面にいる敵を見据えながら口を開いた。

 『鍛冶屋』はふと十夜の後ろ姿を見つめる。


 「…………だから今は立てよ、立ってここから生き延びろ――――――息子と奥さんもそれを望んでる、俺に伝えてくれって、そう言ってるッッッ!!」


 十夜は構えたままエスカトーレを睨み付ける。

 聞きたい事は色々ある。

 だが、

 その前に十夜はする事が出来たようだ。

 拳を握り締め『鬼火』が勢いよく噴き上がる。


 十夜の覚悟を悟ったのか、それとも同じ気持ちだったのかは分からないが蓮花と万里も同じように戦闘態勢に入る。



 「エスカトーレ・マグィナツ―――――まずはテメェをブッ飛ばすッッッッッ!!」



 『愚者の迷宮』での最後の戦闘が始まる。

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