第16話 戦鬼の咆哮
しばらく通路を進みながら襲い掛かる魔物の群れを撃退していく三人は少し広い部屋へと入る事が出来た。
「ここなら少し休憩出来ますかね?」
蓮花が周囲を見回ってくれたおかげで敵の気配は無い事が分かった為、そこで少し休息をする事になった。
ここまでくる道中、戦闘がずっと続いていたので体力的にも不安があった。
休憩が出来るのは助かったと十夜は一息つく事にする。
「しっかし、よくここまで集まったよな」
十夜が呟くと三人が持っていた鞄の中身を確認していた。
ブラックハウンドやボアブリッツ、そしてゴーレムの落とした魔石もかなり集まった。
しかしその中でも一番驚いたのは『王国騎士団』の兵士達が持っていた装備の数々だった。
蓮花が調べていると、そのほとんどの武器に〝魔石〟が組み込まれていたのだ。
「この魔石を
蓮花は先ほどの兵士との戦闘を思い返す。
ゴーレムを撃破後に何度か兵士達との戦いがあった。
そんな中、長剣や槍から炎や風を操ってくる兵士もいたので、てっきりデュナミスの言っていた『
しかしそれにしては何人も同じような事をしてきたので、戦闘終了後に軽く兵士の一人に聞いたところそう言ったモノがあると分かったのだ。
「いや、しかし蓮花殿も容赦ありませんな。あんな手際よく吐かせられるモノですかな?」
「人聞きが悪いです。私はお話をしていただけですよ」
蓮花がむくれる。
お話、と言っているが実際は『脅し』に近いモノだった。
『メムの森』にいた大百足の毒を染み込ませていたクナイの切っ先を首元に押し当てられ感情の無い瞳で脅されれば普通の人ならば大抵は白状する。
そんなやり取りをしていると、十夜はふと人の気配を感じた。
「?」
しかし、蓮花も万里も誰も気付かず休息を取っている。
自分が気付き他の二人が、万里はともかくとして蓮花は人一倍人の気配には敏感なのにだ。
「悪い、ちょっとトイレ」
「――――――――――――レディの前でそんな事を言うのは紳士としてどうかと思いますが?」
「あ、なんか久しぶりに聞いた気がする」
実際には一日も経っていないのだが、ここに来たばかりの事を思い出しつつ気配のする方へと足を運んだ。
十夜は少し進み辺りを見回す。
特に変わったところは無いのだが、彼が入っていった通路は舗装されている途中だったのか地面はゴツゴツとしていて歩き辛かった。
「(なんだよここ。今までの場所と何か違うような)」
まるで放棄された場所、というのが正しいのかもしれない。
周囲には採掘する為の道具やトロッコのような物も置いてあった。
その奥まで進むと暗い通路の奥に明かりが見えた。
足音を、そして気配を消しゆっくりと様子を窺う。
そこで見た物とは―――――――――――。
「な、んだよこれ―――――」
言葉が漏れる。
通路の先は今まで十夜達が休憩していた場所よりかなり広く、空洞になっていた。
そこでは、
「何をしている!! さっさと働け!!」
「ひぃぃっ!!」
フィクションでしか見たこともないような光景が広がっていた。
ボロボロの衣装を身に纏い、強制的に働かせられている人々。
その労働者達は老若男女問わずで、上は老人から下に至っては小さな子供まで働かされていたのだ。
「うぅっ」
力尽き、倒れる人もいる。
そんな彼らに、
「サボるなよ!! さっさと―――――起きろ!!」
「ぎゃっ!!?」
サッカーボールのように蹴られ転がっていく。
腹部を押さえ呻きながら悲鳴を押し殺す様子はまさに地獄絵図と呼ぶに相応しいモノだった。
「あ、――――――ンの野郎ッッッ」
身を乗り出そうとする十夜だが、気を落ち着かせる。
ここで一人飛び出した所で何も出来ない。
ここから見ている限り恐らく『王国騎士団』の兵士が二十人近く。
一人で対処するには加えて、
「エスカトーレ団長!! ご報告が!」
一人の兵士が叫んでいる。
エスカトーレと呼ばれた男はゆっくりと振り向き、何やら報告を聞いていた。
しかしここからでは何を喋っているのか全く聞こえない。
「あれが、エスカトーレ?」
青銅の鎧に身を包みその上からでも身体つきは瘦せ細い騎士、と言うよりも胡散臭い詐欺師のような印象を持つ男だった。
鬱陶しそうな長髪で表情は見えないが、病人なのか? と言われても違和感がないほどには表情は暗く見える。
「何言ってるか分かんねぇ」
十夜は呟いた。
すると、
「〝ただいま門番の報告によるとデュナミス副団長が『罪人』を連れお戻りになられたそうです〟――――だそうですよ?」
振り返るとそこには休憩をしていたはずの蓮花と万里がいつの間にかいた。
「ほう、これは中々な光景ですな」
万里の表情も明るくは無い。
寧ろ無表情の彼は妙な威圧感すら感じる。
静かにだが、怒りの感情が十夜と万里が抱いていた。
しかし意外な事に冷静なのは蓮花だけだった。
彼女は集中して会話をしているエスカトーレ達の会話を眺めている。
「読唇術ですよ。くノ一の―――――忍者の基本です。〝ですが城内に入った副団長の姿が忽然と姿を消し、罪人と共に行方が分からない〟だそうですよ」
十夜達の視線を感じたのか蓮花が感情を圧し殺したように呟いた。
彼女もまた冷静なだけで静かに怒りを感じているのだろう。
状況はあまりよくないのかもしれないが、一応こちらの動きは全てバレているわけではなさそうだった。
そして、一応のやり取りを全て終えたエスカトーレと兵士はそのまま別れ、エスカトーレ一人だけがどこかへ行ってしまった。
「最後、何だって?」
「あの長髪が邪魔で口元が読めませんでしたね…………しかし今はあの団長という男はどこかへ行ったみたいですけど」
蓮花が呟くと地下に広がる光景を見下ろし顔をしかめた。
デュナミスが言っていた事を思い出す。
―――――団長は〝罪人〟を使い鉱石を採掘している。
確かにこの光景はその通りだった。
屈強な男達、そして陰鬱そうな女性や、見た目で言えばそうでない人も、纏っている雰囲気は少し歪んで見えた。
しかし罪人と言うにはあまりにも無害そうな人々の姿もちらほら見える。
「まるで軽罪でも罪人として扱っているのかもしれませんなぁ」
万里が呟く。
そんな彼らを見ていた十夜は悩んでいた。
助けに行くか?
だがそうすれば彼らは兵士達に見つかり戦闘になるだろう。
そうするとこの迷宮は入り組んでいたので帰るのに時間も掛かるかもしれない、遅くなればなるほど城の中を通り、城門を堂々と出るのが難しい。
三人でも色々と準備をして入城出来るのがやっとだったにだ。
まさにハイリスクローリターン。
そう思うならここは知らないフリをするのが一番なのかもしれないと、十夜が思っていた時。
彼らの耳に馴染みのある声が届いた。
「おにいちゃん!!」
小さい男の子が重労働に耐えれず倒れてしまったのだろう。
そんな彼に近寄り身体を揺する少女の姿を捉えた。
「おにいちゃんっ、おにいちゃん!!」
「チッ、使えねーガキが!!」
兵士の苛立った声が聞こえ足を上げる。
その兵士の足元には、
その声は一日しか経っていないが、それでも聞き違える事はなかった。
初めてこの世界に来て、初めて会話し、よくしてくれた小さな村の男の子と女の子の兄妹。
十夜が目を見開く。
ボロボロになった衣装を着せられていた。
遠目でもしかしたら違うのかもしれない。
それでも、
見間違えるはずは、無かった。
「神無月くん!!」
蓮花の制止を無視し十夜は飛び出す。
覗いていた場所からは少し高さがあったが、現実世界でもたまに教室から脱走する時に三階から飛び降りた事があったのだ。
このぐらいは何ともない、と自分に言い聞かせ一切の躊躇いを無くす。
そして、
「フェリィィィィス!! リュゥシカァァァァッッッ!!」
一気に跳躍し小さな兄妹、フェリスとリューシカの元へと走り抜ける。
十夜は拳を思い切り握り締める。
そのまま勢いに任せ相手の顔面へと拳を叩き付けた。
兵士の視界がブレる。
脳を―――――不意に訪れた衝撃で揺らされた事により相手の意識を断つのは簡単だった。
この場所で、自分達に牙を剝く人間などいないと思い込んでいたのだ。
縦に回転するように転がり続けた兵士はそのまま舗装されていない壁に激突し動かなくなった。
誰もが呆然と突然の乱入者へと視線を向ける。
しかし、十夜はその視線を気にも留めず倒れる小さな兄妹へと近付く。
初めは誰か分からなかったリューシカが目を見開き、その姿を捉えたことによりその瞳から大粒の涙を零し始める。
「大丈夫か?」
優しい声。
ここに連れて来られる前は大丈夫かと心配していた姿。
そして、無意識に感情を殺していたかもしれない衝動で声が出なかった。
「おに、お兄ちゃん?」
意識を取り戻したフェリスが呟く。
そっと少年の頭に手を乗せ優しく撫でる。
そして無言でこう言った。
もう、心配ないぞ―――――と。
それを聞き取れたフェリスは落ち着いた寝息を立て意識を無くした。
そして同じようにリューシカにも優しく手を乗せ撫でる。
少女は大きな声で泣けた。
たった一日。
たった一日の間にこんな小さな子に感情を殺させるほどの労働を強いたのだ。
どんな目にあったのかなんて平和な世界から来た十夜には想像がつかない。
「誰だ!!! 貴様!!」
兵士の一人が叫ぶ。
突然の乱入者に二十人ほどいた兵士が集まり、強制的に労働させられていた人々は逃げまどっていた。
その内の一人の老人だけが心配で兄妹の元まで頼りない足で近付いてくる。
「アンタは?」
「儂はここでは一番長い者じゃよ。この子達から『おじいちゃん』と呼ばれておる」
白い長髪の老人がボロボロの手でリューシカを迎える。
懐いていたのか、それとも他に頼れる人がいなかったのかは分からないがそれでも少し心を許しているのならそれでよかった。
「悪いじーさん。この子ら頼める? 多分一緒にいてたら危ないと思うから下がってな」
気を失ったフェリスを任せ、十夜はゆっくりと立ち上がる。
そんな十夜の服をぎゅっと握る小さな手があった。
「お、にいちゃん」
心配そうに見上げるリューシカを気丈に振舞いもう一度その頭に手を乗せる。
今度はそっとではなく心配するなと言わんばかりに力強く。
「リューシカ、
リューシカに向けていた目を鋭くし武器を構える兵士達を射抜くように睨みつける。
「ちょっとばかし悪さをする奴らにお仕置きしなきゃな」
拳を鳴らし、十夜は静かに構えた。
制止する間もなく飛び出した十夜を蓮花は腹立たしく思った。
こんな時ほど冷静でいなければ相手の思うつぼだというのにも関わらず何故そこまで激情に身を任せる事が出来るのか? と。
「さて、拙僧らもそろそろ準備をしなければなりませんな」
「準備?」
万里は重い腰を持ち上げ立ち上がる。通路は舗装されていないせいか彼の体格からではこの通路のかなり狭く感じた。
「準備って、何をするんですか?」
「いや何。一日一緒にいて何となく分かりましたが、十夜殿は慎重そうに見えて実は感情的になりやすそうだったんでな。まぁ何となくこうなるとは予想しておりましたぞ」
そう言って兵士達から奪った武器の槍を取り出す。
「まぁ拙僧はこれを上手く使えるか分かりませんが、それでも使えれば面白そうではありますな。というか拙僧の錫杖は先ほどのごーれむという魔物に折られてしまいましたんでその代わりですぞ」
心なしか少し楽しそうな万里は来た道を戻り始めた。
何となく分かっていた。
確かに少し考えてみればそうだった。
神無月十夜という少年は普段は人でなし、というか無責任な発言は多かった。
しかし、自分以外の無力な人達が危険に晒されると身を挺して守ろうとするのだ。
「で? 蓮花殿はどうされるので?」
万里の声に蓮花はその華奢な手を握り締める。
あの兄妹が心配じゃないのかと言われれば心配だ。
なんせこの世界に来て初めて遭遇したまともな人だったのだ。
心配じゃない訳が無い。
自分はどうするべきか、冷静な判断が出来なかった。
空洞を見下ろす。
そこでは二十人ほどいる兵士達に囲まれ十夜の姿があった。
直観だが、恐らく神無月十夜と言う少年は弱くはない。
しかしそれはあくまでも『鬼火』を使った場合の話であり、普通の徒手空拳ではどうなるのかは火を見るよりも明らかだった。
相性の問題もあるが、一対一ならば勝つだろう。
しかしそれが一対多ならばどうだろうか?
実力差はあれど恐らく苦戦するのは目に見えていた。
そんな彼だが物怖じする事なく、悠然と立っている姿は武器を持った兵士達を恐れているようには見えなかった。
「(怖くないんですか?)」
心の内に秘めたその言葉を表に出す事はない。
出す事は無いのだが、それでも蓮花の内には何か〝しこり〟のような物を感じた。
「私、は」
蓮花はただその一言を漏らすだけだった。
十夜へ群がる兵士達は各々が持つ武器を振るった。
その度に十夜はまともには受けず、受け流すように長剣や槍の腹を捌いていく。
「分かっちゃいたが数が多い!!」
多勢に無勢。
先の蓮花の予想通り、『鬼火』を使用しない場合の戦闘では多対一だと圧倒的に不利だった。
十夜の徒手空拳での戦闘スタイルは一対一で発揮される。
これが相手が二人ならば辛勝、三人なら被弾覚悟のギリギリ、それ以上は正直キツイのだ。
もちろんデュナミスに使った『鬼火』を使えば簡単だが、あれは周囲に被害をもたらす一種の災害だ。
他にも色々と条件はあるのだが、今確実に使えばフェリスやリューシカ、他の人達にも被害が被る。
それだけは避けたかった。
「死ねぇ!!」
「死ぬか!!」
剣を上手く躱し掌底を鼻の下の人中へと叩き込む。
しかし相手も歴戦の兵士。
その程度では意識を断つ事が出来ず一瞬怯ませるぐらいが限界だった。
「『
兵士の一人が叫ぶと同時に刀身に炎を纏わせる。
あれが『
魔石を武器に取り付けることで『恩恵』とは別の能力を発言する事が出来る
燃える剣を振り回す兵士を見据えると十夜はその剣の柄を蹴り上げ、すぽっと抜かせる。
呆気に取られていた兵士に十夜は跳躍しその燃える剣を掴み取るとそのまま、
「返す!!」
と投げつけ鎧を貫通し兵士の一人が燃え始める。
肉の焦げる匂いに顔をしかめている余裕もなく次に襲い来る兵士を相手にしようと迎え撃つも、
「こっちだ!!」
と背後から肩を切り裂かれる。
「ッッッ!!」
傷は『悪食の洞』の中にいるスライムが身代わりとなってダメージを受けているので十夜には実害はない。
しかし被弾を覚悟していたが、やはり一人となるとかなり厳しい状況だ。
だが、ここで音を上げる訳にはいかない。
「上等、だァァッ!!」
剣を蹴りあげ掴むとそのまま長剣を振り回す。
十夜が長剣を扱えるわけではない。
大雑把に振り回すだけだ。
素人の剣技にただ兵士達は嘲笑うだけだった。
「(それでいいッ!!)」
遠心力を利用し見極める。
狙いは兵士が数人重なった状態―――――。
「ここだァッ!!」
要領はハンマー投げと同じ。
長剣柄を離し投擲された切っ先は、
「ッッッ!?」
兵士を三人ほど串刺しにし絶命。
しかし十夜の足が縺れ始める。
体力が保ってくれない。
とうとう十夜の膝が地面に付く。
「今だ!! 取り囲め!」
兵士の合図で残った兵士達が十夜へと群がる。
「クソッタレ!!」
覚悟を決める。
身体に虫が這いつくばる感覚。
沸々と沸き上がる怒りの感情が全てを滅茶苦茶にする破壊衝動へと変わってゆく。
拳から黒炎が噴き出す、その刹那―――――。
宙から大量のクナイが降り注いだ。
突然降り注いだ無数のクナイは兵士達の纏っている鎧の隙間へと正確に突き刺さり苦悶の表情を浮かべている。
クナイの切っ先に仕込まれた大百足の神経毒にやられているのだろう。
持ち手の輪の部分に紫色の帯か括りつけられていた。
判別しやすいように大百足の毒が仕込まれている物には〝それ〟を付けると言っていたのを思い出した。
「遅くなりました――――――本当にごめんなさい」
そう背後から声が聞こえた。
凛とした声の主はいつもと違い、心からの本気の謝罪だというのが分かった。
表情は見せず、ただ十夜の前に立つ少女の手にはクナイと小太刀を握り締め構える。
「貴方は少し休んでいてください。ここからは、私の番です」
鳴上蓮花が十夜を護るようにして立っていた。
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