第15話 王国地下での戦い
十夜が地下へ降りた時に感じたのは〝薄ら寒さ〟と〝何かが腐敗した匂い〟だった。
それを感じたのは十夜だけでなく、蓮花と万里も感じていたらしい。
「これはこれは、陰気といいますか―――――空気が濁っておりますな」
綺麗に整備された通路は誰かが出入りしている証拠だし、地面には大小合わせて少なくとも二十以上の足跡を確認が出来た。
狭く薄暗い廊下の先をデュナミスの変装を解いた蓮花が目を細め見てみる。
「…………人の気配はします。ですが何処にいるかまでは分かりませんね」
気配に敏感な蓮花が分からないと言うことは十夜と万里の二人には当然のように分かるはずがない。
しかしここで立ち止まっていても仕方がない三人は先へと進む事にする。
『愚者の迷宮』と言われているだけあってかなり入り組んだ道になっている。
本格的RPGのような
「私、迷宮って初めてですけどこんなに綺麗なんですか?」
蓮花の問いに十夜は首を横に振る。
「いや、本来はもっと自然に出来ると思うんだけど……それに何かしらの罠とか魔物も配置されてるイメージが強いんだよな」
これもほぼゲームの知識なので全てが正解とは限らないのだが。
そう思っていると、ふと嫌な気配を感じる。
思わず十夜が上を見上げるとそこには天井に張り付いたスライムが数匹いた。
「ラッキーっと」
軽い感じで十夜は『鬼火』を発火させ天井に張り付いていたスライムを全て燃やし尽くし墓送りさせていく。
ギュピィィィィィィィッッッ! とスライムの断末魔が狭い通路に響いた。
改めて見ると結構グロテスクなシーンだなと思いながら蓮花と万里の二人が若干引いている。
「何か、形容し難い不気味さがありますね―――――話を聞いた後ですと特に」
「ふむ。鬼火と言うよりは〝悪食〟と言った感じですな。燃やすイメージより喰らうと言うイメージですぞ」
と十夜の後ろでは割りと好き放題言われていた。
「あのなぁ」
十夜が振り返ろうとした時、
何かの気配がした。
「なぁ、ここってホントに王国の中なのか?」
十夜が構える。
同じように蓮花と万里も構え周囲に気を配る。
気配は徐々に大きくなっていき、
そして、
「躱せ!!」
ゴッ!! と爆発音が響く。
十夜の声に反応した二人は間一髪で何者かの攻撃を避ける事が出来たが土煙が舞いすぐには視認する事が出来なかった。
「何奴!?」
万里が持っていた錫杖を攻撃が来た方向へ投げつける。
土煙が舞いあがっていたので分からないが、投げたと同時にガギィィィィンと高い音が鳴った。
硬い何かにぶつかった錫杖は真ん中からへし折れ地面に落ちた。
「何かおるようですな」
「あぁ―――――しかも」
視界が悪くなった先から大きな石と石がぶつかり合うような鈍い音が聞こえる。
それが足音だと分かった時には狭い通路を塞ぐように巨体が立っていた。
ゴツゴツとした肌質に加え目の部分だけが遮光器土偶のように細く紅く光り輝いている。
一歩踏み出すたびに全体が揺れるような感覚。
「俺ら三人もいて直前まで気配が希薄な存在―――――この地下迷宮にはなんつーモンがいるんだよッ」
十夜が忌々しく呟く。
彼らの目の前には岩石の身体を持つ魔物―――――『ゴーレム』が立ち憚っていた。
三人の内でも万里は大きい方だがそれ以上の体格を持つゴーレム。
自分の意思を持たず、ただ命令に従い人を襲うだけの物言わぬ魔物。
そんなゴーレムはその太い腕を振り上げ力を籠めたように見えた。
「駄目です!! 躱して下さい!!」
蓮花は叫ぶと一歩大きく下がりながら手にしていたクナイを投げつける。
しかし、それらは全て岩石の外皮で阻まれる。
「岩石の魔物って言うんだから硬いよ、なッッッ!!」
十夜は腰を捻り後ろを向きながら回し蹴りを放つ。
鋭い一撃は相手の胴体に傷一つ負わせる事も出来ず、ただ硬い岩を蹴っただけに終わってしまった。
「おいおい…………ダンジョン攻略一歩目で何か嫌な予感すんなッ!?」
ゴーレムの一撃は速くはない。
しかし当たれば痛みを感じる間もなく、ぐちゃぐちゃの肉塊にしてしまうのが分かるほどの
「――――――――――」
物言わぬ
まるで子供の駄々っ子のような攻撃だったが、この狭い通路では逃げる隙が無かった。
「チッ!」
苛立ちを隠さず十夜は舌打ちをするとどうにか攻撃の隙を見つけようとする。
しかし十夜が使う『滅鬼怒の戒』は全て燃やし飲み込む威力を持つが、〝岩石〟を相手に使用した事は一度もない。
相手に効果があればいいが、その判断を少しでも間違ってしまうと命の保証は無かった。
「(どうする!? そもそも急所はどこ―――――)」
思考している時にゴーレムが破壊した瓦礫の破片が十夜へ飛んでくる。
その破片を黒炎を纏った拳で弾き、
ゴーレムが繰り出す巨石の拳が十夜の目の前に迫ってきた。
「な、――――――――」
咄嗟にその拳を受け流そうと構えるが、瞬時にそれは不可能だと確信してしまった。
触れれば腕は砕かれ全身が粉々にされてしまう。
『スライム』という物理攻撃を吸収する見えない鎧を着ていてもこれは無理だと思ったのだ。
「やべ」
背筋が凍るような感覚に自分の内側から破壊衝動と共に黒炎の熱で陽炎が揺らめく。
このまま、
何もする事なく、
終わってしまうのか?
グシャァァァァッ!!
鈍い音が迷宮の通路に響く。
十夜の頭が潰されたトマトのように弾け飛ぶと、
誰もがそう思っていた。
実際に粉々に砕けたのはゴーレムが繰り出す巨腕。
そして、
十夜の前に立っていたのは黒い袈裟を着た破戒僧。
いつも聞き慣れていた住職の「カカッ!」と口癖のような笑いが耳に届く。
「これまでは、拙僧のような年上の生臭坊主よりも若人が頑張ってくれておったんです」
自称・破戒僧―――――
「たまには大人である拙僧が本気を出してもバチは当たりますまいッ!!」
彼が浄土真宗の
当時かなりの荒くれ者だった彼は喧嘩は敗け無しで体格もあってか、
銃弾も通さない鋼のような肉体は悪い言い方をすれば利用し甲斐のある男だった。
その不死身とも言える肉体の秘密は自然と体内で〝気〟を練り上げた事による物で、彼はその力を持て余していた。
努力を敢えてせず、才覚のみで気を扱うことの出来た彼には喧嘩で培われた
そして、
ある事件を切っ掛けに彼の人生は一変した。
万里は拳を握りしめ体内で〝気〟を練り上げる。
『気功』と呼ばれる、主に体内に『気』を循環させ『気』の質やコントロールする能力を高める〝内気功〟と、身体に必要な〝良い気〟を外から体内に入れ、身体に合わない〝悪い気〟を体外に排出させるなど『気』の積極的な交換を行って患部等を癒やす〝外気功〟とに大別される。
万里はその両方を扱う術を身に付けたので今や彼の拳は内気功により岩をも砕く凶器に変貌する事が出来た。
「せいッッッ!!」
万里の正拳突きがゴーレムの身体を破壊していく。
構えも何もない、ただ拳を奮うだけの行動は暴走機関車のように破壊し尽くす。
「す、凄い」
「そういや万里のヤツ、オーガの突進を生身で受け止めてたっけ? 色々ありすぎて理解が追い付いて今まで深く考えて無かったわ」
十夜と蓮花が後ろへ下がりながら万里のフォローへ回る。
ゴーレムとの戦闘で暴れすぎたのか徘徊していた魔物や、王国騎士団の兵士がやって来たのだ。
蓮花はクナイを魔物達へと投げ付ける。
『メムの森』で遭遇したブラックハウンドや猪の魔物、『ボアブリッツ』が連携して縦横無尽に襲い掛かる。
「ふっ!!」
短い呼吸を吐き、遠くにいる魔物にはクナイを。
近付く魔物には小太刀を奔らせその命を散らせている。
「らァァッ!」
同じく『王国騎士団』の兵士達は全部で六人。
全員が青色系統の鎧を纏っているのを見ると、デュナミスと同じ師団だと言うのが分かった。
ならば、と十夜は両の手を前に構え迎撃体勢に入る。
長剣や槍を構えた兵士達は十夜へと向かってくるが、ここは狭い通路。
実際に兵士達は武器を振るうにも味方と密集しすぎて上手く扱えなかった。
そこを十夜はまっすぐに向かい拳で迎え撃つ。
鎧は万能ではない。
剣や槍といった刃物には有効かも知れないが、徒手空拳を使う相手では動きが鈍くなり、十夜にとってはただの〝的〟だった。
腰を捻り腕を弓のようにしならせる。
腕を旋回させながら相手の鎧の上から『鬼火』を纏った拳を叩きつける。
黒炎による爆発的な力は相手の体内で起こる衝撃により内臓等にダメージを与える。
血を吐き地面へ沈む兵士に見向きもせず十夜は次の兵士へと向かう。
万里が両の拳を振るいゴーレムの身体を削岩機が如く削っていく。
しかし、
「難儀なモンですな!」
ゴーレムの肉体は朽ちていくが代わりに瓦礫の破片がゴーレムの身体を修復していく。
終わりの無いマラソンのような戦闘に万里は足りない頭をフルに動かす。
「(一番厄介なのがあの修復速度といった所でしょうかな)」
壊す、修復、壊す、修復、壊す、修復、壊す、修復、壊す、修復―――――。
万里の練り上げた『気功』も無限ではない。
万里の体力はまだ続く為、まだ苦にはなっていないのが現状だがそれも時間の問題だった。
「終わらぬ体力勝負。まぁいいでしょう!」
万里は黒い袈裟をはだける。
顔と同じように身体のあちこちに古傷が刻まれた肉体の背中には歪になった刺青が刻まれていた。
「ここからは生臭坊主の永城万里としてでなく、〝元〟
そう言ってゆっくりと歩きだしゴーレムへと近付く。
まるで散歩のように気を弛めた感じで自然に。
そして、
互いの距離が縮まった時、
しばらく静寂が流れる。
先に動いたのは万里。
しかしそれは先制攻撃というよりは、
「ッッッ!!」
無動作での蹴り。
しかしたったそれだけで―――――――――。
ゴーレムの巨体を数メートル吹き飛ばす。
何が起きたか理解出来ないままゴーレムの後を付いてくるように跳躍する。
目の前にいる敵を
「遅い」
相手の攻撃より万里の蹴りがゴーレムを地面へと叩き付ける。
岩石の身体は粉々に砕け、動く事も儘ならない。
しかしそこは散らばった破片がゴーレムへと集まってくる。
「キリがありませんな」
呟く万里に十夜が叫ぶ。
「万里! その辺に何か文字が書かれてないか!? 多分『emeth』って書かれてると思うんだ―――ッと!?」
十夜が喋っている途中でも兵士の攻撃は止まらない。
すぐにでも助けへ向かいたかったが、その聞き慣れない言葉に首を傾げていた。
そしてすぐに〝それ〟を見つける事が出来た。
文字はカタカタと揺れて石板のような形の石に破片が集中して集まってくる。
「これは―――――」
「多分そのゴーレムの心臓みたいなモンだ! その〝e〟って文字を壊せば復活しなくなると思う!! …………多分」
最後の呟きは聞こえないフリをして石板を足で踏みつける。
パキンッと軽い音が響きゴーレムの身体は砂のように崩れていく。
「おおっ、十夜殿! 上手くいきましたぞ!」
「そいつは良かった―――――よッ!!」
最後の兵士を撃破し、同時に蓮花の方も戦闘が終わりを迎えた。
「ふぅ―――――よく今の魔物の弱点を看破できましたね」
蓮花は一息付くと苦無を回収していた。
彼女が持つ小太刀にはべっとりと血が付いている。
「いや、何かゴーレムの弱点ってそんな話を聞いた事あったからそうなのかなぁって。まぁ全部ダチが教えてくれた事だけど。ってか万里、お前めちゃくちゃ強いじゃねーか」
「そうですよ。何ですかあの無茶苦茶な戦い方は? というよりあんな岩の塊を蹴り飛ばしてよく骨に響きませんね」
万里は戸惑っていた。
今まで二メートル強もある自分の体格を恐がる者も沢山いたが、こうやって人が寄って来るという事は今まで無かった。
そのせいか少しむず痒いものを感じた万里は視線をそらしいつもの様な豪快な笑い方は控えめになっていた。
「カカッ、少し調子が狂いますなァ」
照れ隠しなのか背を向けそのまま通路の先へと進む。
その様子を見ていた二人は視線を合わすと微笑みさ、先へ行く破戒僧の後を着いていった。
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