第21話 戦鬼は死者と愚者を送り弔う
神無月十夜を引き取った『
悪鬼にとり憑かれた十夜を引き取った『百鬼家』当主は、彼に悪鬼の扱い方とその為の戦い方を教えている。
十夜が使用していた〝
ふと気が付けば十夜は暗い場所に立っていた。
たまに意識が内側に向く事があるのだが、そんな時は決まって〝面倒な奴〟の相手をしなければならなかった。
―――よォ、
声が聞こえた。
視界がクリアになり十夜が立っている場所が空洞の中に幾つもの墓標が聳え立つ墓地の中心だった。
そして、彼の目の前にはその面倒な相手―――――『悪鬼』が〝何か〟を咀嚼していた。
ぐちゃぐちゃとだらしなく咀嚼しながら十夜を見下ろしている。
―――現世でもなく、幽世でもなく、異世界とァ長生きするモンだなァ。だが、気に食わねェのはメシが不味い。
ぐちゃぐちゃとゼリーのようなモノを食べているが、よく見るとそれはいつぞやのスライムだった。
『悪鬼』はスライムを喰べながら不味そうな顔をしている。
好き放題食べておいて今更何を言ってる、と十夜は内心思っていたがここで相手にすると余計調子に乗るので何も言わない。
だから簡潔に伝える事にした。
「ごちゃごちゃ言ってねーで黙って俺に力を寄越せばいい。テメェはここで大人しくしてろ」
十夜の言葉に『悪鬼』はピタリと動きを止めスライムを握り潰した。
物理的に攻撃が無効化されるスライムを、だ。
―――いいか小僧、よォく覚えておけ。
『悪鬼』の凶爪が十夜の喉元に迫る。
しかし十夜は動かない。
十夜は『悪鬼』を恐れていない。
それは『悪鬼』も理解している。
だからまだ『悪鬼』は十夜の支配から逃れる事が出来ない。
―――俺は、いつか、貴様を、喰い殺してやる。だがそれは〝今〟じゃねェ…………仕方がねェから〝力〟は貸してやる―――――精々足掻けよ、小僧。
ふと、意識が遠退く。
刹那の会合。
鬼の腕を解放した時にのみこの場所へやって来てはこのやり取りを行っている。
「覚えておけ、だぁ? テメェこそ覚悟しとけ―――――いつか必ず、俺がお前を〝墓送り〟にしてやる。テメェの黒炎で燃え散らせてやる」
悪態をついたあと、十夜はどこか遠くの方から凶悪な嗤い声だけがいつまでも耳に残っていた。
十夜の右腕に憑りついた〝それ〟は禍々しい姿をしているが、一番重要なのはそこではなかった。
「鳴上! 万里! 下がれェッ!!」
その声に反応した二人は一度引き下がる。
これは先の戦闘前に話し合っていた事だったので動きはスムーズに済んだ。
その事を確認した十夜は拳を強く握り思い切り振りかぶる。
「さぁ――――――――――ブチかますッ!」
その言葉と同時に十夜の『悪鬼』の拳とヘカトンケイルの巨腕から繰り出される拳が激突する。
剛腕から繰り出された鬼の拳は自分よりも遥かに大きいヘカトンケイルの拳を、まるで豆腐のように粉々にしていく。
皮膚の割れ目からは蒸気のように煙が噴き出しその威力はヘカトンケイルの拳が物語っていた。
「まるで一方的ですな」
万里が呟く。
話には聞いていたが、ここまでの〝呪い〟とは思っていなかったのだろう。
それほど圧倒的な蹂躙だった。
『悪鬼』と言われるだけあって力同士の押し合いでは十夜が一歩上手なのだろう。
ヘカトンケイルが劣勢を強いられている。
「これは圧勝ですな」
「―――――そうでもないみたいですよ」
万里の言葉を否定するように蓮花が十夜を見る。
圧勝のように思えるこの
表情は苦痛に歪み、額からは大量の汗を流している。
「(分かっちゃいたが、やっぱキツイ)」
一方、十夜は全身に広がる激痛に耐えていた。
意識が飛びそうになるがなんとか堪える。
「(やっぱ厳しいかッ)」
本来、ただの一般人だった十夜が限定的とは言え『悪鬼』の力をその身に宿し使役しているのだ。
今は一時のテンションの高揚により『悪鬼』化に身体は耐えているがいつまでもつか分からない。
更には、
「クギョオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」
ヘカトンケイルの中にいた意識の集合体が津波のように十夜の脳内に押し寄せる。
元々『悪鬼』と言う幻想的な存在なのだ。
残留された思念との
それによって半ば強制的に十夜へとその思念が流れていくのだ。
エスカトーレによって実験と言う名の拷問に近い行為を受けた者。
王国の為というたったそれだけの理由で戦地へ行かされ命を落とした者。
王国騎士団と言う立場に逆らえずいいように弄ばれた者。
そんな彼らの無念が残留思念として流れてくる中、
―――――なんで?
ある思念が流れ込んできた。
―――――なんでおればっかり?
そんな声と共にある光景が映し出される。
一日しか経っていないにも関わらず、それは懐かしいと思える光景だった。
それは、とある少年の記憶。
幼稚園、普通に育った彼は普通に生きていた。
小学校、名前が変だと言われからかわれた。
中学校、見た目が地味と言う理由で虐められた。
高校、そこではもう空気のような扱いだった。
そして、
この異世界に来て〝勇者〟だなんだと言われ舞い上がり、そしてエスカトーレによって僅かな時間でこの何も知らない世界で命を落とした。
真っ白な空間。
そこに、山田花太郎が俯いて座っていた。
十夜はその様子を少し離れた場所で見ていた。
似たような制服。
恐らく年齢は自分や蓮花と同じぐらいだろうか、そんな事を思っていた。
―――――どうしておれなんだ?
「さぁな。俺はこの世界に迷い込んだ。まぁ立場は違うが似たモン同士ってトコだろう?」
―――――でも、キミはつよいじゃないか?
「最初っから強いわけねーだろ。持って生まれた才能ってヤツがあっても、努力も何にもしなけりゃ一般人と大差ない」
―――――おれはただ、おれをバカにしたやつらをみかえしたかっただけだよ。
「で? その結果がこの有様か?」
―――――キミにはわからない。こんなにつよいんだから。
「はっ、強いねぇ」
―――――なにが、おかしいの?
「そりゃおかしいだろ。まだ何の一歩も踏み出してねーのに強いって勝手に理想押し付けんなバーカ」
―――――ぼくは、ばかじゃない。
「いや、お前は馬鹿だ。どうしようもねーくらい馬鹿だ」
―――――だ、マレ。
「いいや黙んねーよ。他人が勝手に俺を語るな。俺が強い? アホかっての。俺が強かったら
―――――ダマレェェェェェェェェェェェェッッッ!!
花太郎だったモノが立ち上がり血涙を流しながら両腕を巨大化させ十夜を襲う。
だが、
「負けるか馬鹿野郎ッッッ!!」
十夜は拳を握り締め、巨大化した両腕をかい潜りカウンターの要領で花太郎の顔面に拳を突き立てる。
なす術もなく殴り飛ばされた花太郎はむくっと起き上がり虚ろな眼を十夜へと向ける。
「悔しいんなら立て。ムカつくんならその拳を向ける相手を見ろ。こんな理不尽で不条理な世界を、お前が復讐したいって思う相手が
十夜は手を差し伸べる。
そして、不敵に、素敵に、無敵に笑った。
「ひと暴れしようや。勇者が無理だってんなら魔王になってやろうぜ」
―――――おれ、しんでるのに?
「だから俺がいる。お前の無念を晴らす手伝いをしてやる」
―――――もとの、せかいにもどったら、かあさんにつたえてくれる?
「その為にはお前が俺に協力しろ」
―――――――――――――――わかった。
真っ白な景色が大空洞に戻った。
一瞬だけ気を失っていたが、目の前のヘカトンケイルは動きを止めている。
そして、
一本の巨大な腕を自分の胸に突き立てる。
メリメリメリメリッッッ! と不快な音を立てその腕を引き抜く。
ヘカトンケイルは引き抜いた腕を振ると大きな手の平から何かが捨てるように投げられた。
「ぼぎゃッッッ!?」
間抜けな声を上げたエスカトーレは地面を転がりピクピクと痙攣を起こしていた。
そして、自分を支配していた〝異物〟を取り除いた事により、ヘカトンケイルは落ち着きを取り戻す。
「――――――――――
十夜の声にゴゥッ! と『鬼火』が噴き上がる。
黒き炎はヘカトンケイルを優しく包み込み、燃やしていく。
それはまるで火葬と呼ばれる日本の葬送式。
ゆっくりと燃えていく中、その一瞬の隙を突きヘカトンケイルの腕が倒れていたエスカトーレへと伸び乱暴に捕まえた。
「ぷぎぃっ!?」
声にならない声を発するエスカトーレだったが、抵抗しようと近くにあった岩にしがみつく。
「な、何故だ!? 何故『迷い人』なぞに―――――も、もしや貴様ら本当は『迷い人』などではなく『マルクトゥス帝国』の召喚した異世界人か!? な、ならばこの力も『恩恵』―――――貴様らのぎっ、『恩恵』は一体!?」
しかし、その質問に興味が無くなったのか十夜は何も答えない。
代わりに、
「『恩恵』なんてそんあ良いモンじゃねーよ。これは俺が向こうで受けた
黒炎に包まれ十夜の中にいる『悪鬼』が封印された墓場へと沈むヘカトンケイル、そして苦悶の表情を浮かべ一緒に沈むエスカトーレ。
「たっ、たひゅけ―――――しにたく、な」
「無理だな。言っただろ? お前はやり過ぎなんだよエスカトーレ。命乞いは俺じゃなく、その中でしてろ―――――まぁそいつらが赦してくれたらな」
巨大な存在だったヘカトンケイルと、そして最後まで小物だったエスカトーレはゆっくりと墓場へ沈む。
『鬼火』は肉体だけでなくその魂をも焼き尽くす。
『鬼火』により火葬された魂の逝く先は『悪鬼』のいる墓場。
十夜が先ほどまでいた
そんな場所へ送られたエスカトーレの行く末は分かりきっている。
黒炎に包まれたヘカトンケイルはゆっくりと墓石へと吸い込まれ墓標にはその名が刻まれる。
取り残されたエスカトーレは助けを求めながら逃げようとするが、面白半分で『悪鬼』がその四肢を砕いた。
声にならない叫びをあげるエスカトーレに対して『悪鬼』は面白い玩具を見つけたようにはしゃいでいる。
そんな様子を見ながら十夜は呟く。
「俺らみたいな
その呟きを聞いていたのかいないのか、ただ最後に十夜の背後に浮かぶ墓地が陽炎のように揺らめき終わりを告げた。
王国内地下にあった『愚者の迷宮』の激戦後、王国の外では
安いキセルに安い葉っぱ。
そこに小さな火をつけて今日もお出かけをする客を待ちわびていた。
「―――――そういや、あの人ら大丈夫かね?」
先日、不思議な出会いをした少年少女と妙な男の三人組を思い出した。
それにいつもなら花を売ったらすぐに村に帰る手筈だったフェリスとリューシカの二人もまだ帰ってこなかった。
「何か面倒事に巻き込まれてなきゃいいんだが」
そんな事を呟いていると、急に竜車が重みで沈んだ。
客人でも来たのだろうか、そう思っていた男は何となく振り返る。
そこには、
「いってぇ! ちょっと鳴上さん! もうちょっと丁寧にしていただけませんかね!? 神無月さんは大怪我してますのよ!?」
「文句があるならもう一度あの『愚者の迷宮』という所へ戻しましょうか? 貴方一人だけ」
「カカッ! 仲がいいのは羨ましいですなぁ。若いって素晴らしい!!」
と見覚えのある三人が竜車の荷台の中に突然現れた。
「あ、アンタら―――――」
「おじさん!」
「おじさんだ!!」
ボロボロになったフェリスとリューシカ、それに見覚えのないボロボロの衣服を纏った老若男女が約二十人ほどゆっくりと空から降りて来た。
「!!??」
言葉にならない悲鳴を上げかけたが、十夜と蓮花、万里の三人に口を押さえつけられる。
「ごめんおっちゃん! 説明は後でするから早く『ウルビナースの村』へ急いでくれ!!」
「いや、でも―――――」
「代金はこれだけで足りますか!? お釣りは結構です!!」
蓮花は男の手に金貨十数枚を手渡した。
約三十人を乗せるには十分すぎる代金だが、問題がある。
「いや、だから―――――そんなに乗れねぇよ」
男が呟いた。
何かとんでもない事件に巻き込まれた、そう思わずにはいられなかったし今後は『ディアケテル王国』には近寄れないかもしれないと、男は漠然とそう感じた。
ゆったりとした景色を十夜達は竜車に揺られながら眺めていた。
小さくなっていく『ディアケテル王国』の中では恐らく慌ただしくなっているのだろうが、そんな事は今はどうでもよかった。
「しかし驚きましたな。まさか蓮花殿にこんな力があったとは」
万里がポツリと呟く。
竜車は満員なので子供と年配を優先に、残りは仲間の竜車がいる場所まで徒歩だった。
背後からの敵襲を警戒していた蓮花がため息をついた。
「まぁ緊急事態でしたからいいですけど、これも秘術の一つなので口外しないで下さいよ」
そう言いながらも警戒を怠らない。
「いや、実際スゴいぞ。これだけの人数を一瞬で王国の外へ出すなんて」
褒められる事に慣れていないのか蓮花の口数は少ない。
だが空気で喜んでいるのが伝わった。
蓮花の秘術『空匣』―――――もう一つの能力は指定した空間座標の入れ替えだった。
この応用で身代りの術や、
今にして思えば、単純な速さもあるのだろうが明らかにおかしいと思う移動速度があった。
それの正体が〝この術〟だったのだろう。
全ての戦いが終わった後、あれだけ派手に暴れたのだ。
城内はもちろん、全騎士団に伝わってしまった。
第四師団団長、エスカトーレ・マグィナツの死亡。
そして現国王、ルイマルス・ディア・ケテルの崩御。
恐らくだが、十夜達は王国に指名手配されることになるかもしれない。
だが、
「上等だ」
十夜がポツリと呟く。
元々、彼は正義の味方でも善人でも人格者でもなんでもない。
それは十夜だけでなく、恐らくは蓮花も万里も〝そう〟なのだろう。
ならば、と考える。
その為にもし目の前に大きな壁があったとしても、
「(邪魔するヤツは誰だろうがぶっ飛ばす)」
そう誓い十夜は見慣れない空を見上げる。
異世界に召喚され同じ境遇の二人に会った。
このロクでもない世界でも自分達に良くしてくれる人がいる。
今はその事実だけでいいと十夜は静かに思うのだった。
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