第10話 VS『王国騎士団』第四師団副団長 デュナミス
十夜は部屋から顔を出し上を見上げた。
異世界に来て初めて迎える夜はやはりファンタジーが満載で夜空には月が二つ浮かんでいた。
「やっぱり異世界だなぁ」
何度この台詞を吐いたか分からないほどの出来事が一日で多すぎるほど押し寄せてきた。
本来ならば〝あの〟有名な異世界にやって来たならテンションが上がってもおかしくないのだが、十夜は素直に喜べなかった。
「(何としてでも元の世界に戻らなきゃなんねぇ。でも手懸かりが少なすぎる)」
あれから話し合ったのだが、結局元の世界に戻る方法とやらは見つからなかった。
しかしまだ希望はあった。
この異世界――――『グランセフィーロ』は大小様々だがそれぞれ統治されている大陸が三つあった。
一つはこの『ディアケテル王国』が統治するディアケテル領土。
そして色々とこの国と揉めている『マルクトゥス帝国』が治めるマルクトゥス領土。
もう一つは〝神域〟と呼ばれている『聖光教会』が治める『ダァト領土』の三つがある。
「何処かに手懸かりがあるはず、か」
そんな事を呟いていると、
「物思いに耽るのも結構ですが、明日も朝早いですよ? さっさと寝てはどうですか?」
と、その声は頭上から聞こえてきた。
視線を上に向けると、十夜と同じように窓から月を眺めている蓮花の姿があった。
お風呂上がりなのか、寝る前なのか、いつの間にかラフな格好に着替えていた。
「って鳴上さんや、貴女はいつの間にお着替えをされたんですか? ってか着替え持ってたの?」
「当たり前じゃないですか―――――と言っても偶然ですよ。本来は今日体育があったんで持ってきてたんです」
忘れがちだが、蓮花も十夜と同じく学生だった事を思い出す。
今日の戦闘ではそんな風には見えなかったから恐ろしい。
「何か失礼な事を考えてません?」
「イイエソンナコトナイヨ」
下手な事を言うとクナイが飛んでくるのでそれ以上は何も言わなかった。
しばらく無言が続く。
何か会話が無いかと考え始めていると、蓮花がポツリと質問をしてきた。
「神無月くんは色々と詳しいのですね?」
それは何を指して言ったのか分からなかった。
初めは異世界の事を言っているのかと思ったのだが、すぐに違うと分かった。
「――――――――――
それは日常ではなく、〝非〟日常の話。
決して他人事ではないいつか襲い掛かるかもしれない人災。
そんな十夜に何と言えばいいのかを迷っていると、
「ま、今は更生してるって聞いたからどっかで養生してるんだろうよ」
重い空気を飛ばすように十夜は軽く言った。
そんな彼の気遣いの様なものを感じた蓮花はそれ以上は何も言わなかった。
夜風が蓮花の頬を撫でる。
風の中に仄かに甘い香りが漂う。
鼻腔を擽るその香りに蓮花は宿に備え付けられていた石鹸の香りだろうかとふと思っていると、ハッと気付いた十夜の鋭い声が響く。
「鳴上ッッッ!!」
その甘い香りは彼女の思考を僅かながらに鈍らせた。
「まさかッ!?」
慌てて鼻と口を塞ぐ。
判断が早かったのか少し頭がボーッとしてしまうが、それでも動きには問題はなかった。
「万里!! 起きろ!」
「とっくに目が覚めとりますぞ」
隣の窓から出てきた顔は不機嫌さを隠しきれていなかった。
「まったく、二人の蜜月を邪魔するとは…………」
「蜜月?」
「知らなければいいんですよ神無月くん。あと永城さんは眉間を撃ち抜きます」
そんなやり取りをしていると、宿屋を囲むように街の人間が覚束ない足取りでやって来た。
もれなく全員の目が虚ろだ。
「何かこんな映画観たことあるぞ」
十夜が呟くと街の人々を掻き分け一人の男が歩いてくる。
ガシャガシャと重音を鳴らしながらやって来た男は群青色の鎧を纏っていた。
「傾聴せよ! 『迷い人』達よ!!」
夜だというのにも関わらず声が街中に響いた。
三人が様子を伺っていると群青の騎士は腰に差していた
「我は『王国騎士団』第四師団副団長デュナミス! 貴公らを捕らえに来たッ!!」
群青の騎士、デュナミスがそう宣言した。
『王国騎士団』第四師団副団長デュナミス。
彼は一言で言うなら、初めは〝超〟が付くほどの真面目だった。
平民の家に産まれるが剣技の才に恵まれ〝正義〟に憧れ、大きくなったら王国騎士団の門を叩こうと決意しやがては騎士団長へと成り上がる。
そう決意を顕にしていた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
結論から言うと彼は志半ばで心が折れてしまった。
王国騎士団は全部で五つ。
その全ての団長各が規格外だったのだ。
王都から離れているとはいえ彼の住んでいた村では一番の実力があった。
しかし、世界は広い。
自分の実力は五人の師団長には到底届かない。
だから団長の元で学ぼうと思った。
そして彼が配属されたのは『青』の騎士団。
団長、エスカトーレ・マグィナツ。
そこが彼、デュナミスの
ハッキリ言ってエスカトーレ・マグィナツという男は騎士として―――――いや、人間としては最底の男だった。
日常的に気に入らない事があれば部下に暴力を振るい、王都の人からも護衛をしてやっていると言う名目で金銀を徴収したりもしていた。
しかしやはり腐っていても騎士団長の肩書きは伊達ではない。
そもそもの実力が違いすぎたのだ。
苦言を呈しては暴力を受け、都合が悪い事があれば王都の人々に当たり散らす最低な人間。
しかも最近は異世界からやってくる『迷い人』なる者を匿い何か恐ろしい事を企んでいると小耳に挟む事もあった。
自分が信じた正義は本当にあるのか?
このまま自分だけでなく、王国も落ちるところまで落ちていくのか?
それは分からない。
だが、
ふと故郷にいる家族や村の皆の顔が脳裏に過る。
もし、ここで反逆を起こして大罪人と断定されでもしたら?
そう思うと〝謀反〟を起こす事も騎士団を退団する事も出来ない。
自分は弱くて、愚かだ。
そんな思いを胸に秘め、デュナミスは声高らかに宣言する。
この諸悪の根源である彼らを裁き国民全員を救うのは自分だと自分勝手な正義を貫こうと決意し剣を手に取った。
それが盲目の正義である事にデュナミスは気付いていない。
ここで彼らの言う『迷い人』を叩きのめした所で何の解決にも至らない事を。
そして同時に、
彼の言うその〝迷い人〟達がそう簡単には降す事が出来ないと言う事を彼はまだ知らない。
群青色の鎧を纏った騎士、デュナミスは長剣の切っ先を十夜達のいる部屋へと向けていた。
それはここの場所がバレているという事と、どうやら自分達に用があるという事が分かる行為だった。
「出てこいと、そう言っておりますがどうされるのかな?」
万里が口を開く。
三人はとにかく顔を知られない様に窓枠からそっと外を覗く。
一般市民を入れて人数は三十人。
薬物を投与しているのか、或いはされたのか?
それは分からないが、その程度の有象無象はどうとでもなるという自信が三人にはあった。
しかし、
問題は背後に控えているあの
彼だけは他の者とは比べ物にならないぐらいの殺気をこちらへ向けている。
森の中で出会った盗賊達より、そしてそこで
「一般人を巻き込むのは気が引けますね。―――――というよりか宿の人達はどうしたんでしょう? こんなに騒いでるのに誰も起きませんね」
「この宿屋から人の気配がいつの間にか消えてる…………ってか近隣の家も電気が点いてねぇところをみると周りもいねぇかもしれねぇな」
今や三人は完全な孤立無援状態。
「ふむ、何とか話し合いは難しそうですかな? 拙僧とて何が何やら―――――」
万里がそう言うと、外で動きがあった。
「出てこないのか!? 卑怯者め!!」
今の言葉をそっくりそのまま返したい気分だった。
ただの喧嘩なら別にいい。
十夜には前に近所の不良達から夜襲を掛けられたことがあったのでこのようなシチュエーションは慣れっこだった。
しかし、
今は違う。
何の関係もない一般人が映画に出てくるゾンビのようにフラフラとその場に立っている。
目は虚ろで口からは涎を垂れ流している人もいる。
脳裏には路地裏での出来事が
そしてもう一つ、この鼻腔を擽る〝甘い臭い〟。
これがゾンビのようにさ迷う彼らと無関係だとはとてもではないが思えなかった。
「応答なし―――――では仕方がない」
デュナミスが呟くと長剣を構え大きく振りかぶった。
そんな離れた場所から何をする気なのだろうと見ていると、
「〝
横へ一閃。
たったそれだけの所作だったにも拘らず、斬撃が真っ直ぐ十夜達の方へと飛んできた。
「逃げ―――――」
十夜が叫ぶ間もなく、
ズガガン!! と轟音が響き宿屋が斜めにズレていく。
飛ぶ斬撃は『ブレッドの宿屋』を斜めに切り裂いたのだ。
崩壊する宿屋。
崩れゆく家屋に紛れ土煙が舞う。
かなり激しい衝撃だったはずだが、周囲の家からは誰一人出てくる気配はなかった。
「やり過ぎたか」
デュナミスが長剣を下げると同時に土煙が妙な流れに乗った。
「ッッッ!?」
長剣を防御する為に構えたと同時に、土煙の中から十夜と万里が突進し激しく衝突する。
万里の錫杖を鎧の籠手で受け止め、十夜が持っていた蓮花から借りたクナイを長剣で受け止める形になっていた。
「おいおいおいおい、アンタ――――――何しやがる?」
「流石の拙僧も驚きましたなぁ。もし他にも人がいたらどうするつもりで―――――ッ!?」
まだ万里が喋っている最中だったがデュミナスはお構いなしに長剣を横に振り二人を弾き飛ばす。
十夜ならまだしも、あのオーガですら圧倒していた万里が力負けしていた。
「ふん、貴様らは『迷い人』の中でも少し特殊なようだ。ならば、次こそは」
もう一度大きく長剣を構える。
先ほど見せた〝飛ぶ斬撃〟を放とうとしていたのだ。
「させるか!!」
クナイを逆手に構え、十夜がデュナミスへと突っ込む。
宿屋を二分割にした斬撃をそんな極小の刃物で受け止めるというのだろうか。
自身のプライドを傷つけられたと思いデュミナスの腕に力が籠る。
「舐めるなよ―――――〝迷い人〟ッッッ!!」
一閃。
斬撃は物凄いスピードで十夜へ向かっていき、
十夜はいとも簡単にその斬撃を避ける事が出来た。
「!!?」
「こんな土煙が舞ってる最中にそんなモン飛んでくりゃ軌道ぐらい読めるっての!!」
十夜がデュミナスの懐に入り込み拳を握り締める。
大技を使った騎士の体勢は完全に崩れている。
今が
「喰ら―――――」
その時、十夜は失念していた。
デュナミスは大きく空振りし体勢が崩れたと――――――そう思っていた。
実際には技を放ったデュナミスは一度目の真空破は空振りに終えた。
しかし、
これで決まらなかった場合の事は常に考えているのだ。
この技一つで副団長になれる訳ではない。
「『真空破・追』!!」
振り抜いた状態からもう一度、今度は逆に長剣を横に奔らせた。
油断をしていたわけではない。
しかし追撃が来る事はないと勝手に判断した十夜のこれは落ち度だった。
ズドンッッッ!! と斬撃を至近距離でまともに受けた十夜はメキメキメキッ、と骨が軋む音が鼓膜に響いた。
「が、あ―――――――――っ」
勢いよくそのまま吹き飛ばされた十夜は瓦礫へと吹き飛んでいく。
「十夜殿!?」
万里が十夜の方へ視線を送る。
しかし、その隙をデュナミスは見逃さない。
「遅いぞ!!」
長剣の切っ先を万里へ向ける。
その体勢から繰り出されるのは〝刺突〟。
「フンッッッ!!」
高速の刺突は万里の大きな体格には相性が悪かった。
当てやすい
「ぬ、ぅおッ!?」
辛うじてガードをするがデュナミスの猛攻に耐え切れなくなったのか万里も後退るしか方法が無かった。
「くぅぅっ! 効きますなぁ!!」
余裕ぶっていたがそこまでダメージはない。
しかし、デュナミスとの相性は最悪だった。
小回りの利く剣戟は大きな身体つきをしている万里にとっては的でしかない。
その事を理解しているので迂闊には攻める事が出来なかった。
「―――――あと一人は?」
辺りを見回すデュナミス。
報告によれば迷い人は三人王国内へ入ったと聞いている。
では一体―――――。
「そこか!?」
長剣を振る。
真空破をもう一度繰り出すが、想定していたよりも素早い相手に彼の剣技は空振りに終わる。
「遅いですよ」
蓮花が背後からクナイを数十本一気に投げつける。
死角からの攻撃。
しかし、そんなものはデュナミスにとって何の障害でもない。
自分に向かって襲い掛かる苦無を全て弾き飛ばす。
「ッ!?」
「軽いわ!!」
一度距離を取り、万里の隣に並んだ蓮花が横目で万里を見る。
「永城さん、大丈夫ですか? 神無月くんは?」
「拙僧は大丈夫ですぞ。ただ十夜殿が後ろの瓦礫に突っ込んでおりましたが」
剣で斬られても大丈夫だったので心配はしていない。
が、先ほどの様子を見る限りダメージを受けていたようにも見えた。
「十夜殿!! 大丈夫ですかな!?」
万里の呼びかけに後ろで瓦礫が崩れる音がした。
その中からは十夜が出てくるが斬られた箇所から血を流していた。
「神無月くん!? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫―――――とは言い難いけど何とか生きてるよ」
蓮花だけでなく、万里もこればかりは流石に驚いた。
『メムの森』でのオーガとの戦闘でも、
『モナリの酒場』での冒険者との戦闘でも攻撃を受けても無傷だった十夜だったが、この世界に来て初めて攻撃を受け血を流していたのだ。
「効いたァ…………アンタのその剣技、一体なんだ?」
「ふん、寧ろ俺が聞きたい。貴様は一体何者だ? 俺の『真空破』を直撃しておいてその程度の傷だと? やはり『迷い人』と言うのは全員そうなのか?」
デュナミスが呟く。
そして十夜は確信したのだ。
「さぁどうだろうな? それより聞きたい事あるんだが?」
十夜の質問にデュナミスは何も答えない。
彼の無言を勝手に「イェス」と受け取り話を続ける。
「さっきから気になってたんだが…………その人達は一体何なんだ?」
そう、先ほどから三人の動きが鈍いのはデュナミスや三人を取り囲むように街の住人が突っ立っているのだ。
もちろん邪魔をされているのもあるのだが、微妙に十夜達の動きに合わせて動いているので思い切り踏み込む事が出来ないのだ。
操られているのか?
それともこれがこの世界の『恩恵』というやつなのだろうか?
「何だ、そんな事か」
デュナミスはただつまらなさそうに、
「こいつらは我ら第四師団が生成した『魔薬』によって廃人になったただの木偶人形だよ」
何て事無く言ってのけた。
まるで今日は雨が降っているだの、今日は職場で怒られただの、そんな日常会話のように至って当たり前のようにだ。
「な、―――――――――に?」
十夜は呆ける様に呟いた。
何を言っているのか理解が追い付かない。
生成? 廃人? それにこの男の言う『魔薬』とは一体?
色々な疑問が頭に浮かび上がっている。
しかし、デュナミスはそれ以上言葉を交わそうとしなかった。
再び長剣を構える。
「さて、では迷い人諸君は我々と共に来てもらおうか?」
殺気が膨れ上がる。
どうやっても無理矢理連れて行こうとしているのが分かった。
万里と蓮花が構える。
そして、
「なぁアンタ」
十夜は静かに語りかける。
いつもはぶっきらぼうだが、感情豊かな彼からは想像が出来ないほど静かな声だった。
「今、さ――――――生成したって言ってたけど、アンタ『王国騎士団』ってやつなんだろ? 国民を護る為の騎士団ってやつらが
十夜の質問にデュナミスはただ短く簡潔に、
「そうだ―――――快楽の為に己を投げ捨てた憐れな住人に役割を与えているだけだ。痛みを感じる事無く、恐怖も感じない。ただ命令のままに敵兵へ突撃するだけの人形だ。これらも本望だろう。王国の為に戦えるのだからな」
「この人達は人間だ。お前は一体何様なんだ?」
「何を言うかと思えば、異世界から来た貴様達に何の関係がある? 我ら騎士団は王の為、そして王都に住む住人は騎士団の為に働いて何が悪い」
「この人達にだって家族はいるんだろ? 人の意思を勝手に、一体この人達が何をしたんだよ?」
「ふん、些細な事だな。ここでは我らが
それだけを聞くと十夜はただ短く「そっか」と答えた。
そして、拳を握り締める。
怒りの感情が十夜の内側から一気に噴き出す。
「もういい分かった。お前今はもう喋んな。とりあえずお前には色々聞きたい事ある。でもまずは―――――」
十夜は鋭い視線をデュナミスへと向けると同時に右腕から黒い炎が噴出した。
そんな彼に同調するように蓮花も、そして万里も真面目な表情で構える。
「お前をその腐った根性を燃やし尽くすッ!」
この世界にやって来て、
十夜は初めて真剣に怒気を孕んだ声で布告する。
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