第9話 異世界『グランセフィーロ』

 「何ですって? ペテルとギュイが?」


 薄暗い地下ではその場には不釣り合いな格好の男がいた。

 そこは強制労働施設として機能しており、主に王国内で犯罪を犯した者を強制的に働かせている施設だ。

 だが。

 男は青銅の鎧を身に纏い顔立ちはお世辞にも整っているとは言い難かった。

 その雰囲気は罪人のようにねっとりと陰湿なモノを纏っており、彼が犯罪を犯したからこの地下労働施設にいると言われても違和感はないほどだった。


 『王国騎士団』第四師団団長エスカトーレ・マグィナツ。


 それが男の名だった。

 そしてもう一人、彼の腹心である副団長であるデュナミスは片膝を地面に付け頭を垂れている。


 「はい。部下の報告によりますと街の路地裏に倒れていたとの事です。外傷は無かったのですが…………その、


 デュナミスは言い難そうに言葉を詰まらせる。

 そんな煮え切らないデュナミスの態度にエスカトーレは不機嫌を隠さない。


 「はっきり言いなさい」

 「はっ、二人には外傷は無いのですが―――――


 デュナミスが言うには、例の二人は路地裏で倒れていたのだが彼らはガタガタと震え目が虚ろになり渇いた笑い声を上げながら穴という穴から水分が漏れていたそうだった。

 実際、彼も現場に行きその様子も見に行ったらしいのだがとてもではないが話が出来る状態ではなかった。

 流石におかしいと思い、こうして上司である目の前の男に報告をしたわけなのだ。


 「なるほど。―――――チッ、まさか他の師団長に勘づかれた? いえ、それはないか…………私の作戦は完璧だ。〝アレ〟の存在もまだ知られていない」


 ブツブツと呟くエスカトーレは自身の爪を噛み続ける。

 今の彼の地位は非常に危うい。

 裏で手を回しやっとの想いで王国騎士団の団長に選ばれたのだ。

 ここで『計画』が崩れてしまったら全てが水の泡だ。


 「しかし、色々と面倒事が次から次へと―――――で? 例の『迷い人』達は?」

 「はい、連中は『ブレッドの宿屋』へ宿泊するとの報告を受けています」


 デュナミスの報告を受け、口の端を釣り上げる。

 エスカトーレが宮殿内から〝彼ら〟を発見した時には思わず歓喜の声を上げそうになったが必死に堪えていた。

 ペテルとギュイの二人に関しては想定外の事だが、それ以外は概ね順調に〝計画〟は進んでいる。


 「よろしい。では第四師団副団長デュナミス」


 エスカトーレは自分の腹心の名を呼ぶ。

 彼がデュナミスを副団長と呼ぶ時は表向きの顔の時だ。


 「なんなりと」

 「『迷い人』がいるという宿へ向かい至急連中を拘束しなさい。もちろん事を荒立てるのではなく、あくまで慎重に。抵抗するなら手足を切り落としても問題はありません」


 事を荒立てるな、その指示とは真逆の事を告げる狂人エスカトーレは歪な笑みを浮かべる。

 そんな彼に対してもデュナミスは異論を挟む訳でもなくただ一言だけ、


 「必ずや、御期待に―――――」


 それだけを伝えるとそのまま闇の中へと消えていった。

 残されたエスカトーレは地下の労働施設で肩を震わせる。


 「ふ、ふはは―――――」


 揺れは大きく、そして凶笑を上げる。


 「ふはははっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはァァァァァッッッ!!」


 地下に木霊する笑いは聞く者を震え上がらせる。

 今、この空間は狂気に支配されていた。


 「ようやく、ようやくですッッッ!!」


 エスカトーレは両手を広げ声高らかにうたう。

 子供に言い聞かせるように、狂言者のように。


 「あぅ」


 どさっとエスカトーレの背後で誰かが倒れる音と小さな悲鳴が聞こえた。

 まだ年端もいかない少女に駆け寄る少し年上の少年。


 「大丈夫か?」

 「う、うん」


 二人は兄妹なのだろう。

 少し外見が似ているがそんなものエスカトーレには関係が無かった。


 「何を―――――――――――しているのですかッッッ!!」


 鎧に身を固めた足で二人を蹴り上げる。

 悲鳴を上げて転がる二人は腹部を押さえ咳き込む。

 その様子を見ていた他の労働者達がまだ幼い二人に駆け寄っていく。


 「だ、大丈夫か?」

 「ひでぇ」


 心配している労働者も服はボロボロで顔は疲れ果てている。

 ここで働かされている者達なのだろうが、そこにいる全員が疲れ果てて最早生気が感じられなかった。


 「ふん、ゴミ共が。お前らは私の為だけに働いていればいい」


 そう言ってエスカトーレは去っていく。

 その場に残された者は絶望を感じていた。

 ここから出る事が出来ない、そう思ってしまうと残されるのは絶望しかないのだ。


 「おにいちゃん」


 妹が兄の袖を掴む。

 しかし弱々しいその力は彼女が疲弊しきっている表れだった。


 「大丈夫―――――誰かが助けてくれるよ」


 そんなものは妄言に過ぎない。

 しかしここで希望を失えばそれこそ終わりだった。

 だから、

 だから


 「誰でもいい―――――誰でもいいから…………妹を、リューシカを助けてよッ」


 幼い兄妹のフェリスとリューシカはボロボロになった手をお互いで慰めあうように握り合った。





 一方、『ブレッドの宿屋』の一室では異世界から来た三人がテーブルを囲んでいた。

 もちろん話題は今日、自分達が集めてきた情報交換をする為だった。


 「まずはこの世界―――――『グランセフィーロ』について分かった事があります」


 蓮花の開口一番がそれだった。

 『グランセフィーロ』―――――それがこの世界の名称。

 男二人は串焼きを片手に話を聞いている。


 「事前に神無月くんから聞いていたようにかなり変わった世界のようですね。私達のいた世界で言う科学技術が発展していない分この世界には〝魔法〟にが発展し主流になっているようです」


 魔法に魔物―――――ますますファンタジーな世界だと十夜は思った。


 「ふむ、その〝まほうに似た力〟とやらは一体何なのですかな?」


 万里は挙手をし質問を投げ掛ける。

 本人曰く、


 「酒と女は知っているが『げーむ』やら『まんが』にはてんで疎くてな! 何が何やらさっぱりよ、カカッ!」


 だそうだ。

 しかし困った事に十夜も漠然としか『魔法』というのは知っていても詳しくまでは分からない。

 そう思っていると、


 「まず私の言っている〝魔法〟のような力ですが、ここでは神より与えられた『恩恵』―――――それを〝ギフト〟と呼ぶそうです」

 「ほう、ならば拙僧らで言うところの〝気功〟のようなものですな?」

 「いや、多分違うぞ」


 すかさず十夜がツッコミを入れる。

 万里の言う〝気功〟とは体内で練り上げて放出するモノで恐らく蓮花の言っていた『魔法』のような〝力〟とは少し違う。

 その説明をすると「成る程」と万里が納得していた。

 見た感じ理解する事を放棄したように見える。


 「まぁその辺りはまた追々にでも街の人々に聞いてみましょう。後は私が調べた限りではこの国の歴史ぐらいですね。ちなみにですが、歴史に興味は?」


 全力で首を横に振る男二人。

 何となくだがそんな感じはしていたと言わんばかりに蓮花は深いため息をついた。


 「まず私達がこの世界で遭遇した〝魔物〟に関してですが、魔物を斃した際に落ちていた〝魔石〟ですが、あの石は加工する事で様々な使い道があるそうです。例えば電気や調理等に使う加熱なども魔石によるものらしいですね」


 なるほど、と十夜はゆっくりだがこの世界の構造システムについて何となく分かってきた。

 自分達が思っていた以上に幻想的な世界ファンタジーへと迷い込んだようだった。

 しかし何処の異世界も〝神〟や〝魔物〟と言う存在は多いようだ。

 ある程度の説明を終えたあと、今度は万里が咳払いをひとつし口の端をつり上げた。


 「それでは次、拙僧の番ですな! 拙僧が仕入れた情報はこの世界にはいくつかの〝勢力〟がある事ですな」

 「勢力? っつか万里は何処で仕入れたんだよ?」


 十夜の質問に万里はいつものようにカカッ! と一笑いし、


 「なに、あの酒場へもう一度赴きあの強者達と酌を交わしましてな、そこで聞きましたぞ」


 蓮花は知っていたが、十夜は知らなかったので驚きはしたが合点がいった。

 通りで万里からは仄かに酒の匂いがしていたのはその為だったのだ。


 「で? その勢力って何だよ?」

 「おぉ、そうでしたぞ! まずはこの国が有する『王国騎士団』。次にえっと確か…………まるく、なんちゃらという国で」


 どうやら横文字が苦手な万里は必死に思い出そうと頭をフルに回転させていると、


 「もしかして、『マルクトゥス帝国』ですか?」


 どうやらこの世界を調べていた蓮花もその辺りは聞き覚えがあったようだった。


 「そうそう! その『まるくとーす帝国』とやらが保有する勢力と言うのが『魔導騎兵隊』。何やら不可思議な力を使うとの事ですな」


 万里の言う〝不可思議な力〟と言うのは恐らく蓮花の言っていた『恩恵』なのだろうと理解した十夜と蓮花は万里の話の続きを聞く事にした。


 「で、ここからが〝彼ら〟の所属する組織なのですが、どうやら大陸全土に幾つかの拠点を持つ冒険者の集い『黄金の夜明け』と言う組織ですな」

 「冒険者の集い―――――って事は『ギルド』ってやつか」


 現代知識をフルに使う十夜に万里が「おお! そう言っておった!」とテンションを上げていた。

 ここまで来るとやっぱり異世界だなぁと痛感する十夜。

 そして、万里が少し声のトーンを落とす。


 「これが少し謎でな―――――『聖光教会』と言う組織。ここに関しては皆が口を閉ざすのだが、どうやら


 厄介というのはどういう意味なのか?

 その辺りを万里は自分の顎を擦りながら神妙な顔つきになる。


 「『聖光教会』はこの世界で一番権力を持つ組織らしく。のですぞ。まぁ皆が口を揃えて言っておったのは、〝敵に回してはいけない相手〟と言うのがこの世界の常識だそうで」


 万里が一通り喋り終えるとお茶を一気に飲み干しおかわりを頼む。


 どうやらこの世界には『王国騎士団』『魔導騎兵隊』『黄金の夜明け』『聖光教会』の四つの勢力が均衡を保っているとの事だった。


 「では一番遅かった神無月くんはどうです? 何か分かりましたか?」


 蓮花が促すと、十夜は少し押し黙った。

 成果が無い―――――という訳では無かったのだが、どう切り出すかを迷っているようにも見えた。


 「どうしたんですかな?」

 「いや、俺が王都で見たもんなんだけどな―――――」


 十夜が口を開く。

 その内容は想像していたモノより生々しく、そして軽く越えているものだった。

 王都を歩いていた時に妙な臭いを感じた事。

 その臭いが路地裏から漂ってきており、そこでチンピラ風の男二人とそんな男達にすがり付く女性を見つけた事を話した。


 「まぁ野郎二人はこっちで〝沈めた〟けど、やっぱ気になるから女の人は医者に診て貰うために病院に連れていったんだわ―――――まぁハッキリと聞かされてねぇけど、多分薬漬けにされてた。しかも重度の」


 確かに自分達の世界でもそう言った犯罪はあるのは知っている。

 それがまさか異世界でも同じ事があるとは思わなかった。


 「成る程。それで? その娘さんは無事なんですかな?」

 「さぁな。俺はすぐに追い出されたから知らねぇんだ…………でも気になった事がある」


 十夜は一呼吸を置くと蓮花へと向き直る。


 「竜車のおっちゃんも言ってたろ? って。で、〝コレ〟を女の人が持ってんのを見つけた」


 十夜の手に握られていたのは何処かで見たことのあるだった。

 所々汚れてはいるが、その花を蓮花は知っていた。

 しかも、

 




 「。コレが原因なのか、それとも売ってた花を買っただけなのかは分かんねぇけど全く無関係って感じはしないな」



 十夜は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

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