第12話 幕間 『異世界からの勇者《イケニエ》』
「ようこそ、我が『ディアケテル王国』へ。歓迎しますぞ〝勇者殿〟」
うざったい前髪に隠れた瞳は大きく見開かれ辺りを見回している。
普段からラノベやアニメを見ていたお陰か、この状況を把握するのには十分な時間だった。
「(これって―――――俗に言う異世界転移なのか?)」
普段から夢見ていた世界へやって来た上に目の前の初老の男、恐らく王様であろう人物は自分を『勇者』と呼んでいた。
「えっ、あの、本当にここは異世界―――――ですか?」
そんな花太郎の質問に答えたのは王様ではなく、近くに控えていた男だった。
「えぇ、そうですよ〝勇者〟殿。貴方は神に選ばれし運命を背負った御方。どうかこの『ディアケテル王国』を救っていただきたく貴方様を召喚させていただきました」
青銅の鎧に身を包みお世辞にも顔が整っているようには見えない男が鎧の色と同じぐらい青い顔で捲し立てるように近付いてくる。
「あっ、あなたは?」
「申し遅れました、私はこの『王国騎士団』第四師団団長、エスカトーレ・マグィナツと申します」
エスカトーレは花太郎を値踏みするかのように上から下まで舐めるように見る。
本来ならば生理的に受け付けないであろう視線は花太郎も引くほどだったが今はそれどころではなく、異世界に召喚されたと言う事実にかつて無いほどにテンションが上がってしまっていた。
「あのっ、僕は本当に異世界に?」
「えぇ、そうですとも。貴方は神に選ばれたのですよ?」
選ばれた、と言う言葉は花太郎の心に突き刺さる。
今まで陰キャと呼ばれ学校でも馬鹿にされていた今までの自分とはサヨナラだ。
沸々と自分を今まで馬鹿にしてきたクラスの連中の顔を思い出す。
「やった―――――やったやった!! 僕はッ! 僕は異世界に来たんだ!!」
未だかつて無い大きな声で叫んだ。
これで今までの暗い青春に別れを告げ、新しい自分へ生まれ変われる。
ここでは勇者としてハーレムを築き、並み居る敵を無双してなぎ倒し、あわよくば王国の姫や異種族の女性達とムフフな関係に、と期待を胸に抱いていた。
そんな花太郎の顔を見ていたエスカトーレはニヤリと卑下た笑みを浮かべる。
花太郎はそんな彼の表情に気付かず、まだ有り得ない未来を想像し頬を弛めていた。
「では勇者殿? お名前を伺っても?」
山田花太郎は自分の名前を言った。
そこで彼は気付くべきだったかもしれない。
王様らしき男と、そしてエスカトーレの表情に。
花太郎は知らない。
名前―――――
日本でも、古くは本名は大切な相手にしか知られてはいけないという発想が貴族社会を中心として存在しているほどなのだ。
そんな事を現代社会に生きる花太郎は知る由もない。
そして、
これから彼は二度と知ることはないだろう。
「なるほどなるほど、では勇者ハナタロー。こちらへどうぞ、宴の準備は出来ておりますぞ――――勇者を〝例の場所〟へ案内しろ」
側に控えていた兵士に指示を出し花太郎は地下へと進んでいく。
もちろん異世界の城の構造を知らない彼は何の疑いもなくただ従うだけだった。
「エスカトーレ団長」
先ほどの明るい雰囲気から一転、厳かな声で国王がエスカトーレを呼んだ。
何も言わず国王の前で跪き首を垂れる。
「〝例のモノ〟の準備はどうかね?」
「はっ、今のところは順調かと」
エスカトーレの言葉に国王は嗤いを噛み殺した。
今、この『ディアケテル王国』はかつてないほどの緊張状態にあった。
敵国である『マルクトゥス帝国』が異世界からの召喚者を呼び出すのに成功したという報告を受け、向こうの戦力が『魔導騎兵隊』と合わせてかなり脅威になってしまったのだ。
本来、『王国騎士団』と同等の力を持つ敵国だっただけに、異世界人の協力を取り付けられたというのはかなり大きい。
「よいか、『マルクトゥス帝国』の戦力に対抗するにはこちらもそれなりの戦力が必要なのだ。そこを貴公の力を頼りにしている―――――この意味は分かるな?」
「はっ」
エスカトーレはただ頷くだけだった。
彼の力は、今王国が進めている〝実験〟には確かに必要なものだった。
それが例え、非人道的な行為でも―――――だ。
「この私めにお任せください。そして、この計画が成功した暁には」
「分かっておる。貴公を私の側近にまで上げる様に働きかけよう」
その言葉にエスカトーレの口は吊り上がった。
「ありがたきお言葉―――――――――――では私はこれで。次の準備がありますので」
そう言ってエスカトーレは花太郎が向かった地下へと進んでいった。
薄暗い階段を下へ下へと降りていく。
そして彼の側近の男に小声で話しかける。
「デュナミスからの報告は?」
「はっ、実は昨日から連絡が途絶えておりまして―――――副団長の指示通りに『ブレッドの宿屋』周辺の住人を魔薬中毒にし狂戦士へと仕立て上げたまでは副団長からの報告はあったのですが、それ以降は…………」
エスカトーレの表情は醜く歪む。
正直これ以上、王国にある『異世界召喚用魔法陣』を乱用するわけにはいかなかった。
大量の魔力を要するこの魔法陣は使えば使うほど王国にある魔力残量が無くなっていく。
もちろん一定量までは自然回復はするのだが、こう度々召喚の儀式をしているといずれは有限の魔力が枯渇してしまう。
そうなればこの国は敵国から攻められ滅ぶのを待つばかりになってしまうのだ。
「あのっ、役立たずめぇッッッ!」
ギリギリと歯を食いしばる。
地下に広がる〝ある場所〟へ行くと、エスカトーレの持つ青銅の鞭がしなり激しい音を響かせる。
それが合図だったようで地下に囚われていた人々が死んだような表情で集まって来た。
「さぁ、お前たちはさっさと動きなさい!! この第四師団―――――いえ、いずれは王族近衛隊の隊長となる私の為に働け!!」
エスカトーレは手にしている青銅の鞭を振るい人々に打ち付ける。
その中にはフェリスとリューシカの姿もあった。
もっとも、彼らの表情も周囲と同じように生気は失われ、土色の顔をしている。
「早く―――――早く私に吉報を持ってきなさい、デュナミスぅ!!」
エスカトーレの生理的に受け付けない気味の悪い嗤い声は地下に響いている。
同時に、
「や、やめ―――――――――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!」
山田花太郎の叫びが響くが、それは誰にも気に留められることなく闇の中へと消えていった。
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