無法者《アウトロー》達の異世界救済記《グランセフィーロ》。
がじろー
第1話 エピソードⅠ 『異世界召喚』編
序章『異世界召喚』
気が付くと
それは本当に一瞬の出来事で、今まで朝の通勤ラッシュで巻き起こる混雑にうんざりしながらもこれに乗らなければまず学校には行けない。
この
朝の時間帯特有の電車の喧騒が一瞬で静かになったのを妙に思い目を開けるとそこは知らない場所だった、というわけだった。
「何だ…………ここ?」
辺りを見回しても先ほどの喧騒が嘘かのような閑静な森林地帯だった。
自分は学校へ向かう途中に電車を待っていたはずなのだが、知らない内にどこか遠い場所へと降りてしまったのか、と考えたがすぐにそんなジョークを払い退ける。
「んなアホな事があるかっつーの。変な幻覚でも見てんのか?」
そう言って十夜は自分の頬を抓ったり近くにあった木に頭を打ち付けたりしたが景色が変わることは無かった。
むしろ無駄なダメージを受けてしまったぐらいだ。
「いってぇ…………って事はこれは現実って事かい―――――じゃぁ、ここ何処だ?」
周囲を見回し、近くにいた動物を観察し空を見上げる。
結果、全く自分の知らない場所だという事が分かっただけだった。
見た事のない植物に結構大き目の動物。
空にはそれこそ見た事のない鳥も飛んでいるほどだった。
「そんなに動物とか植物に詳しい訳じゃねーけど、流石におかしいだろ!」
一人で喋っているのも限界だったのか、彼の叫びに応える者はいない。
木霊のように虚しく響くだけだった。
「本気で泣きたくなってきた……ってかマジでどこなんだ?」
十夜は目を閉じ、神経を集中させる。
五感を研ぎ澄まし少しでも多くの情報を得ようと集中する。
そして、
「おっし見っけた――――――――人が数人? 十人ほどか?」
気配を感じた。
ここからそれほど離れていない場所で感じた気配。
まさか自分がこれほど人に会える事に嬉しさを感じるとは思わなかったが今は少しでも情報が欲しいので十夜はそこへ向かう事にした。
生い茂る木々を掻き分け獣道を進んでいく。
途中で大きな虫を見た時は背筋が凍る思いをしたがそれでも足を止める事はなかった。
そしてようやく彼の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
しかし、
「――――――――――」
これ以上進むのを止めた。
不穏な空気とでも言うのだろうか、思わずこのまま出るのを躊躇ってしまったのだ。
こっそりと隙間から様子を窺ってみると、少女が一人いた。
ブラウンのブレザー制服に身を包み赤いリボンを胸に付けていたのを見て最初は違和感が無かった。
だが、違和感を覚えたのは男達の格好の方だった。
ボロイ布切れを身に纏い不精髭を生やした男達のそれは俗に言う『山賊』や『盗賊』のような格好をしていたのだ。
手にしていたナイフをギラつかせ刃筋を舐めるようにして下品に嗤う。
「こんな所で何してんだよカワイ子ちゃん」
「ここは危ないから俺達がエスコートしてやるぜぇ!」
「ま、お礼はしてもらうけどよ」
と何と言えばいいか、べたな台詞を言いながら男が十人ほど少女を逃がさない為に取り囲むように円形に並んでいた。
下手なナンパにも見えなくはないが、どう見ても只事ではない雰囲気に助け舟を出そうかと一歩踏み出そうとしたのだが―――――ふと十夜はその足を引っ込めた。
「(何か知んねーけどもう少し様子見るか)」
本来なら十夜はここで少女を見捨てるような事はしなかったと思う。
しかし、どうにも腑に落ちない事があったのだ。
自分が感じた気配。
それは確かに十人ほどだったのだが、それはあの男達で間違いはないだろう。
しかし、
目の前にいるはずの少女から気配が感じられなかったのだ。
恐らく何を言っているのか理解は出来ないだろうが、それでも違和感が拭えないこの状況では下手に動く事は危険だと判断をした十夜は見守るという選択をした。
もし本当に危ないと判断したら直ぐにでも飛び出す準備はしていた。
「おいおい、ねーちゃん何か言ったらどうだ?」
「ビビッてちびっちゃったんじゃないの!?」
「じゃあ俺らが介護してやんなきゃなァ」
卑下た笑みを浮かべながら徐々に近付く男達。
しかし少女はまだ動く事は無かった。
そろそろ助けるか? そう思った時だった。
「下の下、ですね」
口を開いたかと思うと少女の姿が消えた。
いや、消えたというよりももの凄いスピードで男の一人の背後を取り首を絞め気絶させたのだ。
遠目から見れば何とか見えるというレベルだが、近距離にいる彼らからすれば目の前から人が消えたと錯覚してもおかしくは無かった。
実際、盗賊風の男達は混乱していた。
「お、おい何が―――――ぎゃっ!」
「ぐぇっ!」
「ごひゅっ」
刹那の間に十人ほどいた屈強な男達が地面に平伏していたのだ。
その様子を見ていた十夜は思わず驚愕していた。
それは彼女の速さに、ではなくまだ彼女が本気を出していないというのが分かってしまったのだ。
「(今ので本気じゃなかったら
そんな事を思っていると不意に十夜が隠れていた木の幹にナイフが突き刺さった。
一瞬で思考が停止したが、どうやら少女が投擲したナイフが刺さったようだった。
「誰ですか? 覗き見なんて趣味が悪いと思いますけど」
凛とした声に十夜は思考を巡らせる。
恐らく、ここで変に抵抗すればあの少女は何の迷いも無くこちらに襲い掛かるだろうと感じたのだ。
それは得策ではないと考えた十夜は素直に両手を上げ降参のポーズを取った。
「悪いね、武器持った男相手に下手に手出しすると危ないと思ったんだよ。俺がだけど」
言い訳としては最低な部類に入るのだろうが、それでも十夜は下手な言い訳より素直に言った方が早いと判断した。
そしてそれは当たったようで少女も向けていた武器を捨て十夜へと向けていた殺気を霧散させた。
「女の子を見捨てて自分優先というのは男の子としてどうかと思うんですけど? それでも紳士なのですか?」
「生憎と紳士とは無縁の生活をしてるもんでね。俺が手を出すよりアンタが動いた方が早いって判断だったんだけど?」
只者ではない。
そう思ったからこそ様子を伺っていたのだが、その判断が正しかったと思えた。
しばらくのやり取りの後、無言が続く。
十夜はもちろんだが、この少女も気を抜く事はない。
お互いに牽制し合ったのだが、最初に警戒を解いたのは少女の方だった。
「―――――貴方の格好を見た所、私と同じ日本人で間違いないですか?」
その言葉に十夜も警戒を解く。
「その通り。ってか今の言い方だとここが日本じゃないみたいな言い方だな」
「そりゃそうですよ? この人達の格好を見てくださいよ。明らかに日本人じゃないし、目の色も髪の色も違うでしょ?」
妙な違和感の正体がはっきりと分かった。
言われてみれば確かにこの盗賊風の男達の風貌が日本人のそれとは違ったのだ。
外国人? にしては格好もそうだが行動が野蛮過ぎる。
普通に犯罪行為に手を染めようとしていたのだ。
「で、私が絡まれる前に辺りを見てたんですが知らない動物や植物はありますし、さっき虹色に輝く鳥を見ましたよ。これでここが日本だって言われてたら自分の感性を疑いますよ」
どうやら彼女も十夜と同じ感想だったようだ。
これで彼らは同じ境遇だという事が理解する事が出来た。
「なるほど。すごい観察力だな」
十夜の言葉に少女は訝しげな表情を向ける。
「貴方は危機感が無さ過ぎます。変な所は慎重なくせに」
先ほどの事を言われているのだろう。
それを言われると確かに自分でも危機感が少しだけ欠如していたように思える。
「でも困りましたね―――――今日はテストだって言うのにこんな所に連れてこられて…………学校どうしましょう?」
こんな時にでもテストの心配とはずいぶん余裕だな、と感じつつも自分も他人の事を言えたものではない。
何としてでもここが何処でどうすれば自分が知っている場所へ辿り着けるかと考えなければならないのだ。
「とりあえず――――――――――俺は
そんな彼の提案を受けしばらく悩んだ後、
「私は
十夜と蓮花はお互いに自己紹介を済ませ森を歩く事にした。
森の中を、草木を掻き分けながら進んでいく二人の間に会話はない。
そしてそれは十夜も同じ事だった。
十夜にはどうにも彼女の事が未だに信用が出来なかったのだ。
だが、いつまでもそんなわけにもいかず少しづつではあるが会話をしていく。
「鳴上はどうやってここに?」
「私も神無月くんと同じですね。気が付けばさっきの場所に居て、周辺を探っていたら変な連中に絡まれた―――――で、あとはお察しの通りですよ」
二人の共通点は日本人という事と、朝学校へ向かう途中に気が付けばこの森の中にいたという事だった。
そんな事を話ししていると、ふと気になる事があった。
「そういや俺はいいんだけど、鳴上は大丈夫なのか?」
その言葉に「何が?」と訊ねた蓮花だったが、十夜の視線が自分の下、つまりスカートの部分に向けられている事に気付いた。
ギロッと睨みつける蓮花に十夜は手を挙げる。
「一切見てませんしやましい事は何一つございません。ただワタクシとしましてはこんな森の中スカートでじゃんじゃん進んでしまうと乙女の絶対領域が大変な事になってしまうと危惧しただけなのですよーっ!」
早口で捲し立てる十夜に短いため息を吐くと蓮花は自分の赤いチェックのスカートを摘まみ上げた。
「一応スカートの下にスパッツは履いてます。って言うか変な所で紳士ぶるのやめてくださいよ」
さいですか、と少し面白くなさそうに言う十夜と蓮花は先へ進む。
そして、
目前に少し開けた景色があった。
「森を抜けます!」
蓮花の声に十夜はようやくか、と気を緩めた。
これでここがどこか分かる。
そう思い自然と二人の足は早まっていく。
薄暗い森を抜け二人が目にしたのは――――――――――。
「えっ?」
「な、んだこりゃ」
二人は絶句した。
神無月十夜は想像をしていなかった訳ではない。
もしかしたら自分はどこぞの誰かに拉致されたのかもしれない、と。
そうなれば自分にそんな真似をした者を許す訳も無く絶対に後悔させてやると思っていたのだが、事態はそんな彼の想像を遥かに超えていた。
二人が見た景色は、大きな都市が眼下に広がっており、現実では見た事もないような光景が広がっていたのだ。
ふと十夜のクラスで流行っていた漫画や小説なんかで使われていた言葉が口から出ていた。
「異世界―――――」
都市の真ん中には大きな城があり、街を行き交う人々はどこか中世のヨーロッパを彷彿とさせる格好をしていた。
それだけでは正直ピンと来なかったが、その街の上空を優雅に飛んでいる物体を目にした時、ここが異世界だという事が分かった。
現代社会では〝絶対〟に目にすることは無い架空の生物―――――ドラゴンと呼ばれる生物が飛び交っていたのだ。
「ねぇ神無月くん」
蓮花の声はかなり動揺している。
無理もない。
これが夢でなかったのは先ほど自分が証明していた。
「ここ――――――――――本当にどこなんですか?」
そんなの自分も知りたい。
そう十夜は心の声で呟いていた。
これが、別の世界から召喚された神無月十夜と鳴上蓮花の物語の始まり。
この異世界『グランセフィーロ』で様々な出会いを経て元の世界へ戻る為の旅の始まりでもあった。
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