3-2
黒の魔女の目的。それは死の克服。自身という個を後世に残すことだった。
魔晶が砕けた際、そこに込められていた力はそれを砕いた者に渡るのだと白薊は言った。つまり魔法少女は、魔法少女を殺すことで強くなるのだ。
ではそれを、最後の一人になるまで行ったとしたらどうなるだろうか。
魔宴の生き残り、最後の一人は理論上、黒の魔女の力をすべて手にすることになる。それこそが黒の魔女の目的だった。
「魔晶が最後の一つになったとき、魔晶は器である少女の体から排出される。そうしてすべての力を持った魔晶を核として、現代に黒の魔女が復活する」
そしてその黒の魔女を殺すことが白薊の、白の魔女の目的。
「君に魔法少女を殺してもらっているのは、黒の魔女を弱体化させる為なんだ」
魔宴には、一つの欠点があった。それは魔宴の理、ルールが適応されるのは、魔宴の参加者である魔法少女のみであるということだ。
魔晶を持つ魔法少女が他の魔法少女を殺せば、勝者の魔晶に敗者の魔晶の力が渡る。では魔晶を持たぬ者が魔法少女を殺した場合はどうなるか。
魔宴の理はこれに対する答えを持ち合わせていなかった。
起こる結果は霧散。行き場を無くした敗者の力は誰に渡ることもなく消滅する。
「だから魔法少女ではない者が魔法少女を殺せば、顕現する黒の魔女は弱体化するんだ。その為に私は君に、魔法少女を殺させている」
白薊の話は確かに筋が通っていた。魔法少女を魔法少女でない者が殺すことで黒の魔女が殺しやすくなる。
しかしそこに、疑問が無いわけではなかった。
「……二つ、聞きたいことがある」
人差し指と中指を立てて弘人は言った。
「まず、黒の魔女を殺さなければならない理由を教えろ」
白薊の話は全て、黒の魔法少女を殺すという目的に収束する。しかし未だその理由が不明瞭だった。
「端的に言えば、世界を救うためだよ」
白薊は至極真剣にそう告げた。そしてその理由は、世界の強制力にあると。
そもそも何故現代に魔法が殆ど存在しないのか。それを世界の選択であると白薊は言った。世界は魔法を、存在していけないものであると判断したのだと。
その理由は単純だった。魔法が万人に使える技術ではなかったからだ。使えるか使えないか。その格差は不平等を生み、そして不平等は争いを生む。故に魔法を、それを扱う魔女という存在を世界は抹消しようとした。
白の魔女はそれを受け入れた。その代わりに猶予を作った。いずれ消失するとわかっていながら、それでも魔法を血に編み込み後世へと託した。それが最初の白の魔女にとって、最大限の存在証明だった。
黒の魔女はそれを拒絶した。そして世界に呪いをかけた。魔宴という呪いを。
「言ってしまえば、黒の魔女は世界そのものに対する敵対者なんだ。だから殺さなければいけない。彼女が世界の在り方を、捻じ曲げてしまわないように」
「……なるほど。概ね理解した。理解したし、納得したよ」
世界の在り方を捻じ曲げる。それによって何が起こるかまでは弘人にはわからない。けれどそれはどんな形の変化であれ、今の世界ではなくなるということだった。それに恐怖を抱かない訳が無い。それを防ぐということは、言い換えれば世界を救うということだ。黒の魔女を殺さなければならない理由としては十分すぎるだろう。
弘人は一つ呼吸を置き、次の問いを白薊に投げかける。
「二つ目、何故俺が殺す必要がある。魔女であるアンタが殺さない理由は何だ」
その問いに白薊は強く拳を握り締めながら。
「私の持つ魔女の力では最早、魔法少女を殺せないんだよ」
今にも泣きだしてしまいそうな声でそう告げた。
本来、黒の魔女殺し及びそれに伴う魔法少女殺しは、白の魔女が行うものだった。しかし白の魔女は代を重ねるごとに、その力を失っていく。そして当代の白の魔女は遂に、黒の魔女はおろか魔法少女を殺す力さえ失ってしまったのだ。
「だから私は探した。魔法少女を殺せる存在を。私の、手足となってくれる存在を」
そんな存在が居るはずないとわかっていながら、それでも白薊は探し続けた。当代の白の魔女として。世界を救う役割を、生まれながら定められた者として。
そして白薊は辿り着いた。本来あり得ざる魔法少女殺しを為した者。石黒弘人という、イレギュラーに。
「それが君に魔法少女殺しを頼んだ理由だ。君にしか、頼めなかったんだ」
弘人の存在は、白薊に射した光であり希望だった。けれど白薊はその希望を、手放しで喜ぶことは出来なかった。
「アンタの考えてること、当ててやるよ」
白薊を指差しながら弘人は言った。
「本当は俺を巻き込みたくなかったとか、責任を押し付けたくなかったとか、どうせそんなこと考えてんだろ」
弘人の言葉に白薊は目を見開いた。弘人の口から出たそれらは、彼女が抱える後悔や不安そのものであったからだ。
「図星かよ。ならその悩みは今日で終わりだ。いいか。俺はアンタに殺せと言われるよりも前に、魔法少女を殺してるんだよ。四葉を救う為にな。だからアンタに巻き込まれたんじゃない。俺は俺の意志で足を踏み入れたんだ。勘違いするな」
白薊はその迫力に気圧されるように、口を閉じて弘人の言葉を聞いていた。
「俺は世界と四葉のどちらかしか救えない、そう言われても四葉を救うって決めてるんだよ。それが今回は四葉も世界も救えるんだ、魔法少女殺しだろうが魔女殺しだろうが喜んでやってやるよ」
それに強がりが混じっていることを白薊は知っている。アンバーを殺したあの夜、弘人は恐怖で震えていたのだから。自分を責めて後悔をして。それでも弘人は覚悟を決めて、魔法少女を殺しているのだ。奪った命を罪として背負い、今もなお白薊の前に居るのだ。
白薊は自分の両頬を強く叩いた。乾いた破裂音が冬の空気を震わせる。
「……石黒弘人クン。改めて君に頼みたい」
白く濁った瞳が、弘人を突き刺すように見つめる。次は、白薊が覚悟を決める番だ。
「私の共犯者として魔法少女を、黒の魔女を殺してほしい」
共犯者。弘人と白薊の関係を言い表す言葉として、これより相応しいものは存在しないだろう。二人は共に魔法少女を殺し、その罪を背負った上で救わなければいけないものがある。
弘人は白薊に右手を差し出した。
「石黒弘人、ただの人間だ。四葉を救うまで、頼りにさせてもらう」
白薊は差し出されたその手を、強く握り返す。
「白薊莇、白の魔女だ。こちらこそ、頼りにさせてもらうよ」
こうして弘人と白薊は、それぞれの覚悟を決めたのだった。
「早速で悪いけど、これからの動きの話をしたい。いいかな?」
「ああ、頼む」
「まずは、現状の整理から始めようか」
そう言うと白薊は両手の親指、人差し指、中指を立ててみせた。
「残る魔法少女は六人だ。昨晩君の殺した二人を含め、計五人の魔法少女が命を落とした」
それを異例のペースであると白薊は言った。その理由の一つは当然弘人である。魔法少女殺し石黒弘人は、三日で四人の魔法少女を殺しているのだ。
しかしもう一つ無視できない要素があった。
「そのうちの二人を殺したのは、恐らく黒の魔法少女だ」
その言葉に弘人は耳を疑った。妹の四葉が人を殺すなど、そんなことをするはずがないと思ったからだ。
「その上で君に言っておこう。私たちは黒の魔法少女に手出しはしない」
立ち上がった白薊は、戸棚から白いコップを取り出しながら言った。
「このまま魔宴が進めば、最後に生き残るのは恐らく黒の魔法少女になるだろうからね」
これまで存在しなかった黒の魔晶。それを白薊は黒の魔女による切り札と称した。
今までの魔宴では、白の魔女が魔法少女を殺すことで一つの魔晶に力が集まるのを阻止してきた。しかし今回の魔宴において、当代の白の魔女白薊莇は魔法少女を殺す力を持ちえない。
つまり黒の魔女にとって今回の魔宴は、ようやく訪れた完全顕現のチャンスなのだ。
「だから最も適性のある少女、君の妹石黒四葉に最も強い力を持つ魔晶を埋め込んだのだろう。黒の魔晶、恐らくは最も本来の魔女の力に近い魔晶をね」
もしもそうであるとするのならば、仕込みが行われたのは前回だろうか。しかしそんなことは、いくら考えても仕方のないことだった。十三個目の魔晶が出現してしまった以上、今の白薊たちに出来るのはそれにどう対処するかを考えることだ。
白薊は再びパイプ椅子に座ると、コップにインスタントコーヒーを注いだ。
そんな白薊の話に、しかし弘人には納得の出来ない箇所があった。
「だけどあの日、四葉はボロボロだった。多分俺が手を出さなければあそこで死んでた筈だ」
白薊はコップのふちに口をつけ、コーヒーを喉へと流し込む。
「そうだ。そこに関しては私も違和感に思っていた」
もしも白薊の考えが正しいのであれば、黒の魔法少女が青紫の魔法少女に対して後れを取るはずがない。しかし実際には、後れを取るどころかあと一歩で敗北しかかっていたのだ。
「つーかそもそも、最初の時点で俺には違和感なんだが」
「と、言うと?」
「そもそも四葉は人と戦うなんてことが出来るような奴じゃあない。それに」
弘人は四葉が家を飛び出した日のことを思い返す。あの日の四葉は確かに四葉であり、しかし四葉では無かった。
「……なあ、魔晶っつーのは魔女の力と魂を物質化したものなんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「ならそれを埋め込まれた奴が魔女の魂に肉体を乗っ取られる。そんなことが起こったりはしないのか?」
弘人の言葉に白薊は目を見開いた。
「無い、とは、言い切れないね」
黒の魔晶は、今回の魔宴まで存在しなかったものだ。よってそれが引き起こす現象については、どんなものであれその可能性を否定することは出来ない。
「けれどだ。もし彼女が黒の魔女に乗っ取られているのであれば、それこそ青紫の魔法少女に追いつめられる訳が無い」
「……あの戦いの時点で、乗っ取り自体が不完全なものだったとしても?」
四葉が家を出たあの日、確かに彼女は弘人を見てお兄ちゃんと呟いた。そのときばかりは確かに、黒の魔法少女は石黒四葉だったのだ。
「つまり、まだ意識を完全に乗っ取れていないときに青紫の魔法少女と戦闘になったと?」
「ああ、俺はそう思う。あのときあそこで倒れてたのは間違いなく四葉だった」
「……なるほど。一考の余地はある」
しかしそうだとしても、黒の魔法少女は既に、黒の魔法少女として活動を始めてしまっている。今の二人に出来ることは、彼女が魔法少女を殺して回るよりも早く、魔法少女の数を減らすことだった。
「それで、次は誰を殺せばいい」
魔宴の終幕は、刻一刻と近づいてきていた。
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