罪状:魔法少女殺し

鶻丸の煮付け

0

 0


 何かが砕けた。

 男は振り抜いた鉄パイプから伝わる感触で、それを確信した。

 男の握る鉄パイプは少女の頭を正確に捉えていた。青みがかった紫の、少し不思議な髪色をした少女の側頭部を。

 砕けたのは骨だ。不思議な髪色の少女の、二十八の骨から構成される頭蓋骨。それが砕けたのだ。

男が、砕いたのだ。

 鉄パイプが完全に振り抜かれると、先程まで躍動していた少女の肉体は、地面に倒れたきりぴくりとも動かなくなった。

 男は荒い呼吸のまま、動かなくなった少女を見つめ立ち尽くす。男の吐き出す白い息が、冬の空気に溶けて消えていく。

 殺すつもりはなかった、そんなことを口走るつもりは毛頭無かった。男には明確に少女に対する殺意があった。殺すつもりで鉄パイプを振るい、その結果として少女は今、物言わぬ肉塊として地面に転がっている。

 これが夢ならば、酷い悪夢だと男は思った。フリルやリボンのたくさん付いたメルヘンな服装の少女。そんな少女に追いかけられ殺されかけ。挙句身を守るために鉄パイプを手に取りその少女を殺した。これを現実だと言い張る方が無理がある。

 そんな逃避思考を手に残った感触が否定する。今も鉄パイプを握り締める両手には、痺れるような感覚が残っていた。

 これは現実だと、お前が殺したのだと責め立てるようなその感覚から逃げるように、男は鉄パイプから手を離した。

 混凝土の地面に当たった鉄パイプは、嫌に軽い金属音を深夜の立体駐車場に響かせた。

その音で何を思い出したか。男はふらつく足取りで少女の死体を離れ、上階へ向かう坂を上った。

 一つ上の階には、色々な車があった。使い込まれた軽トラックから、見るからに高級そうな外車まで。またその状態も様々だった。外部からの力でぺしゃんこになってしまっているもの。真っ二つに切断されているもの。黒煙を上げながら炎上しているもの。ぐちゃぐちゃに捻じ曲げられたもの。

 それが少女の手によってそんな状態にされたのだと言って、一体誰が信じるだろうか。少なくとも正常な人間はそんなことはあり得ないと言うだろう。もしかしたら病院に行くことを勧めてくるかもしれない。頭のか、或いは精神の方か。

 男はそんなどうでもいいことを考えながら、更に上の階へと足を進めた。

 そこは一つ下の階と違い、一台も車は存在しなかった。正確には、それが車だったと判別できるものは、一つとしてなかった。壁や床には大穴が開き、柱が崩れ崩落している場所さえある。

 男はそんな瓦礫だらけの階を、覚束ない足取りで歩いていく。何かを探しながら。

 結果から言ってしまえば、そこに男の探し求めているものは無かった。より正確には居なかった、と言うべきだろう。

 確かに見たはずの黒い人影は、見る影もなく消え失せていた。

四葉よつは……」

 男は呟くと、大きく一つ息を吐いた。それが引き金となったのか、彼の緊張の糸は切れてしまった。それまで彼を生存へと導いていたソレは急激に弛緩し、男はその場に倒れる。

「四、葉……」

 遠のいていく意識を手放す直前、男はもう一度その名を呟いた。

彼にとって最も大事な人の名を。


「驚いたな」

 冷たい白雪のような声が、深夜の立体駐車場に木霊した。

 スラっと伸びた白い手が、地面に横たわる青紫の少女の頬に触れる。生気を失った少女に触れた手は、頬から首を伝い胸の中心で停止した。

「ごめんね」

 少女に対する謝罪の声は、誰にも受け取られることなく掻き消えていく。白い手が少女の上着を捲り上げると、その胸元が露わになった。現れた二つの小ぶりな膨らみの狭間には、小さな青紫色の鉱石が皮膚にめり込むようにして存在している。

「魔力切れ、か」

 白い手が触れた途端、水晶のような鉱石はひび割れ砕け散った。

 すると先程まで青紫色だった少女の髪が黒く染まっていく。しかしその様子は染まるというよりも、戻っていくという表現が相応しいように思えた。フリルやリボンがふんだんに用いられた衣装も、一般的な高等学校の制服へとその形を変える。

 そうして青紫の不思議な少女は、ごく一般的な高校生の少女へと姿を変えた。しかしその姿が変わったところで、或いはもとに戻ったところで、彼女の失われた命は戻らない。

 白い手が少女の遺体から離れる。

「上か」

 ゆっくりと立ち上がったその姿を一言で言い表すのなら、魔女だった。つばの広い円錐状の帽子を被ったそのシルエットは、正しく多くの人がイメージする魔女そのもの。

 しかしその魔女は白かった。帽子も服もその長い髪も、全てが純白だった。

 二階分の坂を上った魔女は、瓦礫の中に倒れる男へと歩み寄る。白い手が触れた男の首元からは、階下の少女とは対照的にしっかりとした生の脈拍が感じ取れた。

 魔女は意識の無い男を背負うと、深夜の立体駐車場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る