1-2

「さて、昨日の今日で疲れているかもしれないが、早速君には動いてもらいたい」

 白薊はどこからか持ってきた白いコップにインスタントコーヒーを注ぐ。

 弘人はそんな白薊の様子を訝しげに見つめていた。

「君の自宅、石黒家の前に今、魔法少女が居るんだ」

「……どういうことだ?」

 耳を疑う発言に、弘人は思わず問いを返した。

「どうもこうも無いよ。君は魔法少女を殺した。君の妹は魔法少女。どちらも狙われる理由としては十分じゃないかい?」

 白薊は湯気の立つコーヒーに口をつけ、コップを僅かに傾けた。

「それで、行ってくれるかい?」

 答えの決まりきった問いかけを、白薊は弘人へ投げかけた。

「……行くよ」

「そうか。なら――」

「ただ、一つ条件がある」

 弘人のその言葉に、白薊の動きが一瞬止まる。

「条件?」

 カチャリと小さな音を立てて、白薊はコップを机に置きながら聞き返した。その声に含まれる得も言われぬ威圧感が、弘人の鼓動を早くする。

「ああ、条件だ。俺がアンタの手足になる代わりに、魔法少女だとか魔宴だとか、アンタの知ってる情報を俺に全部教えろ」

 そう言い放つ弘人の声は僅かに震えていた。

 白薊は数秒の沈黙の後、ゆっくりとその口を開いた。

「石黒弘人クン。君は、自分の置かれている立場ってものがわかっているのかい?」

 その一言で、弘人は自身の体温が全て奪われてしまったような気がした。間違えてはいけない選択を間違えてしまったような感覚。恐怖や焦燥が全身を駆け抜けていく。

 けれど。

「わかってるよ。わかってるから言ってるんだ」

 弘人はここまでの白薊の話に、一つの違和感を抱いていた。

 違和感の原因は三つ。

 一つ、白薊莇は石黒弘人に魔法少女を殺させようとしている。

 二つ、石黒弘人が魔法少女を殺さない場合、白薊莇は魔法少女である石黒四葉を殺す。

 三つ、何故石黒弘人が殺さなければならないのか、白薊はその理由をわからないと言った。それはつまり、誰でもいいという訳ではないということになる。

 ここで疑問が生じる。何故白薊は、弘人に魔法少女を殺させようとしているのか。何故白薊は、自分で魔法少女を殺さないのかだ。

 考えられる可能性は二つ。

一つ、弘人が殺すことに意味がある。

二つ、白薊は魔法少女を殺すことが出来ない。

そのどちらにせよ、白薊にとって弘人は何らかの価値のある存在である。そのため白薊には交渉の余地がある。それが弘人の導き出した結論だった。

静寂が部屋の中に充満する。それは酷く重苦しく、弘人へと圧し掛かっていた。

「……なるほど」

 その静寂を切り裂いたのは白薊の声だった。

「一つ訊ねたい。何故君は、知りたいと思う?」

弘人は一つ呼吸を置いて、真っ直ぐ白薊を見つめる。

「知らなければいけないと、そう思うからだ」

 鼓動の音が厭に五月蝿く聞こえた。もしも自分の推測が外れていたら、そんな恐怖が遅れて弘人に襲い掛かる。

「……知らない方が幸せなことだったとしても?」

 弘人は白薊の声に、先程まで含まれていなかった感情が含まれているように感じた。それが何かはわからない。しかしそれは今の弘人にとってはどうでもいいことだった。

「人に命を懸けさせようとしてるヤツの台詞とは思えねえな」

 ダメ押しのように弘人は呟く。

その言葉に白薊は小さく一つ溜息を吐いた。

「これは、一本取られてしまったね」

 白薊は再びコップを手に取ると、一口コーヒーを飲み込んだ。

「ではこうしよう。君の働きに応じて私は君に情報を明かす。それでどうかな?」

 白薊の口調は優しげだった。そこが引き際であると、そう弘人に諭すように。

「……わかった。それでいい」

 弘人もまた、それがわからない人間では無かった。

 四葉が何に巻き込まれているのか。どうして巻き込まれているのか。そして何より弘人自身が、何に足を踏み入れてしまったのか。それらを知るためにやらなければならないことは一つ。

「石黒弘人クン、これを」

 白薊は部屋に置かれた机の引き出しから取り出した物を弘人に手渡した。

「私はここから君をサポートする。別行動をする場合は必ず装着してくれ」

 それは骨伝導式のイヤホンだった。それもマイクの付いたタイプのもの。

「あぁ、連絡先は勝手に交換させてもらったよ」

 白薊がそう言うと、弘人のスマートフォンが振動した。着信を示す画面には、平仮名で『あざみ』と名前が表示されている。

 弘人は応答ボタンをタップし、渡されたイヤホンを着用する。

「サポートっつーのは?」

「詳しい説明は移動中にしよう。道案内も私がする。すまないね、本当はゆっくり説明したかったんだが」

 言いながら白薊は両目を閉じた。

「早速一人頭数を減らすチャンスなんだ。出来るだけ無駄にしたくない」

 早く行けと急かすような白薊の言葉に、弘人は大きく息を吐き立ち上がった。

「行けばいいんだろ?」

「ああ、頼んだよ」

 弘人は廃墟の部屋を出ると、大きく深呼吸をした。これから自身がやらなければいけないこと。その重大さを確かめるように。

 そうして一人になった部屋で、白薊は小さく息を吐いた。

「……慣れないな、こういう役割は」

 その言葉は誰に聞こえるでもなく、冬の空気に溶けて消えた。


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