3-3

 数時間後、弘人の姿は夜の河川敷にあった。

『急げ弘人クン!』

 その背にバットケースを背負い、弘人は河川敷を全力で駆け抜けていた。

 白薊の作戦はこうだった。魔法少女同士の戦い、その終わり際に乱入することで二人をまとめて殺す。当然リスクはあるものの、成功すればリターンは大きい。黒の魔法少女の動きに細心の注意を払いつつ、白薊は魔法少女同士の戦いが起きている場所へと、弘人を向かわせた。

『戦っているのは緑の魔法少女グリーンと、黄緑(おうりょく)の魔法少女シャルトリューズ。固有魔法はそれぞれ運と模倣だ、わかったかい?』

「模倣は大体わかるけど、運ってどういうことだ」

『運は運としか言いようがない。彼女の固有魔法は最も特殊なんだ。発動すれば本人にすらわからない何かが起こる』

 何て出鱈目な魔法なのだろうと弘人は思った。

『もうすぐ着くはずだ。準備をしたまえ』

 走る弘人の視界に、高架下で跳ね回る二つの人影が映った。弘人はバットケースから金属バットを取り出す。それは弘人の戦い方を見て、白薊が用意したものだ。

「どっちが優勢だ?」

 金属バットを握り締め、走りながら弘人は訊ねた。

『シャルトリューズだ』

「了解」

 そうして弘人は戦場に飛び込む。二人の魔法少女の意識が、一斉に弘人に向けられた。

「なにッ!?」

 弘人は走った勢いそのままに、シャルトリューズへと金属バットを叩きつける。それが腕により防がれたことを確認すると、距離を取るように後ろに飛び退いた。

「まさか、噂の魔法少女狩り?」

 黄緑の髪を一つにまとめた魔法少女、シャルトリューズは弘人の姿を見てそう呟いた。

 そうして意識が自分から離れたことによる隙を、短い緑髪の魔法少女、グリーンは見逃さなかった。

「はぁッ!」

 グリーンの華麗な後ろ回し蹴りにより、シャルトリューズの体が跳ねる。数メートル吹き飛んだシャルトリューズは、しかし何事も無かったかのように立ち上がった。

 それを見て改めて、弘人は魔法少女という存在の規格外さを再確認する。

「何方かは存じ上げませんが助かりました」

『射撃、頭』

 白薊の声に合わせて弘人は体を捩る。弘人の目に映らないその攻撃は、弘人の後方で混凝土の壁を凹ませた。

「やっぱり、あんたが魔法少女狩りね」

『来るよ』

 はじめは驚いた魔法少女の身体能力も既に慣れてしまっていた。シャルトリューズの拳や蹴りを、弘人は最小限の動きで避け続ける。幸いなのはグリーンが弘人を仲間だと認識しているという点だった。

「てやぁッ!」

「ぐッ!?」

 次第にシャルトリューズの攻撃の手が緩み始める。当然だろう。優先しなければならないのはただの人間への攻撃ではなく、魔法少女への迎撃なのだから。

 そうして出来た隙を弘人が突く。次第にシャルトリューズは追い詰められていく。それと同時にグリーンも、じわじわと消耗していく。万事が作戦通りに動いていた。

しかし弘人は、不気味な違和感をその身に感じていた。

『まずい弘人クン。別の魔法少女がそちらに向かっている』

 違和感の正体を探す暇もなく、白薊の声がそう告げた。

「どうすればいい」

『撤退を勧めたいところだが、今君が退けば新たな魔法少女が二人分の魔力を得てしまう可能性が高い。そうなれば恐らく私たちでは手に負えなくなる』

 それはつまり、退くなという意味だった。退けば、今は助かるだろう。しかしその先に待つ未来はより過酷なものとなる。同じ苦難であるのならば、それを未来に押し付けなければいけない理由など、弘人には存在しない。

「わかった」

 弘人は狙いをシャルトリューズからグリーンへと切り替える。自身を敵として認識している者より、協力者と認識している者の方が殺しやすい。昨日の戦いで弘人はそれを、身をもって実感しているからだ。

 弘人は握り締めた金属バットを、グリーンの後頭部に叩きつけた。

「ぐぇ!?」

 背後からの攻撃に、グリーンは潰される蛙のような声を出す。

 ふらつきと共に振り返ったグリーンの顔面に、弘人はもう一度金属バットを叩きつけた。

 思わずグリーンはその顔を両手で押さえる。するとどうだろうか。弱点である魔晶の存在する胸は、完全に無防備になった。

 弘人はその胸に渾身の蹴りを叩き込む。よほど消耗していたのだろう。ひび割れる様な感触が弘人の脚を伝った。

 そうしてグリーンは地面に倒れ込む。魔法少女の姿を保っていることから、魔晶はまだ完全には砕けていないらしい。けれど彼女に対する追撃は無かった。

『来た』

 白薊の声が届くより先に、弘人はその存在に気付いていた。シャルトリューズもまた同様に。

「罪人三名確認」

 月明かりによって照らされた紫色のその髪は、神聖さを感じさせるほど美しく。

「断罪者として、貴方達に罰を与えます」

 月明かりを反射する紫色のその瞳は、弘人たち三人をゴミでも見るかのように見下していた。

『紫の魔法少女、識別名パープル。固有魔法は、罰だ』

 罰とは何か。そう聞き返そうとした弘人を、突如物理的重圧が襲った。まるで重力が何倍にも膨れ上がったようなそれに、弘人は思わず膝を突きそうになる。

「感じていますか? それが貴方達の罪の重さです」

 パープルはそう言うと、ゆっくりとシャルトリューズに向かい歩きはじめる。シャルトリューズも魔法の効果を受けているのか、そこから動く様子はない。

『彼女の固有魔法は相手が犯した罪を力として罰を与えるというものだ。今君が感じてる重圧はその一段階目。君が認識している罪の重さが物理的に君に重圧を与えている』

 それは弘人とは、最も相性の悪い魔法と言えた。弘人はこれまで奪った命をすべて、罪として背負っている故に、この場に存在する誰よりもその重圧は強くなる。

「さて、貴方の罪を聞き届けましょう」

 シャルトリューズの前に立つと、パープルはそう告げた。

「貴方の罪を告白なさい」

 その言葉には彼女の魔法によるものか、不気味な重圧感が伴っていた。

『橙の魔法少女の魔法と違い、君は動かないことを強制されているわけではない。どうにか動くんだ』

 相変わらず無茶なことを言うなと弘人は思った。けれどそれは無茶であり、無理ではない。いや、たとえそれが無理であったとしても、その無理を通さなければいけないことを弘人は理解している。

 弘人は大きく息を吸い込んで、重圧に抗うように金属バットを持ち上げた。そしてそれを重圧に従うようにして、地面に倒れるグリーンの胸を目掛けて振り下ろした。

 緑色だったその髪は黒く染まっていき、またその長さも伸びていく。緑の魔法少女は死を迎え、そこにはただの少女の遺体があった。

「は?」

 パープルとシャルトリューズ、二人の視線が弘人に向けられる。

「貴方は今、何をなさったんですか?」

 パープルのその声には怒りが込められていた。目の前で罪を犯した者に対する、押さえきれない怒りが。

「答えなさい。貴方は今、何をなさったのですか?」

 殺意を含んだ視線が弘人を突き刺す。しかし弘人に怯むような様子はなかった。

「殺したんだよ、魔法少女を」

 それを言葉にしたことで、重圧はより一層強くなる。しかしそれでも弘人は膝を突かない。

「そうですか、では罰を与えましょう」

 目線は弘人に向けたまま、パープルはシャルトリューズの魔晶をその拳で砕いた。

 パープルの意識が自分から逸れたことで気を抜いていたのだろう。一切の抵抗も無く、黄緑の魔法少女は物言わぬ肉塊へと変貌した。

「さて、貴方の罪を告白なさい。それ相応の罰を、この私が与えましょう」

 やっとの思いで膝を突かずにいる弘人に向かい、パープルは軽やかな足取りで近づいていく。

 そうしてパープルは、弘人の目の前に立った。

「どうした? 攻撃して、こねえのかよ」

「攻撃? そんなものをする訳が無いでしょう」

 至極当然のことのようにパープルは言った。

「私は断罪者として、貴方に罰を与えに来たのです。それを攻撃と呼称するのは誤りです」

 パープルの発する言葉の一つ一つが弘人の怒りに触れていく。

「さあ、罪を告白なさい」

 怒りはその鋭さを増して、矛先をパープルへと向ける。しかしそれをぶつけることが、今の弘人には出来ない。

『弘人クン、君が罪だと思うことを口にするんだ』

 白薊は迷いのない声でそう言った。その冷たい声は、怒りに満ちた弘人の思考に僅かな冷静さを取り戻させた。

『賭けにはなる。が、君なら勝てる筈だ』

 賭けになる。言い換えればそこには僅かながら、勝算が存在するということだ。今の弘人には選択肢など無い。どれだけ勝ち目の薄い賭けだとしても、乗った上で勝つしかない。

「俺の、罪は」

 そうして弘人は語り始める。これまで自分が歩んできた道程で、犯してしまった罪たちを。


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