3


 廃墟へと戻った弘人は、重い体をベッドの上に横たえた。地下鉄での戦闘により、弘人の体は大きなダメージを負っていた。

「折れてはいないが、恐らくヒビが入っているね」

 ベッドの脇に座る白薊は、弘人の脇腹に触れながらそう告げた。

「どうにかなんねえのか、アンタの魔法で」

 弘人の言葉に白薊は首を横に振る。

「ただ、どうしても痛みに耐えられないときは言ってくれ。そのときの為の用意はある」

 そう言うと白薊は拳を強く握り締めた。

「明日の朝、話をしよう。魔宴について、魔女について。だから今は、ゆっくりと休みたまえ」

 何故か弘人には、そう言う白薊の顔が今にも泣きだしそうな子供のように見えた。まるで何かをずっと堪えているようで、そしてそれは今にも耐えきれなくなってしまいそうで。

 静かに立ち上がり部屋を後にする白薊の背に、しかし弘人は声を掛けなかった。弘人は彼女にかける言葉など、一つも持ち合わせていなかった。

 一人きりになった部屋。弘人はベッドの上でボロボロの天井を見つめる。ゆっくり休めと言われたものの、未だ体に走る痛みが弘人の休息の邪魔をしていた。

 それ故弘人は考える。先程の白薊に覚えた違和感について。

 そもそも弘人は、白薊莇という存在について知らなすぎる。世界を救うために魔法少女を殺す魔女。言葉にしてみるとその存在は、より不明瞭になっていく。

 それでも先程の白薊はどこか様子がおかしいと、そう弘人は思った。先程の白薊はまるで本気で弘人の身を案じているようで、そして何かを後悔しているようだった。

「後悔か……」

 対照的に、今日の弘人に後悔は無かった。今日もまた、人を殺してしまったというのに。

 自分が死にかけたからだろうか。だから正当防衛であると、そう考えているのだろうか。

 理由はどうでもよかった。どんな理由であれ、弘人は自分を憎むのだから。既に四人の命を奪っている自分を。既に奪った命に対して感情が希薄になり始めている自分を。人の道をどんどんと外れていく自分を。

 今の自分を四葉が見たらどう思うだろうか。ふとそんな考えが弘人の頭を過る。そんな考えから目を背けるように、弘人は静かにその目を閉じた。


 翌朝、弘人はいつものように白薊の部屋を訪れた。

「やあ、おはよう。体の方は大丈夫かい?」

 白薊もまた、いつものように弘人を迎える。しかしその目元はいつもより、僅かに赤みを帯びていた。

「まずは、昨日の戦闘についてだ」

 そう言うと白薊はスマートフォンに映るニュース記事を弘人に見せた。

「……脱線事故。犠牲者は運転手含め三名、か」

 朱の魔法少女と橙の魔法少女。二人の死は世界の強制力によって、脱線事故という形で隠蔽されたらしい。そして再び、無関係な人間が巻き込まれて死んでしまった。

「想定外の事態だったが、結果的に見れば一度に二人の魔法少女の殺害に成功した。君は、よくやってくれたと思う」

 そう言う白薊の顔はしかし、どこか苦しそうに見えた。

「どうかしたのか?」

 思わず弘人は、白薊にそう問いかけた。

 その言葉に白薊は目を丸くする。心の底から驚いたというような様子で。

 弘人はそんな白薊を見て、大きく溜息を吐き出した。

「昨日からアンタ、なんか変だぞ」

 これがただの知人や友人であれば、何か考え事でもあるのだろうと、そう思うだけで終わっていただろう。しかし弘人と白薊の関係は知人や友人などではない。言うなれば二人は指示役と実行役、共犯者の関係にある。そして弘人は四葉を助ける為に、白薊に命を預けていると言ってもいい。

「魔女だとか魔宴だとか、そんな話の前に教えてくれ。アンタは俺に何を隠している?」

 弘人の言葉に、白薊は俯くようにして目を逸らす。そして観念したように大きく息を吐くと、再び弘人の瞳を真っ直ぐに見つめた。

 そこで弘人は気付いた。美しき純白のその瞳が、決して透き通っていないことを。

白の魔女のその瞳はただ白く、どこまでも白く、濁り切っていた。

「……私の本来の目的は、魔法少女を殺すことではないんだ。魔法少女を殺すことは、本当の目的の為の過程でしかない」

 まるで懺悔や告解のように、白薊は弱弱しく言った。

 弘人はその口から紡がれる言葉に、ただ静かに耳を傾ける。

「私の目的、私の使命。私に与えられた役割は、黒の魔女を殺すことだ」

 白薊はそう告げると、一度その目を閉じた。迷いや不安、過ちに後悔。それらすべてを飲み込んで、白薊は再びその目を開く。どこまでも真っ直ぐ黒く透き通った、弘人の瞳からもう逃げぬように。

「今から君に全てを話す。聞いてくれるかい?」

 白薊の問いに、しかし弘人は言葉を返さない。けれどそれが彼なりの肯定の意思表示であると、白薊は理解していた。

「かつて二人の魔女が居た。白の魔女と黒の魔女だ」

 白薊はそんな言葉で話を始めた。

 魔法という超常的な力を操る二人の魔女は、しかし一つの問題に直面したという。

「二人の魔女はね、不老不死では無かったんだ」

 死。何人たりとも逃れられぬ、唯一絶対の平等。超常の力を持つ魔女ですら、そこから逃れることは出来なかった。

「白の魔女は託すことにした。自身の血に自らの魔法を編み込み子へ孫へ、或いはもっとその先の未来へと。いずれその力が衰えていくとわかっていながら、自然の摂理に従う道を選んだんだ。そうして白の魔女の血と力は、今ここに居る私に受け継がれている。けれどね」

 白薊は一拍呼吸を置いてから言葉を続ける。

「けれど、黒の魔女は抗ったんだ。世界に呪いをかけることで」

 死という摂理に抗った黒の魔女は、疑似的な不死に至るための研究の果てにある結論に至った。それは自身の力と魂を物質化し、後世の人間に埋め込むというもの。

 そうして魔晶は、黒の魔女の手によって生み出された。

「黒の魔女が作り出した魔晶は全部で十二個。彼女はその力と魂を十二個に分割した筈なんだ。そして呪いが発動すると、それらは魔女の器としての素質がある少女たちの胸に発現する」

 そうして魔晶の発現した少女を、魔法少女と呼ぶ。

「だが、今回は十三人居る。そしてその十三人目が、四葉なんだよな?」

弘人の言葉に白薊は頷いた。そこまでは昨日の話の通りだった。

「なあ、十二個作った意味はなんだ?」

 何故魔女は力を分割し、魔晶を十二個にしたのだろうか。不意に浮かんだそんな疑問を、弘人は白薊に投げかける。

 すると白薊は弘人に向かい親指、人差し指、中指の三本の指を立ててみせた。

「理由は三つあると考えられている」

 一つ目に、その力の強大さ。

 黒の魔女の力はあまりに強大だった。それは一人の人間が背負うには大きすぎるほど。

いくら魔女の器としての素質があると言えど、後世の人間がその力の強大さに耐えられる保証は無かった。力の強大さで器が自壊してしまっては意味が無い。そう考えた黒の魔女は力を分割することで、徐々に魔法に慣れさせながら、その力に耐えうるように肉体を作り変えることにした。

それが一つ目。

 二つ目に、最良の器を探すという意図があった。

 力を分割することに決めた黒の魔女は、同時に最良の器を探すことが出来るのではないかと考えた。素質を持つ人間に分割した力を与え殺し合わせる。そうして最後に生き残った者が、最高の素質を持つ器なのではないかと。

 魔晶を呪いの核とするならば、この考えこそが呪いのシステムとなった。魔晶を埋め込まれた器たちの殺し合い。それこそが黒の魔女がこの世界に対してかけた呪い、魔宴という名の呪いだった。

 これが二つ目。

 最後に、白の魔女の存在があった。

 黒の魔女にとって一番の脅威は、同じ魔女である白の魔女だった。唯一敗北の可能性を孕んだ存在。そんな白の魔女が、自身とは決して相容れぬことを黒の魔女は知っていた。

 故に呪いは発動のそのときまで白の魔女に知られてはいけない。そして白の魔女から秘匿するという目的においても、力の分割は非常に有効な手段であった。魔晶が一つしか無ければ、白の魔女はその存在に気付き呪いの発動より前に破壊出来ていたはずだ。

 けれど白の魔女は気付けなかった。その娘もまた同じように。そうして白の魔女の孫娘がようやく大人になった頃、呪いは発動してしまった。黒の魔女の、世界に仕掛けた最後の呪いが。

「弘人クン。君は私がこう言ったのを覚えているかな? 魔宴は魔法少女が最後の一人になるまで行われると」

 確かに白薊は最初、弘人に対してそう告げた。だからこそ弘人は四葉を最後の一人にする為、魔法少女殺しをすることを決めたのだ。

「でもね弘人クン。魔宴は一人の生き残りを決める為の戦いでは無いんだよ。本当の目的は、その先にあるんだ」

 魔宴という呪いをかけた黒の魔女の本当の目的。それは先刻既に、白薊の口から提示されていた。

「魔宴は、黒の魔女の復活の為の儀式だ」

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