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「さて、何から説明したものか」

 翌日、目を覚ました弘人は白薊の部屋を訪れていた。

「魔女について、魔宴について、魔法少女について。君は何を知りたい?」

 白薊は弘人に対して、三つの選択肢を提示した。わざわざそうしたのは、今はまだ全てを教えるつもりは無いということなのだろう。

 故に弘人は慎重に見極める必要があった。今の自分が得るべき情報は何なのかを。

「白薊、アンタの目的は何なんだ?」

 そして弘人が知るべきと判断したのは、その三つのどれでもなかった。

「アンタが何故俺に魔法少女を殺させるのか。俺はそれが知りたい」

 白薊は少しの間をおいて、ゆっくりとその口を開いた。

「世界を救うため、では納得してもらえないかな?」

 言いながら白薊は、白いコップに注がれたコーヒーを啜った。あまりにもあっさりと放たれたその言葉には、しかしそれを冗談だと思わせない何かがあった。

「魔法少女を殺さないと世界が滅ぶ。そういう認識でいいのか?」

「うーん……。魔法少女を殺すことが結果的に世界を救う。それが最も正しい言い方かな」

 それは言葉にしてしまえば僅かなニュアンスの差でしかない。しかしわざわざそれを言い直したというところに、弘人は意味を見出した。

「なら今回は、魔法少女について教えてくれ」

 白薊は僅かに微笑むと、白いコップを机の上に置いた。

「はじめに警告しておこう。いや、最後にの方が正しいかな。必ずしも全てを知り、全てと向き合うことが正しいとは限らないよ。もしも君が逃げたくなったとき、その正しさは君の判断を曲げてしまうかもしれない。それでも君は知りたいと、知らなければいけないと、そう言うのだろうけどね」

 白薊の言葉に、弘人は言葉を返さない。

白薊はそれを、肯定の意志として受け取った。

「では、魔法少女の話をしようか」

 白薊は弘人に向かってどこからか取り出した無色透明な鉱石の欠片を放り投げる。空中で緩やかな弧を描いたそれを、弘人は両手で受け止めた。

「それは魔晶クォーツ。昨日君が砕いた、魔法少女の核となる物質だ。……と言っても、今君に渡したそれは私が作り出したレプリカだけどね」

 魔法少女の核。そもそもその概念が弘人には理解しづらいものだった。

「君ももう気付いているだろうけれど、魔法少女は皆、元々は普通の少女なんだよ」

 白薊の発言に、しかし弘人は驚かなかった。

彼女の言う通り、弘人は既に気付いていた。気付いた上で戦い、そして殺した。妹と見知らぬ少女の命を天秤に掛け、弘人は妹を救うと決めたのだ。そしてその決意は、もう曲がることは無い。

「魔晶にはね、かつて存在した魔女の能力と魂が込められているんだ。それが発現することによって少女たちは魔法少女になってしまう。強制的にね」

 白薊は魔晶を、かつて存在した魔女の呪いだと言った。現代まで残る、世界に対する呪い。そしてそれに対処するのが自分の役割なのだと。

「だから魔法少女は自分の意志でなるわけではない。多くの者が強制的に魔法少女にさせられ、そして殺し合わされる」

 酷く理不尽な話だと弘人は思った。強制的に超常の力を与えられ、殺し合いをさせられる。それも自分の意志とは関係なくだ。それを理不尽と呼ばずしてなんと呼ぼう。

「魔法少女は全部で十二人。そう、十二人である筈なんだ」

 それは明らかに含みのある言い方だった。

「けれど今回、私は十三人の魔法少女を観測した」

「一人多いってことか?」

「ああ。そして本来存在しない十三人目は、黒の魔法少女。君の妹、石黒四葉だ」

 一人多いことの何が問題であるのか、それは弘人にはよくわからない。しかしそれが四葉であるということが、弘人にとっては最たる問題であった。

「どういうことだ? それなら本来四葉は巻き込まれないで済んだかもしれないって――」

 そこまで言って、弘人も違和感に気が付いた。

 石黒四葉が巻き込まれていなければ、石黒弘人が足を踏み入れることも無かった。

「君は、偶然だと思うかい?」

 何故十三人目の魔法少女が石黒四葉なのか。何故石黒弘人は魔法少女を殺すことが出来てしまったのか。そもそも何故今回に限って十三人目が、本来存在しない筈のイレギュラーが存在するのか。

「……イレギュラー?」

 弘人の脳内に、昨夜のアンバーの言葉がフラッシュバックした。

(貴方がイレギュラー、ですよね?)

「イレギュラーは、俺なのか……?」

 弘人は答えを求めるようにそう口にする。

 しかし白薊ですら、それに対する答えを持ち合わせてはいないようだった。

「ともかくだ。魔法少女とは魔晶の発現した少女たちのこと。彼女たちは魔女由来の超常の能力を持ち、殺し合いをさせられている。今回の質問に対する回答はこれまでだ」

 浮かび上がった不気味な事実から目を逸らすように、白薊は話をまとめ上げる。しかし偶然とは思えないその事実は、弘人の心に不気味な違和感を残していった。

「では、今日の本題に入ろうか」

 そう言うと白薊は一つ手を叩く。その場にかかる靄を晴らすような破裂音は、二人きりの部屋によく響いた。

 弘人は一つ息を吐く。違和感の正体はきっと、今の弘人では辿り着けないものだ。であればそれに頭を悩ませている時間は無い。弘人は気持ちを切り替え、白薊の話に耳を傾けた。

「君が殺した青紫の魔法少女ヴァイオレットと黄橙の魔法少女アンバーに加えて、昨晩赤紫(せきし)の魔法少女マゼンタの死亡が確認出来た。つまりこれで、残る魔法少女は十人ということになる」

「……魔法少女同士の戦いが起こったってことか」

 弘人の言葉に白薊は頷く。

「魔法少女同士の戦いが起こってしまった以上、魔宴はここから本格的に動き始めることになる。だからここからは私たちも動き方を考えなければならない」

 そう言うと白薊は弘人に向かい、スマートフォンを差し出した。画面には今朝のニュースが表示されている。

「昨晩の、トンネル事故?」

 嫌な直感が、弘人に最悪の事実を予想させる。

「まさかこれが、魔法少女同士の戦いか?」

「……そうだよ」

 白薊の返答に、弘人は言葉を失った。

ニュース記事には、死傷者十人と書かれている。その内の一人が魔法少女だったとして、残りの九人は全く関係の無い一般人だ。そんな一般人を巻き込み戦う魔法少女が居る。その事実は弘人に強い怒りを抱かせた。

「理解してくれたかな? 魔法少女を殺さなければいけない理由を」

 魔宴はここから本格的に動き始める、先程白薊はそう言った。それはつまり、こういった戦いがこれから起こり続けるということだ。魔法少女が最後の一人になるまで。

「……ああ、わかったよ」

「そうか。では、改めてこれからの私たちの方針について説明しよう」

 そう言うと白薊は人差し指と中指、二本の指を立てて見せた。

「魔法少女には二種類が居る。戦いに積極的な者と、そうでない者。私たちが狙うべきは後者の方だ」

 何故。弘人の頭に一瞬浮かんだその疑問は、しかしその口から言葉として放たれることは無かった。

 白薊が何故そう判断するのか。それが弘人にも理解出来てしまったからだ。

「理由は単純明快、後者の方が殺しやすいからだ」

 死にたくない。殺したくない。どちらの理由であれ、戦いを避ける魔法少女は積極的に戦いに身を投じる魔法少女に比べ戦いに慣れておらず殺しやすい。そう白薊は弘人に説明した。そして弘人は、その説明が納得出来てしまった。

「今わかっているのは朱の魔法少女ヴァーミリオンが前者であるということだけ。他の魔法少女に動きがあるとすれば今夜だろう」

 より安全に事を進めるために、今は情報が必要。それが白薊の結論だった。

「だから私たちが動くのは明日以降になる。今日のところは身も心もゆっくりと休ませたまえ」

 白薊はそう言うと、椅子に座ったまま目を閉じた。

「……休めって言われてもな」

 そう呟いた弘人は椅子から立ち上がると、白薊の部屋を後にする。

白薊は弘人が部屋を出たのを確認すると、小さく口を開いた。

「……偶然にしては出来過ぎている気がするが」

 白薊は昨晩の戦いを思い返す。アンバーと弘人の戦いに、白薊は一つの違和感を覚えていた。

 全部避けて殺せ。それが白薊から弘人への指示だった。人間と魔法少女の戦いにおいて、人間側は一回の被弾が致命傷となる。それ故出来るだけ攻撃に当たらないように気を付けろ。そんな意味合いだった指示を、しかし弘人は完遂してみせた。

 そう。たった一度もアンバーの攻撃は弘人に届かなかったのだ。

 偶然相手の攻撃が全て当たらなかった。そんなことがあり得るはずがない。白薊の指示があったにしても、それはあまりにも出来過ぎている。

 そこまで思考したところで、更なる違和感に白薊は気付いた。

 アンバーの槍による攻撃の際、弘人はまるでそこに来るのがわかっていたかのように、最小限の動きでその攻撃を躱してみせた。それも、白薊の言葉が届くよりも前に。

「たまたま避けることが出来た?」

 言葉にしたことで違和感はより強くなった。そんなはずがない。そんな偶然が何度も連続するはずが無いのだ。

「彼には、何かがある」

 その呟きは、誰の耳にも届くことなく冬の空気に溶けて消えていった。


 その日の晩。高層ビルの屋上に、一人の少女が立っていた。

「ん~……。ヤバそうな三箇所は特に動き無し、か」

 朱色に染まったその長髪を夜風に靡かせるのは、魔宴を動かした張本人。朱色の魔法少女、暮坂朱美だった。

 朱美は夜の街を見下ろしながら、缶に入った炭酸飲料を飲み干した。

「つまんねーなァ。誰かしら、殺しに来ると思ったんだが」

 眼下の街は、今日も忙しなく動いていた。太陽が沈み月が昇ったその後も、人間がそれぞれの役割を果たすように働き続けている。

「ほんとに、クソほどつまんねェ……」

 その様子を朱美は酷く退屈そうに眺める。街を回すために働く、普通の人間たちの姿を。

「いっそのこと、派手に暴れてやるか……?」

 そう言って屋上から飛び降りようとした朱美の動きは、しかし落下まであと一歩というところで停止した。

「いや、違ェな。別にそんなことがしたいわけじゃ無え」

 酷くくすんだ朱色の瞳に、街の明かりが反射する。

朱美は小さく溜息を吐くと、落下への最後の一歩を踏み出した。

「鳥」

 そうして始まった自由落下の最中、朱美はポツリとそう呟いた。すると朱美の手の中の空き缶は、その姿を鳩へと変える。空き缶で形作られた鳩にぶら下がり、朱美はゆっくりと夜の街へと姿を消していった。



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