1-6
「戻った」
弘人は自室に戻ると、再びイヤホンを装着した。
『……大丈夫かい?』
白薊のその声は、先程よりも僅かに柔らかく聞こえた。冷たさが無いと表現した方が正しいのかもしれない。そしてその声は、生き残ったという事実を弘人に強く認識させた。
そこで弘人は思い出した。白薊の魔法のことを。
「別に、心配しなくても逃げやしねえよ」
『……そうかい。それはよかった』
一先ず黄橙の魔法少女との戦闘は終了した。しかし戦いが終わったことで一つ、新たな問題が発生する。
「それで、死体はどうすればいい?」
それは戦闘の痕跡の事後処理に関して。
『遺体は私が処理しよう。だから廃墟まで持ち帰ってくれ』
その言葉に弘人の動きが停止した。
「おい待て、今なんて言った」
『ん? 遺体を背負って戻って来てくれと言ったんだ。そうすれば遺体はこちらで処理する』
白薊の言葉に弘人は眉を顰めた。
「おいおいおい待て。それこそ魔法でどうにかなんねえのか? 死体を担いで戻るって、もし警察に見つかったりしたらどうする」
『見つからないための私の魔法だよ。君の姿が誰にも視認されないようナビゲートする。私を信じてくれ』
弘人は頭に手を当て思考する。自身が背負うリスクの高さや、白薊に対する信頼度。その他諸々の要素を天秤に掛け、結果弘人は遺体を背負って戻ることに決めた。
自身が奪った命の重みが物理的重量を伴って弘人の背にのしかかる。犯した罪の重さを背負い、弘人は再び白薊の待つ廃墟へとその足を踏み出した。
「おかえり、そしてお疲れ様、石黒弘人クン」
白薊の宣言通り、弘人は誰ともすれ違うことなく廃墟へと辿り着いた。
「遺体はこっちのベッドに」
小さな部屋へと案内された弘人は、白薊に言われたとおりに遺体をベッドに横たえる。
「どうするつもりだ?」
弘人の問いに、白薊はすぐに言葉を返さなかった。重い沈黙が二人の間に流れる。
「……火葬するつもりだよ」
白薊はベッドの遺体を見つめながら答える。しかしそれは、弘人と目を合わせることを避けているようにも見えた。
「そうか。ならそのときは言ってくれ、俺も立ち会う」
白薊の視線が遺体から弘人へと移る。その瞳はほんの一瞬、驚きの色を示す。しかし次の瞬間には、一切の感情を感じさせぬ冷たい魔女の瞳が、突き刺すように弘人を見つめていた。
「何故だい? 何故君が立ち会う必要がある」
冷たい白薊の視線は、まるで刃物のようだった。
「何故も何もねえだろ。俺が殺したんだ。俺にはその死と向き合う責任がある」
「……君のその姿勢は素晴らしいものだ。奪った命から決して目を逸らさず、死と、自身の罪と向き合って生きる。大層立派な考えだよ。けれどね」
弘人は部屋に満ちる冬の空気が、その言葉によって一段と冷たくなったように感じた。
「その考えその正しさは、いつか君を殺すことになる」
喉元に刃を突き付けられたかのような錯覚が弘人を襲う。
「石黒四葉を助けたいのならば、その正しさを捨てたまえ。それが出来ないのならば石黒弘人、君は死ぬよ。石黒四葉を救えないまま」
そう言い切った後も、白薊の瞳は真っ直ぐに弘人の瞳を突き刺していた。一つでも行動を誤れば命を落としてしまうのではないかと、そう思わせるほどの緊張感が部屋の中に張り詰める。
しかし、弘人に怯むような様子は一切無かった。
「……言いたいことはそれで全部か?」
その問いに、白薊は言葉を返さない。言葉の切っ先は弘人の一言によりその矛先を変え、今度は白薊へと向けられた。
「アンタに協力するのはいい。アンタの手足として魔法少女を殺して、それで四葉が助かるんなら俺は喜んでそうするさ。けどな」
一つ呼吸を置いて、弘人は言葉を続ける。
「四葉を助けるために仕方なくだとか、アンタに言われて仕方なくだとか、そんな言い訳で命を奪うことを正当化したくねえんだよ。俺はアンタのロボットじゃあない。人間として、俺は奪った命と向き合わなきゃいけねえんだ」
二人きりの部屋に張り詰めるのは、命の危機と錯覚してしまうような緊張感。しかしそれは白薊の作り出した酷く冷たいソレではなかった。
「その上で、全部の罪を背負って、俺は四葉を救う。わかったら二度と口出しするんじゃねえ」
そう言い切る弘人の瞳に、白薊は漆黒を見た。どこまでも透き通った、淀みの無い漆黒を。
「……そうか。君の覚悟は理解した。不快な思いをさせてすまなかったね」
そう言うと白薊は帽子を脱ぎ、深々と頭を下げた。
「火葬は今から行う。君が罪を背負うというなら、見届けたまえ」
帽子を被りなおした白薊は少女の遺体その胸元に触れる。数秒ほどそうした後、白薊はベッドの脇の戸棚からマッチ箱を取り出した。
「マッチの火でやるのか?」
火葬の手順を詳しく知らない弘人でも、マッチの火では火力が足りないことくらいは容易に想像出来る。
「まあ見ていたまえ」
白薊はマッチに火を点けると、それをゆっくりと遺体の胸元に置いた。するとマッチの火は見る見るうちにその勢いを増し、ものの数十秒で少女の遺体を包み込んだ。
「これも、魔法か」
炎は少女の遺体のみを燃やし、それ以上火が燃え広がることは無い。そして弘人たちがその炎の熱を感じることもまた無かった。
「結界というものだよ。魔法少女の扱う障壁の応用系だ」
遺体を覆うように張られた結界は、内側の炎の勢いを強め、それでいて外側には一切の影響を与えない。そういう風に作られていた。
「似たようなものをこの廃墟全域にかけてある。だからここは基本的に魔法少女に襲われないんだ」
結界とはつまり、その内側を自身の領域としているという宣言だ。どれほど自身の力に自信があろうと、相手が絶対的に有利となる場所で戦おうとする者は居ないだろう。
しかしそんなことは、今の弘人にはどうでもいいことだった。
弘人はただ、燃えゆく少女の遺体を見つめる。自身の眼に、脳に、そして心に、強く強く刻み付けるように。
そうして遺体が人の形を保たなくなった頃、弘人は静かに目を閉じた。
そこから遺体が燃え尽き灰になるまで、二人の間に言葉は一切存在しなかった。二人は一人と一人として、目の前の死と向き合った。
「……二階に部屋を用意してある。君は休みたまえ」
白薊は弘人と目を合わさぬままそう告げた。
弘人はベッドの上の灰に軽く頭を下げ、静かに部屋を出た。
激しく燃える車があった。立ち上がる黒い煙はしかしすぐに天井へとぶつかり、逃げ場を無くすとトンネル内へと広がっていった。
「なるほどなるほどなァーるほど。ルールはよォーくわかったぜ」
そんなトンネル内に、少女の言葉が木霊した。
朱色の少女のその足元には赤紫の少女が倒れている。
「後は、能力の使い方ってところか」
赤紫の少女の胸を、朱色の靴が踏み抜いた。
「あがッ……」
するとそれきり、赤紫だったその少女は完全に動かなくなった。
「さて、と。明らかヤバそうなところは一、二、三箇所か。そこはまあ、レベルアップしてからって感じだよなァ」
朱色の少女もまた、元の姿へと戻っていく。
「だから一先ずはレベリングってとこか」
足元の死体やトンネル内の惨状になど目もくれず、朱色の少女は歩き出す。
「魔宴か。中々おもしれーじゃんかよ」
残る魔法少女は、十人。
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