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目を覚ました白薊を迎えたのは、見覚えの無い白い天井だった。
「あ、れ……?」
その首を動かし周囲の状況を確認する。腕に繋がれたチューブや恐らく口元に装着されている吸入マスクから、白薊は自身が病院に居るのだということを理解した。
つまり白薊は助かったのだ。助かって、生き残ってしまったのだ。魔宴を完全にこの世界から消し去るには、魔女である白薊も死ぬ必要があったというのに。
そんな思考をしていると、病室の扉を開く音が聞こえてきた。
白薊はその首を動かして、音の鳴った方向へ支線を向ける。
病室に入ってきたのは一人の少女だった。黒い長髪に黒い瞳、高等学校の制服を着た、どこかで見たような顔の少女。
少女は白薊を見るとその目を見開き、白薊の横たわるベッドへと駆け寄った。
「よかった、意識が戻ったんですね!」
「あー……えっと、君は?」
白薊は絞り出すような声で少女に訊ねる。
「あ、えっと、私、石黒四葉です。石黒弘人の妹の」
少女の言葉に、今度は白薊がその目を丸くした。
四葉や医師との会話から、白薊は今の自分が置かれている状況を理解した。
白薊はあの日、通報を受けた救急隊により病院へと運ばれた。肩の傷からの出血が酷く一時は仮死状態までに陥ったものの、適切な処置によりなんとか一命をとりとめた。しかしその後意識不明の状態が続き、今日に至るまでの一か月もの間、白薊はベッドに寝たきりだったらしい。それでも今生きていることが奇跡だと、最後には誰もが口を揃えてそう言った。
「私も白薊さんと一緒に運ばれたみたいなんですけど、記憶障害がちょっとあるだけで体は健康そのものだったんです」
それ故四葉はいくつかの検査の後に退院し、今はこうして毎日白薊の見舞いに放課後病院を訪れているそうだ。弘人が目的としていた石黒四葉の救出。その成功に白薊はほっと胸を撫で下ろした。
けれどまだ、最大の問題が残っている。
「……弘人クンは、どうなったんだい」
あの日黒の魔女を殺し、魔宴を終わらせた石黒弘人。彼もまた白薊と同様、あるいはそれ以上にその体に大きな怪我を負っていたはずだ。
「えっと、兄は――」
四葉が言葉を言い終わるより先に、病室のドアが開く音がした。
「お、やっと起きたのか」
「弘人クン……!」
石黒弘人はさも当然のように、白薊の前に現れた。
「悪い四葉、ちょっと二人で話したいことがある。外で待っててくれ」
「ん、わかった」
そう言うと四葉は弘人と入れ替わるように病室の外に出た。先程まで四葉が座っていた椅子に、今度は弘人が腰を下ろす。
「どういうことだい? 弘人クン」
白薊の問いに対して、弘人は洋服を捲り上げて見せた。その脇腹は抉られたであろう部分に肌の変色は見られるものの、その皮膚は完全に再生しているようだった。
「どういうことなのかは俺が聞きたいくらいだよ。これもあれか? 世界の強制力とやらの影響か?」
そう言うと弘人は捲り上げた服を下ろした。
「けど、アンタはそれよりも聞きたいことがあるんじゃねえのか?」
「……ああ、そうだね。石黒弘人クン、何故君は私を生かしたんだ?」
魔女がこの世界に存在する限り、世界の強制力は魔宴を抹消することが出来ない。それはつまり、白薊が生きていることによって、いずれまた魔法少女による殺し合いが発生してしまうということだった。
「もうあんな儀式を繰り返さない為にも、君は私を殺すべきだった」
実際、白薊はそのつもりで最後の戦いに同行したのだ。二人の魔女がともに死ぬことで世界から魔法を抹消し、もう二度と魔宴を繰り返さないようにする。それが白薊の目的の一つだった。
「それが違うんだよ。白薊、目ぇ閉じてみろ」
白薊は弘人に言われるがまま目を閉じる。
「ほらこれ、俺は指を何本立ててる? それは何指と何指?」
そんなものは魔法を使えばすぐにわかる。しかし白薊の視界は、いつまでたっても暗いままだった。世界の全てを見渡すどころか、目の前の景色さえも見えない。
「どうだ? 見えるか?」
白薊は自身の身に起こった変化、その事実を遅れて理解する。
「いや、見えない……。でも、どうして」
白薊はゆっくりと目を開く。弘人は右手の人差し指と中指を立て、ピースサインを白薊へと向けていた。
「白の魔女の魔法は血に編み込まれてるんだろ? それを利用させてもらった」
白薊に行われた処置には、失った血液を補うための輸血が含まれていた。それにより白薊の体内に存在する魔女の血はその濃度が薄まり、結果として白薊は、その魔法を失ったのだ。
「魔法の使えない魔女なんて居るか?」
魔女とは魔法を使うから魔女なのだ。であれば魔法を失った今の白薊は、最早魔女ではない。
「なるほど。これで世界から、魔女と魔法は消えたわけだ」
黒の魔女は死に、白の魔女は魔法を失い魔女ではなくなった。これによりこの世界に魔法を扱える者は存在しなくなった。あとは世界の強制力が、魔宴という魔法も消し去るだろう。
はたから見れば、それで全ては解決したように見える。
しかし二人にとっては、むしろここからが始まりだ。
「君は世界を救ったんだ、弘人クン。それでもまだ、君は自分を責めるのかい?」
白薊のその問いに、弘人は首を縦に振る。
「世界を救ったところで俺が六人の命を奪ったって事実は変わらない」
魔宴に巻き込まれてしまったから仕方ない。悪いのは魔宴を仕組んだ黒の魔女だ。そう言ってしまえば、きっと楽になるだろう。
けれど弘人はそうはしない。彼女たちの生きる可能性を、生きたいという思いを直接奪ったのは、他でもない弘人自身の意志によるものなのだから。
「そんな生き方で、君は苦しくないのかい?」
同じ罪を背負うものとして、白薊は弘人に問いかける。
「苦しくて当然だろ。それでも俺は背負うと決めたんだ」
犯した罪に対して、何が償いとなるのか。その問いに未だ人類は答えを出せていない。きっとそこには、明確な答えなど存在してはいけない。
だからこそ弘人はその罪を忘れず、苦悩しながら生きることを選んだ。
「君は、強いね」
病室を出るその背中を見送りながら、白薊はそう呟いた。
罪状:魔法少女殺し 鶻丸の煮付け @kimura010924
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