第11話

 もうすぐ夏季休暇がやってくる。学園に入学してから初めての長期休暇だ。入学してからあっという間だったなと改めてこれまでを振り返ってみる。



 準決勝で王太子に勝った私は決勝へ進み、三学年の騎士科の男子生徒と闘い、危なげなく勝利して優勝することができた。一学年のそれも魔法科の女子生徒が優勝するなど学園始まって以来の快挙だったようだ。そのせいか私の実力を疑った生徒たちから手合わせを求められる日々がしばらく続いたが、結果は全戦全勝。私が強すぎるのもあって大した運動にもならなかったが、剣の筋が良い人物が何名かいたのを知ることができたのはいい収穫だったかな。ただなぜかランドルフやフィンメル、王太子まで手合わせを求めてきたがさすがに断った。

 私の名前を学園で知らぬ人はいなくなり、ついでに私がブルー家から除籍したことまで広まっていった。もちろん平民になったことを馬鹿にして見下す人もいたが基本は無視し、ちょっかいを出してきた人は力ずくで黙らせた。そんな私にいつの間にか『青の女帝』という非常にダサい名前がつけられていたのを知った時には魂が抜けそうになったが。


 それにフィンメルの妹、メルリルからお礼の手紙を受け取った。メルリルに私が病気を治したことを教えたのだろうが、特に騒ぎになっていないところをみると宰相がうまくやってくれたようだ。国王陛下を支える最側近として私のことは陛下から聞かされているのだろう。私もそれくらいは想定していたのでこのまま黙っていてくれるのであれば特に気にはしていない。アナベルも大会での治癒士の手伝いはとても勉強になったと嬉しそうに言っていた。夏季休暇中にアナベルが泊まりにくることになっておりその時に私の家族を紹介する予定だ。


 それとつい先日には学園で魔法大会が開催され当然私も出場した。剣術大会に比べると出場者の人数は少なかったが、それでも各学年の魔法科の生徒や経営科、普通科からの出場者で三十名程いた。ただやはり騎士科からの出場者はいなかったが、きっと来年はランドルフが出場してくるのではないかとちょっと期待している。この世界の人は想像するという力があまりないようで攻撃も単調、あまり楽しいものではなかったが、決勝ではマティアスとぶつかり彼の成長を感じることができたのは嬉しかった。きっと私の助言を受け入れてくれた結果だろう。私が勝ったが試合が終わった後にマティアスが顔を赤らめながら「ありがとう」と握手を求めてきたのにはさすがに驚いたが悪い気分ではなかった。

 私の優勝により剣術大会と魔法大会の優勝者で闘う秋の試合はどうするかと学園は頭を悩ませているようだった。当然私は学園最強として学園のみならず一気に有名人になってしまったが、誰も私がS級冒険者で、魔道具師で、商会長だということには気づいていない。王太子は私の正体がバレるのを心配しているのか最近よく声を掛けられるようになったし、フィンメルは妹からの手紙を私に届けに来るようになった。なぜか攻略対象者達が私に興味を示しているようだが気にしたら負けな気がするのでスルーしておく。ちなみにアナベルは誰にも興味を持っていないようで完全にストーリーが変わってしまったのだろう。確か今年度の卒業パーティーが婚約破棄と断罪の場だったはずだが恐らくもう心配は要らなそうだ。


 夏季休暇は一ヶ月程あるのでアナベルを招待するのを含めやりたいこと、行きたいところが沢山あってのんびりしている時間はあまりないだろう。


(冒険者活動もしたいし、新しい魔道具も作りたいし、新商品の開発も進めたい!それに家族とゆっくり過ごしたいなぁ。そうだ、お祖父様にも会いたいから連絡しておかないと!)


 そんなこんなで忙しく予定を立てていたら気づけば夏季休暇前日になっていた。


「ふぅ、なんだか入学から今日まであっという間だったわ」


「そうですね。きっと毎日がとても充実していたからですよ!私もダリア様と一緒に過ごせてとても楽しい毎日でしたから明日からは少し寂しくなります」


「確かに充実した毎日だったわ。私も明日からベルに会えないのは寂しいけど、ようやく家族を紹介できるのは楽しみにしているのよ」


「そう言ってもらえるなんて嬉しいです!私もダリア様のご家族にお会いできるの楽しみにしてますね。それで、あ、あのダリア様…」


「ん?なぁに?」


「あのですね、ご迷惑でなければなんですが、わ、私の家族もダリア様に紹介したいのです!…いかがでしょうか?」


 緊張した様子で目を潤ませ、手を組み、上目遣いでお願いされたら私にはオッケー以外の答えを見つけることはできないし、それに正直嬉しい。恐らくアナベルはブルー家から除籍したことと、ダミアンとのやり取りを近くで見ていたので私に仲の良い家族を紹介するのは勇気が必要だったのだと思う。もしかしたら私に不快な思いをさせてしまうのではないかと。それでも私に家族を紹介したいと言ってくれたのは、アナベルにとって私が大切な存在だということの表れではないのかと自惚れてしまいそうだ。


「本当?嬉しいわ!私もベルの家族にご挨拶したいと思っていたの」


「あ、ありがとうございます!えへへ、私も家族にダリア様を紹介したいと思ってたので嬉しいです!休暇中はお時間ありますか?」


「そうね…、休暇の後半なら時間がとれるかもしれないけどどうかしら?」


「ではダリア様のお家にお泊まりに行くまでに予定を確認しておきますね。お泊まりは休暇の初めの方ですからそれでも大丈夫ですか?」


「もちろん大丈夫よ。じゃあ泊まりの日に予定を決めましょうね。ふふっ、楽しみだわ」


「私も楽しみです!」


 そして最後の授業が終わり私は明日家に帰る予定だがアナベルは今日から家に帰るので教室で別れた。夏季休暇は長いので寮住まいの生徒もほとんどが家に帰っていくため学園はずいぶんと静かになっていた。


(前世でも終業式の放課後の雰囲気が好きだったなー)


 久しぶりに前世のことを思い出して懐かしい気分になったので、この雰囲気を味わってから帰ろうと決め教室から出て歩き始めた。どこに行くかは特に考えていなかったので気の赴くまま歩いていると図書室に辿り着いた。図書室に入るとさすがに夏休み前日とあって司書の姿すらすでになく、静寂に包まれていた。なにか目新しい本はあるかと辺りを見渡しながら本棚の間を進んでいくと、本を広げて椅子の背中にもたれながら目を閉じているマティアスがいた。どうやら本を読みながら寝てしまっているようだ。


(マティアスとは図書室でよく会うわね。ま、寝ているようだし起きる前に退散しよっと)


 そう思いその場を後にしようとしたその瞬間に広げていた本が落ちてマティアスが起きてしまった。


「あ」


「んっ…、え?な、なぜ君がここに…」


「え、えーっと特に用はないのですが図書室に来てみたらグリーン様が寝ていたので…」


「そ、そうか、私は寝てしまっていたんだな」


 マティアスは眼鏡の位置を直しながら恥ずかしそうにしていた。


(そりゃ無防備に寝てる姿を見られるのは恥ずかしいよね…。そっとしておいてほしいだろうから早く出ていこう)


「お邪魔をしてしまいすみません。それでは私はこれで…」


「待ってくれっ!」


 まさかのマティアスから呼び止められた。


「…私になにか?あ、グリーン様がこちらで寝ていたことは誰にも言いませんのでご心配なく」


「いや、そうじゃなくて…」


「?言いたいことがあればはっきり言ってください」


「…ちゃんとお礼を言いたかったんだ。あの日、君の言葉で自分の視野を広げることができた。ありがとう」


「それはグリーン様の才能と努力によるものですから、私は何もしてませんよ」


「いや、私は君の考えや言葉に衝撃を受けたんだ。そして思ったよ、君は天才なんだと」


「ふふっ、グリーン様。さすがにそれは大袈裟ですよ」


「マティアス」


「えっ?」


「私のことはぜひマティアスと呼んでくれ」


 なぜか急に名前で呼んでくれと言われたがどう返事するのが正解なのだろう。


(うーん、私と友達にでもなりたいのかな?まぁマティアスは優秀な人材だし友達になったとしても損することはないかな?)


「分かりました。では私のこともダリアローズと呼んでください。同じクラスの仲間としてこれからもよろしくお願いしますね、マティアス」


「っつ!こちらこそよろしく頼む、ダリアローズ嬢」


「えぇ。それでは私はお先に失礼しますが、うたた寝しないように気をつけてくださいね。ではよい休暇を」


「…あぁ、よい休暇を」



 まさかマティアスと会うと思っていなかったので驚きはしたが、結果的に多少は仲良くなれたようなのでよしとしよう。


 図書室から出てまた気の赴くままに学園内を歩いているとどこからかピアノの音が聞こえてきた。音を頼りに歩いていくとサロンの中からピアノの演奏が聞こえた。さすがの私も音楽の才能まではなかったようで楽器の演奏は人並みだが、そんな私にでもこの演奏が素晴らしいものだと分かる。


(どんな人が演奏してるのかな?)


 そっとサロンの扉を開けて中を確認するが、ピアノはサロンの奥にあるようでここからでは見えなかった。しかしどうしても気になる私は部屋の中に入ってみることにした。室内には誰もいなかったがピアノの音は奥にある扉から聞こえてくる。


(さすがにあの扉を開けたら気づかれちゃう。…でも別に悪いことしてるわけでもないしバレたらバレたでいいか)


 バレたときのことはその時考えればいいやと扉を開けた。するとすぐに気づかれたようで演奏が止まりこちらを驚いたように見ていたが私も驚いた。ピアノを演奏をしていたのはフィンメルだったのだ。彼は驚いた顔から一転して穏やかに微笑んで私に話しかけてきた。


「こんにちは、ダリアローズ嬢」


「こ、こんにちは」


「いかがされましたか?」


「えーっと、素敵な演奏が聞こえてきたので気になって扉を開けてしまいました。お邪魔をしてすみません、失礼し…」


「待って!よかったら一曲聴いていかないかい?」


「そのありがたいのですが、貴方と貴方の妹さんに関わらないと約束した手前ちょっと…」


「あの時はすまなかった!できるのであればあの約束はなかったことにしてほしいと思っているのだが…ダメ、だろうか?」


 フィンメルが懇願するような表情で言ってきた。


(そーゆー表情はずるい!ダメだなんて言えないじゃない!)


 そう叫びたいのを堪えた私は偉い。いくら私がまだ男性に恋愛感情を抱けないにしても、攻略対象者は誰もがイケメンなのだ。そんな切なそうな表情されてまでお願いされたら断りにくい。


「…分かりました。約束はなかったことにしましょう。でも貴方は上級貴族で私はただの平民です。あまり関わらない方がよろしいかと思いますよ」


「ありがとう。今からあの約束は無効だけど私は相手を身分で判断するつもりはないし、大切なのはその人の人柄だと思っている。ダリアローズ嬢は素晴らしい女性だ」


(こんな発言をすんなりできるなんてさすが攻略対象ね)


 私は照れ隠しで笑いながらお礼を言った。


「ふふっ、目の前で褒められてなんだかくすぐったい気分ですが、ありがとうございます」


「っつ!…かわいいな」


「え?なにか言いました?」


「い、いや、何でもないよ。うん、それじゃあ一曲お付き合いください」


 フィンメルの演奏は素人の私でも分かるほどの素晴らしい演奏だった。演奏が終わった後、いつか妹にも会ってほしいと言われたので予定が合えばと答えてサロンを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る