第2話
今日は学園の入学式。私は今学園の門の前に立っている。雲ひとつ無い青空が新入生を歓迎しているようだ。
――ブランディール学園。
カラフリア王国の王都にある名門校だ。入学するには入学試験をパスしなければならない。合格者は圧倒的に貴族が多いのだが平民にも門戸を開いている。ブランディール学園卒業は一つのステータスだ。クラスは騎士科、魔法科、経営科、普通科の四つに分かれている。騎士科は騎士を目指す者、魔法科は魔法士や治癒士を目指す者が在籍するクラスである。経営科は領地を継ぐ貴族子女の為のクラスであり、普通科は卒業することを目的としている貴族子女が多く在籍するクラスだ。クラスは自分で選べるようになっている。私は剣も魔法も使えるし領地を継ぐ予定はないし貴族が多いとめんどくさそうだなぁと、色々悩んで最終的に魔法科を選んだ。
ちなみにこの世界の人間は多かれ少なかれ皆が魔力を持っている。血筋の影響なのか魔力の多い者は貴族に多い傾向にあるが、平民でも魔力の多い者もいる。魔力の多い者は魔法士や治癒士を目指せるが、魔力が少ない者は日常生活で火を起こしたり水を出したりできる程度しかできない。ただ魔法は想像力が大切なので魔力が少ないながらも使いようがあるのだが、この世界の人には考えもつかないようだ。
門をくぐって入学式の会場に向かう。寮から学園は近いので転移魔法は使わずに徒歩だ。ただでさえ初めて表に出てきたブルー家の娘ということと、この美しい見た目で目立ってしまっているのでこれ以上は控えておくのが無難だろう。会場に着き、クラスごとに分かれている新入生用の席に座りざっと席を見渡してみると新入生は五十名くらいのようだ。三学年あるから単純に考えればこの学園には百五十名は在籍していそうだ。
(せっかくだし友達ができるといいなぁ)
そんなことを考えていると入学式が始まっており、学園長の挨拶はいつの間にか終わっていた。次は新入生代表挨拶のようで新入生代表は王太子だった。
『まぁっ…!』
王太子が壇上に上がると多くの女子のうっとりとした声が聞こえてきた。王家の色である黒い髪に黒い瞳、格好いいというよりは美しいという言葉がぴったりの容姿をしており、背も高くさすが攻略対象という感じなので女子がうっとりするのも分からなくはないが、私には無しだ。挨拶が終わり壇上から降りてきた王太子と目が合った。一瞬気まずそうな表情になったがすぐに表情を戻して席に着いていた。
(見下してた相手が気を遣わなくちゃいけない相手になっちゃったんだもんね。ふふっ、ぜひとも気を遣って私には関わらないでほしいわ)
私に関わらずヒロインと愛を育めばいい。私自身はヒロインに恨みはないけど関わらないに越したことはない。
ただ私はすっかり忘れていたのだ。ヒロインは治癒士を目指している設定だったということを。
「初めまして!アナベル・ホワイトです。これからよろしくお願いしますっ!」
「…ダリアローズ・ブルーよ。よろしく」
なぜ早速ヒロインと会話しちゃってるかって?それは同じ魔法科で席が隣だったからです。
(どうして忘れてたの私!?ゲームでヒロインは魔法科だったじゃん!クラスが同じでしかも席が隣って関わらないなんて無理じゃない!?)
――アナベル・ホワイト。
下級貴族ホワイト家の令嬢で白い髪に極彩色の瞳、小柄で小動物のような可愛らしい容姿だ。瞳の色は好感度が一番高い攻略対象者の色に変わっていくという設定だった。父と母、弟が一人おり、家はあまり裕福ではないけれど家族仲が良く愛されていてダリアローズとは正反対の存在である。
確かにゲームで見るより大変愛らしい。アナベルは可愛い系だななんて思っていると
「ダリアローズ様とお呼びしてもいいですか?」
…可愛い顔して言われたらダメとは言えない。前世ダリアローズ推しの私はどこに行った!?
「…いいですよ」
「わっ、ありがとうございます!私のことはぜひアナベルとお呼びください!」
「分かりました。…アナベル様」
「嬉しいですっ!ダ、ダリアローズ様さえよろしければ名前だけで呼んでくださっても…」
「…それはこれからの楽しみにとっておくわ」
「っ、はい!楽しみにしてます!」
…なんだかヒロインが嬉しくて尻尾を振りまくる子犬に見えてきた。
(そういえば王太子との婚約は無くなったのだから、ヒロインと仲良くしても大丈夫なのかな?うーん、とりあえずは様子見かなぁ)
もう関わりができてしまったので一先ず程よい距離感を保っていこう…
「ダリア様、おはようございます!」
「おはよう、ベル」
…なーんて思っていたら一週間経つ頃にはしっかり愛称で呼び合うほどの仲になってしまいました。それというのも魔法科の生徒は十名でその内訳が男子八人、女子二人。必然的に仲良くなってしまったのだ。
(私は一人でも平気なんだけど…。あんなに懐いてくれている子を無視出来ないよ…)
そんなこんなで毎日一緒に行動をしている。アナベルも寮から通っており朝から晩まで一緒だ。更にこの一週間で分かったのは、アナベルが非常に優秀だということだ。ヒロインなので元からハイスペックだとは思っていたが、毎日の予習復習は欠かさず、分からないことがあれば教師に質問したり図書室で調べたりととても真面目だ。可愛くて性格も良く、優秀で真面目な努力家のアナベルを好きにならない人はいないのでは?と思うのは私だけではないはずだ。ゲームでは特に好感を持たなかったのは自分がただのプレイヤーだったからなのかもしれない。現実に目の前にいるアナベルに私はとても好感を持っている。このままいけばアナベルは攻略対象の誰かと結ばれて幸せに…いや、私の婚約がなくなったからストーリーは変わっているのかもしれない。それならアナベルをローズ商会にスカウトするのもアリなのでは?
「ねぇベル。聞きたいことがあるんだけど…」
「なんでしょう?」
「ベルは学園を卒業したらどうするの?ほら、仕事とか結婚とか…」
「卒業したらですか?もちろん治癒士として働けるところに勤めたいですね!安定して働ければ家に仕送りも出来ますし、色んな人のお役に立てる仕事に就けたらなって。それに我が家は弟が継ぐので私は結婚してもしなくても好きにしていいって家族は言ってくれているんです。だから卒業してもしばらくは結婚はいいかなって考えてます!」
おお、これはスカウトしてもいいのではないか?ただまだ入学したばかりなのでもう少し様子を見てみる必要はあるだろう。ローズ商会で働きたい人はとても多い。給料も休暇もしっかり保証されてる職場なんてこの世界ではローズ商会くらいだろう。
「素敵な家族ね」
「ありがとうございます!あ、あの、ダリア様は卒業後どうなさるのですか?」
「私?私も同じような感じかしら」
「そうなんですか!?ブルー家のご令嬢であるダリア様は卒業したら直ぐにご結婚されるのかと思ってました…。私としてはとても嬉しいんですが、その、大丈夫なのですか?」
「あら、私が結婚しないのを嬉しいだなんて酷い…なんて冗談よ。昔から結婚したいとは思っていなかったし、家は兄が継ぐから私は自由に生きていくつもりよ」
近いうちに除籍してもらう予定だし、この国は女性が外で働くことを良しとしている。結婚も比較的自由で、結婚しなくても後ろ指を指されることはない。まぁ平民の場合は、なんだけど。それでも女性に将来の選択肢があるのは良いことだ。
「それじゃあもしかしたらダリア様と同じ場所で働ける可能性もあるってことですね!?私もっと頑張ります!」
「そうね、(ローズ商会で)一緒に働けるかもね。でもベルは今でも十分頑張っているのだからあまり無理はしないでね」
「えへへっ、ダリア様はお優しいですね。ありがとうございます!」
「あ、もしも結婚したいような相手が出来たらぜひ教えてね?私がベルに相応しいか見極めるから」
「はい、その時はぜひお願いします。でも今は恋より勉強です!」
「ええ、その通りね」
「今日は昨日の小テストの結果が出るのでドキドキしてます!」
「ベルなら大丈夫よ」
「いえ、それこそダリア様は今回も満点ですよ!だって初めてのテストでも満点でしたし!さすが委員長です!」
「そういうベルもほぼ満点だったでしょ?副委員長さん?」
入学式の後すぐに全クラス共通のテストがあったのだ。各クラスの委員長と副委員長を決めるためのテストだったらしいがそんなイベントあったっけ?なんて思いながらテストを受けたのに、見事満点でクラス委員長になってしまったのだ。ちなみに次点がアナベル。委員長になってから思い出したけど、ゲームではアナベルが委員長で副委員長が攻略対象だったはずだ。
――マティアス・グリーン。
緑の髪に緑の瞳、眼鏡を掛けたインテリキャラの攻略対象者であり、上級貴族グリーン家の息子。父親は王宮魔法士団団長だ。テストで負けてアナベルを目の敵にしていたが、アナベルの努力を間近で見て次第に惹かれていく、っていう感じだったな。だが実際には委員長になったのは私で副委員長がアナベルだ。 残念ながらこれではマティアスルートは始まらない可能性が高いだろうなと考えていると、
「そんなところでずっと喋ってるのは邪魔なんだが」
ちょうどタイムリーなマティアスがわざわざこちらに来て嫌みを言ってきた。私たちは教室の窓際で喋ってただけなのに、自分が委員長も副委員長にもなれなかったのが相当悔しいのだろう。インテリキャラだからかアナベルだけではなく委員長になった私も目の敵にされているようだ。
「グリーン様おはようございます。ここはグリーン様の席からはずいぶんと距離がありますがわざわざそれをいいにこちらにいらしたのですか?あぁ、私たちとお喋りしたかったのですね!ふふっ、今ちょうどこの間のテストの話をしていたところなんですよ。私は満点でベルはほぼ満点でしたねって!ちなみにグリーン様の点数はいかがでしたか?」
委員長にも副委員長にもなれなくて残念でしたねって言ってみた。
「なっ…!満点だと…?」
「そうなんですよ。私も満点を取れるとは思ってなかったのにまさかの満点で委員長になってしまったんです。それでグリーン様はどうだったのですか?」
「っつ!…私は自分の点数を軽々しく口にするつもりはない!失礼する!」
そう言ってマティアスは自分の席へと戻っていった。ざまぁみろ。
「もう、ダリア様ったら!ケンカしたらだめですよ?」
「いや、そもそもケンカにもならなかったけどね」
でももしケンカを売られたら買ってやるぞ。転生してから九年、チートもあるけど私なりに努力はしてきたんだからそれを否定するやつには負けたくない。
「でもさっきのグリーン様は感じ悪いですね。私、ああいう男性は苦手です」
なかなかはっきりと言ったアナベル。これではマティアスルートは無いだろう。マティアス残念。まぁ自業自得ということで私は気にしないけれど。
その後始まった授業で小テストが返ってきたが、満点は私とアナベルの二人だけだった。マティアスは悔しそうにこちらを睨んでいたが、ほんとにインテリキャラなの?と思ってしまった私は悪くないと思う。
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