空気にされた青の令嬢は、自由を志す

Na20

第1話

 ここはカラフリア王国。

 乙女ゲーム"この花束を君に"、通称『ハナキミ』の世界。

 どうやら私はこの世界にいわゆる異世界転生をしてしまったようだ。



 前世を思い出したのは一週間前。なんの前触れもなく、突然頭の中に膨大な量の情報が流れ込んできた。そのせいで高熱にうなされたがここが『ハナキミ』の世界であることに気づいた。前世でプレイしていたゲームだったので自分が誰に転生したのかはすぐに理解することができた。


 私が転生したのは婚約破棄され断罪される悪役令嬢、ダリアローズ・ブルーだった。


『ハナキミ』は十六歳から十八歳までの貴族子女達が通う学園が舞台の乙女ゲームである。

 剣と魔法がある世界。

 主要キャラクターの家はレッド家、ブルー家、グリーン家など家名に色の名前がついており、王族は何色にも染まらないブラック、ヒロインは何色にも染まるホワイトという家名である。悪役令嬢はどの攻略対象を選んでも必ず登場して断罪される。ゲームの悪役令嬢はみんなから愛されるヒロインに嫉妬し虐めていくが、それがバレて婚約者である王太子に婚約破棄からの断罪をされるのだ。そして断罪された悪役令嬢は闇堕ちしてラスボスになり、攻略したヒーローとヒロインでラスボス化した悪役令嬢を倒してハッピーエンドになる。


 ちなみに私の推しはこの悪役令嬢だった。前世の私は婚約していた彼氏に浮気され婚約破棄されたのだ。そんな時にたまたま始めたのが『ハナキミ』だった。現実の男に裏切られたので二次元に癒しを求めたのだが実際にプレイしてみたものの、ヒロインも攻略対象達も好きにはなれなかったが、ただそんな中で好感を持ったのがこの悪役令嬢だったのだ。

 世界と理由は違えど浮気からの婚約破棄…悪役令嬢に感情移入してしまったのだ。虐めはダメだが悪役令嬢が嫉妬に狂った原因には同情するものがあったし、あとは単純に見た目が好みだったから。

 ダリアローズ・ブルー、上級貴族ブルー家の娘。青い髪に青い瞳、顔はこれでもかってくらいに美人さんでスタイルもスラッとしているが出るところは出ているというけしからん体型で、クールビューティーの言葉がよく似合う容姿である。そして今は私がダリアローズなのだ。


 そんなことを考えながらようやく熱が下がってきたので今の状況を整理する。今までのダリアローズの記憶もあるが前世の記憶もある。ただなぜか前世の名前と死因だけは思い出せそうにもなく、まぁ思い出せないものは仕方ないと割り切ることにした。家族仲は悪かったし友達とは仕事の忙しさから疎遠になってしまっていたし彼氏には浮気され婚約破棄。そりゃ未練がなくても不思議ではないなと自分で納得してしまった。


 ダリアローズは現在六歳、父と兄の三人家族だ。母はダリアローズを産んだ後体調を崩しそのまま儚くなってしまった。父は母を深く愛しており、母が亡くなる原因になったダリアローズを受け入れることが出来なかった。また兄も父を見て育った影響かダリアローズをいないもの、空気のように扱った。


 ダリアローズはブルー家の離れで一人で暮らしている。使用人に虐められたりはしないが必要最低限の世話しかしてもらえていない。


 いつも一人だった。


 愛されない理由も分からず甘えることもできず寂しかっただろう。だから婚約者に愛を求め執着し、ヒロインを虐めて断罪されてしまったのだろうと簡単に想像することができた。でも私はそうなりたくない。家族にも男にも頼らず自分の力で生きて自分の幸せを、自由を手に入れるんだ。


 そうと決めたならば、まずは力をつけてこの家からおさらばしなくては。ダリアローズはラスボス化してしまう程のハイスペックな才能を持っている。その才能があればなんとかなるのではないかと考えたのだ。できれば剣と魔法はどちらも使えるようになりたいし、生きていくためにはお金が必要だから前世の知識を活かして商売をするのもありかな。


 ダリアローズと王太子が婚約するのは学園入学直前だったとゲーム内でそんな説明があった。上級貴族で王太子と年回りがちょうどいいのがダリアローズしかいなかったから婚約者になったのだが、そりゃあ全ルートの悪役令嬢がダリアローズだけなのだから、ちょうどいい年齢の上級貴族の令嬢は存在しないのだろう。

 これは制作側が攻略対象ごとに悪役令嬢を変えるのをめんどくさがったとしか思えない。


 とりあえず婚約まであと九年あるのでそれまでにできることから始めていこう。幸いこの離れにはダリアローズ一人だけだ。誰もダリアローズに興味がないから好き勝手やってもバレないだろう。まずは今の私に魔法が使えるのか調べてみる。


 《魔法とは想像する力である》


 ゲームのバトルパートでは「ウォーター」など言葉を発さないと魔法が発動していなかったが、恥ずかしいので私は絶対にやりたくない。心の中で唱えるだけで出来るといいなと思いながら手のひらに水球を浮かべるイメージをする。そして心の中で「ウォーター」と唱えると手のひらに水球が現れた。


「よし、成功だ」


 さらにそれを凍るようにイメージすると手のひらの上に丸い氷が出来上がった。結構簡単に出来てしまったので次は使えたらいいなと思っていた転移魔法に挑戦してみる。今いる部屋の端から端へ移動するイメージをするとちゃんと移動することができた。

 その後も収納や鑑定、変身や分身など、思い付く限りの魔法も試してみたがしっかり使うことができたし、沢山の魔法を試してみても全く疲れることはなかった。元からハイスペックなダリアローズと恐らく転生特典が付いている私はチートさんのようだ。ありがたい。


 魔法がちゃんと使えると分かったので早速街に行ってみるか。まずは冒険者登録して資金集めと魔法の技術を磨いてみようかな。それに剣を教えてくれる人も探したいな。あれもこれも…うん、やりたいことが沢山ある。せっかく手にした二度目の人生楽しまないとね!


 そうして私の第二の人生が始まったのだった。







 ――九年後。


 父に本邸の執務室に呼ばれた。前世の記憶を思い出してから今日まで一度も本邸に入ったことは無いし、父と会話することはついぞなかった。


(まぁ私はやることがたくさんあって忙しかったから好都合だったけどね)


 それなのに急に呼ばれるってことは近いうちに王太子と婚約することになるのかもしれない。むしろそれしか呼ばれる心当たりがない。父の執事に執務室まで案内してもらい扉の前に着いたのでノックをする。


「ダリアローズです」


 少し間が開いて「入れ」と扉の向こうから声が聞こえてきた。


「失礼します。お呼びとのことで参りました」


 部屋に入ると執務机で書類仕事をしている男がいた。四十代と思われる青髪のこの男がダリアローズの父親のようだ。初めて見たが髪の色はダリアローズの青よりも深い青で瞳の色はこちらに顔も向けずに話し始めたため分からなかった。


「一度だけ言うからよく聞け。明日お前は王太子殿下と婚約する。王家はお前を望んでいるわけではなく、お前しかちょうどいい令嬢が居ないから仕方なくだそうだ。それでもお前を貰ってくれるんだから感謝するように。明日着るドレスは執事から貰って朝一で準備して待っていろ。以上だ」


「…分かりました。それでは失礼いたします」


 話が終わったのでさっさと退散する。これだけなら手紙で連絡してくれたら良かったのに時間の無駄だったなと思いながら部屋を出る前にちらりと父を見てみると、顔を上げて眉間に皺を寄せていた。私の態度がお気に召さなかったようだが知ったこっちゃない。ちらりと見た父の瞳は灰色だった。どうやらダリアローズの瞳の色は母の色のようだが最愛の妻との間に生まれた子どもを受け入れられないなんて私には理解できそうにない。それに明日婚約させるつもりのようだが私は婚約するつもりはこれっぽっちもない。この九年で私は力をつけた。その力を使う時が来たようだ。


(ふふっ、あなた達の思い通りにはならないわ)


 私は明日、自由を手にするのだ。



 翌日。一人で準備し終えて離れで待っているのだが、既に準備が終わって一時間は経つ。いつまで待っていればいいのだろうか。忙しいんだから時間を無駄にしないでほしい。それに、


(ドレス着たり髪を整えたりするのに誰も寄越さないなんてあの父親はどこまでダリアローズを蔑ろにすれば気が済むんだろう。まぁ魔法を使えばこんなの余裕だけどね)


 そこから更に一時間経った頃、ブルー家の家紋が入った馬車が一台離れにやってきた。


(これに乗って王宮まで行くの?転移した方が早いし快適なんだけどなぁ)


 そうは思いつつも今は魔法を使うべきではないので仕方なく馬車に乗り込む。父は一緒ではなかった。


(よっぽど私と一緒が嫌なのね。というか私だけ馬車に乗せて自分は転移の魔道具を使うんじゃないわよね!?)


 頭の中で愚痴を言いながら嫌な気分で乗り心地の悪い馬車に揺られること二時間。王宮に着いたので馬車から降りる。もちろん誰も降りるのを手伝ってはくれないがそんなことは気にせず馬車から軽く飛び降りる。魔法を使ったのでふわりと優雅に降り立つことができた。王宮の扉の前に居た兵士が驚いて私を見ているがそんなの気にせずに声をかけた。


「ダリアローズ・ブルーです。陛下からのお呼び出しに従い参上いたしました。お取り次ぎをお願いします」


「っ!は、はいっ!少々お待ちください!」


 その後すぐに扉が開かれ、王宮の使用人に応接室へ案内されたが応接室には誰もいなかった。


(はぁ…また待たせるの?ほんと時間の無駄!)


 しかし座って待つわけにもいかないので扉の横で立って待つ。三十分程待っていると突然扉がノックも無しに開いた。やって来たのは陛下と王太子、それと父だった。陛下と王太子はさっさとソファに座り、父は二人が座ったのを確認して座ってからこちらに視線を向けた。


「そんなところに突っ立ってないでさっさと挨拶しろ」


 これにはもう呆れるしかない。仕方なく「失礼いたしました」と声をかけてから、


「国王陛下、ならびに王太子殿下。お初にお目にかかります。ブルー家が娘、ダリアローズと申します」


 美しいカーテシーで挨拶をする。


「うむ、頭を上げよ。今日そなたを呼んだのは我が息子の王太子と婚約するためだ。分かっているだろうが、そなたが選ばれたのは上級貴族にちょうどいい年回りの令嬢が居なかったからだ。こちらは仕方なくだがそなたには破格の待遇だろう。ありがたく思うがよい」


 私はどうやら座らせてもらえないみたいだ。しかも言われた内容もひどい。こっちだって浮気男となんて婚約したくないんだけど、と思っていたら王太子が話し始めた。


「私にだって好みというものがあるが陛下がお決めになったことだから仕方なくだ。まぁ、見た目は悪くないのが救いだな」


 私との婚約はただブルー家の後ろ楯が欲しいからだけだろう。この発言で最初から私は望まれていないのがよく分かる。ゲームのダリアローズは王太子にこんな心無いことを言われても慕っていたなんてどれだけ寂しい思いをしていたんだろうか。次に父が口を開いた。


「お前なんかが王族に嫁げるなんてまたとない幸運なのだから陛下と王太子殿下に感謝するんだな。あぁもちろんこの私にもな。しっかり王太子殿下の言うことを聞くように」


 なんだかふざけたことを言ってきた。あなた達に感謝する必要性は全く感じない。三者三様なかなかひどい言い草だが今のダリアローズは私なのだ。この日の為に準備してきた。家族にもこの国にも特に愛情はないので私の好きなようにやってやろう。


「陛下、発言してもよろしいですか?」


「…うむ、許そう」


「ありがとうございます。私を王太子殿下の婚約者にということですが、私は父から疎まれており今まで一度も教育を受けさせて貰えていません。ですので私では力不足と考えますが、陛下はどうお考えですか?」


「お前っ…!」


 父がこちらを睨み付けているが気にしない。


「ふむ。それはこれから婚姻を結ぶまでに寝る時間や食事の時間を削ってでも勉強すればいいだけのこと。教師はこちらで用意してやるのでしっかり学ぶように」


「陛下、このような者に過分なご配慮ありがとうございます」


 陛下の発言に父はホッとしたようだ。陛下も私が家族から疎まれてるのを知っていての発言なんだろう。すると王太子が、


「そもそも王妃としての役割は求めていない。ただお飾りでいればいいんだ」


 本当にこの人達は私をなんだと思っているのだろう。わざわざマナーのことを話に出したのに誰も何も疑問に思わない。


(言葉遣いや挨拶は一朝一夕で出来るものじゃないって気づかないの?教育を受けてないとできないものよ?)


 全く教育をさせなかった本人である父ですら違和感に気づかない。本当にダリアローズに興味が無いのだなと改めて理解した。もうこの時間が本当に無駄としか思えないのでさっさと終わりにしよう。


「そうですか。陛下のお考えは分かりましたがこの婚約はお断りさせていただきます」


「ぶ、無礼だぞっ!」

「なにっ!?」

「お前っ…!」


 反応も三者三様ですね。面白くもないけど。そしてここからは私が九年かけて手に入れた力を見せてあげよう。


「私は忙しいのでこんな無駄な事に時間を使うのはこれが最初で最後です。よくお聞きになってください。さて陛下、先ほど初めてのご挨拶をさせていただきましたが、実は陛下と会うのは初めてではないのです。これまでに三度お会いしてますが覚えておられますか?」


「な、なにっ!?戯れ言を!そなたに会うのは今日が初めてだ!」


「あら、覚えてないのですね。残念ですが仕方がないのでご説明して差し上げますからお静かにお願いします。まず一度目にお会いしたのは今から六年前のことです」


 そう言って指を鳴らすと私の姿が変わっていく。魔法を使うのに指を鳴らす必要はないのだが、なんとなく雰囲気でやってみた。魔法が発動し終わると私は茶髪に赤い瞳、冒険者の格好をした女性に変身した。


「んなっ!?変身魔法だと!?王宮内では魔法が使えないはずなのになぜだ!?」


「驚くところはそっちですか?…まぁその件は後で教えて差し上げますよ。さて、この姿に見覚えはありませんか?」


「ふざけことを!そんなやつなど見覚えな…、っ!いや、見覚えがあ…まさか…!」


「陛下!この者に心当たりがあるのですか!?」


「ふふっ、陛下には心当たりがありそうですがお父様はご存じないようですね。私ブルー領でも有名ですよ?」


「なんだと!?私はお前など知らん!」


「はぁ、知らないのなら仕方ないですね。ダリアローズ・ブルー改めまして、この姿では冒険者のリアと名乗っています。ちなみにS級冒険者なんですよ」


「「S級冒険者だと!?」」

「…」


 王太子殿下とお父様は本当に知らなかったみたいね。陛下は顔色が悪くなっているようだ。


「ええ。六年前、王都に突然現れたドラゴンを一人で倒した功績で陛下から褒美をいただいたのですよ。この事件をご存じない?」


「っ!た、確かにそんな事件はあったが!ドラゴンを倒したのがお前だとでも言うのか!?」


「だから先程もそう言いましたけど?」


 あの日はちょうど王都に用事があってブルー領から転移したのだが、着いて早々にドラゴン騒ぎが起こったのだ。ドラゴンは王宮騎士団を全投入しても倒せるかどうか分からない最強の魔物だ。それをちゃちゃっと私一人で倒しちゃったもんだからこの国に私含め五人しかいないS級冒険者になったのだ。たださすがに他のS級冒険者でも一人でドラゴンは倒せないと思うが、私にとってはそろそろS級になりたかったからちょうどよかったな~くらいの出来事であった。


「王都での出来事でしたので陛下から直接褒美をいただきました。ふふっ、変身魔法を使っていましたが実際は九歳の子どもだった私なんですよ?…あぁそういえば王太子殿下の剣の指導をと頼まれましたが絶対に嫌だったのでお断りしましたね。どうです陛下、思い出しましたか?」


「…」


「あら無言ですか。まぁ時間がもったいないので次に行きますね。二度目は五年前でした」


 また指を鳴らすと私の姿は藍色の髪に金色の瞳の青年になった。


「はっ!そ、そなたはっ!」


「この姿にはしっかり見覚えがあるようですね?」


「…魔道具師ギルドの天才、コーリア殿、なのか…?」


「ふふっ、正解です」


「「コーリア殿だとっ!?」」


 王太子殿下と父は息がピッタリのようだ。実は私は魔道具なんかも作ってみたりしておりそれが大成功。魔道具師ギルドで一目置かれる存在になった。そこに国からギルドに王都を覆う結界の魔道具を作るように依頼が来たのだ。前の年にドラゴンの襲撃があったからだろう。一人用の魔道具は存在したが、広い王都を覆う結界の魔道具など作れたとしても膨大な魔力が必要でとても使えるものではなかった。だがその問題を解消して魔道具を完成させたのが私こと、コーリアなのである。その後には魔法が指定した範囲で使えなくなる魔道具も依頼されて作った。依頼理由は学園で魔法を使った乱闘騒ぎがあったかららしい。学園の分とついでに王宮の分も頼まれて作ったのだ。基礎さえ学べば魔道具も簡単に作ることができた。転生チート様々です。


「依頼の報酬をいただく際にお会いしたのが二度目です。先ほどの王宮でなぜ魔法が使えるというのは、その魔道具を作ったのが私だからです。仕組みが分かっている私だけは例外なのです」


「…」


 陛下の顔色がどんどん悪くなっているが、どうやら他の二人は理解が追い付いてないようで呆然とした顔をしている。


「さて正解でしたので三度目をご説明しましょうか。…あれは三年前のちょうど今頃でしたね」


 指を鳴らし姿を変える。コーリアの姿から金髪に桃色の瞳の小柄の女性の姿になった。


「「「…!」」」


 この姿には三人とも見覚えがあったようで驚いて目を見開いている。


「ローズ商会会長のマリアです。ふふっ、さすがに皆さんご存知のようですね?陛下、王太子殿下、お父様、いつも当商会をご贔屓にしていただきありがとうございます」


 もちろん感謝ではなく嫌味だ。


「三年前に王室御用達に任命していただいた際に陛下にお会いしてますのよ。ローズ商会の本店はブルー領ですが王都にも支店を置かせていただいていますし、他の領にも沢山支店があるんですよ。皆様もご存知かと思いますがローズ商会は日用品から美容、服飾、薬、診療所、レストラン、パティスリーまで幅広くお店を展開しております」


「…」


「王太子殿下。服飾店やレストランをいつもご利用いただきましてありがとうございます。あぁそういえば毎回違う女性とご一緒だったとか。羨ましい限りです」


「いや、それは…」


 王太子としては優秀だろうが男としては最低だと思う。いつも違う女性を同伴してくるなんて前世浮気された私としては嫌悪感が半端ない。


「ブルー家もローズ商会のお得意様でしたね。ふふっ、領地の財政を潤しているのは私だったんですよ、お父様。王都も他の領地もローズ商会のお陰でずいぶん潤っていますしね」


「そ、そんな…、あ、あり得ない…」


 父は私に関係することは全て受け入れられない病気かなにかなのかもしれない。


「さて陛下、思い出していただけましたか?これで説明は終わりです」


 魔法を解除して元の、ダリアローズの姿に戻る。


「それでは話を戻しますね。私ダリアローズ・ブルーは王太子殿下との婚約をお断り致します。わざわざご説明して差し上げたのですから私の言いたいことはもうお分かりですよね?このまま無理矢理婚約させようとするのであれば私はこの国から出ていきます。私を受け入れてくれるところは沢山あるのでご心配には及びませんが、陛下はどのようにご判断しますか?あ、力ずくで従わせようとするならば相当の覚悟をしておいてくださいな」


 陛下に微笑みながら話しかける。陛下の顔色が悪いのは私がこの国から出ていけば損失が大きすぎるということに気付いているからだろう。それにあの国との関係にも何かしら変化があるのではないかと。私が国から出ていけば王国は相当な混乱に陥るだろう。


「…分かった、そなたの言うとおりにしよう」


「陛下!」

「父上!」


「っ!ダリアローズ嬢に国を去られたら大損失だということくらい今の説明でお前達も分かっただろう!悔しいが認めるしかない…。ダリアローズ嬢、先程までの振る舞い申し訳なかった。婚約の話は白紙にするゆえ、どうかこの国に留まってはくれぬか?」


 頭は下げないながらも謝罪をしてきただけ陛下は馬鹿ではなかったみたいだ。先程までの態度は気に入らないが、国のトップは相手によって態度を変えるのはよくあることだろう。賢明な判断だ。


「もちろんです。では婚約の話は無かったことに。あ、私の他の姿のことは秘密にしてくださいね?周りが騒がしくなるのは好ましくないので。もし約束を守らないならばどうなるかは皆様賢いですからお分かりでしょう?」


 続けて顔を歪ませて私を睨み付けている父に話しかける。


「それとお父様。一応ご報告しておきますが、学園では寮生活をするつもりです。もうあの離れには住む予定はないので片付けるなり取り壊してしまうなりしてくださいな。それと婚約は白紙になりましたので、使い道の無い娘はいつでもブルー家から除籍していただいて結構です。サインなど必要なものがあれば学園の寮まで連絡をお願いします。あぁ、お兄様にもよろしくお伝えくださいね?」


 すぐにでも除籍にして欲しいけど、私に利益があると嫌々ながらも判断はするだろうから除籍される可能性は低いだろう。まぁどうせ近いうちに除籍してもらうつもりなので今日のところはそのままでいいだろう。


「あと王太子殿下、お互いに学園生活楽しみましょうね。学園で殿下好みの素敵な女性と沢山出会えることを陰ながら祈ってますわ」


 王太子に嫌味を言うのも忘れない。そう言うと王太子は顔を赤くしながら俯いてしまった。


「それでは皆様、私は忙しいのでこれで失礼します」


 そう言って私はさっさと転移魔法を使って応接室から出ていったのだった。





 ダリアローズがいなくなった応接室では…


「転移魔法…!?」


 魔道具なしでは使える人間はいないと言われている転移魔法を目の前にして三人とも驚き固まっていたのであった。







 私が転移した場所はブルー家のあの離れだ。忘れ物が無いか最終確認をするために来てみたが特に忘れ物は無いようだ。


(ここで前世の記憶を思い出してからもう九年か)


 今日で当初の目標である婚約を白紙にすることができた。婚約も白紙になったし本当は学園に通う必要は無いけれど、せっかく二度目の人生だから学園生活を楽しんでみるのもいいかもしれないと思い行くことに決めた。友達を作ったり恋したり…って恋は無理かな。まだ恋愛対象としての男は信用できなさそうだし、学園に通っている子達は私からすればみんな子どもにしか見えないので恋は期待しないでおく。恋が出来ずに一生独身だとしても、前世の記憶がある私にとっては大したことではない。まずは恋より自由を謳歌するとしよう。


 そして私は前世を思い出したこの部屋に別れを告げる。


「バイバイ」


 そう言って私は転移魔法を発動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る