第6話
そして現在、何だか面倒な人が私に会いに教室の入り口に来ていた。
「ダリアローズ・ブルー!話がある、ついてこい」
開口一番この発言である。ついていくわけないじゃんと思い無視していたがその面倒な人が私に近づいてきた。
「おい、聞いているのか!ついてこいと言っているのが分からないのか?」
「…はぁ、知らない人にはついていかないと決めてますので(あんたなんか知らねーよ)」
「なっ!?私のことを知らないなどとふざけたことを言うな!私はお前の兄だぞ!?」
「そうなのですか?私に兄という存在がいるのは知っていますが、生まれてこの方一度も会ったことも話したこともありませんのでいきなり兄だと言われても…(今さらなに?兄だと言えば言うことを聞くとでも?)」
「っつ!…私はダミアン・ブルー、正真正銘お前の兄だ!」
――ダミアン・ブルー。
上級貴族ブルー家の長男で青い髪に青い瞳の年上キャラだ。悪役令嬢であるダリアローズの兄である。父を見て育ったので母が亡くなったのはダリアローズのせいであると思っており、ダリアローズをいないものとして扱ってきた。三学年の経営科に在籍している。
ダミアンルートは正直全く覚えていないが問題ない。私の隣にいるアナベルがダミアンに好意を抱くことなんてないだろう。今だってなんだこいつ?みたいな顔をしてるしね。
「そう言われましてもあなたが本当に私の兄なのか判断がつきませんわ…(あんたなんて認めねーよ)」
「っ言うことを聞け!」
「大声で怒鳴る人には怖くてついていけません。お話があるならここでお願いします。ここなら皆さんいらっしゃるので心強いです(周りを見てみろこのバカ、ここは学園なんだよ!)」
「っ!…分かった。父上からの伝言だ。一度家に戻ってこいとのことだ。分かったな?」
「はい、もちろんお断りします。お父様にはきちんともう帰らないと伝えてありますので話があるならそちらからいらしてください、とあなたが本物のお兄様であるならば伝えていただけます?」
「お前っ!」
「それはそうとまもなく次の授業が始まりますがお時間大丈夫ですか?」
「チッ!伝言は伝えたからな!失礼する!」
ようやくダミアンが教室から出ていってくれたがこの短時間で疲れた。それにしても私を当たり前のように呼び出す父はいまだに自分の置かれている状況が分かっていないようだ。そもそも除籍を求めてる私がホイホイ家に帰るもんですか。
「はぁ疲れた…」
「ダリア様、大丈夫ですか?」
「ブルー嬢大丈夫か?」
アナベルとなぜかマティアスが心配してくれているようだ。
「二人ともありがとう。大丈夫だけどちょっと疲れちゃったわ」
「あの、さっきの人は本当にダリア様のお兄様なんですか?」
「あぁ、間違いなく彼はブルー嬢の兄のダミアンだ。私は何度か顔を合わせているから間違えるはずがない。だが…」
マティアスが私の様子を窺っているようなのではっきりと気にしていないことを伝える。
「あの人が兄だというのは分かってますよ。でも会ったことも話したこともないのも本当なの。私は父と兄に疎まれていたから今まで表に出てこれなくてね。まぁそのおかげでやりたいことができたし気にしてないの。だから二人が気に病む必要はないからね?」
「ダリア様…」
「君がそう言うのなら…」
「ただまた来られても面倒だなとは思っているけどね。さぁそろそろ授業が始まるからこの話は終わりにしましょう」
そう言って二人を席に座らせて私も席に着いた。
(またしつこく言ってくるようならブルー家のローズ商会の取引を全部止めてしまおう。さすがにそこまですればどちらに力があるか理解するかな?無理かな?)
ひとまず様子を見ることにするが一応アンナに連絡はしておこう。そう決めて私は授業を受けるのだった。
あれから一週間経ったが今のところは特に何ごともなく過ごしていた。今日も無事に授業が終わりアナベルと一緒に寮に帰っていると目の前にダミアンが現れた。
「おい、お前」
「…」
「おい!聞いているのか!」
「…はぁ、もしかして私のことを呼んでいるのですか?」
「そうに決まっているだろう!」
「私はおいでもお前でもないんですが。それで用件はなんですか?時間の無駄なので手短にお願いします」
「っな、お前ってやつは!父上がお前に会うために王都のタウンハウスにわざわざ来てくださっているから一緒に行くぞ!」
「仕方ないですね。もう面倒なので今日で全部終わらせてきますか。そういうことなのでベル、ここまでしか一緒に帰れなくてごめんなさいね。また明日会いましょう」
「…分かりました。ダリア様お気をつけて」
「ありがとう。ベルも気をつけて帰ってね。…では行きましょう」
「馬車で行くぞ、ついてこい」
ベルと別れてダミアンと一緒に馬車に乗ることになったが行く場所が分かってるのでさっさと行くつもりだ。馬車に乗りこみ扉が閉まったので転移魔法を使うことにする。
「なぜ私がお前なんかと同じ馬車に乗らねばならないんだ。タウンハウスにも私用の対の転移魔道具を準備しておくんだった…」
「あら、奇遇ですね。私もあなたと一緒に馬車に乗るなんてごめんなので先に行くことにします。ではお先に」
「は?」
間抜けな声が聞こえたが気にせず転移魔法を使い、王都にあるブルー家のタウンハウスの中に着いた。転移魔法は行ったことがある場所の方が正確に転移できるが、行ったことがない場所でもしっかりと行きたい場所を念じれば転移できるので本当に便利だ。
ちなみにダミアンが言っていた転移の魔道具も私(コーリア)が作ったものだ。二つで一組の魔道具で一つは使用者が持ち、もう一つは転移したい場所に設置することで転移することができる。非常に高価な魔道具なので持てるのは王族や上級貴族くらいだが、皆がこぞって購入してくれているので大変儲かっている。一つだけでも転移できる魔道具を作れたけれどあえて作らなかったのは、自由に転移できる私の強みがなくなるのが嫌だという理由である。
転移魔法で突然現れた私に使用人達が驚いているが気にせず近くにいた使用人に声をかける。
「そこのあなた、お父様のいるところに案内して」
「あ、えっ、し、執事を呼んで参りますので、しょ、少々お待ちください!」
少し待つと執事が慌ててこちらにやってきた。
「お嬢様お待たせいたしました。ご案内致します」
「あら、私が誰だか分かってるなんてさすがね。ではよろしく」
「は、はい!」
案内され父の執務室に着き、執事が扉をノックした。
「ご当主様、ダリアローズお嬢様をお連れしました」
「入れ」
「お嬢様、どうぞお入りください」
「ご苦労様。…失礼します」
執務室の中に入るとやはり父は執務机で仕事をしておりこちらを見ようとしなかった。
(はぁ、陛下の前であれだけ説明したっていうのにこの態度?わざわざ王都に来てやったんだとでも思っているのかしら。私が作った転移の魔道具を使っただけのくせに)
このままでは無駄に待たされるだけなのでこちらから声をかける。
「今日は一体何の用件ですか?私は除籍の件以外でお話しすることはないのですが」
すると父は顔を上げて
「…座れ」
と言ったがここに長居するつもりはないので断る。
「結構です。早く帰りたいのでさっさと用件を言ってください」
「…除籍の件だ。私はお前をブルー家から除籍するつもりはない。貴族令嬢ではなくなったら苦労するのが目に見えて分かるのに除籍なんてできるはずないだろう。お前の幸せのためだ」
(何言ってるんだこいつ。…さしずめ私からもたらされる利益が惜しくなったんだろうな。今さら家族面されてもねぇ)
「私の幸せとは何なのですか?」
「お前の幸せは私たち家族の中にあるんだ。お前は立派なブルー家の一員だ」
「はぁ、素直に私からの利益が惜しいと言う方がまだましでしたし、今さら家族だと言われても困ります。私の中でお父様やお兄様はただ血の繋がった他人ですから」
「っつ!…今までのことを根に持っているんだな?あれはお前のためを思って…」
「言い訳は時間の無駄なので結構です。なんでも私のためと言えば許されると思ったら大間違いですよ。お父様は私が貴族令嬢じゃなくなったら苦労するとおっしゃってますが、七歳の頃にはあの離れに私は住んでいなかったんですが気付いていましたか?自分で稼いだお金で屋敷を買ってそこに住んでるんです。ブルー家の支援なしでしっかり生活出来てますのでご心配はいりません」
「な、なんだと?確かにこの間まで離れに居たと報告があった!そんな話は聞いてないぞ!」
「バレると面倒だと思ったので魔法で分身を作っておいたんですよ。ふふっ、誰も気付かないなんて笑っちゃいますわ。皆さんよほど私に興味が無かったんですね」
「分身だと!?」
「なにをそんなに驚くんですか?この間も説明しましたが私はS級冒険者であり魔道具師であり商会長でもあるんですよ。それくらい出来て当然です」
「なっ!?お前は一体…」
「私から言えることはあなた達の愛を求めていた小さな私はもういないということです。…さてもう一度お聞きしますがご用件は?」
「っつ!除籍は絶対にしないぞ!!」
「そうですか、残念です。それでは仕方ありませんので除籍してくれるまでブルー家とローズ商会の取引を停止させましょう」
「な、なんだと!?」
「そのままの意味ですよ。私はローズ商会の会長ですからすぐに実行することができますがそれでもいいですか?」
「なんて卑怯なんだ!」
「卑怯でもなんとでもおっしゃってください。私は私の権利を行使するだけです。取引停止が嫌なのであれば今すぐ除籍の書類にサインを」
そう言って空間を開け、その中から書類を取り出した。
「それは…空間魔法か!?」
空間魔法は幻の魔法だから驚いているのだろうがそんなの関係ない。
「そうですがなにか?事前に書類を用意しておいて正解でした。さぁどうします?ローズ商会を敵に回すか、サインをして忌々しい娘と縁を切るか。どうぞお好きな方をお選びください」
「くっ…!」
しばらく俯いて黙ったままだったが答えを出したのか顔を上げて私を見た。
「…書類にサインをする」
「賢明なご判断ですよ、ブルー家のご当主様。では書類にサインをお願いします」
執務机の上に書類を出してサインを貰う。これで私は貴族令嬢ではなくなるが、前世庶民だった私は平民になったところで全く気にならない。これでようやくブルー家と決別することができると思うと嬉しい気持ちになった。
「さて、これで終わりですね。これからは完全に赤の他人ですので私に関わらないでくださいね。もちろん私からはあなた達に近づきませんのでご安心ください」
「…あぁ」
「私に関わらないでもらえれば商会の取引も今まで通りですが、もし約束を違えるようなことがあれば覚悟してくださいね」
「っ、くそっ!」
「父上っ!」
サインももらい終わったのでそろそろ帰ろうと思ったら、ダミアンがようやくやってきた。
(わざわざ説明するのも面倒だし息子の教育は父親に任せるか)
「ダミアン様にもちゃんと言い聞かせてくださいね。…あ!それと言い忘れてましたが、今までのことは私の方からきちんとお祖父様と伯父様にお伝えしてありますのでご安心くださいね?」
「なっ!?ま、待てっ!」
「それではさようなら」
そして私は慌てる父親とようやくやってきた兄をそのままにしてさっさと寮に帰ったのだった。
「どうしてこんなことに…」
さっきまで私が居た場所を見つめながら父だった男は呟いていた。
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