第17話

 季節は流れ学園は冬季休暇に突入した。夏季休暇に比べて冬季休暇は短い。今日は家にいるのだがディランとマーサの生暖かい目が気になって仕方がない。心なしか口元もにやけている。


「あーーっ!もう二人ともっ!その視線とにやけた口をどうにかしてちょうだい!」


「はて何のことでしょうか?なぁマーサ」


「ええ、私たちには何のことだか分かりませんわ。うふふふ」


「っ!分かってるくせに!」


「おっほっほ」

「うふふ」


 これは完全にからかわれている。

 なぜこのような状況になってしまったのかと言えば、冬季休暇が始まってすぐのあの出来事のせいだ。



 休暇の初日、久しぶりに冒険者として依頼を受けていた。もちろん相棒のジークと一緒にだ。S級冒険者が二人。依頼はあっという間に達成して時間に余裕があったので久しぶりに手合わせをしたのだ。S級冒険者同士の手合わせは周囲に影響が出る可能性があるので今回は剣のみと制限をつけての手合わせだった。そしてお互いに剣を交えながら会話をするのはいつものことで。



「リアは本当に才能があるな」


「ん?急にどうしたの?」


「いや、剣だけはリアよりも上だと思っていたけどもうすぐ抜かされそうだなって思ってさ」


「あら、ジークにそう言ってもらえるなんて嬉しいわね」


「リアの成長は嬉しいが俺は男として情けないよ」


「そんなことないわよ。ジークは素敵な男性よ。むしろ私の方が女性としてどうなのかと自分で思うときがあるもの。…ふふっ、こんな私は誰からも相手にされないでしょうね」


 ふと前世で浮気され婚約破棄されたことを思い出してしまったからか、ずいぶん卑下した言い方になってしまったなと思った瞬間、



 ガキン



 急にジークの剣に力が入ったのが分かった。一体どうしたのかと思いジークの顔を見てみるととても真剣な顔をしていたので驚いた。


「…リアは自分のことをそんな風に思っているのか?」


(え、怒ってる?)


「そんな風というか自分を客観的に見た事実というか…」


「っ!リアは俺にとって最高に素敵な女性だ!

 例えリア本人であろうと自分を貶めるようなことは言うな!」


「!?ジ、ジーク?あなた一体どうしちゃったのよ」


「俺は、俺はっ…!」


「ジーク?」


「リアのことが好きなんだ!」


「えっ!?」



 カキーン



 この瞬間、驚きのあまりジークの剣を弾き飛ばしてしまったことは忘れてしまいたい。

 この世界に転生してからは自由を手に入れるために無我夢中で進んできた。そんな私は全く恋愛に縁がなかったし、自分から恋をしたいと思ったことも無かった。それがいきなりの告白。しかも相手はジークだ。ジークのことは好きだがもちろん恋愛の意味ではない。そこまで考えてハッとした。


(ジークが言う好きは恋愛の好きじゃないはず!きっと私と同じ家族に対する親愛の意味だよね!真剣な顔して言ってくるからビックリしすぎて勘違いするところだったわ!)


「あの…ジークが言う好きっていうのは家族と「家族としてじゃない!」」


 一生懸命考えて出した答えが一瞬で否定されてしまった。


「え、えーと、それはその…恋愛的な意味、なの?」


「俺は一人の女性としてリアが好きなんだ!…リアがそういうことに興味が無いことは知っていたからこの気持ちを伝えるつもりはなかった。リアを困らせるだけだって分かっていたからな。でもさっきのリアの言葉を聞いて思ったんだ。俺がリアを幸せにしたいって」


「ジーク…。でも、私」


「っ!今は返事をしないでくれ!そして俺に時間をくれないか?」


「…時間?」


「そうだ。俺はリアを幸せにしたい。でもリアは俺のことをそういう意味で好きではないだろう?だから俺にリアを口説く時間をくれ」


「く、口説くって!?」


 あまりに真っ直ぐな言葉だったので何だか恥ずかしかったが不思議と嫌ではない。


「言葉通りの意味さ。俺のことを一人の男として見てほしい」


「っ!」


「リア、覚悟しておけよな」



 当然その後は手合わせなんて続けられず、けれども帰る家は同じなので何ともいえない気分の中帰路に就いた。出迎えてくれたディランとマーサは私たち二人の雰囲気が違うことに気づいたようでこの時から視線が生暖かいものになった気がする。どうやら二人は私に対するジークの気持ちを知っていたそうだ。そして年頃の娘なのに恋愛事に全く興味を示さない私を心配していたようで、これを機に何かが変わるのではないかと期待してジークの応援をしているようだ。


 それからは宣言通りジークに口説かれ、ディランとマーサにはにやけられ、事情を知ったアンナもジークを応援している。私だってジークの気持ちは嬉しいのだが、また裏切られるのではと考えてしまって怖いのだ。



 そんなはっきりしない気持ちのままアナベルの家に泊まりに行く日がやって来た。休暇前に泊まりに行く約束をしていたのだ。アナベルの家に行くのは夏季休暇以来だったが家に着くとご家族が快く迎えてくださりみんなで楽しく食事を囲んだ。そしてあっという間に寝る時間になり、二人でベッドに寝転がりながらおしゃべりをしていたら突然アナベルが


「ダリア様、何か悩みごとでもあるのですか?」


 と聞いてきたのだ。鋭い。まさにアナベルにあの事を相談しようかと思っていたのだ。


「…ベルに隠し事はできないわね」


「なんだかいつものダリア様と違うような気がしまして…」


「実はね…」


 私はあの出来事をベルに話し、これからどうすればいいのか悩んでいることを伝えた。


「ジークさん素敵ですね」


「そう、なんだけれども。私はどうすればいいのか分からなくなってしまって」


「えーと、ダリア様は何もしなくていいと思います」


「何もしないってどういうこと?」


 アナベルは私の悩みへの答えとして何もしなくていいと言ってきた。それは一体なぜだろうか。


「あっ!もちろんこれは私の考えですよ?その、ジークさんはダリア様に時間がほしいと仰ったんですよね?それなら全てジークさんにおまかせして、ダリア様はジークさんが努力してくれている姿を見ていてあげればいいと思います」


「私は何もしなくていいの?」


「最後には答えを出さないといけないですが、ジークさんに答えを求められたその時のダリア様の素直な気持ちを伝えればいいのではないでしょうか。今はまだその時ではないので何もしなくていいのではないかと」


 そう言われて私は思い出した。


(…そうだ、ジークには時間がほしいって言われていたのに私は今すぐ答えを出さなきゃって思っていたわ。今どうにかしないといけないって…。そうよ焦る必要なんてない。その時が来たら誠実に気持ちを伝えればいいんだわ)



「…ベルはすごいわね。ベルのお陰で気持ちが楽になったわ」


「そ、そんな!ただ私が思ったことを図々しく言っただけです!」


「じゃあその図々しさに感謝しなくちゃね」


「もうダリア様ったらひどいです!」


「ふふっ、冗談よ。でも感謝しているのは本当。ベルありがとう」


「えへへっ、ダリア様のお力になれたのならよかったです!」


 アナベルに相談したことで落ち着くことができた。自分では気付けなかったが先程までの私は冷静ではなかったのだろう。前世のトラウマで恋愛に消極的な私はどう断るのが正解なのかと断ることしか考えていなかった。こんな考えは真剣に告白してくれたジークに対して失礼だ。ジークに答えを求められた時にどんな答えを返せるかは今は分からないが、私なりに誠実に向き合いたいと思った。





 その後…


「リア、明日デートしないか?」


「デート……いいわよ」


「やっぱりダメだよな…って、えっ!?いいのか!?」


「なーに?ジークから言ってきたんじゃない」


「いや、そうだけど…。まさかいいって言ってもらえ、っあ!デートはデートだぞ!?二人で依頼を受けに行くわけじゃないから勘違いしないでくれよ!?」


「ふふっ、さすがに私だってデートの誘いが二人で依頼を受けることだとは思ってないわよ」


「そ、そっか。それなら良かった。でも本当にいいのか?」


「ええ、楽しみにしているわ」


 アナベルのお陰で心に余裕ができたからか、素直に楽しみだなと思えて笑顔で答えることができた。


「っ!…くそっ、可愛すぎる」


「ん?何か言ったかしら?」


「い、いや、何でもない。それじゃあ明日のデート楽しみにしているよ、リア」


 明日の約束をして去っていくジークの後ろ姿を見ながら、明日はどんな服を着ようかなと悩むのだった。

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