第16話
夏季休暇も終わり気づけばあっという間に秋になっていた。ちなみにこの世界は日本の乙女ゲームの世界だけあって四季が存在している。今は夏の暑さが懐かしく感じるほど冬に向かって季節が進んでいる頃である。
本来ならこの時期には剣術大会と魔法大会の優勝者同士で試合が行われるのだが、今年はそのどちらも私が優勝してしまったため学園は頭を抱えていたようだ。その話をたまたま教師達が話しているのを耳にした。別に悪いことをしたわけではないが、学園からしたら予想外の事態だっただろう。それならその原因?である私が問題解決に乗り出すのも悪くはないはずだ。そして私が考えたのはローズ商会による出張学園祭である。まぁ要するにただのお祭りだ。一クラスの人数があまり多くない学園ではクラス単位で出し物をするのは難しいだろうし、学年ごとにしたとしても揉める未来(主に魔法科と騎士科)しか見えない。だからここは割りきってローズ商会による学園祭を開催しようと考えたのだ。完全に内部だけでの学園祭にするつもりだが、生徒も先生も楽しめるし学園の助けにもなるしローズ商会はさらなる顧客獲得のチャンスになる。早速アンナに連絡を取り、学園の許可をもらうように頼んだ。さすがはアンナ。連絡してから二日で学園からの許可を取ってきたのだった。
それからの私は毎日を忙しく過ごした。私が表立って商会の人間として動くわけにはいかないので、そこはアンナや商会の職員が手助けしてくれて順調に準備を進めることができた。
そして今日が学園祭の当日だ。無事に開催することができてホッとしている。生徒も先生も楽しんでくれているようだ。喫茶店やスイーツ販売、プラネタリウムや演劇、力自慢大会やクイズ大会なんてものも用意した。私も今日は一生徒としてアナベルと一緒に楽しんでいる。
「さすがローズ商会ですね!この短い期間でこのような催し物ができるなんて驚きました」
「ふふっ、それなら一生懸命準備した甲斐があるわ」
「でももうすぐ終わりの時間ですね。楽しい時間はどうしてこんなにあっという間なんでしょうか」
「本当にその通りね。でもこの後はダンスパーティーがあるじゃない」
「ダンスはあまり得意じゃないんです…」
「そうなの?」
アナベルがダンスを苦手にしていることは知らなかった。
学園祭の後に後夜祭として夕方からダンスパーティーが開催されるのだ。こちらは学園が主催である。ただ生徒には平民もいるのでドレスを用意するのが難しい生徒も出てくるだろうと思い、ローズ商会の服飾部門からドレスや燕尾服の貸し出しと着付けを行うことにした。この事を学園内でお知らせすると平民の生徒が他の生徒に羨ましがられていた。その様子を見た私は念のため貸し出しの衣装に魔法をかけておいた。これでローズ商会から貸し出された衣装を着た生徒に何かあっても身を守ってくれるだろう。まぁ一番は何も起こらずみんなにとって楽しい思い出になればいいなと願った。
そんな私は正真正銘の平民なのだがローズ商会の会長でもあるのでちゃんと自分のドレスは用意してある。それとアナベルには私からドレスを贈らせてもらった。ローズ商会への誘いを受けてくれたお礼としてだったのだがアナベルに『お礼をしたいのは私の方なのに』とかなり渋られた。でも最終的にはアナベルが折れて受け取ってもらえたのでよかった。アナベルに似合うように私がデザインをしたのだがとてもいいものができたと自負している。
そうして学園祭は終わりの時間を迎えた。この後は後夜祭の準備時間になる。私とアナベルは一度寮に戻り私の部屋で準備をすることにしている。私の部屋に着き少し休憩をしてから魔道具を使い着替える。ちなみにこの魔道具は夏季休暇中にマリーナ姉様の一言から作ったものだ。
「この魔道具すごいですね!一人で着るのが難しいドレスに一瞬で着替えられるなんて!これもダリア様が作ったのですか?」
「アイデアを出してくれたのはマリーナ姉様なんだけれど作ったのは私(コーリア)よ」
あのお泊まりの後にアナベルの家にも泊まりに行ったのだが、その時に私のお母様やお祖父様のこと、前回伝えそびれていたコーリアのこともアナベルに話したのだ。アナベルは驚きながらも瞳を輝かせて『さすがダリア様っ…!』なんて言っていた。アナベルは私の言うことはなんでもすんなり受け入れてしまうのではと少し不安にはなった。そのお泊まりの目的はアナベルのご両親に挨拶をすることだ。さすがに私がローズ商会の会長であることは伏せたが、商会の関係者としてご両親に挨拶させてもらった。突然で驚かれてはいたが最後には『娘をよろしくお願いします』と言ってもらえた。少し話しただけでアナベルの両親はアナベルを大切していることが伝わってきた。微笑ましいと思ったのと同時にちょっと羨ましいなと思ってしまったのは内緒だ。まぁその後帝国に行ってたくさん可愛がってもらってきたが。
そんなことを思い出しながら魔法を使い髪をセットする。準備ができたアナベルを見ると可憐なお姫様がそこにいた。
「ベルすごく可愛いわ!」
「ダリア様もとても素敵です!」
アナベルのドレスは動く度に色が変わって見える生地を使っている。この生地はかなりいい値段がするのだが私はローズ商会会長。アナベルに絶対似合うと思ったので迷うことなくこの生地でドレスを作ってもらった。髪型はゆるく巻いてハーフアップに。私の予想通り完璧だった。そして私は青のグラデーションのマーメイドドレスだ。髪は一つに束ねて編んだ。
準備が終わったのでダンスパーティーの会場に向かう。会場には既にたくさんの生徒がいて、皆が思い思いに楽しんでいるようだった。そしてダンスパーティーが始まった。ダンスパーティーと言ってはいるが学園内だけのパーティーだ。踊りたいものは踊るし、踊りたくないものは踊らなくても問題ない。私とアナベルも踊らずに軽食を食べながら楽しくおしゃべりしていた。しばらくしてアナベルが飲み物を取りに行くと席をはずした。その間私は会場内に用意された休憩場所で座って待っていたのだが
「師匠!」
「ダリアローズ嬢」
仲があまりよくないはずのランドルフとマティアスが一緒にこちらにやってきたのだ。
(私に何か用事?)
「えーと、こんばんは。お二人がご一緒しているのは珍しいですね」
「はははっ!やっぱり意外ですかね?実は最近マティアスに魔法を教えてもらってるんで一緒にいることが多いんです」
「そうだったんですね。剣と魔法を一緒に使うことに抵抗はなくなりましたか?」
「抵抗なんて師匠と初めて試合をした日からきれいさっぱり無くなりましたよ。ただまだ体が慣れてなくて手こずっていますが、毎日新しい発見で楽しく訓練してます!」
「ふふっ、それはよかったです」
「ふん、私のお陰だということを忘れるなよ」
「分かってるって。マティアスには感謝してるさ」
「…それならばいいが」
私の目の前で男の友情を見せつけられているのは何故?これを見せるのが目的だったのだろうか。
「それでお二人ともどうしてこちらに?せっかくのパーティーですので踊ってきてはいかがですか?」
すると二人は顔を見合わせて何か小声で話し始めた。どうしたのかと思っていると別の方向から声をかけられた。
「ダリアローズ嬢、ここにいたのだな」
「こんばんは、ダリアローズ嬢」
王太子とフィンメルがやってきたのだ。
(どうやら私を探していたようだけどこっちも私に何か用事でもあるの?)
「こんばんは、王太子殿下、フィンメル様」
「あぁ。パーティーは楽しんでいるか?」
「はい。友人と楽しく過ごさせていただいてます」
するとフィンメルはベルがいないことに気づいたようだ。
「あれ?お友達はどうしたの?」
「ベルは今飲み物を取りに行ってくれているんです」
「そうだったんだ。…じゃあちょうど良いタイミングだったな」
何か小声で言っていたようだがよく聞こえなかった。
「?どうかされましたか?もしかしてお二人ともベルに用事がありましたか?」
「いやダリアローズ嬢に用があって来たのだ」
「私にですか?なんでしょう?」
「せ、せっかくのダンスパーティーなのだから踊った方がいいだろう?よければ私と一緒に踊ってはくれないか?」
「えっ!?」
まさかダンスのお誘いだとは思わなかった。驚いている私は気づかなかったが他の三人の反応は…
「先越された…」(ランドルフ)
「くそっ…」(マティアス)
「…今回だけですからね」(フィンメル)
これは受けるべきなのかと考えているとランドルフ、マティアス、フィンメルが続けて
「師匠!俺とも踊ってください!」
「私も君と踊りたいのだが…」
「私ともぜひ踊っていただけませんか?」
と言い出した。あまりに急な出来事でこの状況はイベントなのか?と思ったがこんなイベントは無かったはずだ。
(これはどうすればいいかな…)
どうすればいいかと辺りを見渡すと少し離れた場所にダミアンがいた。なにか言いたそうな顔でこちらを見ている。
(なんで私に攻略対象者達とのイベントのようなことが起きてるかは分からないけど、不用意に誰かと踊りたくはないなぁ。どうしよう…)
返事をしないわけにもいかずどうしようかと考えている私に救世主が現れた。
「ダリア様遅くなりましたっ!」
「っ、ベル!」
アナベルが両手にグラスを持って戻ってきたのだ。瞬時に私はこの状況を脱する方法を思いつく。
(この方法でいけるといいけど…)
早速その方法を実践してみる。
「おかえりなさい。飲み物ありがとう」
「いいえっ!あの…皆様はなぜダリア様のところに?」
「ふふっ、実は皆さんからダンスのお誘いを受けたのよ」
「あぁ!そうだったんですね!」
「でも私今日踊る方はもう決めているのよ」
「ダリア様と踊れるなんてその方は幸せですね」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。じゃあベル行きましょう!」
「えっ?」
「私のパートナーはあなたよ」
そう言ってアナベルの手を引いた。
「わ、私ですか!?私ダンスが苦手で…」
「ベル心配しないで。私がしっかりリードするわ」
「はわわ、ダリア様素敵です…」
「ということで皆様、お誘いは大変嬉しいのですが今日はベルと一緒に踊りたいと思っていますのでこの辺りで失礼しますね。では」
ここからは強行突破だ。突然の流れで戸惑っている間にこの場から立ち去る作戦だ。
(平民が王族貴族からの申し出を断るなんて不敬だけど、今さらだわ)
「ほら行きましょう」
「は、はいっ…!」
「待って…!」
誰かが呼び止める声が聞こえたような気がしたが、呆然としている四人と一人を置いて私たちは颯爽とダンスフロアへと脱出することに成功したのだった。
その後のダンスフロアには華麗なダンスを踊る私とベルの姿があったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます