第15話

 私は今パレット帝国に来ている。夏季休暇を利用してお祖父様と伯父様に会いに来たのだ。学園に入学してからは毎日が忙しくなかなか会いに来ることが出来なかった。転移魔法を使えばすぐに会いに行けるのだが、距離がありすぎるのでさすがの私でも疲れてしまうのだ。カラフリア王国からパレット帝国までは海を渡らなければならず二週間はかかる。なので直接転移して会いに行くのは時間がある時だけにして普段は転移魔法を利用して手紙のやりとりをしていた。



 私が初めて帝国を訪れたのは七歳の頃。お祖父様と伯父様に会いにディランとマーサと一緒に訪れたのだ。二週間の船旅は長いかなと思っていたが二人と一緒だったのであっという間だったことを覚えている。無事に帝国の港に着くとなんとお祖父様がわざわざ出迎えてくれたのだ。先代皇帝がだよ?さすがに驚いたがディランとマーサは呆れたように笑っていた。


「ルドマルス様はお嬢様に会いたくて仕方がなかったみたいですね」


「私達は皇帝陛下とルドマルス様に会いに帝国に来たのですから城で大人しく待っててくださればいいものを…。まぁあの方を止められる人はいませんものね」


 お祖父様に関する話を聞きながら船から降りると、お祖父様が私達のもとに駆け寄ってきた。


「おぉ、よくぞ無事だった!ディラン、マーサご苦労だったな」


 二人に労いの言葉をかけてから、私に視線を合わせて話しかけてきてくれた。


「さて…、そなたがダリアローズか?よく顔を見せておくれ。…あぁ、あの子によく似ておる。話はそこの二人から聞いておる。今まで辛い思いをさせてすまなかった。こんなわしを許してくれ」


 私の手を優しく握りながら許しを乞うてきたお祖父様。そもそもの話お祖父様は何も悪くないし王国と帝国はかなりの距離がある。いくら先代皇帝だとしてもできることは限られている。だからお祖父様が気に病む必要はないと伝えなければと頭では分かっていたのだが、胸がいっぱいになり涙が溢れだしてなかなか言葉を発することができなかった。


「っ、うっ、ひっく…」


「ダリアローズ…」


 お祖父様はそんな私を怒ったり急かしたりすることなく優しく抱き締めてくれた。頭も撫でられさらに泣いてしまった私はいつの間にか泣き疲れて眠ってしまったのだった。目が覚めた時には既に城に着いており、マーサから話を聞いたときは恥ずかしさの余り顔から火が出るかと本気で思ったことは今でも覚えている。


(前世も合わせたら三十歳は越えてるのに泣いて寝ちゃうって…黒歴史だ)


 これが私とお祖父様の初めての出会いである。それからお祖父様に会いに行くといつも抱き締めて頭を撫でられる。私にとっては黒歴史を思い出させるので恥ずかしいのだが、お祖父様にいくら言ってもやめてはくれないのでもう諦めた。まぁ本当はちょっと喜んでいる自分もいるのは絶対に秘密だ。ちなみに伯父様との初対面は伯父様が終始泣きっぱなしで私が泣くことはなかった。




 今はお祖父様とお茶をしている。今回の休暇中の訪問ということで転移魔法を使って来た。私もずいぶん成長したようで帝国までの距離を転移魔法で来ても疲れが少なくなった。ただ全く疲れないわけではないので今日は部屋でのんびりしていたらお祖父様からお茶に誘われたのだ。学園での出来事や商会の話など他愛のない会話をしていると話題は私の元家族のものになった。


「あの男はずいぶんと愚かな人間に成り下がったな」


「あの男って元父ですか?うーん、私からしてみれば最初からそんな人でしたよ?自分は優秀で、自分の考えが全て正しいと本気で思ってた人ですし」


「そうか…。そういえばダミアンから許しを乞う手紙が来ていたがあれは自分がしてきたことに気づくのが遅すぎた。あれもあの子の子どもだがわしは許す気はないぞ」


「そうだったのですか。まぁあの父を見て育ってますからね。許す許さないはお祖父様にお任せしますよ」


「…ダリアはあの二人を許せるか?」


「そうですね…。まだ許せないですし許す気もないです。でも少しずつ怒りの感情が無くなってきたような気がします。あの家から籍を抜くことができましたし、私のことを大切に想ってくれる人が沢山いるのであの二人はどうでもよくなってきました。だってずっと怒ってるのも疲れるでしょ?あの二人にそんな無駄な時間と体力を使いたくないですし」


「くくっ、無駄か」


「はい、無駄です。それならもっと有意義なことに時間も体力も使いたいですよ。私はこれでも忙しい身ですからね」


 学生、冒険者、魔道具師、商会会長と四つの顔を使い分けているのだから時間が足りないくらいだ。もちろん自分でやると決めてやっていることなので不満はないし、むしろ充実していて楽しい毎日を過ごしている。そんな今の私に怒りの感情は無駄なモノでしかないのだ。


「そうだな。それに学園も楽しく過ごしているようで安心したぞ。ただ学園に行ってからは可愛い孫娘に会える回数が減ってわしは寂しいぞ。なんならこちらの学園に通ってみてはどうだ?」


「もうお祖父様ったら拗ねないでください。私だって会えなくて寂しいんですからね?うーん、それにしても留学かぁ。ちょっと興味をそそられますね」


「そうだろそうだろ?まぁ今すぐとは言わんから考えみてくれ」


「はい。少し考えてみますね」


「わっはっは!楽しみにしておるぞ」


 そんな他愛ない会話をしていると扉の方が騒がしくなってきた。この騒がしさには心当たりがある。


(もう気づいて来たの?早くない?)


「あいつが来たようだな」


 お祖父様も誰が来たのか分かっているようだ。そして部屋の扉が開いた。


「ダリアちゃーん!!会いたかったよー!」


 そう言って満面の笑みでこちらに近づいてくるイケオジ様。お気づきかと思うがこのイケオジが私の伯父様である。そう、パレット帝国の皇帝であるレナルド・フォン・パレット様が私の名前を笑顔で叫びながら近づいてくるのだ。最初は私もビビってしまったが今はもう慣れた。どうせこの後すぐ伯父様を止めてくれる人物が現れる。そこまでの流れがいつも恒例なのだ。


「ダリアちゃー「父上っ!」…えー、アルもう来ちゃったの?早くない?」


「もう来ちゃったの?じゃないです!そのだらしない顔と言葉遣いをどうにかしてください!」


「普段は皇帝として威厳を持って頑張ってるんだからちょっとくらいいいでしょ?」


「ダリアの前でももう少し威厳を持ってください!」


「ダリアちゃんが可愛すぎるから無理っ!」


 こんな会話をしている伯父様が皇帝だなんてとてもじゃないが信じられない気分だ。でもこの姿は可愛がっている姪の前だけだからであって普段はしっかり皇帝をしているそうだ。そしてそんな伯父様を止めに来るのが伯父様の息子、皇太子のアルフィンだ。アルフィンは私より五歳年上でアルフィンからの希望もあってアル兄様と呼ばせてもらっている。


「伯父様、アル兄様、お久しぶりです」


「ダリアちゃん久しぶり!元気そうで良かった!」


 伯父様はアル兄様の制止を振り切り私の手を握って話しかけてきた。


「っ、ちょっと父上!ダリアに無闇に触らないでください!」


 そう言って私から伯父様を引き離すのがいつもの流れだ。ついつい可笑しくなって笑ってしまう。


「ふふふっ、もう二人とも笑わせないでよ。ほらせっかくだしみんなでお茶でも飲みましょうよ」


「そうだな。ほら二人ともさっさと座れ」


「ダリアちゃんとお茶が飲めるなんて最高だなっ!」


「父上…。はぁもう言うだけ無駄ですね。それならダリアとお茶を飲む方が有意義だ」


 二人とも新たに用意された席に座った。新しいお茶も出てきたところで気になったことを聞いてみる。


「そういえばマリーナ姉様はいないの?」


「あぁそうだった。マリーナはちょうど孤児院の慰問から帰ってきたばかりで、準備が間に合わないからと泣く泣く今すぐ会うのは諦めていたよ。一瞬で着替えができる魔道具があれば~、なんて言っていたな」


 マリーナ姉様はアル兄様の奥さん、つまり皇太子妃だ。歳は私の三つ上で、昨年マリーナ姉様の学園卒業と同時に婚姻したのだ。婚約者時代から交流をしておりいつも可愛がってもらっている。それにマリーナ姉様からは新商品の提案をしてもらうことが多い。何気ない会話の中で「こんなのがあったらいいなー」とさらっと言ってくるのだ。それで実際に作って販売するとまあ売れる売れる。マリーナ姉様の直感はもはや才能だと思う。それにローズ商会は利益を得られるし、マリーナ姉様は自分が欲しいと思った物を手に入れることができる。お互いにWin-Winの関係なのだ。さっきアル兄様が言っていた一瞬で着替えができる魔道具を開発してみるのもいいかもしれない。


「そうなのね。私はあと何日かこちらに滞在させてもらう予定だからその間に会えるかしら?」


「もちろん会えると思うよ。むしろマリーナから会いに来ると思うからその時はよろしく頼むな」


「ふふっ、分かりました。楽しみにしてますね」


「ダリアちゃん!私もまた会いに来てもいいかな!?」


「父上にそんな時間はありませんっ!」


「そうだぞ。今はお前が皇帝なんだからしっかり働け」


「まぁまぁ二人とも。きちんとお仕事を終わらせて来てくれれば私は構いませんよ」


「ダリアちゃん…!うん、分かった!頑張ってすぐに仕事を終わらせてくるよ!」


「伯父様頑張ってくださいね」


「…ダリアは父上の扱いが上手いな」

「…さすがはわしの孫娘だ」



 そんなこんなで和やかなお茶の時間を過ごした。その後はアル兄様と手合わせをしてみたり、マリーナ姉様とお茶をしたり、商品開発をしたり、お祖父様とお出掛けしてそれを追いかけてくる伯父様と一悶着あったりと、楽しく充実した日々を過ごしたのだった。

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