クラウス・ド・カラフリア
私はカラフリア王国王太子、クラウス・ド・カラフリアだ。
国王陛下である父、アレクシス・ド・カラフリアと王妃である母、カトレア・ド・カラフリアとの間に唯一生まれたのが私だ。二人は政略結婚であったが心を通わし今でも大変仲がいい。そんな二人の子として生まれた私はとても優秀な子どもだった。幼い頃に始まった王子教育をあっという間に修め、剣も魔法も学んだら学んだ以上のものを身に付けていった。十歳になる頃には王太子教育も終了し、その後すぐに立太子された。立太子と同時期にランドルフとフィンメルが私の側近に選ばれ、二人と一緒に過ごす時間が増えていくと改めて自分は優秀であると気づいた。もちろんランドルフもフィンメルも上級貴族の息子なだけあって優秀ではあるが、二人と比べて私は勉学も剣も魔法もなんでも上手くこなすことができた。
そんな日々が続くとなにか物足りないと感じることが多くなっていった。その足りないものを埋めてくれたのが女性と過ごす時間だった。私は貴族の令嬢から平民の女性まで幅広い付き合いをしてきた。王太子である自覚はあるので当然体の関係はなかったが、演劇を見たり食事をしたり買い物をしたりと時間があれば女性達と過ごした。女性達も一時の遊びだと割り切っており揉めることもなかった。父や母からも特に何も言われなかったので今だけだと許してくれていたのだろう。そうして勉強や稽古、公務をこなしつつ女性達と過ごすという生活を続けてきたが、十五歳になりとうとう婚約をすることになった。婚約の相手はブルー家のご令嬢。今まで一度も表舞台には出てきていない謎の令嬢だと言われているが、父から聞いた話によると家族から疎まれており家から出ることが許されていなかったようだ。なぜそんなやつと私が婚約しなければならないのかと思ってしまった。ただ同い年の上級貴族の令嬢が彼女しかいないからといってそんなお荷物を私に押し付けるとは。それに婚約してしまえばさすがに付き合っている女性達との関係を終わりにしなければならない。バレなければいいかとも思ったがそれはリスクが大きかった。ブルー家の子息、令嬢の母親はパレット帝国の元皇女だ。本来は父と皇女が婚約するはずだったのだが、その前にブルー家の当主と恋に落ちて結婚をしてしまったのだ。前皇帝は皇女に甘かったようでその結婚を許してしまった。その代わりに父と結婚したのが帝国で皇女の次に位の高いご令嬢、それが母だったのだ。当時カラフリア王国は災害が多発しており大国である帝国からの援助が必要だった。援助をする条件が皇女を王妃にすることだったのだが、その条件は王国の貴族と皇女本人によって守られることができなくなった。帝国も王国にも非があることから王妃にするものの条件だけを変えることで合意したのだった。ようするにブルー家のご令嬢には帝国皇室の血が流れており、家族から疎まれているからと言って蔑ろにしてもいい相手ではないということだ。彼女を蔑ろにしたとして帝国から敵意を露にされれば王国は一溜りもない。母は帝国の上級貴族の令嬢で皇室の血も多少流れてはいるが皇女の娘には敵わない。それが分かっているから私と彼女を婚約させて帝国との関係を盤石なものにしたいのだ。しかし頭ではちゃんと分かっていたはずなのに顔合わせの場で余計なことを言ってしまった。
「私にだって好みというものがあるが国王陛下がお決めになったことだから仕方なくだ。まぁ、見た目は悪くなのが救いだな」
「そもそも王妃としての役割は求めていない。ただお飾りでいればいい」
付き合っていた女性達との別れと、目の前にただ突っ立っている顔だけの女を見ていたらつい苛立ってしまったのだ。
(まぁブルー家の当主もこの婚約は必ず結びたいはずだから問題ないだろう)
そう思っていたのに終わってみれば婚約の話は白紙になってしまっていた。その時のことを思い出そうにもあまりに情報量が多過ぎて優秀な私でもすぐには理解できなかった。あの場で理解できたのは婚約の話が無くなったということだけだった。あの顔合わせの後、少し時間を置いてから改めて父と話した。
「まさかブルー家の娘にしてやられるとはな…。当主もグルかと思ったがあの驚きようだ、何も知らなかったのだろう。まぁ何も知らないというのも余程のことだがな」
「そうですね…。しかし父上、婚約は白紙にしなければいけなかったのですか?王命で婚約させてしまえば良かったのでは?」
「そんなことをしてみろ、帝国がどのように動くのか分からんのだぞ。父親が気づいていないだけで帝国皇室があの娘を大切にしてる可能性だってある。それに…」
「父上?」
「いや、クラウス。冒険者のリア、魔道具師のコーリア、ローズ商会長のマリア。あの娘が持っているこの三つの顔を調べてみろ。そうすればこの結果に納得せざるを得ないだろう」
その三人の名前は当然私だって知ってはいたが、ただその分野の優秀な人物というだけではないのか。王太子である私の婚約者、ひいては未来の王妃より国にとって重要ではないはずだ。しかし父上に言われれば調べないわけにはいかない。そして調べた結果、父の言葉通り婚約の白紙という結果に納得せざるを得なかった。
まずは冒険者リア。
リアは冒険者の中で最も上位であるS級冒険者だ。ちなみにこの国で登録している冒険者の中でS級の称号を持つのはたった五人。S級冒険者になれるのは非常に優秀なものだけであることくらいしか私は知らなかったのだが、調べてみるとS級冒険者が国にいるのといないのとでは国の防衛力にとてつもない差が生まれるようだ。実力で言えば王宮の騎士団団長や魔法士団団長と同等かそれ以上だという。そのうちの一人がリア、ダリアローズ嬢なのだ。しかも彼女、パーティーは組んではいないがいつも一緒に行動している冒険者がおり、その冒険者もS級なのだ。もしも彼女がこの国から出ていくときはその冒険者も一緒に国を出ていく可能性が高い。そうすれば王国は一度に二人のS級冒険者を失うことになり、損失はとてつもなく大きくなると予想される。
次に調べたのは魔道具師コーリア。
コーリアは王国の魔道具師ギルドに所属しており今までに様々な魔道具を作り出してきた天才魔道具師だ。彼が作った魔道具は今まで実現が不可能とされていたものから画期的なものまで様々だ。王都を覆う結界の魔道具や指定した範囲で魔法が使えなくなる魔道具、一人用の転移魔道具など今やなければ困るものばかりだ。ただギルドに所属している魔道具師は作った魔道具の設計図や仕様書をギルドに収めなくてはならない決まりがある。なので彼が作ってきた魔道具は誰でも作ることができるようになっているはずだ。だが調べて分かったのは作り方が公開されてからも誰も彼の魔道具を作ることができなかったということだった。彼にしか作れないということは修理やメンテナンスも彼にしかできない。国から去ってしまえばもし魔道具に不具合が出ても誰もどうすることもできないのだ。特に結界の魔道具が壊れたり使えなくなってしまったらと想像するだけでも恐ろしい。
あの魔道具は始めは王都だけで使われていたが今では各領でも使われており、国民の安全を守ってくれている。それを唯一作って直せる人物がいなくなってしまえば王族の責任を問われる可能性も考えられる。
最後はローズ商会会長マリア。
ローズ商会は王室御用達であり私も常日頃よく利用している。本店はブルー領にあるが王都や各領にも支店があり、またその他様々な店を展開している。ローズ商会は商会を立ち上げてまだ六年程なのに飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けており、今やローズ商会無しでは生活が成り立たないと言っても過言ではない。その商会がこの国から撤退するとなれば混乱に陥ること間違い無しだろう。母である王妃もローズ商会の商品を愛用しており、それらが今後手に入らないということになれば父も私も責められることは目に見えている。
帝国皇室の血を取り込むよりも彼女を王国に留まらせる方が国にとっての利益が大きい。あの場で判断を誤らなかった父はさすがだ。今まで優秀だと言われ続けていた私だが、もしも父の立場だったら間違った判断をしてしまっていただろう。皆が私を優秀だと褒め称えるうちにそれが当たり前となり、私の考えが全て正しいのだと思い込むようになってしまっていたのだ。今回のことは悔しくはあるが自分を見つめ直す機会になったのだった。
その後は彼女と関わることはなく学園生活を送ってきたがまさか剣術大会で対戦することになるとは思ってもみなかった。出場者一覧に彼女の名前を見つけた時にはもしかしたらと少しは思ったが準決勝でぶつかるとは。試合が始まる前に彼女と少し会話をすることができた。
「ブルー…いや、ダリアローズ嬢、あの時私の発言で不快な思いをさせてしまい申し訳なかった。今さらだが謝罪させてほしい」
「はぁ…王太子殿下、謝罪は受け入れますが本来はこのような場では控えてください。今の私はただの平民です。不敬罪で訴えられたらどうしてくれるんですか」
「…次は気を付けよう」
「次はないので結構です。それに謝罪を受け入れたと言っても約束はちゃんと守ってくださいね」
謝罪を受け入れてもらえて良かった。もちろん約束も守るつもりだ。
「あぁ、もちろんだ」
「試合も負けるつもりはありませんのでご了承ください」
「分かっている。むしろ本気で相手してほしいと思っていたところだ」
「それは殿下次第ですね」
「これは手厳しいな」
間違いなく私は彼女に勝つことはできないだろう。だが今の自分の実力でどこまで通用するのか確かめたい気持ちが沸き上がってくる。こんな気持ちになるのは初めてでなんだかくすぐったい。そして試合が始まる。
「試合終了!ダリアローズ嬢の勝ちっ!」
当然試合は彼女の勝ちだった。今の私の実力では彼女を本気にさせることもできなかったがとても清々しい気分だ。彼女は剣を下ろしながら言った。
「これは女性達に恨まれてしまいましたかね」
「いや、男性も女性もあなたの闘う姿を見て美しいと思ったのでは?」
「ふふっ、さすが殿下ですね。女性へのお世辞がお上手ですこと」
「…今のは私への嫌味か?」
私は思ったことをそのまま口にしただけだが、彼女からすれば複数の女性と付き合っていた私の言葉は完全にお世辞に聞こえたのだろう。
「未来の王太子妃様が悲しまれますから女性とのお付き合いはほどほどに。それでは私は次の準備がありますので失礼させていただきます」
「…善処しよう。あぁ、今日はあなたと闘えてよかった。決勝も頑張ってくれ」
「ありがとうございます」
そして彼女は会場から去っていった。
(未来の王太子妃か…)
今までたくさんの女性と付き合ってきたがその時の心の隙間が埋まるだけで将来を共にしたいと思う女性はいなかった。どうせ結婚相手は勝手に決められるだろうと分かっていたからそれまでの短い関係なのだと。そして私の相手として選ばれた彼女は自ら道を切り開いてあっという間に去っていってしまった。もしもあの時あんな言葉を言わなければと後悔している自分がいる。
「…楽しかったな」
私の心は今、彼女で満たされていた。
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