ダミアン・ブルー
私はダミアン・ブルー、上級貴族ブルー家の長男だ。父は王国の上級貴族で母は大国であるパレット帝国の元皇女であり、その子どもである私には王国貴族の血と帝国皇族の血が流れている。しかし母は私が幼い頃にもう一人子どもを産んで亡くなってしまった。その子どもがダリアローズだ。母が亡くなったのは私がまだ二歳になったばかりの頃だったのでほとんど母の記憶は無い。覚えているのはただ漠然と優しかったなというくらいだ。その母が亡くなってから父がよく言うようになった言葉があった。
『全部あれのせいだ』
始めは怒ったような父が怖いと思うだけだったが時間が経つごとに疑問を持つようになった。
(あれってなに?)
その疑問を父に投げ掛けると父は言った。
「あれは私から妻を、お前から母を奪ったんだ。今も生かしてやってるだけありがたいと思ってほしいくらいだ」
父の話によるとあれというのは私の妹にあたる子どものことらしい。産まれてからずっと離れで暮らしているようで母の執事と侍女が世話をしているそうだ。その話を聞いた私はその妹に興味を持ちこっそり離れを見に行った。ちょうど離れの窓から妹らしき子どもと侍女が見えたが二人は幸せそうに笑っていたのだ。それを見た私は怒りに震えた。
(あいつのせいで僕にはお母様がいなくなったのになんであいつは笑ってるの?)
その頃の私は後継者教育が始まっていたがなかなか進まず父に叱られていた。それもあって鬱憤が溜まっていたのだろう、妹が無邪気に笑う姿が許せなかった。今思えばまだ小さい子どもだった妹が無邪気に笑うのは仕方の無いことだと分かるのだが、当時の私はその出来事により妹に敵意を向けるようになってしまった。さらに父も日頃から『あれのせい』、『あれさえいなければ』と言っていたので妹を憎むのが正しいことだと思ってしまったのだ。ただそれでも父も私も妹に手を出すことはなかったが、その代わり徹底的にいないものとして扱った。そうして私が十七歳になったある日、父に呼ばれ執務室に向かった。何の話だろうと思っていたがまさか妹の婚約の話だとは思ってもいなかった。
「あれが王太子殿下の婚約者になることが決まった。あれを厄介払いできるだけじゃなく王族との繋がりもできる。次期当主であるお前も知っているべきだと思い呼んだんだ」
「それは素晴らしいことですね。ようやくあいつが役に立つときがきましたね」
「その通りだ。王太子殿下が学園に入学される前に顔合わせをしに王宮に行く予定だ」
「分かりました。…一応このことはお祖父様に伝えたのですか?」
「あぁ。手紙を送ったが特に返事はなかったから異論はないんだろう。たまに手紙を送ってはいたがあれについて聞かれたことは一度もないからな。あちらも興味がないんだろう」
「それなら大丈夫ですね。私も近いうちにまたお祖父様に手紙を出してみてもいいですか?まだ一度もお会いしたことがないから早くお会いしたい」
「そうだな。今までも何度か会いたいと伝えていたがいつもタイミングが合わずに会えずじまいだったからな。お祖父様も早く孫に会いたいだろう」
今まで妹を追い出せなかったのは妹にも帝国皇室の血が流れているからだ。妹が産まれたことはお祖父様も伯父様もご存知なので無理矢理追い出すことができなかったのだ。もう少し先になるが王太子殿下との結婚によって合理的に追い出すことができる。未来の王妃になるのは気に入らないが恐らくお飾りになるだろう。なんたって王太子殿下には色んな女性との噂があるからな。王室も体裁を気にして上級貴族の娘を婚約者にしたかっただけだろう。
あとはその日を楽しみにしているだけだったはずなのに、まさか婚約が白紙になるなんて思ってもいなかった。王太子殿下との顔合わせがあったその日の夕方、父にまた執務室に呼ばれた。きっと婚約が調ったという報告だろうと足取り軽く執務室に向かいノックして中に入ったがなんだか様子がおかしい。父の顔を見ると顔色が悪く急に老け込んだように見えた。嫌な予感を感じたが聞かないわけにはいかなかった。
「父上、お呼びとのことでしたが今日の婚約の件ですか?王太子殿下と無事に婚約できたんですよね?」
「…」
「父上?」
「…婚約の話は、白紙になった」
「なっ!?なぜですか!」
やはり嫌な予感が当たってしまった。
「…理由は言えない。ただあれがブルー家からの除籍を願い出てきた」
「除籍って…!除籍したら貴族じゃなくなって困るのはあいつなのに何を考えているんだ!?」
「それと学園には寮から通えるように自分で手続きをしたようだ…」
「なんて自分勝手な!いや、でもあいつの外出を禁止してますよね?どうやって手続きを…?」
「その理由も今は言えない。あれはもう離れに戻ってこないそうだ。自分でこの家から出ていってくれたんだ、それだけはよかったと思うしかない…」
父は力なくよかったと言うが本当に妹を家から出してしまってよかったのか急に不安になってしまった。今までは家からいなくなることを望んでたのに自ら出ていくなんて何かあるのではと思わずにはいられなかった。
「これだけは言っておくが学園でもあれには関わるな。分かったな?」
「…分かりました」
そして妹や王太子殿下が学園に入学してきたが、学年が違うこともあり姿を見ることすらなく一ヶ月が過ぎようとしていた。そんなある日、父から妹に一度家に戻れと伝えるよう指示された。
(あまり気が進まないが仕方ない…確か魔法科だったな)
「ダリアローズ・ブルー!話がある、ついてこい」
一学年の魔法科の教室で青い髪の女を探すとすぐに見つかったので声をかけたがこちらに来る様子がない。
「おい、聞いているのか!ついてこいと言っているのが分からないのか?」
「…はぁ、知らない人にはついていかないと決めてますので(あんたなんか知らねーよ)」
…なんだか違う言葉が聞こえるような気がしたが
気のせいだろうか。
「なっ!?私のことを知らないなどとふざけたことを言うな!私はお前の兄だぞ!?」
「はて?私に兄という存在がいるのは知っていますが、生まれてこの方一度も会ったことも話したこともありませんのでいきなり兄だと言われても…(今さらなに?兄だと言えばいうことを聞くとでも?)」
そう言われてみれば妹とは直接会うのも話すのも初めてだった。私は幼い頃に一度だけ離れで見たので青い髪だったのを知っていたが、妹は私の髪色すら知らない可能性もあった。
「っつ!…私はダミアン・ブルー、正真正銘お前の兄だ!」
「そう言われましてもあなたが本当に私の兄なのか判断がつきませんわ…(あんたなんて認めねーよ)」
「っ言うことを聞け!」
「大声で怒鳴る人には怖くてついていけません。お話があるならここでお願いします。ここなら皆さんいらっしゃるので心強いです(周りを見てみろこのバカ、ここは学園なんだよ!)」
ついカッとなってしまい他の生徒がいることも忘れて大声で怒鳴ってしまった。それを妹に指摘されるなんて屈辱だ。
「っ!…分かった。父上からの伝言で一度家に戻ってこいとのことだ。分かったな?」
「はい、もちろんお断りします。お父様にはきちんともう帰らないと伝えてありますので話があるならそちらからいらしてください、とあなたが本物のお兄様であるならば伝えていただけます?」
父からの呼び出しを断るだけでなくそちらから出向いてこいとまで言ってきた。
「お前っ!」
「それはそうとまもなく次の授業が始まりますがお時間大丈夫ですか?」
「チッ!伝言は伝えたからな!失礼する!」
授業に遅れるわけにもいかないので教室を後にしたが、他の生徒からの冷たい視線に気づくことはなかった。家に戻って父に今日の出来事を伝えるとなんと父が王都にあるタウンハウスまで出向くと言うのだ。驚きはしたが父の指示に従い一週間後に妹をタウンハウスに連れていくことにした。一週間後の放課後、学園から寮に向かう道で待ち伏せをしていると妹が友人らしき人物とやってきた。
「おい、お前」
「…」
「おい!聞いているのか!」
「はぁ、もしかして私のことを呼んでいるのですか?」
「そうに決まっているだろう!」
「私はおいでもお前でもないんですが。それで用件はなんですか?時間の無駄なので手短にお願いします」
「っな、お前ってやつは!父上がお前に会うために王都のタウンハウスにわざわざ来てくださっているから一緒に行くぞ!」
「仕方ないですね。もう面倒なので今日で全部終わらせてきますか。そういうことなのでベル、ここまでしか一緒に帰れなくてごめんなさいね。また明日会いましょう」
「…分かりました。ダリア様お気をつけて」
「ありがとう。ベルも気をつけて帰ってね。…では行きましょう」
「馬車で行くぞ、ついてこい」
一緒に乗らないと逃げられる可能性があるので馬車を一台しか用意できず、お互い向かい合って座るはめになった。
「なぜ私がお前なんかと同じ馬車に乗らねばならないんだ。タウンハウスにも私用の対の転移魔道具を準備しておくんだった…」
「あら、奇遇ですね。私もあなたと一緒に馬車に乗るなんてごめんなので先に行くことにします。ではお先に」
「は?」
そう言って私の目の前から消えてしまった。
「今のは転移魔法…?なぜあいつが…っ!急いでタウンハウスへ向かえっ!」
御者に指示を出し急いでタウンハウスに向かう。タウンハウスは王都内にあるが学園からだと十分はかかる。転移魔法で直接向かったのであればもう父に会っているかもしれない。急いで父の執務室に向かい扉を開けた。
「父上っ!」
部屋の中を見るとやはり妹は既におり、しかも父の顔色は悪かった。一体どんな話をしたのだろうか。すると妹が話し始めた。
「ダミアン様にもちゃんと言い聞かせてくださいね。…あ!それと言い忘れてましたが、今までのことは私の方からきちんとお祖父様と伯父様にお伝えしてありますのでご安心くださいね」
「ま、待てっ!」
「それではごきげんよう」
そう言ってまた目の前から消えてしまったのだった。
「どうしてこんなことに…」
父が頭を抱えてつぶやいているが私も混乱していてとても気にしている場合ではなかった。
(私に何を言い聞かせるのだと?それにお祖父様と伯父様に伝えてあるとはどういうことだ?それに転移魔法を使えるなんてあいつは一体…?)
疑問が次々と頭に浮かんでくるが、その疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。あのあと父からは除籍の書類にサインしたことだけ教えられたが、それ以外は何も教えられることはなかった。
それからは日々をただ何となく過ごしているといつの間にか剣術大会の時期がやってきていた。毎年参加しているので今年も参加することにしたが経営科の私が優勝できるとはさすがに思ってはいない。ただ私は魔法より剣の方が得意なので参加しているだけなのだ。
(私の剣の腕ならもしかしたら今年は準決勝あたりまで行けるかもしれないな。最近は気分が優れないから体を動かして気分転換でもしよう)
大会当日、対戦相手を確認しにいくとトーナメント表に妹の名前を見つけた。
(なぜあいつが?)
同じ山にいるが妹の一回戦の相手はイエロー家の嫡男だ。万に一つも勝つことはないだろう。妹が無様に負ける様子を見ることはできないがその想像をするといい気分になった。そして私は気分がいいまま順調に三回戦まで進んでいったが次の相手はなんと妹だった。
(まさか勝ち残るなんて…、いやきっと相手の調子が悪かっただけで運良く勝ったんだ。私があいつを直接負かしてやるのもいいだろう)
会場に姿を現した妹の姿はとても堂々としており今の私にはとても憎らしく感じた。
(あいつのせいで父や私は辛い思いをしているのに…)
私は言わずにはいられなかった。
「…お前なんて産まれてこなければよかったんだ、そうすればみんなが幸せになれたのにっ!」
「それでは、始めっ!」
合図と同時に決めてやろうと動こうとしたら既に妹が迫ってきていた。
「なっ!?」
何とか攻撃を受け止めたがその一撃に私は衝撃を受けた。
(なぜだっ、相手は女なのに…勝てるイメージができない…)
休む暇もなく振られる剣を受け止めるだけで精一杯になっている私に妹が言った。
「あら、あなたって弱いんですね」
「なん、だとっ!?」
「私に対して強気な発言が多いからてっきり強いのかと思っていたのに…大したこと無いんですね」
「き、貴様っ!」
「そうだ!ただ剣を受け止めているだけでは暇でしょうから暇潰しに一つ面白いお話をしてあげますね」
「っ、ふざ、けるな、っ!」
さらに攻撃の速度が上がって口を開く余裕すらなくなった。妹はそれに満足したように話し始めた。
「ふざけていませんよ?ではよく聞いてくださいね」
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「…いかがでしたか?面白いお話だったでしょ?」
(今の話は父と母の…?母は私のせいで…?)
「はぁ、はぁ…っ、…その後、どうなっ、たんだ?」
「どうとは?…そうですね、子どもは二人とも今も無事に生きていますよ。よかったですね」
「…その話、はっ、誰から、っ聞いたんだ?私はっ、そん、なふざけた話、聞いたこと、ないっ!嘘を、つくなっ!」
「ふふっ、このお話に心当たりでもあるんですか?」
心当たりはもちろんあったが認めたくはなかった。それに妹の妄想だという可能性もある。
「っ!いやっ、そういう訳、ではっ…!」
「そういえば誰に聞いたのかって話でしたね。この話はある国の尊いお方に教えてもらったんですけど誰だと思います?」
「…誰だっ?」
「元お兄様だから特別に教えてあげますね。このお話を教えてくれた方の名前は、ルドマルス・フォン・パレット。パレット帝国の前皇帝陛下…そして私たちのお祖父様ですよ」
「お祖父様、だと…?」
「あなたは先ほどの話は嘘だと仰いましたが、お祖父様が嘘をつくと?」
「いや…」
「そう、このお話は私たちの父と母のお話なんですよ!素敵ですよね、愛し合って結婚して子どもに恵まれて。でも一人目の子どもを産んだせいで次の子どもを産むことが難しくなったのに、その子どものために弟妹を作ってあげたいと思うなんて本当に素敵ですね。まぁその結果母が亡くなってしまったとしても」
私ですらお祖父様に会ったことがないのにそんなはずないと思ったがふと、妹は転移魔法が使えることを思い出した。
(もしかして妹はお祖父様に会っている?そしたらお祖父様は都合が悪く私や父に会えなかったのではなく、会いたくなかった…?)
「…」
「散々私が生まれたせいだと思って憎んできたでしょうが、元を辿れば母の体調を悪くさせて生まれてきてさらに弟妹を作ってあげたいと思わせたお兄様のせいだし、もしものことを覚悟の上で子どもを作ったのにその覚悟を忘れて全てを私のせいにしたお父様が悪かったんです。お兄様、真実が分かって良かったですね?」
「そんな訳、あるはすが…」
そんなはずないと口にしながらも嫌な可能性が頭から離れない。もう剣を振る気力すら残っていない。私はそのまま妹に負けた。
「試合終了!ダリアローズ嬢の勝ち!」
私はその場に座り込み動くことができずにいたら妹が近づいてきて囁いた。
「嘘だと思うならあなたのお父様に聞いてみればいかが?まぁあの人は認めないと思うけどね。あと私が教えてあげられることはお祖父様と伯父様が大変お怒りだってことよ。ふふっ、許してもらえる日が来るかしら」
「ダリアローズ…」
「さようなら、お兄様。もう関わることがないことを願っているわ」
そう言って去っていく妹の背中を眺めることしかできなかった。
あれから数日経ったがいまだに父に話の真偽を聞けずにいる。今までの自分の行動や考えは全て間違っていたのか?と自問自答を続けているだけだ。しかしこのままではいけないということも分かっている。私は意を決してお祖父様に手紙を書くことにした。もしかしたらお祖父様が勘違いしているだけかもしれないし妹の作り話だったかもしれない。妹から聞いた話を手紙に綴り、どうか真実を教えてほしいと記した。そして数日後、お祖父様からの返事が届いた。いつもはこんなに早く返事が届くことはないので喜ぶべきなんだろうが全く喜ぶことができない。恐る恐る封を開けて手紙を読んでみる。
――ダミアン・ブルー殿
そなたの手紙に書かれていた話は真実である。我が娘と娘の執事と侍女から聞いた話だ。そなたは調べようと思えばいつでも調べられたはずだ。それが今になって可愛い孫娘から直接言われるまで気づかなかったなど情けない。それに娘が命懸けで産んだ孫娘を冷遇するなど到底許しがたい。そなたとそなたの父は我が娘の想いまでも愚弄したのだ。
娘の子どもはダリアローズただ一人。
私とそなたは今までもこれからもただ血の繋がった他人だ。手紙もこれ以降は不要だ。娘の兄も私と同じ想いだということを忘れるな。私たちがそなたたちを許すことはない。
ルドマルス・フォン・パレット――
挨拶の言葉すら一つもない簡潔な手紙にお祖父様の怒りを感じずにはいられなかった。手紙を読んでから手の震えが止まらない。私も父も間違ってしまった、それも最初から。もうやり直すことなど不可能なほどの年月が経ってしまっている。
(…父に伝えなくては)
これはもう私と妹だけの問題ではなくブルー家の問題だ。私一人ではどうにもできないだろう。どうすればお祖父様に、伯父様に…ダリアローズに許してもらえるのだろうか。答えの出ない問を前に目の前が真っ暗になるのを感じながら父のいる執務室に向かうのだった。
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