第12話

 立て続けに攻略対象達に会ってしまったが、今のところ私に負の感情を抱いてないようなのでひと安心だ。断罪される予定はないはずだけど、それでも断罪されないことを裏付ける出来事があるとホッとしている自分もいたりするのだ。いくら力をつけてもそう簡単に不安は無くならないものだなと改めて思った。それでも私は自由に生きていくつもりだ。


「師匠!」


「え?」


 考え事をしながら歩いていると後ろから声が聞こえた。振り向くとそこにはランドルフがいた。


(私に声をかけたの?ていうか師匠ってなに?)


「こんな廊下でどうしたんだ?」


「…あの、師匠って一体なんですか?」


「あっ!わ、悪い!ついあなたを見かけたら嬉しくて…。あの日から俺にとってあなたは師匠なんだ」


「師匠って…。私はレッド様に何かを教えた記憶はないのですが」


「レッド様なんて堅苦しいから俺のことはランドルフって呼んでくれ。あなたは何かを教えたつもりはないだろうけど、あなたとの試合は俺の常識を変えてくれたんだ。だからいつもは心の中だけで呼んでたんだがつい声に出てたみたいだな。すまない」


 熱く語りはじめたかと思ったら最後には眉をハの字にさせてシュンとしていた。


(知らない間に懐かれてたみたいね。なんだか犬みたいでかわいい)


 犬みたいにかわいいなんて考えていたからなのか、気づいたらランドルフの頭を撫でていた。


「っ、な、えっ!?」


 ランドルフは驚いたのか目を見開き、顔を真っ赤にして固まっていた。私も無意識の行動にようやく気づき、急いで頭から手を離した。


「あっ!考え事をしてたらつい…!不快でしたよね、申し訳ありませんでした」


 顔が真っ赤だったし怒らせてしまったのではと思い謝罪をしたのだが許してくれるだろうか。


「っ、不快になるわけない!」


「そ、それなら良かったです。レッド様はお優しいですね」


「…むしろもっと」


「え?どうしましたか?」


「い、いやなんでもない。…それよりさっきも言ったが俺のことは名前で呼んでくれ。その代わり俺も師匠のこと名前で呼んでもいいか?」


(なんだか耳や尻尾が見えてきたわ…仕方ないな)


「ランドルフ?」


「!あ、あぁ」


「では私のことはダリアローズと呼んでください」


「…ダリアローズ」


「はい。ふふっ、なんだか照れますね」


「っつ!じ、じゃあ俺は訓練しに行くっ!…また手合わせしてくれ、ダリアローズ」


「時間が合いましたらね。それでは気をつけて訓練してください。よい休暇を」


「あぁ」


 素っ気ない返事だったがランドルフも照れていたのであろう、早足であっという間に去っていった。私のことを名前で呼んでくれる人が増えるのはやっぱり嬉しいなと思うのと同時に、頑なに私の存在を認めなかった二人を思い出してしまった。それが良くなかったのだろうか、ランドルフと別れてまた歩いていると中庭にたどりついたのだが、そこにあるベンチに会いたくない人が座っていたのだ。


(はぁ、いい気分が台無し。なんでここに来ちゃったんだろう、私のバカ)


 さっさと退散しようとしたが、あちらが私に気づいてしまった。


(今まで私の存在なんて気にもしてなかったのに、なんでこういう時は気づくわけ?)


「ダ、ダリアローズ…!」


「っ!私の名前を呼ばないで!」


「ぐっ…」


 ダミアンが苦しげな表情をしているが私の知ったことではない。今度こそこの場から去ろうと、もと来た道に戻ろうした。すると後ろから


「すまなかった!」


 謝罪の言葉が聞こえてきた。私は振り返らずに立ち止まった。


「試合の時に教えられた話、あれは本当のことだった。お祖父様に確認したら真実だと言われたよ。どうしてもっと早く話してくれなかったんだ?話してくれていれば…」


「ねぇ、話していればなんだというの?私の言葉なんて信じないくせによく言うわ。実際お祖父様に言われるまでは信じていなかったんでしょ?それを私のせいにするのはやめて」


「っ!…そういうつもりでは」


「じゃあ一体なんだっていうの?そもそも私はあなたの父親に確認すればと言ったのにお祖父様に聞くなんて情けないわね。本当に私に申し訳ないと思っているのならあなたは父親と向き合うべきだった」


「そ、それは…」


「今までは全て私のせいにしていたから楽だったでしょうね。でもねこれからはあなたもあなたの父親も楽なんてできないでしょうね。自業自得よ」


「そんな…ほ、本当にすまなかった!許してもらえるのならなんだってする!だから…」


「あぁなるほど、お祖父様と伯父様の怒りをかったのね?それは仕方ないわよ。だってお二人は私のことをすごく可愛がってくださっているのよ。お母様にそっくりな私を」


「なっ…!」


「家にお母様の肖像画があるのに気づかなかったの?髪の色が違うだけで私とお母様はそっくりなのよ?そんな私を可愛がらないわけないじゃない。まぁあの家の人たちはそうではなかったけど」


「…」


「あなたとあなたの父親とは血の繋がっただけの他人なの。もう関わらないで。お祖父様が許さない限り、私があなた達を許すかどうかも考えるつもりはないわ」


「ダ、ダリア…」


「私のことは今まで通りいないものとして扱ってください。さようなら」


「くっ…」


 その場に座り込むダミアンをそのままにこの場を後にした。お祖父様の怒りでようやく今までの行ないが悪かったことに気がつきはじめたのだろうが今さらだ。私とはもう何の関係もない他人なのだから。謝られたところで幼かったダリアローズの悲しみが無くなることはない。今のダリアローズは私だが、幼い頃のダリアローズが受けた心の傷は癒えていない。頭では割り切っているのだが心はそう簡単にはいかないようで、あの二人を見ると心の奥が痛むのだ。


(はぁ、もう帰ろう)


 荷物を取りに教室に戻ったが、教室にはもう誰もいないので転移魔法を使って寮に帰ることにした。


(誰もいないしいいや。…えっ!?)


 転移魔法を発動させようとした次の瞬間、背後に気配を感じたので振り返ると、教室の入り口にこちらを見ている王太子がいた。


「…もしかしたらと思ったが、会えた」


 王太子が何か独り言を言っているようだが、ここに何か用事でもあるのだろうか。


「え、王太子殿下…?どうかされましたか?」


「!え、あ、いや、…学園に残っている生徒がいないか確認をしていただけだ」


「まぁ!王太子殿下自らですか?それはお疲れ様です」


(そういえば王太子は生徒会に所属しているからその関係かな?)


「あ、あぁ。そういうダリアローズ嬢はもう帰るのか?」


「ええ、ちょうど帰ろうと思っていたところです」


「そうか。ん?ダリアローズ嬢、なんだか顔色が良くないようだが…」


「え?あ…何でもありませんわ」


 先ほどのダミアンとのやり取りで心が痛んだせいだろうが、人に指摘されるほど顔色が悪いとは思わなかった。


「っ!こんな青い顔して何でもないわけないだろう」


 王太子が私のすぐ近くに来て言った。近くで見る王太子の表情と言葉で私を心配してくれていることが分かった。


(でもどうして?)


「心配してくださってありがとうございます。でも本当に大丈夫…」


「…すまない、学園の見回りは嘘だ。さっき中庭に君とあの男がいるのを見かけて心配で追いかけてきたんだ」


(あぁ、さっき見られていたのか。気づかないなんて冷静なつもりでそうじゃなかったのね)


「…ただ少し話をしていただけですので、ご心配には及びませんわ」


「…そうか、それならいいんだ。だがもし何かあれば言ってくれ。私がいつでも力になる」


 あの王太子がここまで私を心配してくれるのには驚いたし、なんだかおかしくなって笑ってしまった。


「ふふっ、ありがとうございます。まさか王太子殿下が顔だけしか取り柄のない私を心配してくださるなんて…」


「なっ!い、今はそんなこと思っていないから、忘れてくれると助かるんだが…」


 王太子が顔を真っ赤にして慌てているのがさらにおかしくて口を開けて笑ってしまった。


「あははっ…っ!も、申し訳ございません!先ほどのはもちろん冗談ですから気になさらないでください………王太子殿下?」


 口を開けて笑ってしまったことと先ほどの冗談を謝罪したのだがなぜか王太子からの反応がない。怒らせてしまったのかと王太子を見てみると、顔は赤いまま手を口に当てて何か呟いていた。


「…笑顔がかわいすぎる」


「王太子殿下?」


「っ、すまない!君を笑わせることができて良かった。あぁ顔色もずいぶん良くなってきたようだ」


「!王太子殿下のお陰でずいぶん気持ちが楽になりました。…何かお礼をしたいのですが、欲しいものを仰っていただければ商会の方で手配させていただきます」


「大したことなどしていないのだからお礼は不要だ」


「でも…」


「…それならこれからは私のことを名前で呼んでほしい」


「えっ!?婚約者でもないのに不敬なのでは…?」


「私がそうしてほしいんだ。…嫌でなければだが」


(あまり関わりたくはないんだけど、今の王太子は悪い人じゃないし断るのも可哀想かなぁ…)


「…分かりました。ただ人前では今まで通り呼ばせてもらいますが、二人で話す機会があればその時は名前で呼ばせてください、えーっと…クラウス様?」


「っ!あぁ。これからもよろしく頼む、ダリアローズ嬢」


「こちらこそよろしくお願いいたします。それでは私はそろそろ帰りますね。今日はありがとうございました」


「あぁ、気をつけて帰ってくれ。よい休暇を。またな」


「はい、クラウス様もよい休暇を。失礼します」


 結局歩いて寮に帰り、部屋のベッドに横になってひと息ついた。ただ休暇前の学園の雰囲気を楽しもうとしただけなのに、攻略対象全員に会うことになるとはさすがに想定外だ。


(同じ時間帯に全員に会うなんてイベントみたい…ん?イベント…休暇前…)


「あっ!」


 思い出した勢いでベッドから体を起こした。


「思い出した!夏季休暇前の放課後は好感度アップの重要なイベントがあったんだった…はぁ、途中で気づけよ私」


 このイベントは夏季休暇前の放課後に学園内のどこに行くかによって会える攻略対象が決まっていた。マティアスなら図書室、フィンメルならサロン、ランドルフなら廊下、ダミアンなら中庭、王太子なら自分の教室だったと今さらながら思い出した。


「でもベルはすぐに帰っちゃったからそもそもこのイベントは成立しなかったはず…。てことはやっぱりもうゲームのシナリオは関係なくなっているのかも。ただ私が代わりにイベントをこなしちゃったのは大丈夫かな……うん、まぁ大丈夫でしょ!ダミアン以外とはちょっと親しくなっちゃったような気はするけど、私は誰のことも恋愛対象として見てないから問題ない!」


 私は最終的にちょっと親しくなる分には問題ないだろうと結論付けた。例え何か問題が起きたとしても今の私なら力をもってして解決することができるだろう。とりあえず今日は疲れたので早めに休もうと決めて早速行動に移るのだった。

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