マティアス・グリーン
私の名前はマティアス・グリーン。
上級貴族グリーン家の次男だ。父と母それと兄が一人おり、兄がグリーン家を継ぐことになっている。父は王宮魔法士団の団長を任されるほどの実力者だ。私は憧れの父と同じく将来は魔法士団の団長になるのが目標だ。幸いなことに私の魔力は多く、努力すれば団長も夢じゃないと父からお墨付きをもらっている。兄は特に魔法士団の団長を目指しておらず、私もグリーン家の当主になりたいとは思っていないのでお互い対立することなく良好な関係である。また私は勉学でもとても優秀だと家庭教師達に言われてきたが、確かに周りと比べると自分が非常に賢いのだと理解していた。魔法と勉学に一層力を入れるようになり、どちらとも同年代では自分より優れている者は誰一人いなかった。このままいけば間違いなく魔法士団の団長になれるし、今度入学する学園でもトップになれると思っていた。
しかしその希望は入学してすぐに砕け散ることになる。入学してすぐにテストがあったのだが、どうやらこのテストはクラス委員長を決めるための毎年恒例のテストなんだそうだ。
そのようなテストがあることを兄から事前に聞いていたので特に慌てることもなかったし、なにより勉学で自分に勝てるものがいるわけがないのだからと、いつも通り落ち着いてテストを受けた。しかしテストの結果、私は委員長にも副委員長にもなることができなかった。これまでの人生で初めて味わう屈辱だった。しかも委員長になったのはあのブルー家の令嬢だ。今まで全く表に出てこなかった謎の令嬢。病弱令嬢や我儘令嬢、不細工令嬢なんて呼ばれているのは貴族なら誰もが知っていることだ。そんなやつに私が負けるなんて認められない。良い噂を聞かないやつだからきっと何か不正をしたに違いない。副委員長になった令嬢もブルー家の令嬢と親しいようだから一緒になって不正をしたのであろう。それならばこの結果に納得がいく。そう、決して私が劣っていたわけではないのだ。
入学して一週間が経つ頃に抜き打ちで小テストが行われた。今日はその結果が返ってくる日だ。今回は抜き打ちだったので不正なんてできなかっただろうから私がトップで間違いないだろう。教室に着くとあの二人が楽しそうに話している姿があった。
(ふん、私はお前たちと違って天才なんだ。不正をしてまで一番になりたいなんて哀れだな)
そう思ったのだが、のんきに会話している二人に一言言ってやりたくなった。
「そんなところで喋ってるのは邪魔なんだが」
するとブルー嬢が微笑みながら嫌味を言ってきた。
「グリーン様おはようございます。ここはグリーン様の席からはずいぶんと距離がありますがわざわざそれを言いにこちらにいらしたのですか?あぁ、私たちとお喋りしたかったのですね!ふふっ、今ちょうどこの間のテストの話をしていたところなんですよ。私は満点でベルはほぼ満点でしたねって!ちなみにグリーン様の点数はいかがでしたか?」
「なっ…!満点だと…?」
あのテストは言語、算術、歴史の三科目だったので満点だと300点だ。私は291点だった。
いやこれはこの女が不正した結果だと思ったが、学園が不正までしてわざわざ満点にする必要があるのかという考えたくもない疑問が頭を過った。
「そうなんですよ。私も満点を取れるとは思ってなかったのにまさかの満点で委員長になってしまったんです。それでグリーン様はどうだったのですか?」
「っつ!…私は自分の点数を軽々しく口にするつもりはない。失礼する!」
「はい、それでは」
あの女の余裕の態度はなんなんだ。不正が絶対バレないと思っているのか、それとも自分が満点を取るのは当たり前のことだとでも思っているのか…?
(そんなはずはない!あの女は不正をしているんだ!その不正も今日のテストの結果で証明されるはずだ!)
しかしその後すぐに返ってきたテストの結果に愕然とした。
(92点だとっ…!?)
しかもあの二人が満点だということが教師の口から発せられた。
「このテストで満点だったのはダリアローズ・ブルーとアナベル・ホワイトの二人だ。よく頑張ったな。今後も抜き打ちでテストをするつもりだからしっかり勉強するように」
このテストの結果で不正が証明されるはずだったのに、逆に自分があの二人に劣っているということが証明されてしまったのだ。
(あ、あり得ない…。私は勉強も魔法も負けたことはなかったのに!いやきっと今回は調子が悪かっただけだ。次こそは間違いなく私が一番になる)
今の私にはただあの女を睨むことしかできなかった。
それから数日後、魔法科と騎士科の合同授業の日になった。ただでさえイライラしているのに騎士科のやつらと同じ授業なんてついてない。騎士になりたいやつはただ剣を振り回すだけしか能がなく野蛮なだけだ。そもそも魔法を剣と比べること自体がおこがましい。魔法はこの世界の全ての人間に使うことが許されている崇高なものだというのに。すると見覚えのある赤い髪が私の視界に入ってきた。この赤い髪、ランドルフ・レッドとは昔から反りが合わない。剣が魔法より優れていると勘違いしている野蛮なやつだ。
「なぜこんな軟弱な奴らと一緒に授業なんかしないといけないんだ!」
「はっ、それはこっちのセリフだ。こんな筋肉だけが取り柄の奴らと一緒だなんて信じられない」
「このメガネが!」
「この脳筋が!」
これだから野蛮なやつは嫌なんだ。自身も魔力を持っているのに魔法の素晴らしさを理解できないなんて信じられない。その後教師がやって来て魔法科対騎士科の試合をすることになった。毎年最初の合同授業の時に代表者同士で試合をするそうだ。私が代表者になれば絶対勝てるが教師が代表者を委員長に指定してしまった。これじゃ勝てる試合なのに負けてしまう、そう思ったがよく考えたら委員長はあの女だ。あの女がランドルフに勝てるはずがない。テストでは負けたが魔法の実力は私の方が勝っているに決まっている。騎士科に勝ちを譲るのは癪だが、あの女が負けるところを見ればこのイラつきも落ち着くだろう。そう考えると私がテストで負けた意味があったんだと思えた。それから教師による試合の説明があった。
「基本試合は何を使ってもいいです。ただ大怪我に繋がるような行為は禁止です。危険だと判断したら試合を止めますし、危険行為をした方が負けになります。では正々堂々勝負するように」
すると二人は何やら会話を始めた。そしてあの女は訓練場にあった剣に手を伸ばした。
(は?一体何を考えているんだ?)
そして教師が試合の開始の合図をした。
「…それでは、始めっ!」
「はぁぁぁあっ!」
ランドルフの剣があの女に襲い掛かる。これは一撃で終わりだなと思っていたらあの攻撃を避けたのだ。
(っつ!?戦闘に関して素人ではないのか…?)
避けた後再びランドルフが剣を振ったがそれを受け止めていた。しかしその後はランドルフ優勢の打ち合いが続いた。
(驚いてしまったがあの攻撃を避けられたのはまぐれだったんだ。誰が見てもランドルフが優勢だ。あの女が負けるんだ)
そう確信していると二人の会話がこちらまで聞こえてきた。
「あれだけ言っていたのにこの程度かよ。弱すぎてつまらねぇ、なっ!」
「あら、ちょうど私もつまらないと思ってたところよ。じゃあ終わりにしましょう」
「はっ?」
(はっ?)
私とランドルフの思考が初めて一致した瞬間だった。一体何をするのかと思っていると、あの女の剣と身体に魔力を感じた。
(ここにきて魔法を使うだと?あんな近距離でどんな攻撃魔法を使うんだ!?)
あの近距離で攻撃魔法を使えば自身もランドルフも大怪我ではすまないだろう。
(あの女は何を考えて…!?なっ!?)
次の瞬間あの女が振った剣を受け止めたランドルフの剣が折れたのだ。そしてランドルフの首に剣が突きつけられていた。
「っ終了!魔法科の勝ち!」
教師の合図で試合は終了したが、俺はただただ呆然としていた。攻撃魔法を使うと思ったのにあの魔法は一体何だったんだ。剣を使う者で魔法も使う者もいると言うのは知ってはいたが、それはかなりの少数派だし使う魔法は攻撃魔法である。あんな魔法は魔法士団団長の父ですら使ったところを見たことがない。
(あれは…剣と身体を強くしたのか?)
あの後授業が始まったが、先程の試合が頭から離れないままいつの間にか授業は終わっていた。その後も授業に身が入らず気付けば放課後になっていた。いつもなら真っ直ぐ家に帰るのだが今日はまだ帰りたくなかったので図書室に行くことにした。
(どうせ転移の魔道具を使えばすぐに帰れるんだ。少し落ち着くまで本でも読もう…)
ほとんどの生徒は授業が終わればすぐに帰るので図書室には受付に司書がいるだけだった。私は適当に魔法関連の本を選び、一番奥の席に座って読み始めた。しばらくすると誰かがこちらにやって来る気配がした。
(図書室は広いんだからわざわざこっちに来なくても…)
「あら、こんにちは」
「っ!」
(なんでここにあの女が!?)
「ふふっ、なんでここにいるのかって顔ですね。私はただ本を借りに来ただけですのでお気になさらず。では」
「ま、待ってくれ!」
「?どうかしました?」
「…今日の試合であなたが使った魔法は一体なんだったんだ?」
「何と言われましても、ただ剣に魔力を纏わせて自分の身体に筋力を上げる魔法を使っただけですよ?」
「そ、そんな魔法見たことも聞いたこともない!」
「今日見たじゃないですか。それに今聞いてますし。そんなにめずらしいことですか?」
「めずらしいどころじゃない!魔法士団団長の父を持つ私でも知らないんだぞ!」
「そう言われても私が使ったのはその魔法だけですし…。この魔法は魔力もあまり使わず簡単なので誰でもできますよ?」
「私は本に記されている魔法は全て覚えているのにそれ以外の魔法があるなんて信じられない。しかも誰でもできるだと?そんな魔法、私は知らない!」
そうだ、魔法は全て本に記されている崇高なものなんだ。本に載っていない魔法があるはずが…
「グリーン様。全ての魔法を覚えているというのならそもそも魔法とは何なのかはご存じですよね?」
「…当たり前だ。《魔法とは想像する力である》、だろ」
「その通りです。では質問しますが、薔薇の花は何色ですか?」
「は?なんだそのふざけた質問は」
「私はふざけていませんし真面目に質問しているんです。答える気がないなら私から教えることはなにもありませんが」
「っ!…すまない、…薔薇の花の色は赤だ」
「なぜ赤なのですか?この世の中には白い薔薇やピンクの薔薇だってあるのに」
「なぜって…私の考える薔薇のイメージが赤なだけだ」
「それは薔薇は赤だと無意識に決めつけてるということですよね。でも思い出してみてください、《魔法とは想像する力である》ですよ?『薔薇は赤だ』と決めつけている時点であなたは想像することをやめてしまっているということなんですよ」
「それはどういう…」
「確かに赤い薔薇は存在します。でもここで想像してみるんです。私が知らないだけで他の色、例えば金の薔薇や銀の薔薇があるのかもしれないってね」
そう言うと彼女の手に金と銀の薔薇が一輪ずつ現れた。
「なっ!?ここで魔法を使うことは…」
「しーっ!これは内緒でお願いしますね?」
彼女は空いてる手の人差し指を口に当てて微笑んだ。
(っつ!彼女は一体…)
「ほら、こうして想像すれば魔法は力を貸してくれるんですよ」
そして先ほどの薔薇が消えると新たな薔薇が一輪現れた。
「緑色の薔薇…」
「ええ、あなたと同じ色の薔薇ですね。緑の薔薇なんて自然界には存在していませんが、緑色の薔薇を想像できればこのように魔法で再現できるんです。魔法ってすごいですよね」
「魔法でこんなことができるなんて…」
「魔法の可能性は無限大だということですよ。まぁ魔力の量も関係してきますからできないこともあると思いますがね。どうですか?これで質問の答えになりましたか?」
「…あぁ」
ここまで自分との差をまざまざと見せられたが不思議と悔しいとは思わなかった。その代わりに私の心から顔を出したのは好奇心。私の知らない魔法がある、それだけで心が躍った。それに本当の天才というのは彼女のことを言うのであろうと素直に受け入れることができた。
「…私は君にテストで負けて八つ当たりをしてしまっていた。その、すまなかった」
「急にどうしたんですか?まぁ確かにいい気分ではなかったですが謝っていただけたので許しますよ。後でベルにも謝ってくださいね」
「あぁ、もちろんだ」
「では和解した証にこの薔薇を差し上げます。…あら、ずいぶんと外が暗くなってきましたのでそろそろ失礼します」
「…あっ」
そう言って彼女はあっという間に去っていき、私の手にはあの緑色の薔薇が残されていた。
「…ふっ、彼女には敵わないのだろうな…」
このような形で負けを認めることになったが今はとても清々しい気分だ。こんな気持ちは初めてだ。だが私もそろそろ帰らなければな。私は図書室を出る準備を始めるのだった。
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