フィンメル・イエロー
私の名前はフィンメル・イエロー。
上級貴族イエロー家の長男で父と一つ年下の妹がいる。父は宰相として陛下と王国を日々支えている。父は仕事で忙しく母は幼い頃に病気で亡くなっており、私とメルリルはいつも二人で過ごしていた。メルリルは生まれつきの病気により一日のほとんどをベッドの上で過ごしていたのでよく絵本やお絵描きをして遊んでいた。私が五歳になると後継者としての教育が始まりメルリルと過ごす時間が少なくなっていった。
教育が始まってまず最初に宰相である父から教えられたのは『全てを疑え』ということだった。疑うことで国も家族も守れるのだと繰り返し繰り返し教えられ、いつしかそれが当たり前になっていった。笑顔で話をしながらも頭ではこの話は嘘なのではと全てを疑い、同時に心がすり減るのを感じていた。そんな心を癒してくれたのが妹のメルリルだ。魔力通路狭窄症によって生きづらい毎日を過ごしているのにいつだって心からの笑顔で私に寄り添ってくれた。今の医学では一時的に症状を軽くすることしかできないが必ず方法を見つけてメルリルを治すことが私の目標だ。
そう心に決めて数年が経ち、私が十歳の時に王太子殿下の側近にならないかとお声を頂いた。私は王宮に行けば新しい情報や何か手掛かりが手に入るかもと思い、喜んで王太子殿下の側近になったのだった。結果としては何も手掛かりを見つけることはできなかったが王太子殿下であるクラウス様と信頼関係を築くことができた。クラウス様は非常に優秀で聡明なお方だ。ただ欠点をあげるとすれば女性にだらしないところだろうか。間違っても妹を会わせられないなと思ってしまった私は悪くないとは思う。
そして十五歳になり学園入学前にブルー家の令嬢と婚約すると伝えられた。ブルー家の令嬢といえばあまり良い噂は聞かないが年回りの合う上級貴族の令嬢は彼女しかいないのは確かだ。
(恐らく彼女はお飾りの王妃になって後継ぎさえ産めば用無しになるのだろう)
婚約のことを伝えられてから数日後の学園入学直前、クラウス様に私ともう一人の側近であるランドルフが呼ばれた。クラウス様の表情はとても疲れている時の表情だったので体調が悪いのかと思い問いかけた。
「クラウス様、どうかされたのですか?」
「あぁ、フィンメルにランドルフ。来てくれたんだな。いや、学園に入学する前に二人には伝えておくことがあって呼んだんだ」
「あまり調子がよろしくないように見えますが…」
「別に体調が悪いわけではないから心配するな。少し思うところがあってよく眠れなかっただけだ」
入学直前に一体何があったんだ?
「眠れなくなるようなことがあったのですか?」
「あぁ、それがお前達を呼んだ理由だ。詳しく話すことは出来ないが、今回のブルー家との婚約は白紙になった」
「えっ!?」
「な、何故ですか!?」
これには私もランドルフも驚いた。まさか婚約が白紙になるなんて…この婚約は陛下とブルー家の当主である令嬢の父親との間で既に決まっていたはずだ。それなのになぜ白紙になるんだ!?
「…理由を教えることはできない。それでもお前達に伝えたのは令嬢も学園に入学するからだ。私、いや王家は彼女と婚約することを諦めた。学園で彼女に威圧的に接してほしくないから事前に伝えておく。ただはっきりと言えることは彼女を敵にまわしてはいけないということだ」
陛下までもがこの婚約を諦めるだなんて本当に何があったんだろうか。敵にまわしてはいけないとは一体…?ただどんなに疑問に思っても教えてもらうことはできないので今はこれで納得するしかない。
その後すぐ学園に入学し、私とクラウス様は普通科に在籍している。剣も魔法も人並み以上に扱うことができるし後継者教育もほとんど終わっている今、普通科で人脈を広げる方がいいという父の判断だ。私も今より人脈が広がればメルリルの病気を治す手掛かりが見つかるかもしれないと思ったので普通科を選んだ。入学後すぐに行われたテストの結果で私が普通科のクラス委員長になったが、どうやら魔法科のクラス委員長はグリーン家のマティアスではなくあのブルー嬢だというのには驚いた。
(今まで表に出てこなかったのには理由があるのか?彼女がここまで優秀だとは…。これは調べてみた方がいいだろう)
そうして彼女のことを調べてみるが学園に入学する前のことはどれだけ調べても分からなかった。分かったのは学園に入学した後のことだけだ。
(成績優秀、容姿端麗、下級貴族の娘と友人関係でいつも一緒に行動をしている。騎士科との合同授業でランドルフに勝つほどの実力もある。それなのに先日自らブルー家からの除籍を願い出ている…)
調べれば調べるほど彼女がどのような人物なのか分からなくなっていった。王家が彼女を諦めなければならない理由は気になるがこれ以上は調べても何も分かりそうにないので気分転換も兼ねて出場する剣術大会に力を入れていこう。剣術大会に出場することをメルリルに伝えると
「お兄様なら絶対優勝できるわ!あーあ、お兄様の試合見られたらいいのに…」
「試合を見れないことはないが…いや、お前のために優勝してくるから良い子で待っていてくれ」
「…もうお兄様ったらいつまで子ども扱いするんですか!私はもう十四歳なのに!」
「すまないな。だがお前はいつまで経っても私のかわいい妹なんだ、許してくれ」
「むぅ~」
「さぁ今日はそろそろ休もう」
そうして剣術大会の当日を迎えた。対戦相手は先ほど抽選で決まったのだが、まさか相手が彼女だなんて予想していなかった。女子生徒で唯一の参加である彼女だが、授業中の試合だったとはいえランドルフに勝つほどの実力があるのは間違いないが、大会では魔法を使うことができないので本来の実力よりは劣るだろう。そう考えているとクラウス様から声をかけられた。
「フィンの一回戦の相手はダリアローズ嬢だな。私も同じ山だから勝ち進めば必ず彼女と当たるだろう…、彼女は魔法が無くても強いだろうから油断するなよ」
この発言から察するにクラウス様は私が負けるのを確信しているようだがその確信はどこから来るんだろうか。だがメルリルに優勝すると約束したからには負けるわけにはいかない。
(彼女は優秀ではあるがそこまで注意する人物には思えない。きっとクラウス様が彼女を過剰評価しているだけだろう)
そして私の試合になり目の前に彼女が立っている。正面から彼女を見るのは初めてだが改めて整った容姿だなと思った。
「まさかブルー嬢が大会に出るなんて思ってませんでしたよ。いや、今はただのダリアローズ嬢でしたね」
「あら、さすが宰相様のご子息様。よくご存じですね。もしかして私のこと調べてます?」
「一体何を仰っているのやら、私はただ事実を述べただけですよ。それとも何か調べられるとまずいことでも?」
「いいえ?疚しいことはありませんから思う存分調べてくださいな。王太子殿下は私との約束を守らなければならないので婚約の顔合わせでのお話は教えられないでしょうから」
「なに?」
何か情報を引き出せないかと思って挑発してみたが逆に私が挑発されてしまった。
「さぁ試合が始まるのでおしゃべりはここまでで。お互いにいい試合をしましょうね」
「…そうですね。どんな魔法でランドルフに勝ったのかは知りませんが今日は魔法は使えないですからね。この試合は私が勝ちますがご了承ください、ダリアローズ嬢」
「分かりました。ではお手並み拝見させてもらいますね」
「それでは、始めっ!」
「はっ!」
試合が始まり私から攻撃を仕掛ける。私の剣は力より速さに自信があるので速さを活かした打ち合いで相手を疲弊させその隙を突こうと考えた。女性は男性より力が弱く持久力もあまりないのでこの試合は間違いなく勝てるはずだ。だが打ち合いを続けていくと何か違和感を感じた。
(なんだこの違和感は…っ!まさか)
どうやら彼女はこの短時間で私の弱点に気づいてそこを重点的に狙ってきていたのだ。
「っつ!貴女っ…!」
「さすがイエロー家のご子息様、お強いですね」
「チッ…!」
嫌みを言えるほど余裕があるのに打ち合いは互角…いや互角にしているという方が正しいのか。私が少しずつ押され始めてきた時、見学席からここにはいるはずの無いメルリルの声が聞こえてきた。
「お兄様ー、頑張ってー!っ!ゴホッゴホッ」
「っ!メルリルっ!?」
(なぜここに!?それに激しく咳き込んでるじゃないか!)
一瞬見学席に視線を向けたその隙を彼女は見逃さず、気づけば私の首に剣が突き付けられていた。
「なっ!?」
「試合終了!ダリアローズ嬢の勝ちっ!」
彼女の勝利で会場がどよめいた。まさか私が負けて彼女が勝つとは誰も予想していなかっただろう。私だってそう思っていたが試合に負けた今、間違いなく彼女は私なんかより強いしむしろ手加減されていたように感じる。
「素晴らしい剣を見せていただきありがとうございました。では私はこれで」
「…なぜ、本気を出さなかったんです。始めから私を馬鹿にしていたんですか?」
「馬鹿になんてしてませんよ。まぁ強いて言うのであれば私が可愛い妖精さんに惑わされてしまったからですかね」
彼女がメルリルの方に視線を向けたが何を考えているのかは分からなかった。
「妹に何かしたら許さないからな」
「はぁ、失礼な人ですね。妹さんにもあなたにも関わりませんから安心してください。それでは」
私たちには関わらないと言ってあっという間に控え室の方に戻っていった。次の試合の人が控えているのが見えて私も慌てて控え室に戻っていく。
「お兄様っ!」
すると私とは反対側の通路からメルリルがこちらに向かってやって来た。
(…本当は叱らねばならないがそれは帰ってからでいいだろう)
「メルリル!応援に来てくれるのは嬉しいけど体調は大丈夫かい?顔色が良くないようだが無理はしてないか?」
「もう子ども扱いしないでください!お薬だってちゃんと飲んできたわ!それよりお兄様!一回戦で負けちゃうなんて…もっと応援したかったのに」
「私にとってお前はいつまで経っても可愛い子どもだよ。負けてしまってすまなかったが応援嬉しかったよ、ありがとな」
メルリルの頭を撫でてやるとくすぐったそうにしていた。
「もう仕方ないですね!許してあげますから来年はもっとがんば、!っ、うっ!く、くるし…」
「メルリルっ!?」
外出と大声での応援が体に負担が掛かってしまったようで発作が起きてしまったようだが、薬を飲めばすぐに落ち着くはずだ。
「メルリル大丈夫だ、薬を飲めばすぐに落ち着くからな。おい!早く薬を!」
するとメルリルに付いていた従者が青い顔をしながら信じられないことを言った。
「も、申し訳ございません!実は今日すでに一度発作があって薬を飲んでいるのです」
「なんだと!?発作の薬は効果が強すぎるから一日一度しか服用できないのに…なぜ発作があったのに外出させたんだ!」
「っ!お、お嬢様がどうしてもフィンメル様の応援に行きたいと…申し訳ございません!」
「私が大会のことなど話さなければ…くそっ、ここでは回復魔法が使えない!急いで治癒士のところに行くぞ!」
「お、おに、い…さま、ご、めん、な…」
「メルリル!大丈夫だからしゃべるな!(薬も使えず、魔法も大会会場であるここは魔道具が使われていて使えない。頼みは大会のために待機している治癒士に治療をしてもらうことだがこの場所から少し距離がある…、今にも意識を失いそうなメルリルが耐えられるかどうかっ…)、くそっ!」
どうすればいいのか悩んでいると彼女がこちらに駆け寄ってきた。
「何をボサッとしてるんですか!早くあなたの控え室に運んでっ!」
「っ!何を言ってるんだ!この状況が分かるなら邪魔をするな!」
「うるさいっ!妹さんを助けたいなら言うことを聞きなさい!」
「なっ!?」
「私ならこの場所でも回復魔法が使えるわ。でもさすがに通路では人目につくからあなたの控え室に行くの!ここから近いんでしょ!?」
「ほ、本当か!?」
魔道具が設置されている場所で魔法が使えるはずがないとは思ったが、あまりにも彼女の目が真剣で嘘を言っているようには見えなかった。
「この状況で嘘をつくわけないでしょ!さっさとして!」
「っ、分かった!お前は父に連絡を!行くぞ!」
メルリルを抱き抱え急いで私の控え室に向かう。すぐに控え室に着きメルリルをソファの上に横たわらせると彼女から声をかけられた。
「妹さんは何のご病気なんですか?」
「!…魔力通路狭窄だ」
「たしかその病気は先天的なものですね…小さい頃から辛かったわね」
その話しぶりを見るにこの病気のことを知っているのだろう。上級貴族であるメルリルにとっては本当に辛かったであろうと理解しているようだ。
「じゃあ回復魔法をかけるわよ」
「頼む…」
本当に魔法が使えるのか不安であったが、彼女がメルリルの胸の前に手をかざすとまばゆい光がメルリルを包み込んだ。
「なっ!?」
(今のは一体!?今までの回復魔法とは全く違う…っ!メルリルは無事なのか!?)
光がおさまりメルリルを見ると顔色が良くなり穏やかな表情で眠っていた。
「妹さんはもう大丈夫ですが念のためお医者様に診てもらってくださいね。ではこの後試合があるので失礼します!」
「ま、待ってくれ!」
「あっ!約束通り妹さんにもあなたにも今後関わりませんから今日だけは許してくださいね!あと魔法のことは秘密でお願いします!ではっ!」
「待ってくれっ…、」
私の呼び掛けもむなしく彼女はあっという間に控え室から出ていってしまった。聞きたいことがたくさんあるが今はメルリルを医者に診てもらうのが先だと私も行動を始めた。
メルリルを連れて家に戻ると父が待っていた。父は後継者教育ではとても厳しかったがそれ以外ではいつも私たちを気にかけてくださり、メルリルが外出先で倒れたと連絡を受けて急いで王宮から戻ってきてくれたようだ。
「フィンメル!メルリルの容態は?」
「学園で回復魔法をかけてもらったので今は落ち着いています」
「そうか、無事で良かった。事情は従者から聞いたがフィンメルもメルリルも反省すべき点があったな」
「はい…、私が軽率な発言をしたばかりにこのようなことになってしまい申し訳ございませんでした」
「今回のことはフィンメルだけが悪いわけではない。次からは気をつけなさい。医者を手配したからメルリルを部屋に連れていこう」
そしてその後すぐ医者に診てもらったが衝撃の事実を告げられた。
「とても信じられないのですが…お嬢様の病気が完治しております!」
「なっ!?」
「それは本当か!?」
「はい、何度診ても完全に治っております!」
「一体どういうことなんだ?…そういえばフィンメル、先ほど回復魔法をかけてもらったと言っていたが誰にかけてもらったんだ?」
「っ!そ、それは…」
あの時彼女が魔法のことは秘密にしてほしいと言っていたことを思い出し黙るしかなかった。父は私の反応に何か気づいたようでこれ以上は言及してこなかった。
「まぁメルリルの病気が治ったことは喜ばしいことだな」
父はそれだけ言って医者を連れて部屋から出ていった。きっと医者に口止めをするためだろう。確かにこのことが公になれば大騒ぎになるのは間違いない。そうなれば彼女に嫌われてしまう…
(っ!なぜ私は彼女に嫌われることを心配しているんだ!)
そんな不思議な感情に私は戸惑いを感じた。さらにその後『私と妹には関わらない』と彼女と約束してしまったことを思い出し頭を抱えるのだった。
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