第19話 4

「——浄化技が、効かない……なんて」


ぼそり、と、誰かが呟いた。


 フロースオレンジは顔を上げる。みんな、目を見開き顔が青褪あおざめていた。


「この程度ですか。期待外れで残念です」


折角の魔法少女マギカだというのに、と、ルーナムはつまらなそうに視線を逸らす。


 魔法少女マギカ達が、立ち上がらない。


 ——駄目だ。


「(このままじゃ、駄目)」


 強く、フロースオレンジは思う。

 このままでは、負けてしまう。みんなの心が、折れてしまう。


 『絶望デスペア』を倒せるはずの魔法少女マギカが折れてしまったら、絶望してしまったら。


「(一体、誰がこの世界を守るの?)」


 フロースオレンジは悔しさに、奥歯を噛み締める。

 みんなが折れてしまう前に、どうにかしなければ。


「(……力が、欲しい)」


拳を握り締め、フロースオレンジは強く願う。


「(あいつに勝てるような、強い力が欲しい!)」


そう、フロースオレンジは強く切望する。


 その時。


 弾ける音と共に、虚空に白いアイテムが現れた。


 羽のような意匠のある、可愛らしい形状の物体だ。

 まるでゲームの端末のように薄くて平たい、鏡。

 そう、フロースオレンジは印象を持った。


「なんだ」


その輝きに照らされ、ルーナムは後退あとずさる。


 ふわふわと、ゆっくり、それはフロースオレンジ達の元へ降りて行く。


 それに釣られるように、フロースオレンジは手を伸ばした。


「っ!」


 それに触れた時、フロースオレンジは使い方を理解した。


「みんなも、これに触って!」


その言葉に従い、他の魔法少女マギカ達も白い鏡に触れる。


「——みんなの色を、一つに!」


誰かが叫んだ。


「ミックスカノン!」


気付くとみんなで声を合わせ、叫んでいた。刹那、鏡から純白の光線が放たれる。


 それが『絶望デスペア』を貫いた。


 光量は凄まじく、周囲一帯を真っ白に染め上げて行く。あまりにも強力な光に、ルーナムは目を細める。


 その光が消えた時、『絶望デスペア』は跡形もなく姿を消していた。


 いつもの必殺技が効かなかった『絶望デスペア』を、魔法少女マギカ達全員の協力で、どうにか倒したのだ。


「……まあ、調査は進みました。今回は、これで」


呟き、ルーナムは姿を消す。

 同時に、周囲に満ちていた嫌な空気が消え去った。


 それから一拍空け、魔法少女マギカ達の変身が解除される。緊張から解放され、それぞれが知らず詰めていた息を吐いた。


「……なんとか勝てて、よかった」


零し、橙花は一安心する。


「わ、橙花ちゃん、大丈夫?!」


へたり込む橙花を、慌てて桃絵が支える。他のみんなも橙花の元へ駆け寄った。


「しつこかったものね」

「怖かったでしょう」


そう、茶姫と藍華が橙花の背中をさする。


「……」


俯いたままの橙花を、みんなが心配そうに見つめた。


「今日は、一人にさせて」


そう言い、橙花は一人で帰る。


×


 とぼとぼ、と、橙花とうかは一人で帰り道を歩く。


 夕方の空はどこまでも赤く、あの時の夕焼けを嫌でも思い起こさせた。

 初めて『絶望デスペア』に遭遇した、あの日のことを。

 あの時、橙花が魔法少女マギカになっていなかったら、世界はどうなっていたのだろう。


「(……わたしは、どうなってたのかな)」


 『絶望デスペア』に押し潰されていただろうか。それとも、自分も『絶望デスペア』に、なっていたのだろうか。


 そう考えると、少し怖かった。


 こういう時に限って、どうして葦月いつきが居ないのだと泣きそうになる。考えたってしょうがないのに。だって、彼はただの一般人のはずだ。魔法少女マギカの事情など知らないし、万が一その話をしても完全に理解するとは到底思えなかった。

 それに、話したことで彼を何かに巻き込んでしまったら。

 そう思うと、到底話すなんて無理だ。


「お前を必ず手に入れてみせる」と告げた男の、虚ろでいて凄まじい熱量を湛えた目を思い出すと、なぜか胸が苦しくなった。

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