第8話 3

「一応、念のために鞄に入っててね」


 そう、橙花とうかが鞄を開ける。


「部活動で使った方だとちょっとあれだから、こっちの教科書を入れてた方に入ってくれる?」


「うん? わかった」


よく意味は分からなかったが、帰りは別の鞄に入るらしい。ひとまず頷き、パレットは橙花が開けた鞄に入った。すっぽりと丁度いいサイズ感だ。


「閉めるときついだろうから、ちょっと開けておくね」


言いつつ、橙花は鞄を緩く閉める。


「よいしょ、っと」


そして、そっとパレットの入った鞄を背負い、補助の鞄を肩にかけた。


 帰りの時間でも彼女は葦月いつきに出会わないかを警戒しているらしい、とパレットは何となく思う。

 その葦月という人物はどのような人なのだろう、と思うが、大人っぽい人、色々なものがよく見える人、それくらいしか分からない。


と。


——ドォン!


 突如、怪物の気配と共に倒壊する音が辺りに響く。

 そして、遠くで土煙や人々の騒ぐ声が聞こえた。


「また怪物?」


「『絶望デスペア』だ! 急いで対処しなくちゃだよ!」


 困った表情の橙花に、パレットは硬い声で返す。


 パレットの話によると、『絶望デスペア』と呼ばれる黒い怪物はそれを操る『暗黒の国メディア・ノクス』のために、この世界の人々の不幸を集めているのだとか。


「そんなの、自分勝手過ぎる!」


自国のために他の世界を侵略するなんて、と橙花は表情を険しくする。

 そして周囲を確認した後、橙花は指輪の着いた右手を構えた。


「『レインボーパクト』!」


 虹色に輝くコンパクトと指輪が光り、橙花はオレンジ色の光と風の奔流に飲み込まれて——


「元気になれるビタミンカラー、幸せを告げる『フロースオレンジ』!」


ビシッ! とポーズを決めてフロースオレンジに変身を遂げる。


「この口上って省略できないかな?」


「難しいんじゃない? それより、早く向こうに! 荷物はぼくが持っていくよ!」


「わかった!」


タン! と地面を蹴り、フロースオレンジは『絶望デスペア』の元へ跳ぶ。


×


 そこには見知らぬ黒い格好の男性が立っていた。


「我こそは『暗黒の国メディア・ノクス』のウェスペル! 妖精、出てきてもらうぞ!」


そうして、そばに居た『絶望デスペア』に周囲を破壊し尽くすよう命令を下す。


「そうはさせない!」


叫び、橙花は丸っこいフォルムの白い銃を取り出した。


「『オレンジ・ショット』!」


絶望デスペア』にオレンジ色に煌めく弾をぶつける。着弾と共に小さな爆発が巻き起こった。


「……お前か、噂の魔法少女マギカとは」


煙が止んだ時、黒い格好の男性が抑揚の少ない声で呟いた。『絶望デスペア』は無傷のように見える。転ぶことも足止めをすることもできていなかった。


「行け、『絶望デスペア』。あの魔法少女マギカを中心に周囲を破壊しろ。あれの周囲に妖精がいるはずだからな」


黒い格好の男性の命令を受け、雄叫びを上げて『絶望デスペア』は暴れ出す。


 繰り出される拳や光線などを避け、弾いて、フロースオレンジは距離を取る。だが、距離を取っても『絶望デスペア』は光線を放つし動き回るのだ。

 おまけに放たれる一撃が重く、防御した箇所がビリビリと痺れた。


「く、これじゃあオレンジ・バーストが撃てない!」


隙の少ない戦いに、フロースオレンジは苦戦する。


「がんばって! フロースオレンジ!」


追いかけてきたパレットが、荷物を抱えてやってきていた。

 だが、応援が増えただけでも、この苦戦がどうにかなるわけではない。それに、日が沈む前に何とか倒さないと、と小さな焦りが湧き上がる。門限を過ぎた時に理由として魔法少女マギカとして活躍していたなど、信憑性が薄く、より怒られてしまうだろうと容易に想像できたからだ。


「あ、あのぬいぐるみ! やっぱり浮いてる!」


 そこに場違いな叫び声が聞こえた。

 振り返ると、虚空を指差し、桃絵もえが立っている。そして、彼女が指差す先には——


「きみ、ぼくが見えるの?」


——パレットがいた。


「そーだけど?」


桃絵が首を傾げた時、


「何だお前。邪魔だな」


と、黒い格好の男性が『絶望デスペア』に桃絵を排除するよう命令を下した。

 それに合わせ、『絶望デスペア』が動き出す。


「危ないから、下がってて!」


咄嗟とっさにフロースオレンジは叫ぶ。


「あれ、魔法少女!?」


慌てて周囲を見回し、桃絵は状況を確認する。

 怪我だらけの魔法少女が居て、その近くには黒い怪物と黒い格好の人。

 瞬時に黒い格好の人は良くない人なのだと判断し、


「弱いものいじめはいけないんだよ!」


と、桃絵は叫ぶ。


「は、何寝ぼけた事を言っている? 俺は俺達の世界のためにやっている事だ。大義だぞ」


やや表情を歪め、黒い格好の男性は「さっさとやれ、『絶望デスペア』」と淡々と命令を下す。


 動き出した『絶望デスペア』を見て「危ないっ!」と桃絵に手を伸ばしたその時。


——パァン!


 そう弾ける音と共に、桃絵の胸元からレインボーパクトが現れた。


「なに、これ……」


キラキラと輝くそれに、桃絵は戸惑う。


「これ! 受け取って!」


とパレットが投げよこした指輪を受け取り、我に返った桃絵は、指輪とコンパクトを構えた。


「『レインボーパクト』!」


桃絵は声高らかに宣言する。

 そして、桃色の光と風の奔流に包まれ——


「夢いっぱい希望の光! 優しい愛の色、『ソムニウムピーチ!』」


ビシッ! とポーズを決めた桃色の魔法少女マギカがそこに居た。

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