第9話 4

「な、何っ?!」


「はぁっ!」


 戸惑う黒い格好の男性に構わず、桃色の魔法少女マギカソムニウムピーチが『絶望デスペア』の懐に飛び込む。


「速いっ!」


「たぁっ!」


瞠目どうもくする黒い格好の男性をよそに、ソムニウムピーチが『絶望デスペア』にアッパーカットを叩き込む。


 激しい音と風圧と共に『絶望デスペア』が高所へと突き上げられた。


 そして、パン、と柏手を打ち、ソムニウムピーチは親指をまっすぐにして他の指を曲げ、両の手でハートの形を作る。


「『ピンクフレア』!」


 叫んだ直後。

 その作られたハートの空間から桃色の爆発が起こり、打ち上げられた『絶望デスペア』に向けて放たれる。


 打ち上げられ無防備だった『絶望デスペア』が桃色に輝く爆風に包まれた。


「かーらーのーっ!」


次は、両手で作ったハートをより上に掲げ、しっかりと踏ん張る。


「『ピンクファンタズム』っ!」


すると先ほどよりも高威力の桃色の輝きが放たれ、『絶望デスペア』が桃色に染まっていった。

 そして、その余波か空から桃色の輝きが周囲に降り注ぐ。


「な、」


黒い格好の男性は慌てて付近の屋根のある物陰に潜んだ。


 それが薄れた時、もう『絶望デスペア』は居なくなっていた。

 それと同時に周囲が煌めき始め、みるみるうちに修復されて行く。


「よっし! 終わった……んだよね、たぶん!」


「……嘘だろ」


ぐっとポーズを決めるソムニウムピーチに、黒い格好の男性は呆然と言葉を零す。

 周囲の様子を見て、フロースオレンジも『絶望デスペア』の退治が終わったらしいと気付く。


「すごいよ! ソムニウムピーチ!」


「えっへへー、そうでしょー!」


いまだに降り注ぐ輝きの中、ソムニウムピーチはパレットとハイタッチを交わした。


「く……次はそうはいかない」


 言い捨て、黒い格好の男性は姿を消す。


 ほ、と身体の力が抜けた時、フロースオレンジの変身が解ける。ほぼ同じタイミングでソムニウムピーチの変身も解けた。

 降っていた桃色の輝きは、いつのまにか止まっている。


「あれ、橙花とうかちゃんだ!」


声に顔を上げると、目を丸くした桃絵もえが橙花を指差していた。

 桃絵が来た時には橙花はすでに変身していたので、正体が分かっていなかったらしい。


「人を指差さないの。……ごめんね、魔法少女マギカだったの黙ってて」


言いつつ、橙花は立ち上がる。戦闘で受けた傷は全て綺麗に治っており、何となく便利だなとよぎった。

 そして、今朝の登校時間で少し騙したような感じになってしまったことを、橙花は謝罪する。


「ううん。言うのも色々と難しかっただろうから、気にしてないよ!」


だが「むしろ、橙花ちゃんだとわかって安心したし!」と、桃絵は一切気にしていない様子だ。

 それを聞いて橙花は心底安心する。


「ところで、きみ、なんて名前なの?」


そして、すぐに興味がパレットの方へ向く。

 宙に浮く耳の先と尻尾の先がカラフルに色付く白いうさぎ、のような生き物。


「ぼく、パレットっていうの。よろしくね!」


「あたし、夢咲桃絵! 桃絵って呼んでね! よろしくね、パレット!」


そう、二人は仲良く自己紹介を始める。


「あー、ごめん。そろそろ門限だから、行くね?」


二人をそっと伺い見ながら、橙花はその場からそっと離れる。

 丁度近くにあった公園の時計に目を向けると、言葉通りにもう門限が近付いていた。これ以上遅れたら両親を心配させてしまうだろう。

 周囲はすっかり暗くなっており、仮に門限までに家に辿り着いても怒られるような気がした。


「ちょっと待ってよ」


 少しして、橙花を追いかけてパレットがやってきた。その後ろを「まってぇ」と桃絵が付いてくる。


「なんでいなくなっちゃうの?」


不思議な様子でパレットが問いかけた。


「せっかく契約者ができたんだから、そっちに行ったほうがいいと思うよ?」


そう、橙花はパレットに告げる。事実、橙花とパレットは契約を交わしていないのだ。だから、実際に契約を結んだ桃絵と共にいる方が賢明だろうとその場を離れていた。


「そうかも?」


頷きつつ、パレットは少し寂しそうに耳を下げる。

 たった1日でも、共に時間を過ごした橙花と離れ難く感じているらしい。そう思ってくれるのは少し嬉しかった。


「どうしたの」


とやってくる桃絵を、橙花は真っ直ぐに見つめる。


「きみにパレットをお願いしようかと思って」


「なんで?」


告げると桃絵は一瞬目を丸くした後、首を傾げた。


「きみとパレットがもっと仲良くなれると思うし、うちに長く置いておくのは難しくて」


「そっか」


答えれば、桃絵はあっさりと納得してくれる。橙花とパレットが契約していない、というのはきっと知らないだろう。

 けれど、新しく契約した桃絵とパレットにもっと仲良くなってほしいと思ったのは嘘じゃなかった。


「きみはどうなの? パレット」


桃絵はパレットの気持ちを問う。


「名残惜しいけど、桃絵がよかったらきみのとこに行くよ」


意を決した様子でパレットは桃絵を見た。


「おいで」


と、桃絵はパレットに手を差し出す。それを、パレットはそっと掴んだ。


「あたし、こっちだから」と、橙花に別の方の道を示す。


「また明日ね!」


「……うん。また明日」


そして、パレットは桃絵と共に行ってしまった。

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