第10話 5

「……はぁ」


 たった1日でも、何となく名残惜しくなるなぁ、と橙花とうかは小さく溜息を吐いた。

 パレットや桃絵の前では平気な振りをしていたが、実はほんの少し寂しく感じている。


 ややしょんぼりと肩を落としていると


「……何を、しているのですか」


葦月いつきと出会った。

 いつも通りに季節感を無視した黒い格好で、夕闇に溶けてしまいそうな印象を持つ。


「あ、あれ。偶然だね」


とは言いつつ、このくらいの時間だと葦月と帰りの時間が重なるだろうことくらい、橙花には予想済みだった。だから、あえて少しゆっくりと歩いていたのだ。

 それに、葦月と一緒に帰れば門限を過ぎていても両親に怒られずに済む。


「……以前告げた『お友達』、と言うのは彼女のことですか」


静かに、葦月が遠くの桃絵を見遣った。かなり遠くだが、あの後ろ姿は桃絵だ。


「ん、まあそう、かも」


 一瞬、何のことだろう、と思ったがすぐに指輪のことだろうと思い出した。やけに彼が食い付いてきたので覚えていただけだが。

 魔法少女マギカとして変身するためのお揃い(かはさておき)の指輪をつけているのは間違いない、と思う。デザインの違いを指摘されても『好きなのを選んだんだよ』と答えればきっとなんとかなる。多分。


「元気が無いですか」


 夕闇の道を共に歩いていると、静かに葦月は問いかけた。


「んー? なんでもないよ」


 ただ余計なことを言わないように黙っていただけだ、と橙花は思う。それとも、何か違う様子が態度に出ていたのだろうか。


「……御友人と喧嘩でもしました?」


「ううん。……色々と、良かったなぁと思って」


パレットに契約者ができたことや新しい魔法少女マギカが生まれたこと、パレットの姿を葦月に見られなかったことなどだ。


「はぁ」


よく分からない、と葦月はやや困惑した様子で相槌を打つ。分からなくても律儀に返事してくれるところが、良い人だなと橙花はひっそりと思っている。

 それに、と、橙花はそっと視線を彼に向けた。そのまま視線を向けても彼の胸板程度にしか視線が合わない。だが、今はこうして橙花と並び歩いている。

 わざわざ、背の高い男性である葦月が、歩幅を女子中学生の橙花と合わせてくれているのだ。優しい良い人以外に言いようはないだろう。


「今日はちゃんと、きみと帰るよ。というかきみと帰らなきゃ間違いなくわたし怒られちゃうし」


そして「なんか上手い感じに誤魔化したいから、話合わせてよ」と、今出会ったばかりの葦月にやや明け透けなことを言いつつ頼み込んだ。


「そうですか。……実際、何をしていたのですか」


やや興味なさそうに相槌を打ち、葦月は橙花を見下ろす。


「んー。ちょっと部活が終わった後に偶然出会って、色々と話し込んでたらこんな時間になってたの」


「そうですか」


やや視線を逸らしながら答える橙花に、葦月は淡々と相槌を打つ。


「だからさ、なんかきみにちょっと勉強を教えてもらってたみたいな言い訳をね」


「……まあ、いいでしょう。次はちゃんと勉強しましょうね」


「うん」


これで、どうにかアリバイ工作はできた、と橙花は安堵する。


「ところで、テストの範囲、どこになりそうですか?」


ふと、葦月が問いかける。だが


「まだ早いから教えてもらってないよ」


橙花はやや困った様子で返した。

 だがこれも橙花にとってはいつもの葦月とのやりとりだった。それになんとなく沈んだ気持ちが戻ったように思える。


「……ありがとう」


小さく、橙花は呟いた。


「何が、でしょうか」


意外と耳聡く、聞こえていたらしい。少し恥ずかしくなり


「ううん。ほら、言い訳に乗ってくれるところとか、勉強を教えてくれるところとかさ」


と橙花は誤魔化した。


 それから少し歩いて二人は橙花とうかの家に帰り着く。

 その頃にはすっかり外は暗く、星が瞬いていた。「遅い時間まで連れ回してしまい、申し訳ありません」と葦月いつきが両親に頭を下げてくれた。両親は「気にしなくて良い」「あなたと一緒で安心した」と穏やかに返す。

 が、葦月が帰った後に結局怒られた。


 やや冷めた夕飯を食べてお風呂に入り、橙花はベッドに横たわる。


「パレットと桃絵ちゃん、仲良くしてると良いけど」


まあ杞憂だろうとは思う。

 パレットは人懐っこい性格だし、桃絵はおおらかな性格だ。滅多なことがない限り、喧嘩別れをすることはないはずだ。

 それを思い、安堵して橙花は眠りに就いた。


×


 夜の闇に街が眠る頃、街から少し離れた暗い場所に、黒い格好の男性が現れた。

 それは『暗黒の国メディア・ノクス』のウェスペルだった。


 黒い格好は夜の闇に溶け、姿を確認するのはかなり難しい。

 明かりもない道を歩き、とある洋館で立ち止まる。


「遅かったな」


 扉を開けると、黒い格好の女性、ディールクルムが出迎えた。

 ここは『暗黒の国メディア・ノクス』に所属しているディールクルムとウェスペルの拠点だった。


「なんだ。負けたのが恥ずかしくて逃げたのかと思ったよ」


そう、嫌味っぽい声がかけられる。

 その声にウェスペルとディールクルムの二人は視線を向ける。


 そこに黒い格好の男性——ガタイの良いウェスペルと比べると随分と線の細い男だ——が、腕を組んで立っていた。


「引きこもっていたくせに、何の用だディエース」


そう、ウェスペルが少し表情を歪めて問う。


魔法少女マギカにやられるなんて頼りないね、


と二人を見下す。


「次は僕の番だ」


そう、ディエースは不敵に笑った。

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